少し前にハルヒの変態パワーのお陰で、中学時代に俺の彼女だとか勝手に噂された、あの女が何とこの中途半端な時期に、  
しかもわざわざ近場の市立高校からこの北高に急遽転校してきたというのは皆知っているだろう。理由は親の仕事の都合やらなんやらしいが、  
そんなもんはほとんど理由にならない。  
そう、このすべての出来事は、我がSOS団団長様のせいであるのだ。  
 
まぁ、そんなことはどうでもいいとしてだ。彼女はお決まりのように俺たちと同じクラスになり、彼女が転校してきてからしばらく経った日のことだ。  
 
 
4限の終了ベルが鳴ると共に、後ろの席で突っ伏していたハルヒはベルが鳴るか鳴らないかのタイミングで教室を猛ダッシュで出て行くのをいつも通りに確認して、  
俺は鞄の中にある弁当を出そうとする。  
いつものようにアホの谷口と国木田がやってきていつものダベりをしながら弁当をつつくわけなのだが。  
谷口は何も持たずに俺のほうへ歩んで来て、「わりぃ、キョン。今日はちょっと職員室にいかねえといけねえんだ」と言って、教室から出て行き、  
国木田も「ごめんよ、キョン。ちょっと9組の友達に用事頼まれちゃったんだ。弁当はそっちで食べるつもりだから、申し訳ないけど今日はパスさせてもらうよ」と言い残して立ち去っていきやがった。  
ふむ、ということは今日は一人で弁当か。久々だな。アホの谷口のナンパ論を聞かない昼休み等は。  
 
まぁ、一人で弁当をまったりとつつくのも悪くはない。と思いながら鞄の中を漁る。  
あれ?  
漁る。  
ん?  
また漁る。  
おぉ?  
俺はすっからかんの鞄を裏返して広げる。するとどういうことだ。  
何も落ちてこない。  
唯一出てきたのは、いつぞやの配布されたプリントがぐしゃぐしゃになった紙くずくらいだ。  
 
・・・まぁ、その、つまり、何だ。  
 
弁当を忘れちまったわけだ・・・。  
 
 
俺は駐輪禁止置き場に置いておいたチャリがまるごと撤去された時のようなあの何とも言えない喪失感を味わいながら、  
うなだれ、そして机に突っ伏す。  
空腹がピークだった俺の腹の虫は更に鳴き喚き、俺の残された体力もEメーターを越しだしてきた。  
食堂や購買の手段を考えたが、生憎前日のSOS団のフシギ探しのお陰で俺の財布は氷河期のように冷え切っている分けで。  
しかたない。俺は自分の愚かさと空腹から逃れるために、惰眠手段に移行するとしよう。  
 
「きょーーんくーーーーん!!!!!」  
と、睡眠に入ろうとしていた脳みそに脳天が砕けんばかりの声が頭に響いてきた。  
軽く寝かけていたから身体をビクつかせちまった。何だ何だ?!  
 
と、僅かに腕枕から頭をずらして見えるスペースを作る。すると視界にいたのは―――  
 
ああ、このやろう。まだこいつが教室にいやがった。  
え?誰だって?そりゃあいつさ。中学時代に俺とよく一緒にいたあの変な女さ。  
俺は睡眠に集中したかったため、あのハルヒとは違った不思議ベクトルを持つ女にこう言ってやることにした。  
「只今意識を留守にいたしますので。ご用件のある方は放課後あたりにどうぞ」  
そう突っ伏したままで言うと、さっき俺を呼んだ主は、  
俺の言った言葉を聞いてなかったかのように、鼻歌を歌いだして、俺の腕枕を強制解除させてきた。  
「おい。俺のさっき言ったことを聞いてなかったのか」  
仕方なく顔を上げてみると、そいつは前の席の椅子に座り、こっちを向いて弁当を俺の机の上に広げている。  
 
その弁当からかもし出す、何とも言えない匂いに俺の腹の虫たちが再びコーラスを始める。  
「さぁ、キョンくんっ!このささやかな短いお昼休みという有効な時間を利用して一緒にお弁当食べよっか」  
いやいや。ちょっと待て。何で俺がお前と一緒に弁当を食わなければならんのだ。  
「えー、いいじゃない。谷口君や国木田君がいない時ぐらい一緒に食べさせてくれたってぇー」  
言っている意味がわからん。一人で食うか、女子のクラスメイトと食えばいいだろ。  
ほら、見ろ。他の男子の目線が痛いじゃないか。どうしてくれる。  
「私はキョンくんと一緒にお弁当が食べたいんだよぅ。それ以上な理由はないのですよ。キョンくん」  
まぁ、俺と食うのはこの際はどうでもいい。そんなことよりも俺は弁当が無いんだ。弁当が。  
「ふぁんで?」  
と、から揚げを摘んで、口に運んで聞いてきた。  
何でって、お前。そりゃ忘れたから無いんだよ。それに、モノを言う時はちゃんと口の中の物が無くなってからにしなさい。  
「そりゃあ災難だねえー。なむなむ」  
等とほざきながら両手を俺に向かって合掌してきた。  
そう言った後は、自分の弁当を俺の前でつつきだし、ゆっくりと口に運んでもぐもぐとかみ締めている。  
 
