ちょうど今日でSOS団を結成して丸一年がたつ。  
当然この後は有希の部屋でパーティーをする予定になってるんだけど、恒例のパトロールは欠かせない。  
今日はなんか起きそうな予感がするのよ。あたしの勘は結構当たるんだから!  
 
 
あーもうっ! どうしていつもこうなのかしら、何であんたはそんなにくじ運が悪いのよ。  
せっかく桜が満開だっていうのにっ! あんたはあたしと一緒に居たくないのっ?  
いっそのことそう言ってやろうかしら。どれだけ気が楽になるかわかったもんじゃないわ。  
でもだめね、みんなの前だし。いつもそう、あと一歩が踏み出せないのよ。  
もうムカつくったらありゃしないわ。  
 
 
いつものファミレスで昼食をとってから午後の組み分け。  
あたしとキョンがペアになったのは去年のあの一回だけだったっけ?  
 
………はぁ、くじ運が悪いのはあたしも一緒よね。爪楊枝がやけに重く感じるのは気のせいかしら。  
まったく、気の利かない爪楊枝ね。  
 
「どうした、ハルヒ。ずっとここにいるつもりなら長門の部屋に行かないか?」  
 
今の聞かれたっ!?   
……あっ、また睨んじゃった。ちょっと、そんな顔するんじゃないわよ。  
 
「……うっさいわね、行くわ、行くわよ。あんたがおごりだかんね!」  
はぁ、自己嫌悪。もう少し言い方ってもんがあるでしょ、ハルヒ。けどなんて言えばいいのかな。  
この間、みくるちゃんっぽく言ってみたら、あいつの顔引きつってたし。  
結局、あたしはこういう言い方しかできないのかな……。  
 
 
たった1,2分だけど、その何倍も長く感じる。支払いをしてるときのあんたはいつも苦虫を噛んだ顔してる。  
それもあたしのせいか……。本当は割り勘にしてあげたいけど、いまさらって気もするし、他のみんなになんて言えばいいのよ。  
大体一人だけ特別扱いなんてできないじゃない。だってあたしはSOS団の団長なんだから。  
 
 
ごちそうさま、ありがとう、ごめんという気持ちをこめて、  
「じゃ、  
腹ごしらえも済んだし、さっそく不思議探し午後の部を始めるわよーっ!!」  
どう? この笑顔。  
あたしの笑顔があんたにとってどれだけの価値があるかは分かんないけど、これが今のあたしに出来る精一杯。  
おごってもらっといて暗い顔してんのも悪いしね。  
 
 
「あたしたち今度はこっちに行くから、キョンたちはあっちね。4時になったらここに集合よ!」  
それだけ言うとくるっと背を向け、さっさと歩き出す。早くこの場を離れたい。  
あたし以外の誰かとキョンが楽しそうにしてる姿を想像する、たったそれだけであたしの胸は苦しくなる。  
あたしのこんな姿をキョンだけには見られたくない。  
手近な曲がり角に身を隠し、そっと後ろを伺うともうキョンはいなかった。どうやら気付かれなかったみたい。  
 
「……有希、張り切っていきましょう!」  
 
なんとなく大きな声が出したくなっただけ。それだけなんだから……。  
 
 
 
 
キョンと歩きたかった道。キョンと見たかった桜。キョンと話したかった事。  
そんなことを考えていた自分が虚しい。今私の目に映るすべてのものが色褪せて見える。  
周りに目をやると、カップルや親子連れをところどころに見かける。そのどれもが今のあたしにとっては苦痛でしかない。  
……なんで私はこんなとこに来ちゃったんだろ。そう呟いてみると無性に腹が立ってきた。  
 
「この馬鹿キョン!!」  
 
しまった!   
声と一緒に動いた足が、手近にあった桜の幹を蹴っていた。  
場の空気を壊された怪訝そうな視線が、あたしに向かって邪魔だと言ってる。  
これ以上ここにいることもできず、あたしは逃げ出した。  
 
 
情けない。悔しい。寂しい。羨ましい。いろんな感情が溢れてきて、私はおもわず一本の桜の根元にしゃがみこんだ。  
 
逢いたい! 逢いたい! 逢いたい!   
携帯を取り出しリダイヤルボタンに手をかける。……だめ、私はSOS団の団長なんだからこんな事でめげちゃだめ。            
でもっ…でも、せめて声を聞くだけなら……。  
リダイヤルを押し、彼の声を聞き漏らすまいと、耳に携帯電話を押し当てる。  
 
……ねぇキョン?…  
…今何してるの?…  
…どこに居るの?…  
…私、寂しいんだよ?…  
 
 
呼び出し音がもどかしい。早く出なさいよ。この馬鹿っ!  
 
