俺は頭を抱えていた。ちくしょう、なんだって、こんなことになっちまったんだ?  
一つだけ分かるのは、世界が完全に崩壊の危機を迎えていることだ。  
ハルヒ、長門、朝比奈さん。  
俺の膝は恐怖でガクガクと震えていた。  
 
 
『デート・タイム』  
 
 
ことの始まりは、今日の昼休みのことだ。  
「キョンくぅん。」  
谷口とのバカ話にも飽きて、たまには静かに弁当を食べようと、俺が部室に向かっていると、北高一、二を争うほどに愛らしい上級生が俺に声をかけてきた。何でしょう、朝比奈さん?  
「明日はお休みでしょう。一緒に映画を見に行きませんかぁ?実は、チケット、もう買っちゃいましたぁ、えへ。」  
朝比奈さんにしては少々強引な気もするが、ほかならぬ朝比奈さんの申し出である。断るはずもない。  
「もちろん行きますよ。」  
「うふふ、楽しみにしてまぁす。それじゃあ、明日の午後三時に駅前ですから。」  
わかりました、じゃあ、と言って別れかける俺を、朝比奈さんが引き止める。そして、微かに恥らいながら、小声で俺の耳に囁いた。  
「…リモコン、忘れないで下さいね。」  
痴女っぷりが板についてきたな。最近は天使というより堕天使に近いものを感じる。にこやかに手を振りながら去っていく朝比奈さんを見送りながら、俺はそんなことを考えていた。  
 
 
部室に入ると、いつものように長門が本を読んでいた。俺はハルヒの団長席に腰を下ろすと、弁当の包みを広げた。  
と、長門が本を置いて俺の前に立っている。  
「どうした、長門?」  
「明日、私と一緒に図書館に行って欲しい。」  
「あー、すまん、長門。明日はちょっと都合が悪いんだ、その……」  
俺の言葉に、長門は一ミリほど眉を寄せ、右手を空中にかざしてくるりと回すような仕草をした。  
うぉいっ、長門、それは――  
一瞬の後、俺の前にいる長門は眼鏡を装着した、内気な文芸部員の少女になっていた。  
げっ、長門のやつ、いきなり世界改変しやがったのか。  
しばし、眼鏡つきの長門と俺は呆然と見つめ合う。こちらの長門には何が起きたか、さっぱり分からんのだろうな……いや、俺にもだが……。  
俺はおもむろにパソコンのスイッチを入れる。今回も緊急脱出プログラムだ、それしかない。  
すると、文学少女はにわかに慌てた。  
「だめ……見ないで」  
無口な文芸少女が必死で隠そうとするデスクトップには、いくつかの文書ファイルが置かれていた。  
 
『ある無口な少女の初恋』  
『ある無口な少女の告白』  
『図書館の情事――ある無口な少女の物語――』  
 
そして、一番下に――あった。緊急脱出プログラム。アイコンは、眼鏡なし長門の顔になっている。妙なところで芸が細かいな。  
自分の書いた小説を見られると思ったか、真っ赤になった文芸少女が、なんとか俺の手からマウスを奪い取ろうとする。  
「いや、長門、おまえの『ある無口な少女シリーズ』を読もうとしている訳じゃないんだ。  
この『緊急脱出プログラム』を実行させてくれ。」  
俺は緊急脱出プログラムをダブルクリックして起動させる。  
画面が暗くなり、文字列が叩き出された。  
 
『これは、緊急脱出プログラム。  
私とのデートに応じる場合はEnterキー押すこと。  
それ以外のキーを押す場合、このプログラムは消滅する。』  
 
ほとんど脅迫じゃねーか、ちくしょう!  
俺はやけくそ気味にEnterキーを押し込む。  
世界がぐにゃりと歪むような感覚があり、一瞬の後、部室はまったく元に戻っていた。椅子に眼鏡なしの長門が座って本を読んでいる。  
「約束。」  
いや、あれは選択肢になってないぞ。  
「明日、図書館でデート。午後二時に駅前で。」  
どうすりゃいいんだ…。朝比奈さんとの約束が……。  
「あと―」  
と長門は付けくわえる。心なしか、頬が赤いようだ。  
「……リモコンを忘れないこと。」  
 