おいなんだこれは。一種の拷問プレイか。  
すると目の前の女は今にも餓死しそうなその辺の道端に転がってるホームレスのおっさんようにしている俺を見て、  
「むふふぅ。キョンくん、そんなに餓死しそうなら私のお弁当お裾分けしてあげよっか?」  
「くれ」  
コンマ数秒単位の即答だろう。みのさんもファイナルアンサーと問いだしていいだろうかと困惑するぐらいの返答スピードだと自負できるぞ。  
「んー、人に物事を頼むにはもうちょっと言い方ってのがあるんじゃあないかなぁー?」  
と、この目の前の女は何やら得意げに卵焼きを俺の目の前に出している。  
このやろう。流石にそこまで言われると何だか反抗したくなってきたぞ。  
「あれー?いえないのかなぁ?」  
ぐっ!この女。コケにしてくれる。どうせこの際だ、意地でも食ってやらんぞ。誰が貴様なんぞから恵んでもらうk  
 
ぐぅー  
 
「この愚弄な空腹に塗れた馬鹿な男子生徒に、ほんの少しでもいいですからお恵みをいただけないじょうか」  
心で思っていたこととは反して、再び鳴った虫に耐え切れなかった俺は一瞬にしてそいつの言う事を即刻承諾した。我ながらなかなか情けない。  
「ふふん。キョンくんがそこまで言うんだったら、とっくべつに私の超お手製お弁当を恵んであげましょうっ。その代わり、三回バック転して「にゃん♪」と言ってね」  
無茶言うな。俺がバック転できるような輩にお前は見えるのか。  
「だよねー。期待した私がお馬鹿さんでしたっ」  
そう言うと、そいつは自分の弁当箱からたこさんウィンナーを取り出して、俺の眼前に差し出す。  
 
そしてこう言った。  
 
「はいっ。あーん」  
 
俺はずっこけたね。危うく後ろのハルヒの机に後頭部を強打して、アッチの世界へこんにちはする所だった。  
ちょっと待ってくれ、今なんていった?  
「あーん」  
餡?ああ、そうか餡か。あの自分の頭の一部を子供達に恵んであげるという正義のヒーローにも使われるパンの中身のことだな。  
「違うよー。あーんしてってことだよ?」  
と言うと、そのあーんとやらを解説したいのか、自分の口を開けて「あーん」と言って、たこさんウィンナーを食べた。  
ああ、そうかそういうことか。なるほど納得。  
「ってえええ、おい!そんなことするのは普通カップr」  
「はい、あーん」  
丁度俺が言葉を放った隙を付いたのか、この女は俺の口の中にタイミングよく一口サイズのハンバーグを放り込んで来た。  
うん、ケチャップが付いてて俺好み  
「って、おおおおおい!」  
「えへっ。キョンくん。おいしい?」  
と、満面な笑みでこちらを見てくる。いや、まぁ何ていうか  
「美味しいけどな、もぐもぐ。何ていうか、もぐもぐ。もうちょっと、もぐ。ふつーに、もぐもぐ。くれない、もぐ。か」  
そう俺が言葉を発している隙にも、口が空いたところを狙って、おかずを放り込んでくる。  
「だから、もぐ。お前な。さっきから、もぐもぐ。言ってるように」  
「キョンくん。幼馴染が照れ隠ししたような感じで食べてよぉー」  
って聞いちゃいない。  
 
こんな感じで気づけば弁当の中身はほとんど消え去り、最期のデザートに当たる、うさぎさんリンゴが一個残った。  
「うーん、一個しかないねえ。どうしよっか」  
どうするも何もお前は食えばいい。俺は何にせよ恵んでもらった身だ。そのリンゴはそっちで処理してくれればいいさ。  
「うーん、でもキョンくんにも食べて欲しいし・・・」  
と何やら呟いた後に、ぽんと手を叩いて  
「そうだっ。こうすへはいひんだふぉ、ひょんふん」  
今のは決して著者のタイプミスではない。じゃあ何をしたかって?  
そいつはリンゴを口に咥えて、俺のほうに突き出してきたのだ。しかも何故だか知らんが、  
頬を薄いピンクに染めて眼を瞑って突き出している。何がしたい。  
「みふぇはわふぁるへひょー?ほあ、ひょんふん。ふぁふぇてー」  
見ればわかるでしょー?ほら、キョンくん。食べてー。と言いたいらしい。  
俺はまた盛大にずっこけそうになるのを堪えて、首を思いっきり横へ振って否定の意を込めた。するとそいつはこっちを見て、  
リンゴをまだ咥えながら  
「ふぇー、ひょんふん。ひょんなほほひうんふぁー。ふいふぁっひはへおふぁふあふぇふぇふぁのふぁれほー!」  
えー、キョンくん。そんな事言うんだー。ついさっきまでおかず上げてたのは誰よー!と言っているようです。  
って、まぁその事に関しては感謝するよ。まじで。だ、だが、それはちょっと・・・  
と俺が拒否の意を念入りに語ってやろうとした瞬間だった。  
 
 
「あらぁー。キョン。お楽しみのようね・・・・・」  
背中に電撃と悪寒が奔った。ドス黒い視線が俺の背中にビシビシと刺さる。こ、この声の主は聞き間違いようがな、ない・・・。  
「は、ハルヒさん・・・。いらしたんですか・・・」  
「リンゴの話あたりからずっといたわよぉ?」  
さ、左様でございますか・・・。そ、その何か御用で?  
「そんなにリンゴが食べたいんなら、あたしが食べさせてあ・げ・る」  
ハルヒの顔は明らかに笑っていた。声は笑っていなかったがな。  
 
その後、俺の弁明を何一つ聞く耳持たずにハルヒは俺へ・・・あぁ、言葉にするだけで鳥肌が立ってきた。な、何も聞かないでくれ・・・。  
 
 
終わり  
 
 

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