私の名前は、涼宮ハルヒ。私は、宇宙人、未来人、超能力者、またこの世の不思議や謎を探求してきた。
それは、このツマラナイ世界に飽き飽きしていたからだ。
いや違うわ。本当は私は、普通過ぎる自分が歯痒くてつまらなくて、未知の存在に逃避しているだけだったんだ。
幼い子どもが、飛行機のパイロットに憧れるように…。
その日、私は、進路指導と称して岡部に呼び出されていた。そのおかげでSOS団の活動に遅れてしまった。
まったく、へたな進学校を謳ってるこの学校の校風のせいで、ずいぶん話が長引いてしまったわ。
二束三文にもならない話を延々と続かせやがって、おかげで今日計画していたみくるちゃんの新コスチューム
披露会が遅れちゃったじゃないの。みんな、ちゃんといるかしらね?
まあ、大丈夫か。団長が遅れたからって、帰る不良団員はあいつぐらいしかいないし。
その、あいつも最近は団員としての心構えが出来てきたようだしね。
ん?部室から何か話し声が聞こえるわね。この団長様が不在だというのに一体何をしているのかしら。
まったく、ついさっき褒めたばかりだというのに…やっぱり、まだまだなってないわね。
しかし、正直普段あたしがいない時にどんな話をしているのか興味がある。折角だし、聞いてみましょう。
そうして、私はドアに耳をすませ、部室の会話に耳を傾けた。
今思えば、私はここで何の気なしにいつも通り部室に入るべきだったのだ。
この時はまだ、私自身が特別な存在だとは考えも、思いもしていなかったのだから。
『涼宮ハルヒの逃避』
ふー、静かだな。あいつがいないだけでこんなに静かになるものなのか。
たまには、こんな静かな時間も必要だろう。
どうせ、もうすぐしたらあのドアを蹴破るような勢いで我等が団長様がお見えになるだろう。
そうなれば、静かな空間など望むべくもない。
ならば、今俺に出来ることはこの限られた平和を噛み締めていることだけだぜ。
「あ、キョン君もうお茶ありませんね。今、お替りいれますね」
そして、ここにおられますわ、俺のマイスィートエンジェル朝比奈さんだ。
奇跡的に愛らしい童顔にメイド服をブレンドさせ、今日も甲斐甲斐しく動き回っている。
朝比奈さん、俺はそんなあなたを見ているだけでも、毎日この部室に来る意味があるってものです。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
うむ、美味い。まあ、朝比奈さんがいれたものならたとえ水道水でも美味いに決まってるがな。
この一杯のために今まで生きてきたといっても過言じゃないだろう。
「それにしても、涼宮さん今日はずいぶん遅いですね」
おいコラ古泉。人が折角、幸せに浸っているというに水を差すんじゃない。
「あいつなら、進路指導だ」
「そうですか。それなら、もうしばらくは来ないでしょうね」
古泉の言う通りだ。今頃は、指導室で岡部と白熱した言い合いをしていることだろう。
まったく教師連中にも同情するね。あいつはあれで成績はいいからな、教師連中も有名大学に進んでもらいたいと考えてるのだろう。
まあ、そんなことあいつに言い聞かせられるとは、とても思えんがね。
あいつなら、卒業後「アトランティスを探しに行くわ!!」とか言って、日本を飛び出しかねない。
……(ブルブル)やばい、あいつなら本気で言いかねない。しかも、その場合、真っ先に被害を被るのは俺だろう。
冗談じゃない、俺は日本語が通用しない地域で生活する気なんてないね。
「大丈夫ですよ、日本を離れてみるのもいい経験ですよ」
「人の心を読むな。変な気遣いをするな」
まったく、こいつは…。実は、人の心も読めるんじゃないのか。油断も隙もないぜ。
試しに、悪口でも言ってみるか?やーい、ばーかばーか、このホモ野郎。
「失礼ですね。あなたは、すぐ顔に出ますから」
………まあいい。今日のところは引き下がってやるぜ。そこ、情けないとか言うな。これは、戦術的撤退だ。
一般人である俺に何を期待しているんだ。
「それはそうと古泉、最近本職の方はどうなんだ?」
「おや、本職とは?」
「はぐらかすな。機関とかいうところのことだよ」
「これは失礼を。しかし、どう話していいものやら。
いえ、そうですね…あなたにはお話しておくべきかもしれませんね。」
なんだ、やけにもったいぶるな。まさか、また何か起こったのか?
