そこは古い神話で、名誉ある死の後、その者たちがたどり着く場所として付けられた名前から、  
『ヴァルハラ』と呼ばれていた。  
 
ギリシャ神話のアスクレピオス以来、人間はさまざま医療を考え、それを実行した。  
新たな薬が開発されるごとに難病は解決され、結核を始め、ありとあらゆる病気が治せるようになっていった。  
また、手術技術の進歩により、本来なら致死とされるような外傷や腫瘍も、治すことが出来る様になっていった。  
 
その人類が獲得していった医療技術、その終末点、それがナノマシンだった。  
薬のように簡単に服用が可能で、かつ薬より的確に治療を行い、かつ継続的に働くことが出来る。  
人類は、その到達点により、事実上、突然死以外の死因を喪失した。  
 
急速な失血以外で、人類が外傷によって死ぬことはもはや無い。  
 
あらゆる細胞より増殖速度が速い、ナノマシンがその機能を補填するから。  
 
現存する、あるいは新たに誕生するありとあらゆる感染症にかかることも、もはや無い。  
 
世界的な情報共有ネットワークを持つナノマシンは、史上生物が獲得できた中でも、  
最高の学習能力を持つ免疫組織として機能したから。  
 
だが、人間はいまだ不死には程遠い。  
そう、たとえば万全の補修を施された、昔流のパーソナルコンピュータを考えて欲しい。  
壊れた部品を即座に交換し、ウイルスを避け、OSを再インストールしていても…  
 
いずれは「生理学的に」寿命を迎えることになる。  
それは形を持つものの本質なのだ。  
 
そんな世界。  
「寿命を待つ人」のために、「ヴァルハラ」は作られた。  
その性質を一言で言うと、「平穏」である。  
近いうちにくる「寿命」をただ待つだけの、「病院」と呼ぶのも憚れるような施設…  
そこに俺と、ハルヒは「住んで」いた。  
 
「ねえ、あなた。今日が何の日か、わかる?」  
外からは桜の花びらが舞い降りてくる。  
俺は今朝もハルヒの部屋に向かう。  
そこでハルヒはそう訊ねて来た。  
「忘れるものか」  
そう、忘れることは無い。  
俺が、あいつのとんでもない発言を聞いた日。  
冗談かと思ったが、あいつは完全に本気だった、その発言をした日。  
「俺たちが、出会った日…だろ?」  
「そう、正解」  
もはやすっかり白くなってしまった…いや、常に黒くすることも出来るのだが、  
ハルヒは「あえて」それをしようとはしない…ショートヘアを縦に揺らし、  
そう答えた。  
 
「じゃあ、今日はSOS団創立一世紀の日、なんだな」  
「あら」  
すこし顔を傾けて、少し困った様な、怒った様な顔をしたハルヒは、俺のその意見に反対した。  
「私たちがSOS団を立ち上げたのはもっと後よ。一世紀祝いも考えているのに。  
あなた、ひょっとして、ボケたの?」  
さあてね。俺としては、お前と出会ったその時に、既にSOS団は始まっていた。  
そんな様な気がするだけだ。  
「ふふ…そんな考え方も、アリかもね」  
「ああ」  
かぶりをふったハルヒは、そんな受け答えをした俺を、それでも強い意志を持った目で射竦める。  
「でも、今日は、『出会った日記念日』よ。もう、やることも用意してあるんだから」  
 
大体、こんな感じで日々は過ぎていく。  
彼女は何かにつけ、記念日を定め、あるいは見つけ、俺は粛々と「団員その一」として、  
その記念日のイベントをこなしていく。  
これは、一世紀前からずっと変わらない事。  
 
俺たちの寿命…というより、「生理学的耐久時間」はもはやそう長くは無いらしい。  
医者の見立てでは、俺たちは二人そろって、今年中には決定的な「死」を迎えるそうだ。  
せめてハルヒより、一日でも良いから長生きしてやりたい…まあそうは思うが、  
こればっかりは世の中の決まりってやつだ。  
その点については、ハルヒも、俺も、異論が無かった。  
 
