『再会』  
 
 
「キョン、キョン、ビッグ・ニュースよ!」  
俺がいつものように登校すると、ハルヒが目を輝かせて話しかけてきた。なんだ、一体?  
「転校生よ、謎の転校生!こんな時期に転校なんて怪しさ全開だわっ。」  
全く同意できんが、ここは話を合わせておこうか。  
「ああ、まあな。もう学年が変わるって時期に転校してくるのは変わってるな。」  
でしょ!?と、ハルヒは身をのりだす。  
「しかも今度は女のコよ!有希のクラスに入ったらしいけど、かーなり可愛いみたいっ。男子の視線を釘付けだって!…これは是非ともSOS団に必要だわっ。」  
やれやれ、やっぱり拉致ってくる気か。それにしても、そんな報告を、長門はどんな顔して言うのだろう。  
 
『…男子視線の当該対象への集中を確認。』  
 
こんな感じか。まあいい。せいぜいその美少女に迷惑がかからないことを祈るのみだ。  
あるいは、長門か古泉のお仲間かもしれん。それならあいつらに任せておこう。  
ま、結論から言えば、そのどちらでもなかったんだが、これが。  
 
いつものように部室で朝比奈さんの煎れてくださったお茶をのみ、古泉と二人でダイヤモンド・ゲームをやる。  
本来、三人でやりたいところだが、朝比奈さんはルールを知らないし、長門は読書中で邪魔する気にはならん。  
ハルヒは例の転校生をとっつかまえに行った。やれやれ、会ったこともないが、その女の子には同情するね。  
まてよ、そいつは普通の人間なのか?長門。  
「違う。」  
げっ、宇宙人か?未来人か?超能力者か?  
「どれでもない。…あえて言うなら…」  
まさか…。  
「異世界人に該当する。」  
 
 
朝比奈さんが、「ひっ。」と声を上げ、古泉も驚いたように長門を見た。真剣な表情で長門に質問する。  
「長門さん、それは、どういった類の存在なんですか。」  
「……異世界から来た。今回のケースでは――」  
長門がそこまで言いかけたとき、バターンとドアが開いて、ハルヒが入ってきた。  
「みんな、紹介するわっ。こちらが期待の謎の転校生美少女よ!」  
そう言って少女を部室に引っ張り込んだ。  
なるほど、谷口ランキングならばAランク+はかたいな……  
などと考えた直後、俺の思考はピタリと停止した。自分の口があんぐりあくのが分かる。  
 
