「雪、か……」  
 
目の前の景色を、消しゴムではなく白い絵の具のように真っ白にしてしまったものに、そう呟いた  
もう12月の半ばだというのに、この身も心も冷えそうな公園で遊ぶ声が、遠くに聞こえる  
 
「お前は、見てるのか? 長門……」  
 
既にこの世にはいない……いや、俺だけの思い出の中の住人の名前をそう呟いた  
そして天を仰ぎ、あの輝かしい高校生活を思い出した  
 
 
 
高校2年の底冷えする寒い日のことだったな  
明日にはSOS団2度目のクリスマスパーティーが行われようとしてる部室に  
向かって俺は足を進めていた  
 
2年生になってからは、ほとんど不思議現象は起きなかったな  
たまに、古泉主催の推理イベントや、鶴屋さんが提供してくれる謎アイテムに  
我らが団長が台風のように引っ張りまわすだけで、俺の身に危険を感じたような事はなかった  
おかげで、出番がないことを残念がっていたのだろう。長門は少しだけ寂しそうだったように思える  
 
それでも、ハルヒはいつも明るくて、楽しそうで、満足しているようだった  
まるで、この日常が一番楽しいかのようにな  
 
「涼宮さんの力は徐々に衰えています」  
 
と、言ったのはどこのむかつくエスパーのセリフだったかな  
 
「彼女は、たとえ不思議なことが起こらなくても、今の現状に満足しているのでしょう  
  もちろん、あなたの努力のおかげですけどね」  
 
ハルヒがただの高校生になってくれるなら、それでいい  
あいつが神のように崇められるのは、俺としても嫌気が差すからな  
 
「それは少なからず涼宮さんに対する気持ちと思ってよろしいですか?  
  いやあ、僕としても彼女が貴方と一緒に穏やかな生活を送ってくれれば───  
 
──それ以上を語るのにも嫌気が差した時、ちょうど俺の手はドアに軽くノックをしたところだった  
 
……返事はない、ということは  
 
ドアを開けて俺が見たものは、予想していた半分のものだった  
部室の置物の役割を果たしている長門は、確かにそこにいた  
読書人形ではなく、直立不動で俺を正面に見据えている姿だったがな  
無論、これだけでも俺の質問理由になるはずだ  
 
「長門? また何かあったのか?」  
 
「……あと17秒」  
 
17秒?何が?  
声をかけても仕方なさそうなので、大人しく後ろを見ずにドアを閉め、時間の経過を待った  
 
 
「……16時25分53秒、涼宮ハルヒの力の消滅を確認」  
 
 
最初は、何を言ったのか分からなかった  
 
 
……なくなった?あいつの変態パワーがか? やっと俺がアイツの一挙一動に悩まされることがなくなるのか?  
 
「今の彼女に、情報改変をする力は残っていない」  
 
──ということは、今のアイツは少し性格が変なだけのただの女子高生なのか  
脳内の考察隊が頭を駆け巡り、ある1つの疑問と不安に辿り着いた  
 
古泉は、元の高校生として生活していくだろう。 最初がそうだったように  
朝比奈さんはどうなるか分からないが、朝比奈さん(大)の様子を見ると、未来は大丈夫だろう  
だが……  
 
「お前は……どうなるんだ? アイツを観察する必要がなくなったお前は……?」  
 
俺に分かる程度に長門が表情を変えた  
 
「……私の計算によると、11分5秒後に情報結合を解除される」  
 
なっ!?  
「なんだっ、て……?」  
 
己の意思に反し、勝手に声が出ていた  
 
 
「昨年の私のエラーで、情報統合思念体が私の処分を検討し続けていた  
  そして涼宮ハルヒの力が失われた今、私を存在させておいても無意味  
  ……これはもう、貴方達が関われるような問題ではない」  
 
 
言い返す言葉もなかった  
普段の俺なら、とっくに何か言い返しただろうな。あの病室の時のように  
無論、これがハルヒや古泉の言葉ならすぐに怒声で言い返しているはずだ  
それができなかったのは、単に驚いただけではない  
長門の言葉と、その表情、その瞳が  
 
これが、世界の真理である事を告げていた  
 
「だったら! 何で、もっと早く言わなかったんだ!   
 そうすればお前の1年を、お前の好きなようにさせてやったのに!」  
 
自分の頭の考えを、口に直結させて喋っていた  
 
「言えば、貴方や他の人間に気を使わせてしまう  
  そうなれば、貴方の人間関係にも少なからず影響を及ぼしてしまう」  
 
……お前はそれで、よかったのか?  
 