 
『どうした、ハルヒ。なんか見つかったのか?』  
「キョン?」  
『なんだよ?』           
「……っ、ばかキョン!!  
まさかサボってんじゃないでしょうね! ちゃんと探してんの?」  
(違う、あたしはこんなことを言いたいんじゃない)  
『探してるって、そっちこそ収穫はあったのか?』  
「あたしはあんたに聞いてんのよ! いい、ちゃんと探すのよ!」  
(どうしてあたしはこんな事しか言えないの?)  
『そんな怒鳴るな、十分聞こえてる。用件はそれだけか、じゃあ後でなっ』  
(待って、ねぇ待って、切らないで)  
『…………』  
「……逢いたいよ、キョン」  
 
もうだめだ、動けない。立つことすらできない。  
桜が綺麗よ、……キョン。私は仰向けに寝転びそう呟いた。  
 
 
……ヒ、おき…よ、ハル…。  
 
 
あたしを呼ぶこの声は、  
「キョン!!」  
飛び起きて周りを見ても、キョンは居ない。変だわ、ねぇ有希? 今キョンの声しなかった?  
黒曜石の瞳が、読んでいた本から私に視線が移る  
「…………?」  
もういいわ、聞こえなかったんでしょ。まあどうせ夢よ。それよりもいつの間に寝ちゃったのかしら。でもなんとなく気分が落ち着いたわ。  
約束の時間にはまだ一時間以上はあるわね。有希、それまでここでのんびりしてましょ。  
「わかった」  
それだけいうと有希はまた本に目を落とし、つづいて私も腕を枕に寝転んだ。  
 
 
有希の目はキョンを見ているときだけ三割ほど輝きが増すのよね。  
一年以上も一緒にいればそれ位のことはお見通しよ。  
 
有希はおそらくあたしの一番のライバルだわ。  
 
みくるちゃんとキョンはなんてゆうか、親子みたいな感じがするのよ。  
何よりキョンからはみくるちゃんをどうにかしようって気が感じられないのわ。  
だからってイチャついてんのを見るのはやっぱり嫌ね。  
 
でも有希とキョンは違う。二人でいるときの雰囲気はそう簡単に割って入れるようなもんじゃないもの。  
お互い信頼しきってるって感じがする。  
キョンはあたしのことをどれ位、信頼してくれてるのかな?  
 
そんなことをぼんやり考えていると、桜並木を横切る見慣れた人影が目に入った。  
あれは……キョンだわ。みくるちゃんや古泉くんはどうしたのかしら? 一人で向こうに歩いていく。  
 
「キョン! ねぇ、キョンってば! こら! ばかキョン! こっち向け!」  
変だわ、聞こえないはずは無いんだけど? キョンは今まで一度だってあたしを無視したことなんか無いんだから!   
そうよ、聞こえないだけだわ、きっと。  
「有希、ちょっと行ってとっ捕まえてくるからここで待ってて」  
そういうとあたしは小さくなってゆくキョンの背中を追いかけた。  
 
 
待ちなさいよ、キョン。どこいくのよ?   
 
いくら走っても追いつけない。あたしを置いてどこ行くのよ!  
んっ? あれは図書館だったかしら? 入っていくわ、これでやっと追いつける。  
このあたしを無視した罰は重いんだからね、覚悟しときなさいキョン!  
   