 
俺は放課後の間中、頭を抱えっぱなしだった。なんてことだ、デートのダブル・ブッキングしちまった。  
朝比奈さんも長門も、いつもより高揚した様子である。長門が高揚したといっても、いつもより本のページをめくる頻度が上がるだけだが。  
長門にいまさら断るなんて出来やしない。いまのあいつなら、ためらいなく世界改変するに違いない。  
やれやれ。  
朝比奈さんに後で電話をかけて謝ろう。今、言い出すわけにはいかない。お茶に怪しい薬を入れられそうだからな。  
こうしてその日の活動は平穏に過ぎ、俺は家路についた。  
 
 
その夜、朝比奈さんにお断りの電話をかけようと、自分の部屋で、苦渋の心で携帯のボタンを押しているとき……  
いきなり電話がかかってきた。  
げっ、ハルヒからだ!  
『キョン、明日、遊園地に行きましょ!』  
やばい、やばい、やばい。  
「は、ハルヒ……落ち着いて、きいてくれ。その、明日は都合が悪くてだな……」  
 
ブツッ  
 
電話が切れた。おいまてまてハルヒたのむから――  
と思うと、俺は北高の文芸部室に居た。しかも制服を着て。隣では、ハルヒがやはり北高の制服を着て倒れている。おいおい、展開が急過ぎやしないか?  
外は灰色で、既に神人たちがフルパワーで活動を開始している。いつかの閉鎖空間だ。  
ハルヒのやつ、俺が断ったから閉鎖空間に俺を閉じ込めやがった。もしや、わざとやってるんじゃないのか?  
 
「ハルヒ、起きろハルヒ!」  
俺はハルヒの肩をガクガク揺さぶって起こす。  
「ふぇ、キョン?あたし……」  
あいつに窓の外が見えないようにブロックしながら、ハルヒを抱きしめる。  
「あんっ、だめよ、キョン……」  
ハルヒはトンチンカンな声を上げる。  
こうなりゃ、やけくそだ。  
「おい、ハルヒ。明日、遊園地でデートしよう!」  
ハルヒは俺の胸の中で、嬉しそうに声を上げる。  
「わかったわ、ありがと、キョン!嬉しい!!」  
その瞬間、閉鎖空間が消滅し、俺は、元通りに自分の部屋のベッドに腰掛けていた。  
冷や汗がだらだらと流れる。世界は崩壊を免れたが、ひょっとして、明日に先延ばしにされただけかもしれない。  
同時に電話が鳴る。当然ハルヒからだ。  
『キョン!?さっき、あんたが遊園地に誘ってくれる夢を見たの!  
明日は遊園地行きましょ。明日の午後一時に駅前に集合っ。  
あ、あと……、ち、ちゃんとリモコンを持ってきなさい!  
それじゃ、明日ね。おーばー♪』  
電話が切れた。俺は頭を抱え込んで絶望していた。  
 
 
古泉に電話をかけてみる。  
『なんと、トリプル・ブッキングですか……非常に困りましたね。  
涼宮さんとのデートの約束を破ったりすれば、即、世界の崩壊です。  
長門さんとの約束を反故にすれば、長門さんが世界改変を起こしかねません。  
朝比奈さんも油断なりませんよ。最近、ずいぶん黒くなってきましたから。  
……ですが、ひとつだけ、方法があります。』  
なんだ。いってみろ、頼むから。  
『あなたがホモ・セクシュアルである、ということをお三方に納得させれば良いんですよ。いかがです、今夜あたり僕と――』  
切った。くそ、古泉、全てが終わったら殺してやる。  
世界の破滅の方が、先かも知れないがな。  
 