「いえいえ、むしろその逆ですよ。最近の涼宮さんの心はとても落ち着いています。
つまり、涼宮さんの世界への改変力も随分弱まってきたということです。
閉鎖空間へ狩り出されることもほとんどなくなりましたよ」
「それは、いいことなんじゃないのか?」
ハルヒのあのとんでもパワーがなくなっていっているのだ。こいつら機関に取っては、諸手を振って喜ぶことだろう。
「ええ、僕たちにとってはそうですね」
「…なんだその言い方は、言いたい事があるならはっきりと言え」
ったく、こいつはなんでこういう回りくどい言い方しか出来ないんだ。
話しているこっちが疲れるぜ。
「では、言わせてもらいましょう。その前に、涼宮さんが僕の所属する機関やその他の勢力に
監視されているのは何故でしょうか」
なんだ?そんな当たり前のことをいまさら聞いてきてどうするってんだ。
「それは、ハルヒの力のせいだろう。あいつの思ったとおりに世界を変えるとかいう…」
「そう、あなたの言うとおりです。その力が涼宮さんが監視されている理由です」
「古泉、俺ははっきり言えと言ったはずだ」
古泉はお得意の両手を肩に上げてやれやれといったようなお馴染みのポーズを取った。…なんかむかつくな。
「わかりました。では、言わせてもらいましょう。機関の総意としてはこれからは涼宮ハルヒの力は徐々に弱くなっていき、
やがては消えるだろうという考えが大勢を占めるようになってきています。
もちろん、僕の所属する派閥もその考えに移ってきています」
「…………」
「わかりますか?つまり、機関は涼宮さんを既に多少の力を持った。唯の女子高生と見ているということです」
古泉の言いたいことはわかる。ハルヒが機関や情報統合思念体、未来人から目を付けられているのは、
ハルヒのとんでもパワ−のせいであろう。それが、なくなってしまえば機関にとっては、
ハルヒはそこらにいる、ただの少女と変わりはしないということだろう。
「お前の言いたいことはわかる。でも、それがどうしたってんだ?
本来の落ち着くところに、落ち着いただけだろう」
俺が、そう言うと古泉は盛大に溜息をついてくれやがった。
何だ、何か俺は間違ったことを言ったか。
「やっぱり、あなたはよくわかっていないようですね」
悪かったな…あいにく頭の出来はそれほど良くないんだよ。
「単刀直入に言います。機関は、このまま涼宮さんの力が消失するという事態になれば見切りをつけるということです。
わかりますか?それはつまり、僕がこの場所にいるという理由がなくなるということと同義だということです」
古泉の言っていることが理解できない。いや出来ているんだ、ハルヒの力がなければ監視する必要はない。
それは、つまり監視に当たっている者の存在も必要なくなるということだ。
「…だが、まだハルヒの力はなくなったわけじゃないんだろ」
「その通りです。しかし、それも時間の問題だろうというのが我々の考えです。
現に涼宮さんの心はどんどん落ち着いてきて、それに伴い力も弱まってきています」
何だそれは、何でそんなことをお前はそんなに冷静に淡々と告げられるんだ?
「もし、もしもだ。その話が事実だとしてもお前がいなくなることはないんじゃないのか?」
「おや、僕がいなくなることを残念がってくれるのですか?」
バンッ!
「ふざけるなっ!」
「キャッ」
朝比奈さんの悲鳴が聞こえようたが、それどころじゃない。
俺は、目の前のこのニヤケ面した野郎に言わなくてはならない。
「ふざけるな!お前はSOS団の副団長だろ。ハルヒの力が消えれば消えるだと?
それは、お前の上の奴らの考えだろ。それを、なんでお前はそんなに落ち着いて答えられるんだ」
「少し落ち着いてください」
「あのキョン君、少し落ち着いてください」
落ち着いてだと!?そんなことできるか。こいつは、SOS団を抜けるって言ってるんだぞ!
