「何だこれは?」  
 目の前でにやにやした表情を浮かべる古泉に向かって聞いた。  
「見ればわかると思いますが……」  
 そう返答した古泉は俺にあるものを手渡した。俺が手にしているのは、どう見ても映画のチケットだ。  
「機関に映画館のオーナーをしている方がいましてね。コネで、という訳ではありませんが……そのチケットを頂きまして」  
「何でこんなものを俺に渡すんだ?」  
「チケットを貰ったのは良かったんですが……予定があって行けそうに無いんですよ。それで誰か貰ってくれないかと」  
「……で、俺にか」  
「ええ。映画はお嫌いですか?」  
 別に嫌いではない。こう見えても中学の頃は頻繁に映画を見に行ったもんだ。  
「どんな映画かは知っていますよね?最近良く話題になっていますし」  
 その映画というのは、人気小説を映画化した作品だ。最近はテレビや新聞でも特集が組まれていたりしたっけ。  
「先行上映のチケットです。これでもなかなか手に入れにくいものでして。前売り開始と同時に即完売と」  
 そう言えばそんなニュースをやってたような気がするが……だが、一つ気がかりな事がある。  
「一つ聞こう古泉。何故チケットが2枚もあるんだ?」  
「2枚貰ったのですから、どうにも」  
「誰かに譲るなら別に2枚いっぺんに俺に渡す必要はないだろ」  
「席は指定席……しかも隣同士です。顔見知り同士で見た方が楽しいでしょう?」  
 確かに正論だ。だが何でさっきからずっとにやにやしてるんだお前は。  
「どうです?誰かご一緒に、と誘ってみては?」  
 そういえば映画を誰かと見に行くなんて……入学前にミヨキチと一緒に行ったきりだったな。などと考えていた俺に古泉が付け加える。  
「涼宮さんを誘ってみては如何でしょう?喜んで付いて来てくれると思いますが」  
 そういう魂胆か。だが、今は聞かれてまずい奴もいない。  
 今この部室には俺と古泉、さっきから本を黙って読んでいる長門の3人しか居なかったからな。  
「ハルヒはどっちかと言うと映画を見るより作る方が好きなはずだ。前にそう言ってただろ」  
「……そうでしたっけ?」  
 惚けるなよ古泉。明らかに誤魔化してるだろ。一応、心の中で突っ込みを入れておいた。  
「確かにそうかもしれませんねぇ」  
「というか何故に貰ったチケットを無理にでも使わせようとするんだ」  
「これでも無償で頂いていますし……その厚意を無碍には出来ないでしょう?」  
 だったら、無理にでも予定をキャンセルしても自分で見に行けよ。……と思った直後に長門がこっちを見ているのに気が付いた。  
 長門はどちらかと言えば、映画を見るより本の方を読みたいだろう。むしろ映画に興味なんてあるのだろうか?連れて行っても映画上映中にも関わらず暗い館内でずっと本を読んでるかもしれん。  
「………」  
 長門は本を読む手を止めたまま、俺の方を見ていた。一応聞いておくか。  
「長門、どうだ。一緒に映画見に行くか?」  
「……いい。……他の人と行ってきて」  
 どうするか考えていたのだろうか。再び膝の上の本に視線を移しながら、呟いた。古泉はお得意のポーズを取ったのが視界に入る。  
 ふとチケットに目をやり気が付いた。先行上映の日って今週の日曜じゃないか。確かに暇だが……どうしたものか。  
 そう思った矢先、けたたましい轟音と共に部室の扉を開いて我らがSOS団団長様がやって来た。  
 
 どうやら途中で鉢合わせたようで、ハルヒと一緒に掃除を終えた朝比奈さんも部室に入ってきた。  
 いつもの朝比奈さんの着替えのため、俺といそいそと古泉は部室を出る。……いつまでにやにやしてやがるんだ。こっち見るなよ。  
「さて、どうしますか?」  
 何が、『さて、どうしますか?』だ。俺が古泉に返答する間もなく、着替えが完了したのか朝比奈さんが扉から顔を出した。  
 