「あれ…、キョンくんなの?」  
 
Aランク+の美少女は、確かにそう言った。  
 
 
「キョンくん、キョンくんでしょ?うわー、久しぶり!」  
 
少女は俺に飛び付いてきた。  
抱きつかれながらも、俺は言葉が出ない。そいつは俺が中学生だった頃の同級生だった。  
国木田あたりが、「キョンは昔から変な女が…」と言っていた、まさにその変な女である。  
まあ、こう言うのも何だが美少女だ。背は長門より少し高い。黒いショートカットにピンをとめて、片耳だけ出している。  
さらっとした髪のしたで、よく笑う瞳。  
――変わってない。中学の頃と。  
だが。  
何が起きた?異世界人?こいつが?  
これもハルヒの仕業なのか?  
「なんで…ここにいる?おまえは――」  
「ちょっと、キョン。」  
ハルヒの静かな声が俺の言葉を遮る。やばい、静かだが巨大な怒りを感じる。  
この際、疑問は後回しだ。ハルヒ絡みなら何が起きても不思議じゃないんだ。後で長門に解説願おう。  
俺は小声で少女の耳に囁く。  
「落ち着け、離れろ。今、ここにいるみんなに紹介するから。」  
ようやくそいつは離れ、俺は団員たちに向き直る――  
うわ、こわっ!!  
ハルヒは不気味な笑いを浮かべているが、口の端はヒクヒクと震えている。  
朝比奈さんは――うわ、プルプル震えて赤くなっている。そんなに睨まないで下さい、俺だって戸惑っているんです。  
長門はこっちと目を合わせようとしない。何もない空間に視線を集中させている。  
要は、みんな怒っている。  
古泉だけが、「修羅場ですね」とでもいいたげな笑みを浮かべてやがる。  
「えーと、こちらは、俺の中学の時の同級生の、―――です。」  
少女はペコンと頭を下げる。  
「―――です。キョンくんとは中学でクラスが一緒でした!いきなり連れて来られてビックリしたけど、キョンくんがいて、もっと驚いちゃった。」  
後で探そうと思ってたんだよ、と俺の方を見て付け加える。  
部室に満ちた怒りのオーラが、また一段と濃度を上げる。  
さて、この団員たちをどう紹介したものか。  
「あー、こちら、涼宮ハルヒ。俺と同じクラスで、この…あー、集まりの団長をやっている。」  
「こんにちはっ!」  
「……どうも。」  
ハルヒ、声が普段より低いぞ。笑顔がひきつってるぜ。  
「こちらが上級生の朝比奈みくるさんだ。」  
「よろしくお願いします。」  
「…ええ。」  
怖いです、朝比奈さん、怖いです。  
「これが古泉。九組だ。」  
「はじめまして!」  
「いやあ、彼にこんなに可愛らしい友人がいたとはね。」  
古泉っ!地獄の業火にガソリンを注ぐような真似するなっ。  
「あ、あと、長門有希だ。確か、同じクラスだろ。」  
「うん!隣の席で、いろいろ教えてもらった。よろしく、長門さんっ!」  
「……。」  
長門は無言で頷く。長門といろいろ話してたとは…。今頃、長門のクラスの連中は、ハルマゲドンに怯えていることだろう。  
もっとも、この部室に世界の終わりが来そうだがな。  
 
 
紹介したものの、誰も口をきかないために、部室の空気はその密度をぐっと増やしたようで、俺はプレッシャーで圧死寸前だった。  
だらだら汗をかく俺を少女は不思議そうに見上げている。  
沈黙を破ったのは古泉だった。かかってきた電話に少し応対すると、残念そうに肩をすくめる。  
「ちょっと急用ができてしまいました。」  
間違いなく閉鎖空間だな。世界が終りに近づいているのは確かだ。  
「どうです、涼宮さん。今日は特に活動予定もありませんから、お開きということにしたら…。ではお先に。」  
ハルヒがぎこちなく答える。  
「そ、そうね。悪いわね、―――さん。せっかく来てくれたのに。」  
少女はにこやかに言う。  
「いえ、そんな。おかげでキョンくんに逢えたんですから。」  
「……そう、それは良かった。……帰るから。」  
ハルヒは俺に突き刺さるようなガンを飛ばすと、部室から足早に出て行った。  
「私も帰ります。」  
朝比奈さんも出ていこうとする――って、朝比奈さん、メイド服のままですが!  
一瞬こっちを向いた朝比奈さんは、ちっ、と舌打ちをして出て行った。俺は呆然と見送る。  
後には俺と、長門と、少女が残った。  
そいつは少し哀しそうに俺を見上げる。  
「……なんか、嫌われちゃったのかな、わたし。」  
「気にすんな。」  
おまえのせいじゃないさ。  
俺のせいでもないと信じたいね。  
 
 
その夜、ハルヒを除いたSOS団のメンバーは駅前のファミレスに集合した。  
 
「閉鎖空間が断続的に発生しています。涼宮さんの心理状態は、そうとう混乱していますね。  
また、機関に頼んで調査しました。―――という少女は、確かに戸籍上も実在しています。ですが――、……ここからは、あなたに説明してもらいましょう。」  
俺は溜息をついた。  
「あいつと俺は、中学で一緒のクラスだった。一年と二年の時にな。  
だが、二年の夏に、あいつは引越ししてる。…北海道に。戸籍を調べたなら分かっただろ。」  
「ええ。」  
「そして、今日部室に来たあいつは、北海道にいるあいつとは、別人だ。恐らくな。」  
「なぜ分かるんです?急に転校してくる可能性は、ゼロではない筈です。」  
俺は、話すかどうか躊躇ったが、結局話した。  
「……このことは、国木田は知らないし、殆ど知ってるやつはいない筈だ。  
あいつは事故にあって、今は車椅子を使っている。急に治るようなもんじゃない。だからだ。」  
俺は長門の方に向き直る。  
「そろそろ教えてくれ。あいつは誰なんだ?どこからきた異世界人なんだ?」  
 