こうしている内に一月が過ぎ、ハルヒが言うところの、「本当の」SOS団の創立記念日が訪れた。  
「ふふ、ねえ、あなた。今日が何の日か、わかる?」  
いつものセリフ、だが何か今日はいつもより面白がっているような、  
そんな雰囲気が感じられた。  
「お前の言う、『SOS団立ち上げ記念日』だろ」  
俺は、一月前に聞いたハルヒのセリフを思い出しながら、そう答えた。  
「そう、正解。  
…半分だけだけどね」  
そういうと、ハルヒはドアのほうを指差した。  
ドアの向こうから…こいつだけは忘れようとしても忘れられない「女性」が出てきた。  
 
「…」  
 
ああ、そうか。ハルヒの意図を、俺は一瞬で理解した。  
そういえば、その「女性」…「長門有希」と出会ったのも、この日だったな。  
「そう、今日は『私たちが初めて出会って一世紀記念日』」でもあるのよ」  
 
もう一世紀が経つ。その間、長門は変わってきた。  
いや、外見的意味だけでは無い。ああ、もちろん外見上も歳相応に変化している。  
そこまで精密に長門を創造した情報統合思念体とやらの見事さに、正直感嘆するくらいだ。  
が、俺が言うのは内面的なことだ。180度とまではいかなくとも、20度位は変わった気がする。  
…まあ、無口なのは変わらないが。  
 
「それにしても、あなたは若くて良いわねえ。やっぱり、  
子供を生まないと歳をとる速度が遅くなるってのは本当だったのね」  
そうだろうか。お互い年相応だと思うのだが…まあ女の場合、幾つになっても、  
僅かなシワの数の違いが気になるみたいだしな。  
「…羨ましい?」  
長門は少し首を傾げる。いつものやり取りが始まったようだ。  
「まっさかあ!私は、あの子達、そして孫やひ孫達が生まれたこと、そのことを嬉しく思っているわ。  
いいえ、誇りにしているといっても良いわね」  
ハルヒは、胸を張って、そう答えた。  
「そう」  
そして長門の答えも決まっている。  
「私は…子供を作らなかったけれど、世界中に私の『子供』達が居る。その孫たちも」  
 
長門…いや、「長門博士」は、情報統合思念体による「ハルヒの観察」が終了、自立進化の方法を会得した後、  
…まあハルヒのわがままやら俺の意思やらで、ごたごたした挙句、  
「情報統合思念体の端末」としての立場から独立して、「一人の女性」になった。  
その後は高校卒業した後アメリカの大学へ留学、さらに飛び級で一気に博士の学位を獲得した。  
 
…まあ、あの長門を人間界に持ってくるのは、宇宙的な反則な気もするが、  
あいつはコンピ研との一件からも分かるように、もともと単独でも相当出来るやつだったらしい。  
 
あいつはその後、かつてあいつ自身が使いこなしていた、「ナノマシン」の開発に携わることになった。  
それは…良いのか?とかつての俺が尋ねたところでは、  
「これはこの惑星の正常な技術的進化内。私はその手助けをしているだけ」  
と答えた。まあ…それならば、別に良いか、と俺も思った。  
長門達のグループの研究者達が開発したナノマシンは、バージョンアップという世代交代を繰り返し、  
冒頭に述べたように世界を一変させた。  
いまも、現在進行中で、自己的に人類の福祉のために、自動的に情報をフィードバックし、  
より高度なレベルへと最適化しつつある。  
そういう意味では、「彼女の子供たち」という表現は非常に適切だ。  
 
「ふふ」  
「……」  
そのやり取りの後、長門とハルヒは、ふたりで見つめあった。  
長年連れ添った俺でも、時々何かわからないようなアイコンタクトをこの二人は取ることがある。  
ただ分かるのは、二人が必ずその後に俺を見て、何か楽しそうな雰囲気をするって事ぐらいか。  
やれやれ。  
 
「さて、3人がそろったところで、一世紀記念イベントを行うわよ!  
有希、キョン、こっちへきなさい」  
 
と言うと、ベッドから立ち上がり、外の廊下に出た。  
「昨日から少し、隣の部屋を借りておいたのよ…っとふふ、あとはお楽しみ」  
そういうと、俺にこちらを見ないように言って、まず長門をその隣の部屋に入れた。  
中を見た長門は、なんだか少し驚いていたような雰囲気が背後から伝わってくる。  
 