「ですから、落ち着いてください。何もすぐにいなくなるという訳ではありません。
それに、前に話したように僕はこの関係に非常に愛着を持っています。これはオフレコですが、機関以上にね」
「なら、なら何でそんなことを言うんだ!」
「それが必要なことだと考えたからです。僕は超能力者であるとはいえ、あなたの知る通りそれは日常生活では
まったく役に立たない能力です。そして、その能力さえ涼宮さんの力がなくなれば、消えてしまうでしょう」
「それがどうしたってんだ」
「つまり、僕はただの無力な高校生になるということです。そんな僕に機関という巨大な組織の力に逆らうことは出来ません。
しかし、何も告げずに僕がいなくなってしまえば、きっとあなたたちは混乱してしまうでしょう?」
「…それは、」
俺は、古泉の言葉で気付いた。そうだ、こいつは不可思議な力を持っているが、それ以外は俺と同じ一般人なんだ。
そのこいつが、機関なんて言う得体の知れない組織にたった一人で歯向かうことなんて出来ないだろう。
「…すまん古泉。お前の気持ちも分からず熱くなっちまって」
「構いませんよ。それに僕はそんなあなたのことが嫌いではないですからね」
古泉は笑顔でそんなことを言ってきた。発言は相変わらずキモイが意外にもそれはストンと俺の心に落ちてくれた。
「しかし、古泉どうにかならんのか?」
「ならないでしょうね。僕としてもこの空間にいたいものですが。
機関が方針を変えない限りは望みはないでしょう」
「ならっ、俺たちに頼ればいいじゃないか。そりゃ、俺にはなんの力もないけど。
こっちには、未来人も無敵な宇宙人だっているんだぜ」
「そうですね、ならば聞いてみましょうか?朝比奈さん、長門さん。
あなたたちはこの現状に手を出すことが出来ますか?」
俺はその言葉で朝比奈さんと、今まで一度も発言しなかった長門の方を向いた。
「どうなんですか、朝比奈さん」
俺は、はやる気持ちを抑え朝比奈さんに聞いてみた。
「それは…すいません、私にはどうすることもできません。古泉君の言っていることは事実で涼宮さんの力が
弱まっているということは、こちらでも確認しています。でも、私にはそれをどうにかする権限はないんです。
それどころか、もしかしたら私も消えるかもしれない……本当にごめんなさい」
朝比奈さんの返答に、俺はまたしても愕然とした。朝比奈さんが力になれないということはなんとなく分かっていたが、
朝比奈さんまで消えるかもしれないなんて…朝比奈さん(大)なら何とかしてくれるかもしれないが、
こちらからコンタクトする手段がないのでは同じ事だ。
「本当にごめんなさい…」
朝比奈さんがつらそうに顔を伏せる。すいません、俺が質問したばかりに悲しい顔をさせてしまって。
「長門、お前はどうなんだ?」
俺は長門に聞いてみた。俺はまた、迷惑をかけることをわかっていたがこれは俺たちの手に余る。
でも、長門ならこのSOS団の万能型宇宙人インターフェイスならなんとかしてくれるだろう。
「私には不可能」
俺の思考が止まった。不可能?どういうことだ。長門にもどうしようもないってのか?
「…どうしてだ」
「涼宮ハルヒの力が弱まっているのは、こちらでも確認できている。その事実に情報統合思念体は失望している。
情報統合思念体は変化を望んでいる。その変化が、良しにしろ悪きにしろ私にはその変化に干渉することは許可されていない」
「そんな、どうしようもないのか?SOS団の危機なんだぞ、もしかしたら団そのものだってなくなっちまうかもしれない」
「…わたしは以前、エラーを起こした。そのため、今の私には申請なくそのような行動ができないよう制限されている」
「………」
「…ごめんなさい」
謝らないでくれ。そうだ、こいつはあのクリスマスの頃に世界を改変してしまうほど苦しい思いをしたんだ。
そんなこいつに、監視が付いていないはずがない。なのに、俺はまた心のどこかでこいつに頼ろうとしていた。
本当に情けないったら、ありゃしないぜ。
「すまん、長門」
「どうしてあなたが謝るの?悪いのはわたし」
「違うっ、お前は悪くない」
ただ、お前にばっか頼ろうとした俺が情けなかっただけだ。
「どうやら、無理のようですね」
古泉…こいつは多分二人がこう言うのを分かってたんだろうな。
でも、ここで諦める訳にはいかない。
「でも、でも、そうだハルヒなら!あいつならどうにか!」
「出来ません。その涼宮さんの力が失われようとしているからこそ、この様な事態になっているのです」
「それは…なら今から教えるってのはどうだ。今ならまだ、あいつの力もあるしお前らがいなくなるってなら
あいつだってきっと力を貸してくれるさ」
「本気で言っているのですか?それは最もしてはならない行為です。
もし、実行すれば僕もあなたもただではすまないでしょう。それは、あなただって分かってるはずです」
「し、しかし…」
「しかしでは、ありません。すみません分かってください。現状では、涼宮さんは小康状態ですがこれから
変化があるかもしれません。ですから、くれぐれもそのような事はしないでください」
古泉が普段はしないような、とても真剣な顔で言ってきた。
「…わかった」
俺には、ただそう呟くことしか出来なかった。
バタンッ
激しくドアが開く音がする。ハルヒ?なんだ、下を向いて少し震えている。ま、まさか、聞かれたのか!?
