SOS団の部室には、長門一人だけだった。  
まあ、ノックの返事がない時点で分かり切ったことだったのだが。  
「おう長門、今日も早いな」  
あくびを堪えながら挨拶をする。  
「…………」  
長門は本から顔を上げると、二ミリほどアゴを引いた。おそらく頷きだろう。  
そしてもはや用は済んだとばかりに、再び読書に戻る。  
まあ俺も長門にそれ以上のリアクションを求めたわけじゃない。  
一度、思いっきり長門を笑わせたりしてみたいが、それはまた別の機会の譲ろう。  
それよりも俺は今、猛烈に睡眠を欲している。  
幸いハルヒは用事で遅れて来るという。ならば今をおいて居眠りをする時は無いだろう。  
席に着き、机の上に突っ伏す。  
では、しばしのお別れを。  
 
 
             『 朝比奈みくるの混乱 』  
 
 
 
「……ん、」  
衣擦れの音に意識が戻った。顔を上げると朝比奈さんの姿が見えた。  
 
「ふえ?」  
きょとん、と驚いた顔をすると、いっそう幼く見える。  
本当にこの人は何歳なんだろうと思うが、何歳だろうが朝比奈さんは朝比奈さんなわけで。  
ああ、目覚めに朝比奈さんの姿を見ることができるだなんて何て素晴らしいんだ。  
毎朝彼女が起こしてくれたら、日々幸せに過ごせるに違いない。まったく完璧なメイドさんですよ。  
 
ただ今日のメイドさんは、いつもと少しだけ様子が違う。  
メイドのメイドたるは、いわゆるメイド服の有無に集約されるわけで。  
メイド服がなければ、ただの優しく少しドジで可愛くて胸の大きい上級生ということになる。  
そこには決してメイドという属性は付加されないわけだ。  
私服のメイド喫茶などあったら、詐欺以外の何物でもない。  
じゃあ、メイド服とはどこまでを指すのか。  
エロ本などで、メイドさんもエッチの際は服を脱ぐ。  
脱がないまま行為に及ぶ場合もあるが今回は除外する。  
さて改めて問うがメイド服が無ければ、メイドさんではないのだろうか?  
違う、そんなことはない。  
やはりメイド服を脱いでもメイドさんはメイドさんだ。  
じゃあ、メイドさんの本質はメイド服ではないのか?  
いや待て、その前に再確認すべき点があるんじゃないか?  
メイド服を脱ぐと言っても、全部を脱ぐわけじゃない(エロ本調べ)  
大抵は頭のヒラヒラや靴下など、一部分を残している。  
そう、メイド服とは部分的でもメイド服として認められるのだ。  
メイド服を着ている以上、その人間はメイドさんとして認められる。  
そして朝比奈さんは部分的ではあるがメイド服を着ている。  
つまり朝比奈さんはメイドさんであり、いつも通りのSOS団の風景と変わりない。  
変わらないのなら、いつも通り挨拶をすればいいだけだ。  
どうも、こんにちは、朝比奈さん。  
 
「え、あ、はい、こんにちはキョン君……」  
俺につられて、ぴょこんと頭を下げる朝比奈さん。  
そのまま停止し、顔がみるみる赤くなっていく。  
正面からは見ていないが、耳が真っ赤になっているから、まず間違いないだろう。  
 
俺もようやく意識がはっきりしてきた。  
いや、意識自体は目を覚ましたときから、はっきりしていた。  
ただ脳の状況処理能力系統が、入力情報過多で軒並みダウンしていただけだ。  
 
ようやく復帰した処理系統に、視覚からの緊急伝令が入る。  
『緊急事態、緊急事態!』  
何事だ!  
『敵戦力は強大、我が軍の被害甚大なり、繰り返す、敵戦力は強大、我が軍の被害甚大なり!』  
ええい、敵戦力の総数を言わんか!  
『敵影は一機! ブラウスのみ! 繰り返す、敵影は一機! ブラウスのみ、です!』  
バカな! たった一機に、我が軍が翻弄されるだと!?  
『視覚系統より、映像入ります』  
 
脳内スクリーン一杯に映し出される朝比奈さんの姿。  
着替え中だったのだろう、上は襟の大きなブラウス、そして下は……履いてない。  
 
「うわあっ!?」  
「ふえええええええっ!?」  
同時に驚きの声を上げた。混乱していたのは向こうも一緒だったらしい。  
 
朝比奈さんのことだ、寝ている俺を起こすのは悪いと思ったのか。  
そのまま着替えだしたところ、運悪く俺が目を覚ました、といった所だろう。  
俺が取るべき行動は、今すぐ謝って部屋から出て行くことだ。  
しかし運動処理系統はエラーを伝えるばかりで、一向に動こうとしない。  
視覚だけが映像を入信し続ける。  
 