って、あれ!? あたしは図書館に入ったはずなんだけど……。ここは、どう見ても教室よね。あたしったらいつの間にか制服まで着てるし。  
誰もいない教室、あそこにあるのはあたしとキョンの机。後ろを振り返っても廊下しかない。  
……キョンはどこ。そうよ、キョンもここに入ったんだから、どこかにいるはずだわ。  
とりあえず、キョンの行きそうな場所はあそこしかないわね。  
部室へ行けばキョンがいる。いるわよね? 少し不安だわ……。  
 
 
部室に行けばキョンがいる、そのことばかり考えていたから……、まさかこんなことになるとは、思いもしなかったわ。  
 
 
ドアが開かない、というか開けてもらえない。  
「ちょっと、古泉くん! どういう冗談なの。さっさと開けなさい」  
「ですから、この部屋には今のあなたではお通しすることはできない、と申しているんです」  
「キョン! みくるちゃん! 有希! いないの? ちょっと、聞いてる?」  
もうっ、なんなのよ。「今のあなたでは」ってどういうこと? いつのあたしならいいのよ。  
「それはあなたが一番ご存知のことかと思いますが?」  
いいわよ、鍵はこっちにあるんだから。でもポケットをまさぐっても鍵は無かった。その代わりそこには一枚の布が収まっていた。  
 
そういうことね……。  
「これでどう! 正解ならさっさと開けなさい!」  
   
ドアが開いた。  
「おい、古泉! どういうつもりか、あたしに納得の行く説明をしなさい。場合によっては容赦しないわ」  
「ふふっ、涼宮さん、あなたが言ったとおりです。冗談ですよ、冗談」  
 
あたしは本気で怒ってんだけど、何で笑ってんのよ! それよりあんたも制服着てんのね。まあいいわ、キョンはどこよ?  
このいたずらはどうせキョンの仕業でしょ。ロッカー? 机の下? もしかして窓の外にでもへばりついてんのかしら?   
いないわ、この部屋で隠れられる場所なんかそんなに無いはず……。ここには来てないのかしら?   
 
「ねぇ、古泉くん? キョン知らない? 教えてくれたら、いたずらの件は無かったことにしてあげるわ」  
「さあ、どうでしょう? 知らないことも無いんですが……」  
じゃ、さっさと言いなさい! 古泉くんに詰め寄ろうとした時、ふと後ろに人の気配がしたから、まさかキョン? と思って振り返ったけど、  
「とりあえず、お茶でも飲みませんかぁ?」  
「みくるちゃん!? どうしてここに?」  
 
――!! 分かったわ、これってドッキリね? あんたたちがいるってことは、有希もキョンもやっぱりここにいるんでしょ。カメラはどこよ? あのお面があやしいわね。  
……ふん、まあいいわ。このドッキリ、最後まで付き合ってあげる。お手並み拝見よ、キョン!  
とりあえず気付いてない振りをしなくちゃいけないわ。  
「それもそうね。いいわ、お茶を飲みましょう」  
 
差し出された湯飲みには一見何の変哲も無い。おずおずと口に運んでみてもタバスコは入ってなかったし、爆発もしなかった。  
いくら飲んでも、ただのお茶。なんなのよ、お茶はドッキリじゃないの?  
 
「で? 有希とキョンはどこで何やってんのよ?」  
どうせいるんでしょ? さっさと出て来なさい。  
「どうして涼宮さんはキョン君ばかり気にするんですか」  
「!?」  
 
ちょっと、お茶を吹いちゃったじゃないのよ! この子は突然何言い出すんだか。そりゃ、気にするわよ。悪い? 仕方ないでしょ!  
 
「ななっ、何言ってんのよ! そんなことないわよ、みくるちゃん」  
「本当ですかぁ? みんな気付いてますよ、ねえ?」  
「ええ、その通りです。涼宮さんが彼に抱く感情は皆が承知ですよ。彼だって気付いているかもしれません」  
 
本当なの、古泉くん? あいつは全然そんな風には見えなかったけど……。  
 
「だから、気になんかしてないって言ってるでしょ! あんたたちの目が節穴なのよ! あたしはSOS団の団長としてみんなに気を配っているわ! だから気にしてるのはキョンだけじゃないのよ!」  
 