 再び部室に入ってパイプ椅子に腰掛けた。ハルヒはさっきからパソコンでネットサーフィンをしているようだ。  
 時折、ディスプレイを眺めながら、にやにやと不敵な笑みを浮かべている。古泉の真似でも始めたのか?  
 古泉は今日はどのボードゲームで遊ぼうかと選別中、長門は相変わらず読書を続けていた。  
「ハルヒ、さっきからパソコンで何見てるんだ?」  
 朝比奈さんがお茶を用意してくれるまで暇だからな。たまにはハルヒの相手もしてやらねばと思い聞いてみた。  
「別に……何見てたっていいじゃないの。あたしが何見ようと勝手でしょ」  
 俺がいきなり話掛けたのに驚いたのだろうか、ハルヒは慌てた様子で俺の方を見た。  
「なぁにキョン?そんなに気になるのかしらねぇ?」  
 何なんだ、その如何にも好物の餌を今し方発見した猫のような表情は。  
「ま……別にいいんだけどね。あ、みくるちゃんお茶頂戴」  
「はいはーい」  
 結局ハルヒは何を見ていたのかは答えなかった。多少は気になったが、この話は置いとこう。朝比奈さんがお茶を淹れてくれた。  
 
「あっ。みんな今週の日曜用事ある?また不思議探索ツアーやりたいんだけど」  
 ハルヒがお茶を飲みながらそう切り出した。今週の日曜?  
「すいません。日曜は少しばかり用事がありましてね」  
「そっか。みくるちゃんは?」  
「私も昼間はちょっと……」  
「有希は……」  
 古泉、朝比奈さんと続き、長門を見ながらハルヒが順々に日曜の予定を聞いている。長門は顔を上げて首を横に振った。  
「有希も駄目か」  
 何だかハルヒが残念そうな表情を浮かべていた。  
「キョンはどうなの?」  
 珍しいな、ハルヒが俺に暇かどうか聞いてくるなんて。  
「あ、別にいいわ。皆で行った方が面白いしね。日曜のツアーは中止と相成りましたー」  
 そう高らかと宣言して、ハルヒは再びパソコンのディスプレイを食い入るように見始めた。おい、聞かないのかよ。  
 
 今日は特にいつもと変わった事もなくSOS団放課後の活動は解散となった。  
 長門の解散を告げる本を閉じる音と共にハルヒは、足早に部室から去っていった。  
   
 古泉と長門の2人と別れた帰り道、途中まで帰宅への家路が一緒な朝比奈さんに俺は日曜の映画の件を伝えた。  
「え?映画のチケットですか?」  
「古泉に貰いまして。2枚あるんですけど一緒にどうですか?」  
 俺は朝比奈さんに、古泉から貰ったチケットを見せた。  
「何でもすぐに売り切れるぐらいの人気らしいですよ」  
「あぁー。この映画って今話題の映画ですよねー?」  
 朝比奈さんはチケットを見るや目を輝かせてくれた。  
「行きます行きます〜。え?これって先行上映のチケットですか?」  
「ええ。時間が時間ですが……大丈夫ですか?」  
 先行上映という事もあって上映時間は夜の8時から、という事になっている。大丈夫だろうか?  
「あっ……その日は昼間用事があって……映画館で待ち合わせで良ければ大丈夫ですよー」  
「じゃあ現地集合って事で。7時半ぐらいでいいですか?」  
「わかりましたー」  
 俺は2枚のうちのチケットの1枚のチケットを朝比奈さんに手渡した。  
 上映までの間の2人っきりのデートは出来そうにないのが残念ではあるが、まぁ良かった良かった。  
 