「……私はあの変化のない空間に居心地の良さを感じていた  
    だから、それでよかった。 あれが一番だった」  
 
淡々と話す長門の目には、少しの輝きが生まれていた  
だが……  
 
俺は長門に駆け寄り、掴むようにして両手を肩に置いた  
 
「まだ、俺はお前に何もやれてない! 命を救ってもらった恩だって!  
 幾度となく事件を解決してくれた借りもそうだ! 長門!」  
 
少し我を忘れ、ハァハァと肩で呼吸する俺に向かって  
優しく、どこか遠い声のように、こう言った  
 
「もう、もらった……」  
 
あの、改変された世界で見た微笑がそこにあった  
 
「あなたからは、温かみと、やさしさと、愛しさと、  
 
     ……思い出を、もらった」  
 
……それで、それだけで本当にお前は十分なのか?  
だって俺は、まだまだお前にしてやりたいことが、沢山あって───  
 
 
「最後に」  
 
少しの間を空けた後、わずかに空気を震わす程度の声でこう言った  
 
「一つだけ、願望がある」  
 
           
長門が俺にして欲しいこと?  
そうか、まだハルヒの中にわずかでも力が残ってるかもしれん  
それを刺激してやればきっと──  
 
「そうじゃない」  
 
顔をさらに微笑ませて  
 
「目を、閉じてほしい……」  
 
目……?   
時間遡行か? それとも空間移動か?  
不安と期待を胸に、俺は固く目を閉じた  
そして、俺を待っていたものは  
 
 
「……!  なが、と…?」  
 
 
僅かに湿った唇の感触と、やや顔を朱に染めた長門の顔だった  
 
「……やっと、叶った……」  
 
少し照れるように笑い、呟くようにそう言った  
 
「もう、思い残すことは……何一つ、ない」  
 
 
 
それがスイッチとなったかのように  
 
長門の両足が、砂のように空間に消え始めた  
 
 
砂時計の上部には、もう数えられるほどの砂粒しか残っていなかった  
ひっくり返すことも、横にして止めることも、ましてや割ることもできない状況で  
俺は、砂時計の傍観者になるしかなかった  
 
ただ、叫ぶことしか  
 
 
「長門!」  
 
俺の叫び声に、少しだけ微笑みを崩した長門の目が俺を捕らえた  
 
「消えないでくれ! 俺は、俺にはまだお前が───」  
 
最後の方は、声にさえなってくれなかった  
 
「……消滅するわけではない、情報統合思念体の一部となるだけ  
    貴方のことを、見守っていられる。 だから……」  
 
耳は、ちゃんと捕らえてくれた  
 
 
───雪の日だけでも、私のことを思い出してほしい  
 
 
ああ、忘れんさ。  
たとえ、老いたり、事故に遭ったり、悪の組織に洗脳されても、記憶の奥底で南京錠をしておこう  
 
 
いつの間にか、二人して笑っていた  
見送られるものが笑っているのに、見送るものが泣いているのはいい気分じゃないからな  
 
 
「……貴方のことが好きだった。 本当に、ありがとう。 そして──」  
 
 
おそらく、俺が生涯忘れないような満面の笑みと共に  
 
 
「───生まれ変わったら、また、図書館に」  
 
 
砂時計の砂の、最後の一粒が落ちた  
 
 
 
しばらくの間、長門が乗り移ったかのように、不動のまま立ち尽くしてた  
ただ目の前のものを映していた俺の目は、視界の隅に見つけた白色に焦点を当てた  
 
「……雪?」  
 
いつの間にか、窓の外には、しんしんと雪が降っていた  
今まで俺の目の前にいたような、真っ白で触ると消えてしまいそうな雪は  
何かを慰めるように、包み込むように、世界を覆いつくしていた  
そして──  
 
「絶対に、忘れないさ……」  
 
───笑いながら泣く事の難しさを、今日俺は初めて知った  
 
 
 
 
「こらっ、キョン! せっかくの雪なんだからこっちきて遊びなさい!」  
 
……震えながら雪合戦をするのは、体験したくないな  
 
「あたしは大丈夫だけど、パパ寒がりだもん。仕方ないよママ」  
 
今年10歳となった愛娘は、小学生パワーをフルに活用して雪玉作成に励んでらっしゃる  
 
「全く!明日には古泉君とみくるちゃんを呼んでのSOS団クリスマスパーティーなんだから、これくらいでヘコたれてると当日にペラペラになるわよ!」  
 
……ああ、分かってたとも、他の奴の記憶が操作されることくらい  
  だけど、あいつは俺の記憶はちゃんと残しておいてくれた  
  それで、十分なんだろう。不満はないさ  
 
 
「さあ!第3ラウンド開始よ! 分かってると思うけどこの辺の雪がなくなったら終了よ!」  
「うんっ!」  
 
恒星が二つもありゃ、わざわざ手を使わなくともコロナで溶けるだろうに  
 
 
 
でもな、ハルヒ。   
世界中の雪を全て溶かしたとしても、  
俺の中の雪だけは溶かさないでくれよな  
 
 

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