あーもうっ、ムカつくったらありゃしない! なんなのよ、二人してにやけ顔でこっち見るんじゃないわよ!  
「ふふっ、そうですか。まあ、そういうことにしておきましょう。ですが……」  
次は何を言う気よ。  
 
「僕は彼のことが好きです」  
「私もキョン君のことが好きです」  
 
ちょ、ちょっと二人して何言ってんのよ!? 古泉くんあんたそっち系なの? みくるちゃんあんたも……って、あんたは女の子だからいいのか、……っていいわけないでしょ! 何? 何言ってんのよ! 困るわ、困るわよ! だって……、だってキョンは……。  
 
「二人とも! よぉく聞きなさい! いい、SOS団では団内恋愛は禁止なのよ! そんなに恋愛がしたかったら他を探しなさい! で、見つかったらあたしん所に連れてきなさい、面接してあげるわ!」  
 顔が熱い、ちょっとこれ以上はキツイわ。早くここから出ないと。  
「「涼宮さん」」  
何よ、二人して。あたしはもう行くんだから邪魔すんな!  
「「あなたのときは誰が面接をするんですか?」」  
 知らないわよ、馬鹿っ!  
 
 
 
 
焦った、マジで焦ったわ。……よく考えてみればあれもドッキリね。みくるちゃんはまだしも、古泉くんがあんなこと言うはずないわ。  
よくやるわね、キョン。あたしをここまで焦らせるとは。それよりもどういうつも・・・・・・りっ!?  
 
「やっ、ハルにゃん」  
びっくりしたわ、だっていきなり後ろから肩を叩かれたんだもん。足音もしなかったし。  
「つ、鶴屋さん!?」  
 
キョンは鶴屋さんまで巻き込んだのね。今度は何を仕掛けてくるのかしら?  
「キョン君をお探しなのかなっ! こんなとこにはいないにょろ!」  
 
部室を出た後、いろいろ回った。教室にだって戻ったし、職員室や食堂、トイレだって探したわ。  
古泉くんが知ってそうだったけどまた部室に戻るのはなんか嫌、で、今鶴屋さんといるのは屋上。  
普段は鍵がかかってるんだけど今日は何故か開いてたから、ここしかないって思ったんだけど……。  
 
「知ってるのね! どこ? 教えて!」  
「あははっ! ハルにゃんてばかわいいよっ! キョンはどこーってね!」  
今あたしの顔は真っ赤ね。もうっ、なんなのよ、馬鹿キョン! これがあんたのドッキリなの?   
あんたは私に何がさせたいのよ? あたしの気持ちを知らずにやってるんならまだいい、けど知っててやってるなら少し凹む……。  
あたしに恥かかせて楽しいの?   
 
「泣きそうなハルにゃんもいいねっ! おねぇさんてば悪人みたいにょろっ!」  
泣きそうな顔になってたことを指摘され、慌てて顔を拭う。ねえ、鶴屋さん。知ってるんでしょ? お願い、教えて……。  
「んーっ、どうしよっかなぁ? どうしよっ? ほんっとうに教えて欲しいのっ?」  
教えて! あたしはキョンを探さなきゃ!  
 
「そんなに逢いたいの?」  
 
そう言った鶴屋さんは今まで見た事の無い表情をしていた。一瞬有希をフラッシュバックさせるほどの無表情。いや、違う。あの瞳だけには感情がある。あれは……。  
 
「どうしてそんなに逢いたいの?」  
 
「!?」  
無表情の鶴屋さんは、ゆっくりとした足取りであたしに近づいてきた。  
「どうしてって、……だって、それは……キョンが、……そうよ、キョンをとっ捕まえて何でこんなドッキリを仕掛けたのか問い詰めなくちゃいけないからよ!」  
 
「それだけ?」  
 
「そうよ……。それだけよっ!」  
鶴屋さんはあたしの目を見つめて近寄ってくる。今二人の距離はお互いの吐息がかかる程近い。鶴屋さんの瞳に映る私が見える。  
 
「本当に?」  
 
「……本当よ」  
あたしを見つめるこの瞳は全てを知っている。なんだかそんな気がする、だからどんなに嘘を言ってもきっと無駄だ。  
でもそれを人に言ってしまう訳にはいかない。  
 