 何事もなく家に帰ってきた俺は、日曜の朝比奈さんとの映画デートを楽しみにしつつ、ベッドに飛び込んだ。  
 途中で妹が晩飯出来たよ、と叩き起こしに来たのは言うまでもなかったがな。  
 
 映画デート当日、昼前までベッドで爆睡していた俺は、またしても妹に叩き起こされる破目に陥った。  
 緊張のために明け方近くまで起きていたのが災いした。目覚ましの音にすら気付かなかったとは。  
 予定の時刻までは充分な時間があったが念入りに準備をした俺は1時過ぎには家を出た。  
「さて、何して時間を潰そうか」  
 愛用の自転車に乗りながら独り呟いた。予め時間配分は考えておくべきだったか。  
 駅の近くに自転車を停めた俺は、電車に乗って映画館最寄の駅まで移動する事にした。  
 近くにも中規模な映画館はあったが、先行上映のためか結構大きめの映画館でしかやらないからな。  
 先行上映の手間賃とでも考えればいいか、などと考えつつ電車を下車した俺は、駅前の本屋で立ち読みでもして時間を潰す事にした。  
 
 雑誌を立ち読みし始めてしばらくが経過しただろうか。立ち読みに集中していた俺に突然の来訪者が襲い掛かった。  
「キョン、こんなとこで何やってんのよ?」  
 聞き覚えのある声が俺の後ろから聞こえた。俺は声の主の正体に勘付きつつも恐る恐る後ろを振り返る。  
「あんたがこの辺で立ち読みなんて珍しいわね」  
 俺を突如呼んだ声の主、我らがSOS団団長である涼宮ハルヒがそこにいた。……何でハルヒがここにいるんだ?  
 目の前にいるハルヒの服装は、如何にも余所行きと言わんばかりの華やかな格好をしていた。  
「な、何だハルヒか……いきなり話しかけるなよ。お前こそ、こんなとこで何してるんだよ?」  
「別になんだっていいじゃないのよ。あ、何その本?」  
 ファッション誌を読んでいた俺にハルヒが問う。俺は本の表紙をハルヒに見せた。  
「ふぅん。あんたそういうの読むんだ。意外ね」  
 意外で悪かったな。普段、俺がどんな雑誌を読んでると思ってるんだ。  
 ハルヒはそう言うと、目当ての本でも探しに行ったのだろうか?俺の前から姿を消した。  
 
 立ち読みを再開してから数分、ハルヒが俺の横に戻ってきた。  
「キョン、これ」  
 ……何なんだ一体?ハルヒが俺の顔を覗き込みながら1冊の雑誌を差し出した?裏を向けてあるので何の雑誌かはわからない。  
「この本がどうした?」  
「今日あんまりお金持って来てないの。変わりに買って頂戴」  
 ……何?お金持ってきてないから俺に買えって?おいおい。  
「何よその顔。お金なら後でちゃんと返すわよ」  
 俺とここで会わなかったらどうするつもりだったんだ?雑誌を持ったまま店外に出るとはさすがに……と思ったが……  
「だから買って頂戴」  
「ちゃんと返すんだろうな?俺もあんまり手持ちの金がないんだがな」  
 今日はタダで映画が見れるという事もあって余りお金は持ってきていないが……仕方ない。店内で駄々を捏ねられるのは御免だからな。  
 俺は黙ってハルヒから雑誌を受け取る。表紙を見ても何の雑誌かよくわからない。紐で括ってあったから内容もわからず仕舞いだ。  
 立ち読みしていた雑誌を元の位置に戻し、ハルヒから受け取った雑誌を持ってレジに向かった俺の後ろをハルヒが付いて来る。  
 それほど高価ではなかったのが幸いしたのか、我が財布の財政に大ダメージが直撃という事態は免れた。  
「さて、次行きしょうか」  
 お金を払い終えて袋に入った雑誌を受け取った俺にハルヒが言う。次だ?  
「おい、ハルヒ。本はどうするんだよ?」  
「あんたが持っててよ。そんなに重くないでしょ、それ」  
 俺は荷物持ちか?というか次って何なんだよ、次って。俺は共に本屋を出たハルヒの後ろを黙って歩いていた。  
 何かボソボソと独り言を呟いてたようだったが、何の事やら。  
 