 
翌日。  
俺は何の妙案も思いつかずに、暗澹たる気持ちで駅に来ていた。十二時半、ハルヒはまだ来ていない。  
ハルヒと遊園地に行ったとしても、二時に長門が来たとき、俺が居なければ、長門は間違いなく世界改変をするだろう。もういいか。あっちの世界も悪くないかもしれない……眼鏡姿の長門にはコンタクトでも薦めてみよう……などと、絶望に浸って自暴自棄になっていると  
「おい。」  
いきなり高校生が声をかけてきた。俺は下を向いたまま、そいつの顔も見ずに言う。  
なんだ、俺は忙しいんだ。俺の背中に世界がかかっているといっても過言ではないんだぞ。  
もっとも、俺には荷が重過ぎて、世界崩壊は近いが。  
「そんなことは先刻承知だ。こっちに来てくれ。」  
俺はようやく顔を上げてそいつの顔を見た。そして――  
驚愕した。なぜなら、そこに居たのは俺だったからだ。しかも、二人もいる。  
二人の俺は、手早く俺を路地に連れ込んだ。  
「朝比奈さん(大)のおかげで時間遡行している。」  
一人の俺が言う。  
『これでトリプル・ブッキングを回避するんだ。』  
なるほど、上手い具合に、行き先も集合時間もバラバラだ。三人が顔をあわせなければ、世界は何とか救われそうだ。  
『わかったようだな。じゃあ分担を決めるぞ。お前はハルヒとデートをする。俺は朝比奈さん、こいつは長門だ。』  
おいおい、何で俺がハルヒの相手なんだ。死ぬほど疲れるに決まっているぜ。どうせなら長門か朝比奈さんがいいな。  
「アホか。結局は全員とデートすることになるんだ。最初はハルヒ、次に、時間遡行をして長門、最後にまた時間遡行をして朝比奈さんだ。」  
くそ……仕方ない。  
『あと、お前にアドバイスだ。』  
なんだ?  
「ハルヒは左の乳首が強烈に感じるみたいだ。観覧車で試してみろ。」  
やれやれ。ありがたいアドバイスだな。  
『じゃあ、がんばれよ。もうすぐハルヒが来る。』  
「お前に後はまかせたからな。といっても、みんな同じ体験をしたんだ、悪く思うな。」  
なんだか少し引っかかる台詞を聞きながら、俺はハルヒの方に歩いていった。  
 
 
とまあ、こういうわけで、俺は私服のハルヒと遊園地に向かった。長門は図書館、朝比奈さんは映画館で、それぞれ、時間遡行した俺を相手にデートしているはずだ。  
ハルヒは上機嫌だった。というか、はじめから腕を絡めてきて、端からみれば完全に遊園地にデートをしに来たカップルだ。おい、あんまりくっつくな。腕にお前の胸があたって歩きにくい。  
「いいのっ、今日はあんたと遊園地を満喫するんだからっ!」  
やれやれ。まあ、せいぜい楽しむとしようか。  
 
と、思っていたのは最初の三十分だ。ハルヒの底なしの体力を忘れていた。いくらなんでも、七回連続でジェット・コースターはないだろう。俺は、絶叫系に弱いんだが……。  
「平気よ、次ぎ行くわよ、次っ!」  
ちょっとおとなしくなってもらおうか、ハルヒさん。  
俺はポケットに手を入れて、秘密兵器のスイッチを入れる。  
「んくぅっ!」  
とたんにハルヒが内股になって立ち止まる。バ×ブの振動が堪えるようだ。いやまあ、付けてくるといったのはハルヒの方なんだがな。ハルヒの顔が紅潮してきた。目を閉じて耐えているハルヒが可愛い。  
「ハルヒ、ちょっと休憩ということで、観覧車にでも乗らないか?」  
「あんっ……そ、そうね……あん……観覧車に……」  
よちよち歩きのハルヒの手を掴んで、俺は観覧車に向かった。こいつの手を引っ張って歩くなんてのは、そうそうあることじゃないからな。せいぜい楽しむさ。  
観覧車では隣り合わせに座った。景色そっちのけでハルヒは股間の振動に悶えているし、俺は、未来の俺からのアドバイスを実行に移してみようと考えていた。ハルヒの胸に手を伸ばし、ゆっくりと揉み解す。  
服をずり上げると、意外に可愛らしい下着が目に飛び込んできた。  
「べ、別に、あんたとのデート用じゃないからね!」  
ハルヒがあらぬ方向に目をやりながら、顔を真っ赤にして言う。  
「そうかい。」  
俺は、その下着の隙間に手を差し入れ、乳首を弄り始めた。まず右から……  
「ああっ……はあ……」  
気持ちよさそうではあるが?ついで左に移る。  
「あんっ!だめぇっ、か、感じちゃうからっ!!左は弱いのおっ、あああんっ」  
見事に証明された。というか、既定事項ってわけだ。  
やれやれ。  
 
