俺の中学時代の友人であり、国木田や中河が言うところの『変な女』  
 彼女のことを、何の因果か俺はハルヒに話してしまい──女だとはわからないように  
気を配ったが──それに興味を持ったハルヒが、その力で彼女を転校させてしまった。  
しかもハルヒは『変な女』をSOS団に入団させてしまった。まあ、その時に一騒動あった  
のだが、それはもういいだろう。  
 
 ハルヒが彼女に命名した愛称『転校生ちゃん』。彼女の入団時に勃発した騒動が  
終息し、団長の解散宣言の後、俺は冷戦の終了に安堵した某国の国民のように、しば  
し疲れを癒すべく、部室にとどまり、パイプイスに腰を掛けながら惚けていた。  
 ハルヒはとっくに帰ってしまい、それにつられて、他の団員も三々五々下校した。  
 彼女たちが部屋を出る直前に、それぞれ、俺にひと言ふた言囁いた。  
 
 
「キョン君って結構もてるんですね。本当はあのかわいい彼女とつきあっていたり  
したんじゃないんですか?」  
 いや朝比奈さん、あいつは違うって言ってたじゃないですか。誤解ですよ。  
 ふうんそうなんですか。などと言って、まるで信じてくれていないご様子。彼女の  
ラブリーボイスも、今はサボテンをそのまま飲み込んでしまったかのように刺々しい。  
 
 
「・・・・・・・・・・・・」  
 沈黙が痛い。見た目は無表情であるし、大抵の人はそこに感情を見いだせないだろう。  
 だが、長門観察歴ほぼ一年の俺にはわかる。彼女は、あきらかに不信の表情を俺に  
向けている。そしてこれは、俺のうぬぼれかもしれないが、嫉妬に似た感情が仄見え  
ていた。  
 
「いやあ、なかなか興味深い見せ物でしたよ」  
 窓際にさっさと疎開しちまった非国民のくせに、何を言いやがる。  
「あんなに動揺する涼宮さんを、初めて見られましたし、それに、あなたの表情にも  
楽しませてもらいましたね」  
 今日、これまで、まったく口を開かなかった奴が、立て板に水を流すかのように  
しゃべり続ける。  
「そう、まるであなたは、浮気相手に自宅へ乗り込まれて、本妻との間で修羅場を  
繰り広げられている横で、何もできずに、ただあたふたする、情けない亭主のようで  
したよ」  
 なんて的確なコメントだ、と思ったが即座に否定した。勝手な解説をしないでくれ。   
 
 だが、古泉はともかく、2人の女子団員に不信感をもたれるとはな。やれやれ、  
またやっかいごとが一つ増えた気分だぜ。  
 
 
 しばらく休むと、精神的疲労が少し癒えたので、俺は下校すべく校門へと向かった。  
 校門までたどり着くと、転校初日で職員室に呼ばれていた彼女が待っていた。  
「キョンくーん、ひっさしぶりー」  
 いや、さっき会ったばかりだろ。ところで、今まで待っていたのか?  
「うん、そうだよ。せっかくだから、一緒に帰ろうかと思って」   
 別に異存はないので、肩を並べて下校することにした。  
 
 下校途上、俺は訊きたかったことを、そのまま彼女にぶつけてみた。  
「おまえさ、なんでこんな時期にうちの高校に転入してきたんだ?」  
 しかもこんなに近い距離をだ。  
 だが、彼女はこんな質問を、俺から受けることを想定していたらしく、  
「もちろんキョン君がこの高校に通ってるからだよ」  
 
 しかし、きわどいことを言っている。  
「うん?そのままの意味だよ。でも、本当は、誰かに呼ばれた感じがしたからかな」  
 誰か?それは誰なんだ  
「わかんない。何かあそこに行かなくちゃいけない、なんて思うようになったんだ。  
だから、最初はキョン君に呼ばれたのかなと思ったの。だけど、涼宮さんに会って、  
なにか運命的なものを感じたのよね。ひょっとして彼女かな」  
 
 確かに、ハルヒの力で呼ばれたんだろうからな。その所感は間違いではない。  
 しかし、運命的と言う言葉は、あまり同姓に使う言葉じゃないな。  
「ところで、キョン君。あなた、涼宮さんと付き合ってんの?あんな可愛い子と。  
まったく、にくいね、このっ」  
 こいつの48の得意技の1つだ。話題をあさっての方向に転換させる。  
 俺が牛乳でも飲んでいたら、道路一面を白銀の世界のように真っ白にするところ  
だったぜ。それにしても、しれっと、そんな恐ろしいことを言うなんてな・・・。  
 だが、彼女の表情は、茶化している言葉とは裏腹に、笑ってはいないように見えた。  
 
