週末。SOS団による恒例の市内探索が、今日も飽きずに行われようとしていた。  
 
「おい、ハルヒ。なんでこんな朝早くに集まる必要があるんだ?」  
「キョン、異議は認めないわよ。団員は団長の命令には絶対服従よ!」  
 
 現在午前5時。駅前の広場。  
 休日ということもあって、通勤通学で急ぎ足のサラリーマンや学生の姿もなく閑散としている。出歩いているとしたら、早起きの老人か新聞配達員くらいだろうな。  
 
 だがそこに、いつものSOS団のメンバーが顔を揃えていた。  
 
「あ、おはようございます」  
 
 可愛らしく頭を下げて、挨拶をしてくれる朝比奈さん。朝早くに見る朝比奈さんも乙なものだ。今日は薄いカーディガンにフレアスカートというシンプルないで立ちで、寝惚け眼の俺を癒してくれる  
 
「………」  
 
 もはや三点リーダがデフォとなった長門。もちろん、というべきか制服姿だ。俺のほうに軽く目を向けて、顕微鏡で見なければ分からないくらいの角度で会釈した。  
 
「いやぁ、爽やかな朝ですね。不思議を探しに行くにはもってこいじゃないですか」  
 
 知るか。  
 古泉は朝から快調に営業スマイルを振り撒き、もとから害していた俺の気分をさらに害してくれる。  
 
「今日もキョンが最後だったから、お昼に途中経過を伝えに一度集まってもらう時に奢ってもらうわよ」  
 
 そして、我らが団長・ハルヒ。こいつの爛々と輝いた目が、俺の今日の運勢が最悪であることを告げてている。  
 パーカーに膝丈のスカート。今日は動きやすさを重視した服装のようだ。………それだけ俺も、振り回されるということだが。  
 
 この面子に俺を加えた五人が市内をブラブラと市内を不思議を求めて歩き回るわけだ。  
 だが、そう簡単に不思議が見付かるわけがなく大概は徒労に終わっている。この無駄な集会を終わらせるためには俺がハルヒに一言、「じつは俺を除くSOS団員は未来人と宇宙人と超能力者だったんだぜ」と言えば良いのだろうが、今のところは遠慮をさせてもらっている。  
 遠慮している主な理由は、割愛させてもらおう。  
 
「何をポカーンとしてるの! さっさとクジを引くわよ。不思議は待ってくれないわよ」  
 
 お前のその無駄に発せられるエネルギーを感じたら、例え逃げたくなくても逃げるだろうな。  
 
「ごちゃごちゃ言う暇があったらさっさと引きなさい!」  
 
 パーカーの前ポケットから、事前に用意していたと思われるクジを取り出すハルヒ。  
 
「短い紐が二本、長いのが三本あるわ。文句なんか言ったらその場で私刑よ」  
「はいはい、引けば良いんだろ引けば」  
 
 それぞれ、クジを引いていく  
 
結果  
 
ハルヒ・朝比奈さん・俺  
古泉・長門  
 
というようなものになった。  
 
「じゃ、今日はこのメンバーで回りましょう」  
 少し不満そうな声で、ハルヒは決をとる。もとから従うしか選択肢のない俺達は素直に頷いた。  
 
「いやぁ、両手に花とは羨ましい限りですね。もしよろしければ交代して欲しいものです」  
 
 古泉、お前の表現は間違ってるぞ。これはどんなに頑張って良く表現した所でも両手に花じゃなくて、前門の虎後門の狼だ。ただし、狼には牙がなくて俺が虎から守っているのだが。  
 
「よ、よろしくお願いします」  
 
 と、牙がない狼こと朝比奈さんが小動物めいた動きで俺に近付いてくる  
 
「こちらこそよろしくお願いします」  
 
 今日は朝比奈さんをハルヒの暴虐から守るという目的ができたので、少しはやる気が出てきたな。  
 
「二人とも早くしなさい! ぐずぐずしてないでさっさと行くわよ!」  
 
 俺のやる気を削ぐような勢いで朝比奈さんの襟首を掴み馬鹿力で引っ張り、歩き出すハルヒ。「わっ、わっ!」と為すがままに引っ張られる朝比奈さんを追い掛けるように、俺も歩き出した。  
 
「それでは、涼宮さんを頼みましたよ」  
 
 爽やかな笑顔で俺に手を振る古泉と、  
 
「………」  
 
 無感情な視線を送る長門を背に。  
 
 
 いつの間にか昇っていた朝日が、嫌味なほどに明るく感じられた。  
 
 
 
━━━━━━━━━━━━━━━  
 
 
 
 日が暮れだした頃。  
 俺と朝比奈さんとハルヒは、集合場所へと向かっていた。ハルヒを除く二人、俺と朝比奈さんは疲れきった体を引きずりながら。  
 
「くたくた……です」  
 
 朝比奈さんの洋服は、所々がほつれて破れたりしている。  
 
「お疲れ様です」  
 
 ……俺の服もヤバいな。ぐあっ!穴が空いてやがる!  
 結構気に入っていたジーパンを傷物にしやがって、どうしてくれるんだ。  
 
「それはあんたの注意不足よ。あたしは何ともないもの」  
 
 当たり前だ。お前は俺たちに指示をしていただけなんだからな。  
 
「そんなことはどうでもいいわ。それより、今の状況が分かってるの? 遅刻よ、遅刻。待ち合わせに遅れるなんて団長として示しがつかないわ。ほら! みくるちゃん、シャキシャキ歩きなさい!」  
「あ、ふぇ! 涼宮さん?!」  
 