そうしてドアを閉めると、ハルヒは、丁寧にもまだ後ろを見ていた俺の手をつかむと  
すぐ横の階段を上っていって、俺のネクタイを…って今の俺の服装はローブだからその襟をだな。  
まあ歳相応の力で掴んで、こういった。  
『協力しなさい』  
 
…なるほどな。本当は打ち合わせでもするべきなんだろうが、  
何、さすがに一世紀も立てばあいつの考えることくらいは分かる。  
つーか時々分かりすぎてイヤになるが、まあそれは置いておこう。  
ここで俺が答えるセリフ、それは一世紀前から決まっている。  
 
『何を協力するって?』  
『私の新クラブ作りよ!』  
 
…さて、もう分かっただろうか。ハルヒは、今日、この記念日に、あの日の再現をしたいらしい。  
しっかし、よくもまあ一世紀も前のセリフを覚えているもんだ。  
俺も覚えている所、相当なもんだろうが、あれほどインパクトがあれば正直忘れそうにない。  
と、すると、次に行くところでは…  
 
ハルヒは俺を引っ張って、さっきの隣の部屋のドアを、まあそれなりの力で開けた。  
『これからこの部屋が、我々の部室よ!』  
まあ、小道具までもがよくそろっている。ヴァルハラのスタッフの方々、すいません。  
一応窓から見える景色だけは違うが、流石にそこまでは動かせないしな。  
…本当に『あの時』のままだ。…懐かしい。  
 
『で、この子が一年生の新入部員』  
部屋の隅に読書少女が座って居るのまで同じだ。  
いや、今は読書『老女』といったほうが良いんだろうな。  
でも、まるで引退したご隠居が、縁側にでも座っているようで、無理なんてのは一つとしてないがな。  
ご丁寧にメガネまで用意してある。  
ま、その辺はハルヒの手配なんだろうな。  
 
『変わっているといえば、変わっているわよねえ』  
ご丁寧にもしっかりセリフは続く。  
俺もきっちり突っ込みまで覚えているので、傍から見たら、俺たちのやっていることは相当自然な、  
でも一方でそれを年寄りがやっている点だけは不自然な、よくわからんものに見えるんだろう。  
 
そして、メガネをついと上げると、長門は…いや、このときは初対面なんだったな、  
『文学少女』はこう言った。  
 
『長門有希』  
くくっ、こいつも分かってんだろうなあ。なんだか面白げだったのを俺は見逃さなかったぞ。  
『長門さんとやら、コイツはこの部屋をなんだか…』  
俺のセリフは続く。聞こえてるんだろうし、それは長門が本に目を戻しながらも、肩が少し上下してるので分かる。  
『いい』  
長門は楽だな、セリフ少ないし。  
『いやあ、しかし、たぶんものすごく迷惑をかけるとおもうぞ』  
考えてみれば、そのとき俺が考えていた以上に、その時から今に至るまで、長門には多大な迷惑をかけたな。  
『別に』  
『そのうち追い出されるかも知れんぞ』  
まあそんなことは無かったんだが。むしろ離さなくて困ったことだろうな。  
『どうぞ』  
俺たちのセリフのやり取りを確認すると、満足げにハルヒは最後のセリフを言い放った。  
『ま、そういうことだから!これから放課後、この部屋に集合ね!  
絶対来なさいよ、こないと…死刑だから!』  
ゼスチャーまであの日のままだ。こいつの記憶力には感心するね。  
『分かったよ』  
 
「ふふっ、あーはっはっ」  
また、懐かしい笑い声が出たなあ。  
「だあーって、あんた達、打ち合わせもしてないのに、しっかり覚えているんですもの」  
「まあな。っていうかそもそも打ち合わせなんて、俺たちには必要ないだろう。」  
「そう」  
俺の意見には長門も同意した。あ、もうメガネは取っても良いと思うぞ。  
 