 だから俺は、きっぱりと否定しておく。  
「あん?何を言っているんだ?ハルヒとはそんなんじゃねえよ。勘違いもいいところだ」  
 ・・・まったく、とんでもないことを言う奴だ、という表情で彼女を見やった。  
「へえ、涼宮さんのこと、ハルヒって呼び捨てなんだ。ひゅーひゅー」  
 お前は同級生をからかう、おませな小学生か。  
「でも、わたしがキョン君と付き合ってた。って言ったときの涼宮さんの表情。あれは  
脈ありだと思ったんだけどなー」  
 
 何が脈だ。今まで、おれはさんざんハルヒに、脈を止められて、心肺停止状態に陥るよう  
な苦行をこなしてきたんだ。つーかもうその話はいい。  
   
 その後、しばらく無言で歩いていたが、駅までたどりつくと、彼女は電車通学なので、  
そこで別れた。  
 俺は預けてあったママチャリを運転しながら、下校中の彼女には、『変な女』といわれる  
ほどの、いつもの溢れすぎて、校舎を満たし尽くすほどの元気が、なかった事に気づいた。  
 明日になればあいつも元通りになるさ。  
 俺は根拠もなくそう決めつけた。  
 
 翌日、幸い俺の予想通り、彼女の調子はまさに絶好調だった。しかも昨日見せていた、  
少し哀愁を漂わせたような表情は、一度も見せなかった。   
 
 昼休みに、めしも食い終わり、自分の席でくつろいでいると、彼女がやって来た。  
「キョーン君。あそぼ!」  
 遊び友達を誘いに来た、幼稚園児じゃあるまいし。なんだその呼びかけは。  
「ねーねー。しりとりしよう。24時間耐久しりとり合戦INサウスダコタ」  
「お前は一日中しりとりをして何がおもしろいんだ。それとどこがサウスダコタだ。  
ここは日本の一地方都市だ」  
「そうね、サウスダコタって言いにくいもんね。じゃあ、マドリードにしましよう」  
「いや、そう言う問題じゃないだろ」  
「じゃあ、わたしからいくよ『アームストロング砲』キョン君『う』だよ」  
「もう始まってのかよ。ってなんだその物騒な単語は」  
 しかし、俺は律儀にも、ええと、『う』か・・・、と、脳の奥深くで単語を検索していた。  
「じゃあ、『うど』だ」  
「それじゃあね、『ドーントレス』」  
 待て、何でこいつの紡ぎ出す単語はこうも物騒で、かつ偏っているんだ。お前は本当に  
女子高生か?  
 
俺たちが、しりとりに興じていると  
「ねえキョン。あたしも混ぜてくれない?」  
 後ろを振り返ると、アヒル口をしたハルヒが、学食から戻って鎮座していた。  
 俺と目が合うと、すぐにあらぬ方向へと逸らす。  
 
 すると、動物的なカンで、この場にいてはまずいと感じた俺は、  
「悪いな。もう昼休みも終わりだし、ちょっとトイレに行ってくるから」  
 キョトンとした2人を置いて、そそくさと教室を抜け出した。  
 
 用を足し終えて戻ってくると、教室の前では、谷口と国木田が談笑していた。  
 俺の姿に気がつくと、  
「キョン、よかったね。彼女が転校してきて」  
「キョン、国木田の言うとおり、お前は本当に変な女が好きだったんだな。お前が涼宮と  
つるんでいる理由もわかるってもんだぜ」  
 だからそんなんじゃないっていってるだろ?  
「お前は、見た目が美人で、中身が奇矯な女が好みなんだろ?そう考えりゃ、長門を押し  
倒してたって不思議じゃないよな」  
 そんな好みがあるか。勝手に決めるな。それにあれは濡れ衣だ。  
 付き合いきれん、と、俺は早々に切り上げて、教室に戻った。  
 
 放課後になり、俺はSOS団アジトに向かった。ああ、彼女は今日も職員室に呼ばれている。  
 そしてハルヒは掃除当番だ。俺はしばしの開放感に喜びを抑えかねていた。  
 だが、結局は時間つぶしをすることもなく、部室のドアを開けていた。まるで、寄り道を  
せずに、会社から真っ直ぐに家に帰る、貧乏サラリーマンのような悲哀を感じていた。  
   