 歩いて数分、前を歩くハルヒが振り向きながら、  
「お腹空いたわね。どっか食べにいきましょ」  
「何……?」  
 俺の手を掴んだハルヒは、さっきより早足で歩みを進めた。  
「ちょっと待てよハルヒ。飯食いに行くって何だよ?」  
「言葉通りよ。あたしお昼食べてなかったからお腹空いてるのよ。さ、お願いね」  
 ファーストフード店の前で立ち止まってハルヒの我侭がまたしても始まった。  
「そんなにお金持って来てないってさっき言っただろ」  
「あんたさっき本買うとき5千円払ってお釣りちゃんと貰ったでしょ?じゃあいいじゃないの」  
 俺とした事がぬかった。見られていたとは。見られた以上止むを得ない。俺も昼飯食べて来なかったしな。  
 
「さっきの分も含めて全部返せよ?今月はこれで精一杯なんだからな」  
「わかってるわよ。何だったらお昼の分は、今度お弁当でも作って返してあげるわ」  
 ちゃんと現金で返せと言いたかったが、気になった事があったので口には出さなかった。ハルヒの手作り弁当ってどんなのだろう。  
 さすがに今度は財布にクリーンヒットだった。俺なんかハンバーガー2つだぞ?ハルヒはどう見ても1人前以上の量を注文して、それを満足気に頬張っていた。  
 
 時刻は4時半を回っていた。  
 満腹まで食ったのか飛び切りのにこやか顔なハルヒと俺。今月どう切り抜けようかね……  
「こんな時間に食べたのは中途半端だけど、まぁいいわ。次行くわよ、キョン」  
「まだ何処か行くつもりかよ」  
「あんた暇なんでしょ?こんなとこで立ち読みしてたくらいなんだし」  
 確かにその通り暇だ。映画上映までの時間潰しだがな。  
「やれやれ」  
 ついつい声に出してしまう。この癖なんとかならないのか俺は。  
「何が『やれやれ』よ。さ、行くわよ」  
 そう言ってハルヒは再び俺の手を掴んで、早足で何処ぞへと歩き出した。  
 
 その後行った衣服店に電気店、アイスクリームショップまでさっきとほぼ同じやり取りを繰り返していたのは言うまでもない。  
 財布からの出費はアイスクリームショップだけで抑え込めたので何とか首は繋がった。  
 駅前のベンチで腰を掛けた俺とハルヒであったが、さっさと自分の分のソフトクリームを平らげたハルヒは、ゆっくり食べていた俺の分のソフトクリームまで食べるという暴挙に出た。  
 しかし散々連れ回された影響か、俺はそれに抵抗する気力を失っていた。仕方ないから黙って残りのソフトクリームをハルヒにやった。  
「はぁ〜お腹一杯ね」  
「あれだけ食えば当然だ。太っても知らんぞ」  
「美味しいものは別腹だって言うじゃないの」  
「甘いものの間違いだろ」  
「どうでもいいじゃないの、そんな事」  
 いつもやってるようなやり取りの繰り返しだ。どこにそんな元気があるんだ、ハルヒよ。  
 コーンまで食い尽くしたハルヒの表情は、”まだまだ元気です”と言わんばかりの表情だった。やれやれ。  
 
