部室のドアを開けると、いつものように長門が分厚いハードカバーを読んでいた。  
よく飽きないもんだ、そう思いながらイスに腰掛け、何となく置物と化している文学少女に  
視線を向ける。  
 
一定の間隔でページを捲る、白皙の元文芸部員を見ているうちに、  
今日の授業で出された課題を思い出した。心に残った文章だっけ。  
 
今まで読んだものの中から、心に残った文章を、その理由と共にレポート用紙に書いて  
提出しろってやつだったな、そういえば。  
 
しかしだ。自慢じゃないが、俺はあまり本を読まない。  
だから、心に残る文章なんて言われても、まったく思い浮かばん。  
心に残ったマンガのセリフだったら何とかなりそうだが、さすがにそれは却下だろうな。  
 
ということで長門だ。  
こいつは、読書三昧だからな。きっと色々な名文を知っているに違いない。  
そう考えた俺は、長門に訊いてみることにした。  
 
「長門、心に残る、何かこう、感動的な文章ってやつを知りたいんだ。何かないか?」  
「心に残る?」  
 
何となく不思議そうなと思える視線を向けてくる長門。  
 
そうだった。こいつは、宇宙人製のヒューマノイド・インタフェイスだった。  
心に残る、なんて言われても解らないんじゃないだろうか。  
いや、長門にだって感情はあるんだ。きっと、何か気の利いた言葉を教えてくれるさ。  
 
「質問の内容が不明確」  
 
むむ。ダメだったか。訊きかたを変えてみるか。  
 
「そうだな。たとえば、それを読むことで、感情や思考が深く揺さぶられる、そんな文章かな」  
「わたしの思考を深く揺さぶった文章……」  
 
そう言って、長門は詩を朗読するように、たぶんその一節だろうと思われる文言を呟いた。  
 
『a problem has been detected and System has been shut down to prevent damage  
to your computer...』  
 
「……よく解らなかったんだが、タイトルは何て言うんだ?」  
「bsod」  
「すまん、解らん。俺が馬鹿なだけなんだろうけどな。日本語で何かないか?」  
 
長門は、しばらくの間、平坦な視線を俺に向けていたが、何かを思いついたように口を開いた。  
 
「先の文章の次に、思考が揺さぶられた文章」  
 
そう言った長門が発した言葉は、次の通りだった。  
 
『問題が発生したため、nagato.exe を終了します。ご不便をおかけして申し訳ありません。  
作業途中であった場合、その情報は失われた可能性があります』  
 
…………情報伝達に齟齬が発生しているぞ、長門よ。  
 
「事実、その文章を読んだ人は、自身の感情を深く揺さぶられ、時に絶叫し、時に悲しみ、  
時に自分を見失うほどの怒りを露にすることがある」  
「それってコンピ研の連中だけじゃないのか?」  
 
そう言った俺に、長門は少し哀れむような視線を投げかけたあと、一言だけ呟いて、  
読書に戻った。  
 
「そのうち解る」  
 
 

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