 
まあ、ハルヒは可愛かった。終始俺のペースで弄ってやったからな。普段こいつに引っ張りまわされているんだから、たまにはこういうのもいいだろう?というか、ハルヒが満足げなのは、こういう願望を持っているからだろうな、潜在的に。  
遊園地から出るとき、ためしにハルヒに言ってみた。  
「今日のおまえは、とことん可愛かったぞ。」  
ハルヒは照れてもじもじしてやがる。  
「あ、ありがと、キョン。その……あたしも楽しかった。すごく……嬉しかったよ。あと――」  
なんだ?  
「さっきから、スイッチがONのままなんだけど。」  
あ、しまった。もじもじしてたのはそのせいか。正直、すまん。  
 
帰り道。  
ハルヒは俺の腕を取って、少し沈んでいるように見える。  
どした、ハルヒ。  
「ううん。ただ、明日からはまた、SOS団の団長に戻らなきゃいけないんだな、って思って。  
ほんとは……今日みたいに、ただのキョンの彼女として過ごす時間がもっと欲しいんだけど。」  
リモコンバ×ブを装着して遊園地に行くのは、ただのカップルとは言えない気がするが。  
「ねえ、キョン。せめて……今日が終わるまでは、キョンの彼女で居させて……」  
俺はハルヒの肩を抱き寄せ、そっと口付けた。  
「あたりまえだ。」  
ハルヒがにっこりと笑う。団長としての100万ワットの笑顔ではないが、優しい微笑は、妙に、俺の心に沁みた。こんな表情がみられるなら、ハルヒと付き合うのは、決して悪いことじゃないな。  
「あんたの部屋に行きたいな。」  
「ああ、行こう。」  
俺たちは手を取り合って、家に向かって歩いていった。  
 
 
これで話を終えられたら、どんなにかいいだろう。  
だが、現実は厳しい。  
 
 
ハルヒと一緒に部屋に入ったとき、そこにいたのは、とんでもなく怒っている長門と、限界まで切れている朝比奈さんの姿だった。  
「……ちょっと、これどういうこと」  
ハルヒの声も、一気に絶対零度にまで落ちる。  
わからん、なにがなんだか――  
と言いかけて、忽然と、未来の俺が発した言葉が脳裏を走った。  
 
「お前に後はまかせたからな。といっても、みんな同じ体験をしたんだ、悪く思うな。」  
 
はめられた。しかも自分自身にだ。ああ、自業自得とはこのことか。  
念のため、長門と朝比奈さんに、恐る恐る聞いてみる。あ、あの、どうしてここに……?  
「あなたとのデートの後、あなたの部屋に来た。シャワーを浴びに行くといったあなたは、現在時空から消失。私はそれから二時間待機している。……説明を求める。」  
「わ、わたしは、おへやの前まで来たら、キョンくんが電話をかけてくるって言って……おそいからおへやで待とうとしたら、長門さんがいて……もう一時間待ちました……」  
ハルヒ、長門、朝比奈さん。  
やばい、膝が恐怖でガクガク震えてきた。  
長門が服を脱ぎ捨てる。  
「あなたを待つ間、リモコンのスイッチはずっとONのまま。  
私の体は限界に来ている。至急結合を求める。」  
朝比奈さんも負けじと服を脱いだ。  
「ふえぇ、わ、わたしもヌレヌレですっ、このままなんて、せまさせしぇん!!  
キョンくんと、しぇ、SEXしてみせまーしゅっ!!」  
ハルヒが後ろで服を脱ぐ音がする。  
「とーぜん、あたしたち全員を満足させてくれるんでしょうねぇ、キョン?  
万一、あたしたちのうち、一人でも満足しなかったら……  
あんたの尻の穴を古泉くんに開通させてもらうから。」  
 
裸になった三人の美少女に囲まれて、絶望に塗りこめられながらも俺は考えていた。  
ここは、天国なのか、地獄なのか?  
いずれにせよ、生きては帰してもらえなさそうだがな。  
 
 
おしまい  
 
 

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