 部室に居たのは古泉だけだった。奴は、あいかわらずのにやけた顔で俺の顔を見ると、  
ククッと一笑いした。  
 俺は自分の席に腰掛けると、古泉をねめつけ、  
「なんだ、お前は何がおかしい」   
「いえ、すみません。実は昨日のことを思い出してしまいましてね」  
 頼む、のっけから俺を、ブルーな気持ちにさせないでくれ。  
「それは申し訳ありません。ただ、昨日の出来事を機関に報告したんですが、なかなか興味  
深い現象だと、上が関心を持ったようでしてね…」  
 なんだと。お前はあんな馬鹿馬鹿しいことを、機関の連中にしゃべっちまったのか。  
「ええ、それで彼らは再認識しましたよ」  
 何をだ  
 
 古泉はほんの少しまじめな表情を見せて、  
「あなたという存在の重要性です」  
 何故だ。どうして俺なんだ。  
「考えても見てください。涼宮さんにとって、あなたは重要なパートナーなんです。そ  
のあなたが、他の女性と付き合っていたという事を知って──結局偽情報でしたが──、  
涼宮さんは感情を大きく乱しました。その時、閉鎖空間は発生しませんでしたが、ほん  
の短い時間に大きなエネルギーが観測されました。最悪、また以前のように、閉鎖空間  
を作り出してしまって、この世界と変換してしまうということも否定できません。つまり、  
あなたの行動次第で、この世界が再び、危機に瀕するかもしれないということなんです」  
 
 俺がパートナーだというのが気に食わんが、それで、そんなことを聞かせて、俺にどう  
しろと言うんだ。  
「どうか、涼宮さんといつまでも幸せに過ごして…、いえ、なんでもありません」  
 俺の形相に気づいて、途中で話を取り消しやがった。まったく、気に入らん。だが、古泉  
はまだ話を続けるつもりらしい。  
「ところで、最近の涼宮さんは、かなり安定してきていると、以前僕が話しましたね。そして、  
どんどん力が弱まって、普通の女性になりつつあるとも」  
 そういえばそんなことも言っていたな。だが、それがなんだ。  
「ただ、ある条件の下では、彼女の力が以前のように、非常に大きくなることがあるんです」  
 なんだかわからんが、聞いてはいけない気がした。  
「端的に言ってしまうと、トリガーになるのは、あなたへの嫉妬心です。いいかえれば  
ジェラシーです」  
 英語に直しただけじゃねえか。だが、俺は、もうそこから先を聞く気はないぞ。  
「そうですか。残念です。ただこれだけは言わせてください。涼宮さんの力を利用したい  
と考えている存在がどこかにいるということ、そして、彼女の力を発現させるために一番  
手っ取り早く、そして確実な方法は、あなたを籠絡する事だと言うことを…」  
 
 古泉の話が終わったと同時に、部室のドアが開いた。  
 
「キョンに古泉君。遅れてごっめーん」  
 あな珍しや。ぞろぞろと朝比奈さんに長門までがともに入ってきた。だが、あいつはまだ  
職員室か。  
 朝比奈さんの着替えを廊下で待った後、メイド服姿の彼女からお茶の給仕を受けるという、  
ようやく訪れるであろう、至福のひとときを、俺は待ち焦がれていた。  
 ところが、朝比奈さんは、俺以外の3人にお茶を配り終えた後、さっさと席に座ってしまった。  
 あの朝比奈さん…、俺のお茶は…。  
「キョン君は自分で入れてください。それとも、あのかわいい彼女に入れてもらったらどう  
ですか?」  
 好感度が著しく低下してしまっているようだ。  
 昨日のことがまだ尾を引いているらしく、俺とは目も合わせてくれない。俺は砂漠の  
オアシスから追い出しを食らってしまった旅人のように、野垂れ死にする思いだ。  
 仕方がないので、ポットの前に立つと、俺は自らの手で、急須からお茶を注いだ。自分の  
席までそれを運び、ずずっと音を立てて、口に運んだ。朝比奈さんが入れるお茶とは、比べる  
べくもない。  
 
 落ち着かなかった俺は、妙なタイトルの本を黙読している長門の側まで近づいた。  
「なあ、長門。何を読んでいるんだ?」  
「…………………」  
 普段より沈黙が長い。こちらもまだ機嫌が悪そうだ。話題を変えよう。  
「ところで長門。俺が読めそうな本を1冊貸してくれないか?」  
「……これ」  
 受け取った本のタイトルは『中国拷問史』……背筋が寒くなったぜ。  
 ……冗談だよな。ていうかお前はこんなのまで読破しているのか。そんな知識を仕入れて  
どうするつもりだ。いや、考えない方が良さそうだ。  
 本の借り受けを丁重にお断りし、俺はすごすごと自分の席に戻った。  
 
