「他に言うことはないの?」  
「いや、別に……」  
「……そう」  
「……」  
ハルヒが目を伏せてしまうのを見て、なんとなく目をそらしてしまう。後頭部を乱雑にかきむしり、思いきって心を決めて言葉をつむぐ。  
「なんだ、その……この部室も久しぶりなんだよ」  
「…………」  
「なんだかんだ言ってここ、居心地いいし……さ。だからまた、そのうち来るかもしれないから」  
「……うん」  
「……それだけ」  
あぁ、くそ……なんでこれだけのことなのにこんなに言いにくいんだよ。  
ハルヒとまともに顔を合わせられる気がしなくて、頭を掻きながら背を向けた。  
二人だけの部室、二人だけの世界が静寂に満ちる。文字通り全てが死んでいるかのようだった。  
世界を動かすハルヒの声が響いた。  
「キョン」  
振り向いた俺の首は、ハルヒの手によって強引に引き寄せられ、気が付いた時には唇に押し付けられる柔らかな感触。  
目を閉じた沈黙の時間が果てしなく永い。  
再び世界に光が戻ったその時に俺が目にしたハルヒの顔を、俺は生涯忘れることはないだろう。  
 
目覚めたのは我が家のベッドの上。また……なのか?  
それにしてもあのハルヒはかなり……いや、今はそれどころじゃないんじゃないか?  
一見して変わったところはないが、世界改竄が行われていない保証はない。  
結局不安やら、それ以外のなんとも言えないなにかに悩まされ続け、一睡もできなかった。  
 
眠い目を擦りながら教室に入るとすでにハルヒの姿が認められた。俺はなるべく平静を装っていつも通りに自分の席に付く。  
しばらく背中で後ろの様子を伺っていると、ハルヒから声がかけられた。  
「……今日はSOS団の重要な会議よ」  
「……そうか」  
「…………」  
「…………」  
「それとみくるちゃんの新衣装のお披露目もするわよ」  
「……ほう」  
「…………」  
「そりゃあ……是非見に行かなきゃな」  
 
 
かくして、俺は一週間振りに文芸部の部室を訪れたのだった。  
古泉は「いやぁ、ほっとしましたよ」などとニヤついていてしゃくに触ったが、朝比奈さんが涙目で俺にすがってくださったから帳消しにしておいてやろう。  
長門は相変わらず本を読みながら、俺とハルヒがその時「こっち」の空間から消えていたことを告げた。  
遅れて現れた団長ことハルヒは、俺が今まで見た中でも5本の指に入るほどのハイテンションでの登場だった。  
 
ちなみに、この日は「重要な会議」もなかったし、(残念なことに)朝比奈さんの新衣装のお披露目もなかったことを付け加えておこう。  
まったくもって素直じゃないやつだ。俺も人のことを言える立場じゃないがな。  
あの時、二人だけの世界にいた時くらい素直だったら可愛げもあるというものだ。  
最後の瞬間、涙を流しながら満面の笑みを向けられたあの時、俺はハルヒのことを……  
いや、なんでもない。今日も町内不思議探しだ。早く行かないと今度は罰金じゃ済まなそうだからな。  
 
俺は宇宙人と未来人と超能力者と、気まぐれで、素直じゃなくて、わがままな我らが神様と共に、非常識で滑稽で馬鹿馬鹿しいような、満更でもない日常を今日も過ごしている。  
 

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