―気の毒! 少年Nの悲劇! あらすじ―
ハルヒの奴が他人の著作物によって笑っている。それは俺にとって結構衝撃的な光景だ。
涼宮ハルヒという人間はどうも『笑い』という行為を、他者を蹂躙する際に相手に見せ付ける示威行動だと勘違いしているきらいがあり、
けっして他人がものもした文章によって己が笑わせられるなどといったことは、源義経が大陸に渡って羊肉焼鍋の同名英雄になるのと同じぐらいにありえないはずであった。
ハルヒの手の中にあるのは我が部が世界に誇るマスコットキャラであるところの朝比奈さんのご友人、鶴屋女史によってこの臨時機関紙発行編集部にもたらされた原稿だ。
タイトルだけがチラリと見えたが『気の毒! 少年Nの悲劇』という小説らしい。
気になるね。
鶴屋さんの文才がどれほどのものなのかは俺にもわからないが、少なくとも俺の恋愛小説や、すでに種がわれちまってる古泉のミステリーよりは期待できるだろう。
いや、ハルヒの反応を見るかぎりじゃあ、数年後には現代文の教科書に採用されているだろうほどの傑作に違いない。
「なァおい、ハルヒ。『気の毒! 少年Nの悲劇』ってなんだよ一体」
「よーし。じゃあこのあたしが平凡高校生やってて頭カラッポになったキョンのために
詳しく教えてあげようじゃない」
おまえ…答えなんざどうでもいいから殴らせろ。
まぁ口には出さないがな。それこそが俺の頭がカラッポじゃないなによりの証拠ってもんだろ。
以下はハルヒ編集長による『気の毒! 少年Nの悲劇』のあらすじである。
やたらとエクスクラメーションマークが多いのには目を瞑っていただきたい。
ハルヒのテンションを文章化すればこうなるのは自明の理じゃないか。
「眼鏡の少年、ンダ太郎!!彼には夢がある!!
それはメガネサバイバルのチャンピオンになる事!!
メガネサバイバル!!それは!
未来人が眼鏡の少年と協力し合い行うスポーツである!!
眼鏡の少年を一方は事故死させ、もう一方はそれを阻止するという過酷な競技で
並の眼鏡少年はとても出場できないのだ!!
強靭な肉体と鋼鉄の精神が眼鏡少年には要求される。
そのため血を吐くような特訓が必要なのである!!」
「メガネサバイバルを夢見る眼鏡少年は多い!!
しかしほとんどの少年はそのレールから弾かれてしまう。
ンダ太郎には生まれつき強い事故回避能力などはなかった。
気のやさしいどこにでもいる少年であった!
しかし彼は未来人のうさぎのお姉さんとの約束があった」
『これから……何があっても車には気をつけて。
道を渡るときも、車に乗ったときも。
ううん、飛行機にも電車にも、それからお船にも……。
ケガしたり落ちたりぶつかったり……沈んだりもしないように、ずっと注意するの。
約束して欲しいの」
「ンダ太郎は決意した!!
お姉さんとの約束を果たす!!
それを胸に誓い、身体を鍛え、心を鍛え、成長した。
そしてついに!!
レギュラー、準レギュラー、ゲストキャラに新キャラと、シリーズ最大のキャラ数を誇る『涼宮ハルヒの陰謀』の舞台に立つ!!」
「その頃お姉さんは!!
二人に分裂したあげく、部活仲間と一緒に亀をいじっていた!!」
「………とまあ簡単なあらすじがこれよ!
どう!?先が読んでみたい?」
なんだその小説。超読みてェ
「原稿貸せよ、ハルヒ」
「ふふふ…どうしようかしら…」