切っ掛けはほんの些細なことだったと思う。今もってその時の正確なやりとりを思い出せないほどだから、きっとそうなのだろう。  
覚えているのはハルヒの朝比奈さんに対する態度に俺が文句をつけたのが始まりだったということ。  
この時もいつかのように軽い口論になったこと。  
それから一週間の間俺が部室に顔を出さなかったこと。  
 
 
これで俺が今ここにいる理由は過不足なく説明できるだろう。  
気分を悪くさせるような精彩に欠いた空間、閉鎖空間。場所は部室。仏頂面で腕組みしたハルヒ。  
いつかの光景の再現だった。  
勝手にサボって謝りもしない下っ端団員に腹をたてているのだろう。非難がましい目付きで睨め付ける。  
俺は最初から謝るつもりはない。  
この一週間古泉から頻りに関係改善を勧められたが、俺は「組織」の連中とは違ってハルヒを一人の人間として見ている。だからこそ無茶なことを言ったら止めるし、悪いことは悪いと分からせるべきだと思っている。  
 
「久しぶりだな」  
教室で目にするが、面と向かうことは無かったからこう言った。  
「そうね。他に言うことはないの?」  
「俺は謝らないぞ」  
「…………」  
 
遠くから何か大きな物が崩れる音が聞こえてくる。  
ふぅ、と小さく息をついてハルヒが背を向ける。  
「やっぱりそううまくはいかないものね」  
そうわざとらしく呟く。体の奥に響くような破壊音が、さっきよりも大きく聞こえる。その音は確実にこの場所に近付いてくる。  
「ハルヒ、早くしないと……」  
「いいのよ」  
ドオオォォォン……  
「どうせ帰ってもキョンは許してくれないわ」  
ドオオオォォォン……  
ハルヒの肩越しに巨大な音の元凶が見えた。「きっとキョンはもう部室にも来ない」  
「お前なに言って……」  
破壊者がその巨大な腕を持ち上げる。  
「だったらこのまま……」  
 
校舎を打ち壊すその一撃が振るわれる直前に振り向いたハルヒの顔を、俺は確かに覚えている。  
その先の記憶はない。  
 
俺が目覚めたその時、すでに新しい世界が始まっていた。  
次の日ハルヒは上機嫌で次の会議の予定を押し付けてきたし、長門、古泉、朝比奈さんの三人は俺に何の話も持ちかけてこなかった。  
 
ハルヒの世界の創造に巻き込まれ、過去17年分の記憶を持たされて数時間前に普通の人間としてつくられたのか……  
 
それともハルヒの俺と喧嘩した記憶だけが改竄され、三人は俺の対応に見切りをつけて、俺を部外者として扱っているのか……  
 
なにが真実で、どれが俺にとって幸せなのかもわからないし、それを確かめる気すら起きない。いっそ俺の記憶も改竄してくれれば良かったのに。  
俺は長門、古泉、朝比奈さんを加えて、ハルヒの巻き起こす常識的で人間的な、つまらない日常を、ハルヒと出会う前のように退屈にこなしている。  
 
 
今になってようやくわかったこともある。改竄前の話だ。  
ハルヒは終礼と同時にどこかへと姿を消す。  
しかし俺が部室に訪れなくなった次の日からは、俺が教室を出て行くまで決して自分の席を動かなかった。  
「あっ……」と何度か俺に話しかけようとしたハルヒの声を俺は聞こえない振りをした。  
ハルヒはとっくに俺を許していたのだろう。  
俺だけが一人意地を張っていたのだった。  
 
世界の最後で見た涙に濡れたハルヒの顔が幾度となく思い出される。  
人は神によって赦される。  
では神は何者によって赦されるのか?  
俺はその唯一の人間だったかもしれない。  
今はそれを知る由もない。  
 
俺は宇宙人も未来人も超能力者も……おそらく神さえもいない世界で今日も生きている。  
 
(省略されませんでした。これを見た人はハルにゃんに優しくしてあげてください。それだけが私の願いです。前原K一)  
 

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