「……いいわ、教えてあげる」  
「……本当!? どこ? どこにいるの?」  
「それはね…………」  
 
告げられた場所は、近くて遠い、遠すぎる場所。  
 
 
 
 
この部屋であたしたちは楽しい思い出を幾つも作った。クリスマスの時だってバレンタインの時だって……。女の子だけでパジャマパーティーだってした。  
この後もここで一周年記念パーティーをするはずだった。  
 
 
 
「キョン! いるのは分かってんのよ! さっさと出てきなさい! ちょっと、有希もいるんでしょ。開けなさいよ!」  
チャイムもノックもしないでドアノブを回してるあたしは、まるで昼ドラに出てくるみじめな女みたいだ……。  
 
ねぇ、キョン? もし有希の方がいいならそう言って? キョンが有希を選ぶならあたしは頑張って諦めるから……。けど何も言ってくれないなんて嫌! だから、お願い……。一言だけでいいからあなたの声を聞かせて……。  
 
ドアにすがりつくようにしていたあたしを、押しのけるように開かれたドア。その向こうには冷ややかな目であたしを見下ろす有希がいた。  
 
こんな目は今まで一度も見たことが無い。哀れみ、侮蔑、蔑むような目。やめてっ、やめてよ。そんな目であたしを見ないでっ!  
 
「彼はあなたの所有物ではない。あなたもまた彼の所有物ではない」  
冷淡な声があたしの胸に突き刺さる。  
「何言ってんのよっ、キョンはあたしのものよ!」  
「そう、彼はSOS団という組織に帰属する。そしてあなたの存在はSOS団の存在と同意義。つまりあなたと彼はSOS団の構成員としての関係にすぎない」  
「違う! そんなこと無い! あたしとキョンはそんなんじゃないっ!」  
「違わない。あなたと彼の関係はSOS団が存在していたからこそ生じたもの」  
「……じゃ、あんたはどうだってのよ。あんただって、SOS団があったからキョンといられたんじゃないの?」  
「…………」  
「そうでしょ、あんたの方こそSOS団の仲間程度の関係なのよ!」  
 
「そんなことないっ」  
 
 思わず背筋が凍りついた。何があっても崩れなかった無表情が、今では怒りを露わにして、あたしを睨みつけていた。  
「そんなことないっ! 確かに私と彼はSOS団という組織を起点とした関係を築いた。しかしそれは起点に過ぎない。現時点でのあたしは彼に帰属している。だからSOS団がなくなっても私はキョンと一緒にいることができる。  
…………あたしはキョンが好き」  
 
愕然とした。顔を上げてられない。がくりとうなだれた。それほどまでにあんたはキョンが好きなのね?   
あなたは変わった、それはキョンと一緒に居たから。キョンがあなたを変えてくれたんだわ。  
 
でも、私は……。好きな人のために自分は変わっただろうか? その人に愛されるようにあたしは変われるだろうか……。  
 
涙が溢れて、目の前がぼやける。この子には勝てないかもしれない。そう思って目の前の少女を見上げると、そこに立っていたのは長門有希ではなかった。  
 
 
見間違いじゃない。確かにあれは……。あたしは制服を着て腕章をつけてるが、彼女は私服だ。真っ白なワンピースに丁寧にポニーテールなんかしてる。  
 
呆然とするあたしを無視して、目の前のあたしは、  
「で、あなたはどうなの? どうしたいの?」  
「あたしも……、あたしだってキョンが好き」  
あなたが変わったように、あたしも変わってみせる。  
 
だって、あたしも涼宮ハルヒなんだから。  
腕章をはずし、そっとポケットにしまう。これが無くたって私はだいじょうぶ。  
 
そう決意したとき、辺りが眩しくなってきた。あまりに眩しくて目が開けられない。  
 
 
 