 朝にも見た光景がまた繰り返される。襟首をハルヒによって鷲掴みにされた朝比奈さんは、大股で歩くハルヒに引きずられるようにして着いていく。どことなく、強引な飼い主に引っ張られるか弱い子犬を連想してしまった。  
 
「昼間のあの子、元気にやっていけるかしら」  
 
 ふと、ハルヒがさも無関心を装った風に質問をしてきた。なにか意味深な感じがするな。  
 
「大丈夫だろう。俺たちにできるのはあそこまでだ。後は本人の努力次第だな」  
 
 と、無難な答えにしておく。ハルヒは「ふぅん……」と少し考えるような格好を見せたが、すぐにいつもの顔に戻ってしまった。  
 
「ま、なんにせよ今日は結構有意義な探索だったわ。不思議はみつけられなかったけど、それなりに収穫はあったし」  
 
 少なくとも、俺のジーパンには収穫より被害のほうが大きいと思うがな。  
 
「過ぎたことは忘れなさい。さ、そろそろ本当にヤバくなってきたわ。走るからみくるちゃんはあた━━━━━━         
 
 
 
 
 
 突然、空が不可思議な色に変わり、日常という時間は凍結した  
 
 
 
 
 
「なによ、これ………」  
 
 少し不安気なハルヒの声が響く。  
 
「さっきまでの場所、よね……ねぇキョン、これはいったいなんなのよ」  
 
 街の真ん中のはずだが、それ以外に音が何もしないのが不気味すぎる。それに追い討ちをかけるように、俺たち以外の人や物はすべて停止してしまっていた。  
 
 まるで、時を止められたかのように。  
 
 
「ふ、ふぇ……キョンくん……これっていったい……」  
「俺にもさっぱり分かりません」  
 
 肩を抱き震える朝比奈さんは、戸惑いを隠せない様子だ。俺にも当然分かる筈がない。しかも最悪なことに今は長門がいないときている。あのすべてを知る有機生命体ならば、今の状況を打開することが出来ただろうがいないのならば仕方がない。  
 
 
「おいハルヒ」  
「何よ。この場所に心当たりがあるの? まさかあの時み…何でもない」  
 ハルヒは何かを思い出すような顔をするがすぐにそっぽを向く。それでいい。俺も思い出したくないからな。  
「とりあえずは周囲を調べてみるか。お前は朝比奈さんを頼む」  
「分かったわ」  
 
 ハルヒは素直に了解すると「あたし達はあっちを調べてみるわ」と言い、明るさ二割減な感じで朝比奈さんを連れて歩いていった  
 
 しばらく調べて回ってみた結果だが、この妙な空間は、超がつくほどすこぶる狂っているというのがわかった。  
 まず、空の色だ。明らかにおかしい空の色は、小学生が適当に作ったかのような紫色で、不気味な紋章のようなものが見える。  
 さらに、だ。不思議なことに、周りの俺たち以外の人間はピクリとも動かない。さっき路地裏で見つけた野良猫や、道路の自動車、店頭ディスプレイでさえ動いていないという始末だ。  
 また、この空間は密室になっているようだった。500Mくらい歩くと、なにか壁のような物にぶち当たってそれ以上は進めなくなる。  
 
「やれやれ……俺一人でどうしろってんだ」  
 
 自然と愚痴が溢れる。ただの市内探索だと思っていたらとんでもない目にあったな。これもハルヒの仕業かと考えたが、すぐに否定する。アイツが古泉や長門を除け者にするはずがない。  
 
 さて、対した発見はなかったがそろそろ戻るか。  
 そう思って、来た方向に向き直り歩きだそうと思った矢先に、  
 
 
 
……る?  
 
 
 
「ん?」  
 
 なんだ?何か聞こえた。  
 今確かに聞き覚えがある声がしたような気がしたのだが……  
 
 
 
……聞こえる?  
 
 
 
 やはり気のせいではない。この声の主はSOS団が誇る無口系読書好き地球外生命体の、  
 
「長門!」  
 
 この声の主は長門だ。やはり、このような事態に陥ることを予想していたのだろう、事前策を用意しておいてくれたのか。  
 
「助けてくれるのか」  
 
 
(それはできない)  
 
「……どうしてだ」  
 
(今あなたのいる空間は、別次元存在体による時空及び物質固定を広範囲に効果させる磁場領域に支配されている)  
 
(対処は可能。だが、時間がかかる)  
 
 
 
 別次元存在体だと?  
 長門の言っていることはさっぱり分からなかったがとりあえず宇宙人、未来人、超能力者と続き、ついに異世界人まで揃い踏みになったということは理解できた。  
 となれば、俺が今できることは長門の救助をただ待つことだけだな。……我ながら情けない。  
 
「分かった。俺は待てば良いんだな?」  
 
 
(………そう)  
 
 
 ん?  
 今の間はなんだ?  
 
 
 分からないくらいの空きかただったが、少し戸惑いのようなものが長門の声からは感じられた。珍しい。  
 
 
「……なぁ、長」  
「あ、居た! キョンー! あんたは何か見つけた?」  
 
 聞き返そうと質問しようとした瞬間に、向こうからハルヒが朝比奈さんを引き連れてやってきた。朝比奈さんの息がきれていることを見ると、引きづりまわしていたようだな。お疲れ様です、朝比奈さん。  
 
 もう一度質問しようとした時には、どうやら長門との通信は途絶えたようで何も気配を感じなかった。……ま、俺の気のせいだろう。救助はくるのだから気長に待つとするか。  
 
 
 
 
 
 

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