「……あなたの、心の中の世界から。」  
 
「涼宮ハルヒは、あなたと彼女について知り、彼女について情報を求めていた。  
その願望が臨界に達した時、彼女は情報から再構成された。  
ある意味、私と同じ情報活動体。その情報のリソースとなったのが、あなたの持つ記憶情報。  
いわば、あなたの記憶の世界から彼女はやって来た。」  
「……そんなことが出来るのか?」  
長門は微かに頷く。  
「情報と存在は密接に関係を持つ。私もまた、情報結合して存在しているに過ぎない。  
その結合を解除すれば、私という存在は消滅する。そして……」  
なんだ?  
「彼女が消滅するのも、時間の問題。」  
 
俺はしばらく黙っていたが、ようやく声を絞り出した。  
「なぜだ?」  
「情報のリソース不足。ひとつの存在があるためには、個人の記憶情報ではあまりに希薄。  
彼女が存在していられるのは、涼宮ハルヒの能力によるもの。  
だが」  
長門は目を伏せた。  
「涼宮ハルヒがこれ以上、彼女の存在を望むことはないと予測される。」  
長門はそれきり口をつぐんだ。  
「あいつは――消えるのか。」  
ちくしょう、ハルヒが望んだから現れたのに、ハルヒが拒絶したら、あいつは消えなきゃならんのか。  
そんな理不尽な話があるか。  
くそっ。  
俺は堪らずファミレスを飛び出した。  
頼む。  
どうか、まだ消えないでいてくれ。  
 
 
ファミレスには団員たちが残された。  
しばらく無言で向き合っていたが、やがて古泉が伝票を取った。  
「僕が払っておきます。……残酷ですが、これでこの一件は片付きそうですね。」  
長門は頷く。  
「……彼女が消滅しても影響がないよう、情報操作を行う。」  
お願いします、と古泉は頭を下げ、ふと朝比奈さんの方を見た。  
「ところで、あなたが抱えていた本は何です?」  
「えっ、あうぅ、これは…その…。」  
長門が代わりに答えた。  
「完全犯罪マニュアル第二巻…毒殺編。」  
古泉はやれやれと首を振った。  
「どうも、穏やかじゃありませんね。」  
「ふえぇ、ごめんなさい、つい、われを忘れて……。」  
 
 
飛び出したものの、あいつがどこにいるのかわからん。今日、一緒に帰っておけば良かった。  
俺がなすすべもなく立ち尽くしていると、携帯が鳴った。  
長門有希からだった。  
 
『彼女の家の住所は、――町の―――。そこに一人で暮らしている。』  
……ありがとよ、長門。  
『逢いに行く?』  
ああ。行かなきゃならん。  
『……先程、話していないことがある。』  
なんだ?  
『彼女に関するあなたの記憶情報の容量は非常に大きかった。  
普通なら、涼宮ハルヒの力をもってしても記憶からの存在の再構成は不可能。  
だが、あなたと彼女は………。  
それに少し、嫉妬した。』  
……そうか。  
『彼女とは、友人になれるような気がした。』  
そうだな。あいつはそういうやつさ。  
『行って、彼女の最後の時間を幸福なものにしてほしい。ただ――  
たとえ、あなたには恋愛感情がなくても、北海道にいる彼女は、あなたに逢いたいはず。……そのことは忘れないで。』  
わかってるさ。  
ありがとな、長門。  
『いい。』  
切れた。  
俺は、長門が教えてくれた住所に向かって走りだした。  
 