 腕時計に目をやった。既に7時を過ぎている。……マズいな。  
 いつの間に日が落ちたのか、周りは昼間とはまた違った雰囲気を醸し出していた。  
「さてと、今日の不思議探索ツアーは終了ね」  
「不思議探索ツアーって……中止にしたって言ってなかったか?」  
「ちゃんと再開するって言ったじゃないの。聞いてなかったの?」  
 全然聞いてなかったが。というか何処の不思議を探索してたんだ。アイスクリーム屋に不思議なんてないだろ。  
「あたしはこれから一人で寄るとこあるから」  
「寄るとこって何だ?」  
「何処でもいいじゃないの。じゃあ気を付けて帰りなさいよ。また明日学校でね」  
 そう言ってハルヒはベンチから立ち上がったハルヒは、今度は駆け足で夜の闇へと消えていった。  
 改めて俺は腕時計を見る。待ち合わせまでもうちょっとか。  
 
 少しベンチで休憩していた俺だったが、直に腰を上げた。  
 そろそろ行くか。朝比奈さんも待ってる頃合いだろうからな。俺は映画館へと足を運んだ。  
 駅前からは映画館まではそれほど距離は無く、ハルヒに連れられて色々と行く間も、何度か何かしらの映画を見終えた人たちとすれ違ったっけ。  
   
 映画館の前まで着いたのは7時半直前だった。  
 先行上映を見に来たであろう人たちが大勢いるのがわかる。古泉曰く、『すぐ売り切れた』も納得か。だがこれは多すぎじゃないのか。  
 人気の映画という事もあり、先行上映を見に来た人と、それ以外の映画を見に来ていた人たちで溢れ替える映画館前。  
 この人ごみの中から朝比奈さんを探し出さねばならんとは。携帯で連絡を取ろうと試みたが、何故だか圏外で繋がらない。繋がってもこれだけ人が多いんじゃ電話の声も聞こえ辛いだろうな。  
 結局俺は朝比奈さんを探す暇も無く入場の順番待ちの行列に押し込まれた。仕方がない、中に入るまで我慢だ。  
 
「あれ?キョン、こんなとこで何やってんの?」  
 何だ?聞き覚えのある声……ハルヒが行列の外で俺の方を見ている。こっちの台詞だよ、おい。  
「見てわからんのか。並んで……おわっ!」  
 一気に後ろから押される。痛いっての、というか焦り過ぎだ。余りの重圧に顔が歪んだ。……っておい?  
 ハルヒが行列に割り込んできて俺の横にやってきた。思いっきり後ろに怖そうな兄ちゃんに睨まれた。  
 一応、後ろの兄ちゃんに詫びの礼をしておく。何で俺が謝らねばならんのだ。  
「何で……お前が列に入って来るんだよ」  
「これ」  
 ハルヒが上着のポケットから1枚の紙を取り出した。  
「チケットもってるからね」  
 ハルヒの左手にはこの映画の先行上映のチケットが握られている。  
「あら、あんたも持ってるの?奇遇ねぇ」  
 俺のポケットからはみ出すチケットを見てハルヒが言う。もしやとは思うが聞いてみた。  
「そのチケット……どうやって手に入れたんだ?」  
「どうって?みくるちゃんから貰ったのよ、あげますーって。勿体ないから見にきたのよ」  
   
 な……なんだって……?  
 
「朝比奈さんから……?」  
「そ」  
「おっかしいなぁ……俺、朝比奈さんに映画のチケット渡したんだがなぁ……」  
 しまった。動転してしまって言わんでもいい事を口走っちまった。  
「ほえ?」  
 ハルヒがすっとぼけた声を上げる……が人が多いのでよく聞き取れなかったが。  
「今人気なんだってね。先行上映の前売り券すぐ売り切れたって聞いて残念だったのよ」  
 どうやら、さっきのは聞かれてないようだ。人が多くて助かった。  
「キョンはどうしてよ?キョンがこの映画見るとは思えなかったんだけど」  
「古泉に貰ったんだよ……用事あって行けなくなったからやるって……あははは」  
「そうなんだ。昨日みくるちゃんからね、急用入ったから行けなくてー。って電話あって」  
 間違いない、今ハルヒの持ってるチケットは俺が朝比奈さんに渡したチケットに間違いない。  
 そうこう言っている内に、館内への入場と相成った。入ってみればあれだけの人も気にならなかった。  
 
