『200X年12月』
「キョン!ビッグ・ニュースよ。」
ハルヒが叫ぶ。またか、今度はなんだ?
「朝倉涼子よ!今朝、朝倉を見たのよっ!」
俺は凍りつく。なにを隠そう、俺が世界で一番恐れている名前だ。これは学校中を家捜しよっ!と意気込むハルヒの言葉も頭に入らない。
朝倉?どうなってる?
俺のするべき行動は一つだ。俺が世界で一番信頼しているやつのところに行かなくては。
俺は部室棟に向かった。昼休みなんで朝比奈さんはいないだろう。ドアを開ける。長門がいてくれますように。
俺は硬直した。
そこにいる長門は、いつもの長門ではなかった。
眼鏡をかけている。
しかも、俺の顔を見て、ほっとした様な表情を浮かべると同時に、少し顔が赤くなった。そして、おずおずと口を開いた。
「助けてほしい。捕まえられてしまう……。」
長門の改変した世界。
そこにいた内気な文芸部員が、何故ここにいる?
「どうしておまえが…この世界にいるんだ?」
そう質問しながらも、ただの文芸部員である長門ならば、こんなことを訊いてもわからないだろうな、と思った。案の定、長門は首を振る。
「分からない…でも、あなたのそばなら安心出来る…。」
「捕えられるってどういうことだ。朝倉にか?」
長門は、息を飲み込んだ。
「違う…。わたしが…わたしでなくなる。ほどけて、安定していられなくなる。」
そこで俺の方をじっと見つめる。
「あなたと二人きりでいたい。ずっと…」
急にしがみつかれて、俺は慌てた。一体どうなってるんだ。長門は俺の腕を掴んで震えている。
「……怖い。そばにいてほしい。」
うるんだ瞳で俺を見つめる。
と、ドアが開いた。入って来たのは朝比奈さんだ。長門がビクッと身を震わせる。
「キョンくん、大変です!涼宮さんが、朝倉涼子を見たって……ええっ、なんでキョンくんが二人いるの!?」
朝比奈さん、何を言っているんです?
古泉も入ってきた。
「先程、涼宮さんが……おや、涼宮さん、こちらにいつ来たんですか?」
古泉もだ。おかしくなったか?
長門は苦しそうにあえいでいる。
大丈夫か、長門――と言いかけて、俺はギョッとした。
なんだかその輪郭が曖昧になったようで、それは長門に見えたり、ふとハルヒに見えたり、俺の様にも見えたりした。
そして――
無表情な宇宙人、長門有希が部室に入ってきた。
やって来た長門は、俺にしがみついて震える長門をみると、超高速の呪文を唱える。
その瞬間――
俺の側にいた長門有希は忽然と消えた。
後には呆然とする朝比奈さんと古泉、震える俺が残された。
「あれは…何だったんだ、長門?」
「原始的な情報生命体。情報操作能力は微少。他者の精神状態に感化されて形態を変えていた。いわば、他者願望の具現。…情報改変を行い、消去した。」
「そうか……。」
そう長門に言いながらも、まだ、俺の手の震えは止まらなかった。
終わり