ブラウスに包まれた反則的な胸。  
裾から伸びる、すらりとした二本の脚。  
そしてブラウスの合わせ目から、見えそうで見えない危険地帯。  
映像ジャックをされたかのように、そこから目を離せないでいる。  
 
ごくり、と無意識に唾を飲んだ音で、我に返った。  
あ、う、あ……と、とにかく謝らないと!  
 
「ごめんなさいっ!」  
 
教室に響く謝罪。  
ただし、発信者は俺ではなく、対象は朝比奈さんじゃない。  
 
「ご、ご、ごめんなさい長門さん! あたしそういうつもりじゃ!!」  
どういうつもりか、何故か朝比奈さんは長門に謝っている。  
理由も動機も不明。おそらく俺以上に混乱しているのだろう。  
しかしそうだ、長門が居た。  
こいつがいれば俺が間違って朝比奈さんに襲いかかるなんてような事態にはならない。  
そう思うと少し安心できた。  
 
「いい」  
長門と言えば相変わらずの反応で……と思ったが、本を閉じると立ち上がった。  
そのままこちらに向かってくるので、てっきり不埒な行いの罰で処分されるのかと思った。  
しかし、長門はそのまま横を通り過ぎると、入り口へと向かう。  
扉を開くと、振り返り一言  
 
「……ごゆっくり」  
 
ぱたん、と扉が閉まる。  
それっきり、何とも言えない沈黙が部室を支配する。  
 
勇気を出し、恐る恐る朝比奈さんの方を振り返って後悔する。  
「ひゃうっ!」  
朝比奈さんは当然、先程までの格好と同じだ。  
ブラウス一枚という核爆弾級の破壊力。  
顔は真っ赤で、目尻に涙まで浮かんでいる。  
それは俺を興奮させるだけで逆効果でしかない。  
まさか分かっていてやっているんじゃないだろうな、この人。  
 
「キョ、キョン君、その、これは、その……その、」  
わたわたと慌て出す朝比奈さん。  
いや、とにかく早く服を着てください。  
 
かく言う自分も、先程からずっと目が離せないでいる。  
そうやって、おろおろと身体を振ると、裾から大事なトコが見えそうになったりならなかったりで……  
「え……? きゃあっ!」  
俺のイヤらしい視線に気付いたのか、朝比奈さんは裾を、ぐっと引っ張った。  
 
……想像して欲しい。  
ただでさえ、はち切れんばかりのボリュームを何とか収納していたブラウス。  
それが下に勢いよく引っ張られたら、どういう事態を招くか。  
 
はち切れた。  
 
ぶちぶちん、と胸元のボタンが弾け飛び、二つの核弾頭が露わになる。  
薄いピンク色の可愛いデザインの下着が視覚に飛び込む。  
ぶるん、という擬音が聞こえたのは気のせいじゃない。  
 
「きゃあっ!」  
慌てて両腕で胸元を隠す。  
その勢いで裾が捲り上がり、一瞬だが、上と揃いらしき薄ピンク色の布地が見えた。  
 
……なんだこの三文小説的なシチュエーションは。  
 
 
 
三文小説的なシチュエーションは、三文小説的に終わりを迎えた。  
扉が開き現れたのはあいつで、三秒後に落雷が発生した。  
……比喩でも何でもなく、本当に校舎のすぐ近くに雷が落ちた。  
まさか青天の霹靂を実際に体験しようとは思わなかった。  
 
もちろん、部室内に雷が落ちなかったというかと、そういうわけでもない。  
ハルヒという名の雷を伴う暴風雨が、俺の首を締め上げ暴れ回った。  
一番の被害者のはずの朝比奈さんは、あられもない姿のまま、必死にハルヒを宥めてくれた。  
 
 
……オチ?  
三文小説にそんな物はない。  
たまには俺だって美味しいシチュエーションに恵まれたって良いじゃないか。  
 
その後のことは推して知るべしというべきか・・・  
かつてないほどの閉鎖空間はいとも簡単に、我々が「地球」と呼んでいる惑星を飲み込んだのだ。  
 
〜fin〜  
 

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