「ふふっ、そうね」  
軽く頷いた。全員賛成により、満場一致の可決だな。  
「さて、次は何をするんだ、『団長さん』」  
「そうね…」  
 
結局、ハルヒ的大イベントはこの一連のことだけだったみたいで、俺たちは久しぶりの再会を祝して、  
簡単な、ヴァルハラで出来る範囲内で、賑々しくパーティを行った。  
 
「明日は『SOS団命名一世紀記念日』をやるわよ!  
本当は『朝比奈みくる入団一世紀記念』もやりたかったけど…  
まあ、ね。」  
少し残念そうな顔で、彼女は窓から外を見上げた。  
彼女はもう、未来へと帰ってしまった。  
ハルヒには…死んだ、ということにされている。  
 
いまだTPDDなるものは発明されていない。  
時間平面理論はあのハカセ君が主となったグループによって、最近学会発表されたらしいが、  
それが実用面に応用されるのは、当分先のことで、いまだ理論的な仮説上のことらしい。  
つまり、本来の時間でも、まだ朝比奈さんは生まれてすらいないんだろうな。  
…俺もそれを思い、ハルヒの隣に立って、空を見上げた。  
空は夕焼けからダークブルーへと変化していく。  
 
長門は、椅子からゆっくりと腰を上げた。  
「私は、そろそろ帰らないと」  
ハルヒは実に残念そうな顔をした。  
テーブルの上のパーティの後も、今はなにやら寂寞とした感じを出すオブジェとなっている。  
「そう…」  
ハルヒに続いて俺も、長門に向けて言葉を繋げた。  
「…今日は、わざわざ来てくれてありがとうな」  
 
多分、来年は無いだろうからな…  
 
ハルヒは、長門の背中に、声をかけた。  
「有希」  
「なに」  
長門は振り向きながら、聞き返す。  
「…また、来てね」  
「必ず」  
少しの間もなく、長門はそう答えた。  
 
 
その日の夜。  
俺は、自分の部屋に帰り、ゆっくりと寝ようとした。  
いや、本当に寝ていたのかもしれない。  
 
 
そこに、長門が現れた。  
 
…なぜか、昔の姿で、北高の制服で。  
いや、俺も時を巻き戻したかのように昔の姿をして、制服を着ていた。  
 
「…来て」  
まるで夢の中のような気分のまま、長門につれられて来た場所は、さっきまでセッティングしていた隣の部屋。  
小道具もまだ片付けられていなく、昔のままのSOS団の部屋だった。  
いや、さっきは窓から違いが分かったが、今は真っ暗だからうっかりするとその頃との違いが感じられない。  
 
「あなたは」  
長門はあのころの「いつもの場所」へ座ると、あのころの「いつもの場所」に座った俺に切り出した。  
「明日の朝には生物学的な『死』を迎える」  
…若い頃の俺ならその言葉に相当に取り乱すんだろうが、もう110も超えていると、そんな感慨も沸かないもんだ。  
むしろ、俺は別の事が気になった。  
「ハルヒは?」  
「彼女も同様」  
「そうか」  
アイツなら俺よりもっと長生きするだろう、とかとも思っていたんだがな。  
「ま、いいさ。俺たちは、もう十分生きた」  
「彼女と同じことを言う」  
少し可笑しそうに長門は言った。  
「ハルヒにも会ったのか?」  
「…」  
後になったのを、光栄と思うべきか、残念と思うべきか、どっちなんだろうね。俺は言葉を続けた。  
「ま、そういうわけだ。それに、データを残す気も無い。これはハルヒも同様だ」  
「…そう」  
 
冒頭では言い抜かしていたが、同様の技術的進歩により、人類は自分の人格やら記憶やらを、  
外部記憶装置にアップロードすることで、「自分」を事実上の不可死の状況に置くこともできる様にも成った。  
「生理学的には」寿命があると言ったのも、その為だ。  
だが、その選択肢は、医者として、既にそれを実験していた「古泉」に会ったときに俺たちの間で否決された。  
 