「へぇ。席が隣?奇遇な事もあるものねぇ」  
 全然奇遇じゃないだろ。そもそも元々隣同士のチケットなんだから当然に決まってる。  
 上映開始まで数分、席に付いた俺とハルヒ。無論、席は隣同士だが。  
 朝比奈さんが来れなくなったのは仕方がない。映画デートが出来なくて残念だが。だが連絡が無いのはどういう事だ?いや、朝比奈さんの事だ。ハルヒにチケットを渡しておいて、俺への連絡を忘れてた事も……などと考えている間に、ハルヒが口を開く。  
「この映画楽しみにしててね。原作の小説も全部揃えたのよ」  
「へぇ」  
 結構意外だった。ハルヒが小説を?長門じゃあるまいし。珍しい事もあるものだ。  
「何にせよ万々歳よ。少しでも早く見たかったからね」  
 ハルヒがめちゃくちゃ嬉しそうな顔で俺を見る。そんなに楽しみにしてたのか。  
 そうこう言っているうちに館内の照明が少しずつ暗くなっていく。それと同時に上映開始を知らせるブザー音が鳴り響いた。  
 
 映画の内容は割りとありがちな男女の悲哀に満ちたラブストーリーが主題の映画だった。  
 あらずじはニュースや新聞で齧った程度だったので詳しくは知らなかったが、原作を知っている人間でも高評価なのだろう、上映中も涙をわんわん流している客も結構いたようだ。  
 どたらかと言えば俺はこの手の感動物にはちょっと弱い、のめり込んだら号泣してたかもしれん。  
 幸い、昼間ハルヒに連れ回されたお陰で疲れていたためか、半ばうつらうつらとした状態で見ていたのが良かったのかもな。  
 ハルヒは最初から最後まで食い入るように見ていたようだった。感動していたのだろうか?暗がりでは表情はよく見えなかったが。  
 
 あっという間の2時間が過ぎて俺とハルヒは帰りの行列に押し出されるように映画館を飛び出した。  
「キョン、あんた真面目に見てなかったでしょ。いい映画だったのに。勿体無いわ」  
 誰のせいで疲れたと思ってるんだよ。一応、内容は覚えてるけどな。  
「堪らないわね。後2回は見なくっちゃね」  
 まさか、また連れてかれるんじゃないだろうな?  
「あんたも行きたいんなら一緒に行ってあげてもいいわよ?」  
 また連れ回されるのは御免だ。是非未見の奴を連れてやるといい。  
「他にも寄りたいとこあったけど……もう遅いしね。帰りましょ」  
   
 ハルヒが途中で下車するまでの電車内、やはり疲れていたのかハルヒはすっと寝入ってしまった。起こすのに苦労したのは言うまでもない。  
 
 翌日、ハルヒは昨日にも増して笑顔100%な表情で俺の後ろの席にいた。よほど映画を見れたのが嬉しかったのだろう。  
 昼休みになっても笑顔は1%も低下していなかった事からしても相当な感動具合に見える。  
 上機嫌なハルヒに俺は聞きたかった事を聞いた。  
「美味そうな弁当だな」  
「そう?自分で作ったのよ」  
「美味そうだな」  
「あんたには上げないわよ?」  
「昨日、弁当作ってきてやるって言っただろ?」  
「言ったっけ?」  
「惚けるな。今日、弁当も金持ってきてないんだが」  
「……仕方ないわね。半分ぐらいなら分けてあげるわ。ありがたく思いなさいよ?」  
 助かった。今日は朝から何も食ってなかったからな。それにハルヒの手作り弁当も食えるしな。  
   
 おい、何だよ谷口。さっきから恨めしそうな顔しやがって。こっち見んな。  
 
 
 
 完  
 

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