 ハルヒはと言うと、パソコンとにらめっこをすることに忙しく、先ほどからのいざこざに  
はまったく無反応だ。  
 
 どうやら一段落ついたようで、ハルヒはやおらこちらに向き直り、  
「キョン、転校生ちゃん遅いわね。なにしてんのかしらね」  
 いいかげんその名前変えてやれよ。ちゃんと名前があるんだからさ。  
「いいじゃない、『転校生ちゃん』、結構かわいらしい愛称だと思うわ。どう?古泉君」  
「まことにいい愛称かと。ただ、元転校生の僕としては、多少むずかゆい気持ちはありますが」  
 ハルヒの太鼓持ちである古泉の返答など、否定であろうはずもない。残念ながら彼女は、この  
まま『転校生ちゃん』と呼ばれることになりそうだ。  
 
 このまま彼女は、もう来ないのでではないか、と思ったその時ようやく担任から解放されて  
部室にやってきた。  
「遅くなっちゃってごめんなさーい」  
 と、彼女が入ってくると、彼女の姿にSOS団の団長・団員がそろって驚いている。特に俺と  
ハルヒの動揺が甚だしい。  
 部屋に入ってきた彼女は、髪の毛を後ろで結んで、そのまま後ろに垂らしていた。  
 
 そう、つまり彼女はポニーテールをしていたのだ。  
 
 俺は、途中で閉まらなくなってしまった自動ドアのように、口を半開きにしたアホ面で、  
彼女の姿を凝視し続けていた。  
 俺のアホ面に気づいたハルヒは、アヒル口や引きつった笑みさえ浮かべる余裕もなく、  
憤然として立ち上がった。  
「こら!バカキョン!何アホ面下げてんのよ。みっともないからやめなさい!」  
 ハルヒの憤怒を浮かべた形相は、まるで『不動明王』だった。どこぞの寺院に寄贈すれば、  
喜んでくれるだろうか。  
 他方、ハルヒと同じく、当初はムッとした表情を浮かべていた朝比奈さんだったが、団長の  
形相に怯え、自分の席で縮こまって震えていた。  
 古泉は苦笑を漏らしそうになるが、かろうじて笑みを保っている。  
 長門は無表情だった。いや、俺にも感情を読まれないような、無表情顔を装っているという  
ところか。  
   
「ちょっと、転校生ちゃん!なんであんた、そんなかっこしてんのよ?」  
「この髪型のこと?別にいいじゃない。ポニーにしたって」  
「だから、どうしてって訊いているの!」  
「だって。こうすれば、キョン君が喜んでくれるから」  
 俺は盛大に飲んでいたお茶を噴いた。すまん、古泉。  
 彼女は爆弾発言をしたあと、しれっとした顔で、自分のパイプイスを俺と接触してしまいそう  
な近さまで寄せて、着座した。  
 とうとう、ハルヒは臨界点に達したようで、  
「今日はもう解散ね。あたし、帰る!キョン。あんた今日は罰として、始末書を書いてきなさい。  
枚数は、広辞苑ぐらいの厚さでね。それから、学校のフェンスの網の目の数を全部数えて報告  
しなさい!」  
 『ふん!』と、ひと言残して、ハルヒは大股で部室を出て行った。他の団員も時間をおいて、  
部室を出て行く。  
 
 部室に居るのは、俺と彼女の2人だけになった。  
「お前、なんであんな事言うんだよ。ハルヒを怒らせちまったじゃねえか!」  
 それを、彼女は少し悲しそうな表情で見つめていた。  
「そう、やっぱりだめか。ここでもあなたはそうなのね」  
 だめ?なにがだ。  
「ううん。あなたの表情を見ていて、わかったの。やっぱりこれ以上は無理だわ」  
 意味のわからないことをつぶやく彼女。  
「ごめんなさい、キョン君。実はわたし、この世界には居てはいけない人間なの」  
 重ねて意味不明なことを言い出し、話を続ける彼女。  
「でもこの世界であなたと出会って、短い間だったけど楽しかった。でもお別れね。  
これからは涼宮さんと仲良くしてね。それと、ごめんなさいって、彼女にあやま  
っておいて」  
 そういい残し、彼女はドアの向こうへと出て行った。  
 俺は、あわてて彼女の後を追い、ドアを開いたが、彼女はもういなかった。  
 