前にそいつとアクセスしたとき、そいつは相変わらずのややこしい言い回しでこう言った。  
「僕は時々思うのです。『僕』の本質は、『僕』が肉体的に消滅した時点で消滅したのでは…と。」  
デジタルでも肩をすくめる仕草、あいつらしいって言えばそうなんだがな。  
「と、すると『今の僕』は正に『生ける屍』といったところですね。  
いえ、『今の僕』も、存在しているだけで楽しいといえば楽しいです。ちょっとした、そう、情報統合思念体気分です。」  
遂に俺たちも長門級に到達か。人類も中々やるもんだな。  
「ですが、もし、『あの世』や『生まれ変わり』と言うものがあるとするのならば…  
『僕』が行くのでしょうね。その時はよろしくお願いします。多分、そちらでもご縁があるでしょうから。」  
 
…俺は、いやハルヒと俺はそのときに決めた。ヴァルハラへ向かうことを。  
 
「私の生理学的寿命は、予想によればこれからも10年以上続く。  
…私だけ、取り残される」  
…大丈夫さ。あの世で待ってる。何、10年位ならすぐさ。  
 
「『あの世』は」  
「うん?」  
「私にもあるの?」  
俺は驚いた。  
確かに、昔にも「死んでから どうなることも分からずに 無用心にも 皆死んでく」と言う狂歌があったくらいだからな。  
その上、死んだあとどうなるのか、こればっかりは現在の科学理論でも解明不可能だ。  
その先を不安に思うのも無理は無い。  
しかし、そんなに不安がるなら、幽霊騒ぎのときの情報統合思念体付きの頃の長門に、  
きちんと聞いておけば良かったのかもな。  
 
「大丈夫、俺たちは皆同じところに行くさ。まあ、朝比奈さんはもう少し遅れそうだけどな」  
朝比奈さんはまだ生まれてすらいないだろうし、そうなると『あちら』へ行くのは相当先のことになるんだろう。  
遅刻の罰金は朝比奈さんか。まあ、理由もあるし、俺が肩代わりしても良いかもな。  
 
「違う」  
「?何がだ」  
「私だけは情報統合思念体によって作られた存在。生理学的寿命が尽きれば、  
情報統合思念体に回収されない限り、私だけは消失する可能性がある。私はそれが怖い」  
…そうか。コイツが、こんな表情をする理由は。  
 
俺は、その言葉を聞くと、あの頃の姿をした長門…震えている…を椅子の上から抱きすくめていた。  
ハルヒ、すまんな。ちょっとだけだ。だからドロップキックはしばらくの間勘弁して欲しい。  
「大丈夫だ」  
「でも」  
「お前は人間だ。誰がなんと言おうと人間だ。お前以上に人間らしい人間がいるか?  
かけがえの無い友達を作り、限りある大事な時間を友達と過ごし、そして死ぬ。  
それを『人間らしい』と言わないなら何だ?」  
「…」  
 
「SOS団は皆、お前を待っている。だから、お前も、必ず」  
 
長門の震えは止まり、彼女は俺の両腕から体を離した。  
「…」  
そうすると、高校時代の姿の俺に向かって、外見は高校時代のまま、でも表情だけは、  
歳を経た長門の笑い方を返してきた。  
俺は何かおかしなことを言ったか?至極真面目なことを言ったつもりなんだがな。  
長門は首をほんの少しだけ振る素振りをした。  
「あなたは」  
手元の本で顔を隠すと、こう続けた。  
「また彼女と同じことを言った」  
そうか。…やっぱり夫婦になると、考え方まで似ちまうのか。  
「最後だけ正直に言えば、彼女が、羨ましい」  
…  
 
「ありがとう」  
どういたしまして。ああ、そうだ。まだしばらく『こっち』にいるなら、俺たちの子供たちのこと、頼むな。  
「分かった」  
「じゃあ」  
「「また『次の場所』に」」  
 
その言葉を、聞くと同時に紡いだ俺の意識は…急速に遠のいていった。  
 
 
* * *  
「ご臨終です…二人とも」  
「…そう」  
「二人とも、おそらくあなたを待っていたのかもしれませんね。  
あなたが来られた次の日にお亡くなりになられるなんて」  
「…そう」  
 
…私も。時が来たら、『必ず』行くから…心配しないで。待ってて。  
* * *  
 

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