 
次に目を開けたとき、あたしは宙に浮いていた。ゆったりゆったりと桜並木を進んでいる。  
あれっ? あたしどうしちゃったんだろ? えっ、今の夢? それよりあたしはおんぶされてるのかな? この背中は……。  
あたしにはすぐ分かった。毎日見てきた背中。間近で感じてきた匂い。それをあたしが間違うなんてありえないもん!  
あたしはその背中に顔を押し付けた。ごめんね、キョン。涙と鼻水で服、汚しちゃうね。  
胸がドキドキしてる。キョンに起きてるって事がばれちゃう。でも、ばれてもいいかもしれない……。  
 
あたしは変わるって決めたんだ。  
今なら少しだけ前に進める気がする。  
 
 
ねぇ、キョン? 今から言うことは寝言だからね?  
あたしはキョンにだけ聞こえるように呟いた。そしたらキョンもあたしにだけ聞こえるように、「寝言だな」って言ってくれた。  
ありがと、キョン。じゃ、言うわ。今はまだちゃんと言えないけど、いつかきっと言うから……。  
 
それまで待ってるのよ、ね? 約束よ! 破ったら死刑なんだから。  
 
 
「キョン、大好き……」  
 
 
 
 
 
「……やれやれ」  
 
後日談になるが、あの日ハルヒは閉鎖空間に閉じこもっていたらしい。何で『らしい』なのか?   
それは俺が見た限りではハルヒは桜の下で寝てたようにしか見えなかったからだ。  
 
市内を散策していると、突然長門から電話が来た。  
長門に電話をすることはあっても、長門から電話が来るなんてただ事じゃない。その長門が電話をしてまで俺に伝えたかったこと。  
それは「涼宮ハルヒが消えた」ことだった。  
隣りで薄ら笑いを浮かべてたこいつまで、急にまじめな顔で「閉鎖空間が発生しました」とか言い出しやがった。  
古泉はともかく長門がそんな冗談を言うとは微塵にも思わない俺は、これはやばいと思ってすぐさま駆けつけた。  
 
 
が、そこに着いた時、俺は長門もついに冗談を言うようになったのかと、どこぞの親目線でしんみりしたもんだ。  
そりゃ、目の前で寝てるハルヒを前にして「消えた」って言われたって冗談にしか聞こえないさ。  
 
けど、朝比奈さんがかなり深刻そうにオロオロしてるのを見れば、だれだってこれは冗談じゃないと思うだろ、ふつう。  
長門は「あなたが涼宮ハルヒを桜の下から連れ出せばいい」としか言わないから、とりあえず寝てるハルヒを背負って桜の下から連れ出した。  
それで一応の問題は解決したらしいが、いくら声をかけてもハルヒはぜんぜん起きる気配がなかったもんで、  
俺はとりあえずハルヒを背負ったまま長門の部屋へ向かうことにしたわけだ。  
 
ハルヒはよほど嫌な夢を見てたらしく、ぽろぽろ涙を流してた。で、起きたかと思うと、いきなりあんな告白してきたもんだから、かなりまいった。  
 
その後のパーティーは、さんざんだ。あんなドッキリを仕掛けられて手放しで楽しめるほど俺は大人じゃないし、かといって浮かれるほどガキでもない。  
つまり、俺のテンションはハイにもダウナーにもならなかったわけだ。  
当のハルヒはそんなことお構いなしでパーティーの盛り上げ役をやってたけどな。  
 
まったく、なんなんだよ。  
 
 
それだけならまだしも、それからのハルヒはやたら俺にまとわりついてくるようになった。そんなの前からだろ、なんて言うのは野暮ってもんだ。  
ハルヒにどういうつもりだと聞くと、「あたしはSOS団の団長である前に、一人の女の子なのよ」だってさ。訳分からん。  
で、今ハルヒはというと俺にむかって「はい、あーん」だってよ。谷口の視線が痛いぜ。  
なあ、ハルヒ? さすがに人目が気になる。いやいや、人目の問題じゃない。  
やめてくれとも言い出せず、俺は今葛藤に苛まれている。  
 
 
なあハルヒ、俺はいつまで待てばいいんだ?  
俺は、自分の視界の隅にひとつの選択肢が加わってるのを発見した。  
控えめに点滅する『死刑』の二文字がやたらと目に悪い。  
 
 
 
 
糸冬  
 
 
 
 

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