 ここにいてもしょうがないので、下校しようと、俺が下駄箱までたどり着くと、  
古泉が待っていた。  
 
「今日は久しぶりに、閉鎖空間が発生してしまったので、手短に」  
 と古泉は、コーヒーが入った紙コップを俺に手渡した。  
「あなたに報告したいことがあります。実は我々の機関が、涼宮さんが言うところの  
『転校生ちゃん』の調査を行ったんです。すると、驚くべき事に、彼女は今も市立高校に  
在籍し、登校もしていたんです」  
「どういう事だ?彼女は2人いたということか?じゃあ、この学校にいたのは誰だ。ひょっとして  
長門のようなアンドロイドか、それともクローンか?」  
「いえ、そのような存在なら長門さんが察知できないはずはありません。たとえ未来人だったとして  
もです」  
 
 じゃあなんだ、と言うところを古泉は遮って、  
「ところで、彼女はどうしました?」  
 そこで俺は彼女の言動や行動を、古泉にすべて伝えた。  
「なるほど。ひょとしてそういうことですか。ええ、合点がいきました」  
 どういうことだ。俺にもわかるように説明しろ。  
「つまりですね。彼女は、紛れもなくあなたの知っている女生徒なんです。もちろん  
アンドロイドでも、クローンでもありません」  
 お前はさっき、彼女がもう1人いると言ったじゃないか。そっちが偽物か。  
 古泉はかぶりを振り、  
「いいえ、どちらも本物です。ただし、我々と過ごしたほうの彼女、──仮に『#』としましょうか。  
──『#』は我々とは違う平行世界にいる人間。つまり異世界人だったのです」  
 
 俺が無言でいると、古泉はさらに続けて、  
「あなたは、以前世界の改変を修正しましたね。涼宮さんと僕があなたとは別の学校に  
いる世界です。あなたはそれを修正しましたが、修正されずにそのまま存在し続ける  
世界が、こことは別の平行世界のどれかにあるんです」  
「また、この世界と同じような状況でありながら、少しづつ設定の違う世界も何処かに  
あるんです。それが彼女です」  
 
「どういうことだ。すると、彼女は何か目的があってこの高校にやってきたというのか?」  
「今日僕が申し上げましたね。涼宮さんの力を利用しようと言う存在がいることを、そして  
その力の発現には、あなたを籠絡することが一番確実だと。その役目が『#』です。『#』は  
この世界にいる彼女と、ほとんど設定は変わりません。ただし一つ違うことは、涼宮さんの  
力を利用しようとする存在、──仮に『X』としましょうか──その『X』に属する人間だという  
ことです」  
   
 頭がついていかねえ。まだ続くのか。  
「その『X』が、この世界のものなのか、それとも別の世界の『X』が仕掛けたことなのかは  
わかりません。ですが、『X』は、涼宮さんの願望を察知して『#』を異世界からこの学校に  
送り込んだのです。あなたを籠絡させるために。おそらくこのまま続けていれば、『X』の  
思い通りになってたんでしょうね。ただ、『X』は人選を誤りました。異世界の『#』はこの  
世界の彼女と共通した感情を持っていたんです」  
 それはと、古泉はためながら、  
「あなたが好きだということです」  
 まるで古泉自身に告白されたように感じて、俺の背筋に怖気が走った。  
「『#』はあなたの涼宮さんへの態度を見て、悟ったんです。そしてこれ以上、あなたを  
困らせたくない、と。籠絡するものとしては失格ですが…」  
 何を悟ったかは訊くまい。  
 …じゃあ、あいつはもう、  
「そうですね。『X』によって、元の世界へ返されたのでしょう。──おっと、そろそろ  
時間ですね。では僕はこの辺で」  
 古泉は立ち去りかけたが、立ち止まり、  
「そうそう、後始末に関しては、機関と、長門さんにお願いしておきますのでご安心を」  
 
 俺はその日、なかなか寝付けなかった。  
 
 翌日、普段通りに登校すると、ハルヒの機嫌はもう元に戻っていたようだった。  
 担任が、『転校生ちゃん』が、元の高校に再転校して戻った事を報告すると、さすがに  
ハルヒも驚いていたようだったが…。  
 SOS団も以前の通りに活動をしている。ああ、それと、俺たちからの説明を聞いて、俺に  
対する女子団員2人からの不信感も、解消したということを付け加えておく。  
 
 
 俺は考えていた。一度この世界にいる彼女と再会してみようかと…。  
 そしてまた馬鹿話をできればいいと。  
 

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