「…答えなさい」
「ハ、ハルヒ?」
「答えなさいっ!今言っていたことは本当なの!どうなのキョン!!」
まずい!?なんて事だ、たった今古泉に釘を刺されたばかりだってのに、こいつに聞かれちまうとはここは何としてもごまかさないと。
朝比奈さんは固まっている。古泉も珍しく口をあけたまま呆けたままだ。長門は…変わりないがここは俺がやるしかないか。
「な、なんのことだハルヒ」
「とぼけないで!あんたたちが、宇宙人や超能力者だっていうことは」
「ハハハh…なんだ、隠れ聞きしてたのかよ。ありゃ冗談だよ。
お前に聞かせて脅かしてやろうと思っただけだって、なあ古泉」
コラ古泉いつまで呆けてやがる!お前も手伝いやがれ!
「え、ええ!そうなんですよ。まいったなぁ、こんなすぐにばれてしまうだなんて」
「そう、わかったわ…」
ほっ、わかってくれたか。こいつが単純で助かったz…
「あんたたちが嘘ついてることをね。」
(…………)
「そうやっぱり嘘だったのね。今のあんたの顔を見て、確信ができたわ」
「ハ、ハルヒ…」
「うるさいっ!今まであたしのこと騙してたのね!許せない…絶対許さないわ!」
「違う、ハルヒそれはちが」
「何が違うってのよ!私は今まで楽しかった…。SOS団なんてものを作って馬鹿騒ぎして、いっぱい笑った。
でも、それもすべて嘘だったのよね。私が何も知らないからって腫れ物を扱うように慎重に接してきたんでしょう?」
「ハルヒ聞いてくれ」
「黙れ!!今まであたしのいうことを聞いてきたのも、私のその力とやらを心配してのことでしょう?
ごめんね、今まで気付かなくて…こんな頭のイタい子の言うこと聞くのは大変だったよね?」
俺たちはみんなハルヒの独白になにも言い返せなかった。
確かに、ハルヒには隠し事をしていたし、ハルヒの言うことを聞いていたのは事実だ。
しかし、黙っていてはいけなかったのだ。
「なによ…黙ってないで何か言いなさいよ。ああ、そうか。ハハハッ、あたしが黙れって言ったんだよね」
もうつらいこんなハルヒを見ていたくない。
「…もういいわ。今まで付き合わせてごめんなさい。もう、明日からは来なくてもいいわよ」
ハルヒはそう言って、部室から飛び出ていった。ダメだ、行かせてはダメだ!
しかし、俺の口からはどれだけ待っても何も気がきいたセリフは出てこなかった。
「なんて事でしょう。まさかこんなことになるとは…」
古泉がつらそうに顔を伏せる。
「すまん」
「あなただけのせいでは、ありませんよ。僕の方こそ部室でこんな話をしてしまうとは、
まったく軽率でした」
「ひぅ。あ、あのこの後どうなってしまうんでしょうかぁ…」
朝比奈さんが涙を浮かべ聞いてくる。そんなこと、こっちが聞きたいぐらいですよ。
「長門、お前は気付いてたのか?」
「…気付いていた。涼宮ハルヒは10分14秒前から部室の外で移動していなかった。
室内の話を盗み聞きしていたと思われる」
「ならなんで教えなかったんだ…」
「さっきも言ったように情報統合思念体は変化を望んでいる。この場合、室内の話を聞かせる事を
優先させる事が可決された」
「…それは、お前の意思なのか?」
「…………」
長門は黙ったままだ。でも、俺にはわかる。こいつはそんなことなんか望んじゃいない。
きっと、どうしようもなかったんだ。こいつを責めることは間違っている。
何を間違えてしまったのだろう。ハルヒが出て行ってからしばらく俺たちは無言のままだった。