 
「あっれー、キョンくん。どうしたの、こんな時間に?」  
いや、おまえの顔が見たくなってな。  
「アハハ、嬉しいこと言うじゃん。あがってあがって。」  
俺は部屋に入る。  
奇妙なほど、なにもない部屋だった。そう――長門の部屋に似ている。  
「変だよね。ホント、変なことばっかり。  
あたしは気が付いたらここに来てるし、  
おかーさんもおとーさんも居ないし、部屋は空っぽだし。  
さっきから、ずーっとボンヤリして時間を潰してた…。キョンくんが来るまで。」  
ごめんね、やかんないから、お茶も出せなくて、とそいつは言う。  
俺は上手くものが考えられない。何も言えない。  
それにね、とそいつは続ける。  
「足だってさ、いつ治ったの?って。車椅子はないしさ。あは。」  
「足……治って嬉しいか?」  
ちくしょう、なんて質問だ。自分の頭を吹き飛ばしたくなる。  
「まーね…。でもね、一番嬉しかったのは、キョンくんとまた逢えたことだよ。  
訳わかんなかったけど、学校に行くとき、これでキョンくんに逢えるんだ、ってずっと思ってたもの。」  
「俺も……逢えて嬉しかった。本当に嬉しかった。」  
嘘じゃない。  
 
 
「…キョンくん、一度北海道まで来てくれたよね。」  
ああ。  
こいつは、北海道に旅行している途中、自動車事故に遭った。父親の飲酒運転が原因らしい。  
こいつは足が動かなくなり、東京に戻ってくることもなかった。  
世間体を気にしたのだろう。こいつの家族の住んでいたアパートは、夏休みのうちに引き払われ、こいつは北海道に転校していった。北海道に転校したことだけを、新学期に担任が告げた。  
その年の冬、年賀状が来た。  
その住所をたよりに、俺は北海道にまで逢いに行った。中三の夏のことだ。  
車椅子のこいつは、やっぱり明るくて、よく笑った。二人でいろいろと話した。だが、こいつの両親は迷惑そうだった。  
まあな。いきなり中学の同級生が尋ねてくるんだ。それも、自分たちが逃げ出した土地の。  
そして、今年の夏は、俺は行かなかった。  
それで全部だ。中学生のころは携帯をもってなかったし、家の電話にはかけられなかった。  
手紙のやり取りだけ、二、三度続いて、ぱったりと途絶えていた。  
 
俺は泣き出していた。  
「ちょ、ちょっと、キョンくん!どうしたの?急に泣いたりして。」  
そいつが俺の肩に手をかける。  
言葉にならない。嗚咽だけが漏れる。  
俺の大切な友達だったんだ。明るくて、少し変わってた。そして、ある日突然いなくなった。  
「泣かないでよ……ね?ほら。そうだ、高校じゃ、可愛い友達が三人も出来てるじゃない!びっくりしたぞ。うん、長門さんなんていいんじゃないかな。まっすぐなコだね、彼女。」  
「ああ。」  
「あ、あと涼宮さん。あの人、キョンくんのことじっと見てたぞ。きっとキョンくんのことが好きなんだね。泣かしちゃだめだぜ。」  
「うん。……おまえはどうなんだ、その――」  
俺は、おずおずと言った。  
そいつは、にっこりと笑った。  
「キョンくんが大好きだ。わたしの大事な大事な、だーいじな友達!」  
「俺も、おまえのことが――」  
俺がそう言った時。  
そいつは、ふわっと金色に輝くと、次の瞬間、空中に拡散した。光る粒となって。  
情報の結合が外れ――  
そいつは消えていった。  
たぶん、俺の記憶の中に戻ったのだろう。  
俺は床につっぷして、大声で泣いていた。ずっとずっと泣き続けた。  
 
 
翌日、もう転校生の話は話題に上らなかった。長門の情報操作のおかげだろう、多分。  
ハルヒもすっかり転校生のことは忘れている。  
やれやれ。  
「キョン、なんだか暗いじゃない、どしたの?」  
なんでもない。  
「ふーん…、まあいいわ!いまね、春休みの活動計画を考えてんのよ。あんたもアイデア出しなさいっ。」  
アイデアならあるさ。  
「へっ、なに?」  
「北海道に行こう、SOS団みんなで。そこに俺の友達がいるから。お前にも長門にも会わせてやりたい。」  
そう、そいつに逢いに行くために。  
もう一度、本当の再会を果たすために。  
 
 
 
おしまい  
 

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