どこぞやの宇宙的存在だかなんだかによって作られた竜宮城から逃れてから一日が経ったその朝、  
長門は無事ベッドから起き上がることが出来た。  
まあその宇宙的な罠、古泉流に言えばゲームの中から脱出した段階で  
長門は情報統合思念体とやらとの無線ラン接続を回復したため、  
ちょうど宿屋を見つけた主人公とそのパーティのように充分に治っていたんだろうが、  
ハルヒの思いやり…  
 
いやまあ俺も長門にはゆっくり休んで欲しいと思っていたんだが…  
 
まあその辺の思い入れによって、ベッドへと押し込められていた。  
 
しかし、長門は本当に寝たのだろうか。結局、介護役のはずのハルヒが早々に  
椅子の上で寝込んでしまい、それを確認した俺も結局睡眠欲には勝てず、  
自分用に割り当てられた部屋に移動して睡眠をとってしまったため、  
結局それを確認することは出来なかった。  
 
考えてみれば惜しいことをしたかもしれん。あのハルヒの寝顔なら見たことがあるが、  
あの長門の「寝顔」だけは一度も見たことが無い。  
仮に設定上30分しか睡眠を必要としないように出来ていたとしても、正直長門の寝顔は一度は見たいと思う。  
多分そこには、ハルヒとはまた違った趣があることだろうさ。  
 
さて、朝になり、森さんと新川さん作成による朝食を平らげた後に、我ら団員にはハルヒ団長により、  
「治ったとはいえまだ心配な長門を大事にするための外出禁止令」が発布された。  
まあ俺も主に精神的な疲労により、今日はゆっくりしても良いか、と思っていたため、  
特に異論は提示しなかった。周りの皆も同様のようだ。朝比奈さん、長門、古泉、  
SOS団ではないとは言え鶴屋さんと俺の妹、  
世をしのぶ姿…にしては、嵌り過ぎているほど外見的、物腰的に的確な  
自称パートタイマー的執事とメイドである、新川さんと森さんもそれに同意した。  
 
…あれ、何かが足りないぞ?  
 
「長門さんを一人で残して出かけてしまうのも気がかりです。僕も賛成ですよ。  
一人を救うため全員が命運を共にする…なかなか美しい話じゃないですか」  
違和感を感じている俺を取り残しつつ、古泉は些かオーバーアクション気味にイエスマン的行動を取った。  
「そこで推理ゲームの予定を繰り上げようと思ったのですが…肝心な要素が足りないですね」  
?確かに俺的にも違和感があるが、一体なんだろうか。  
すると妹が俺のズボンを引っ張りながら、違和感の原因を言い当てた。  
 
「ねーねー、キョンくん、どこ探してもシャミが居ないよ〜、どこいっちゃったんだろ?」  
そうだ、シャミが居ない。妹の部屋に押し込んでおいたので、今朝あたりから妹はずっと「それ」にかまっていそうに  
思っていたのだが…違和感の原因はそこだったか。  
「そうなんです、僕が作っておいた推理ゲームには、シャミセン氏が不可欠だったのですが…  
まさか居なくなってしまうとは。まあ外は寒いですから、建物の中のどこかには居るのでしょうが」  
うん、あの面倒くさがり屋の猫が居なくなるとは俺も思っていなかった。  
 
しかし、そこで水を得た魚のようにハルヒはこう言い放った。  
「へえ…これは期せずしてイベントの到来ね。うん、今日はこの建物の中のどこかに居る、  
シャミセンを探しましょう!もちろん有希も見てなければいけないから、いっぺんに探すのは二人一組!  
残った方が有希と一緒に居て、時間制限を設けた上で交代で探して、シャミセンを先に見つけた方が勝ちね!」  
勝ちって何だ。負けたら何かペナルティが課せられるのか。  
すると間違いなく俺のチームが負けて、主に俺にペナルティが課せられることになるんだろうな。  
自動販売機や喫茶店がこの近くにないことは確認済みだが、後の付にされるんだろう。  
SOS団の例によって、爪楊枝によるくじ引きが行われ、チームが分けられた。  
 
くじびき結果。  
 
先攻、古泉、朝比奈さん組。  
後攻、ハルヒと俺組。  
 
…ありゃ?負けるのは嫌だったんじゃないのかハルヒ?  
なんだか分からんパワーを使って、俺とは別のチームになって、俺を負かすんじゃないのか?  
だから俺は聖ミカエルも裸足で逃げ出す、地上に舞い降りた天使たる朝比奈さんと  
1/2の確率で組めるとかなあとか、それなりの希望を持っていたのだが。  
 
「アンタと組むの!?…はぁ、戦う前から負けそうねえ…」  
そう思うならそのトンでもパワーで勝てそうな組み合わせにしておけばよかっただろうが。  
そうだな、古泉辺りと組めば良い。どう間違っても俺と朝比奈さん組では勝てるはずが無いし、  
こちらとしても大満足を通り越して超満足、いや地上の楽園、パライソさ行くだ!  
朝比奈さんはどう思うか分らないけれど、古泉の意思なんてものは正直どうでもいい。  
まあ少なくとも四人中二人が満足できる組み合わせだ。まったくもって申し分ない。  
 
「いえ、そうとも限りませんよ」  
そこ、顔を近づけるな。うっとおしい。そもそもモノローグまで読むな。  
「いえ、表情から推察しただけです。そんなことはどうでもいいじゃないですか」  
そして少しにやけた顔で、古泉はこう続けた。  
「それよりくじ引きの結果がこうなった・・・と言うことは、涼宮さんには、  
あなたと『二人っきり』で何か行動したいと思うことがあるのでしょう」  
そう言いながら、古泉のニヤケ顔は、明白に50%増量セールになった。  
「いやあ、あなた方は素直になれないものと思っていましたが、いつの間にそこまで」  
だまれアホ、勝手な推測をするな。解説もするな。これは純然たる偶然だ。  
たまにはハルヒ的トンでもパワーだって、休日を設けることが有るんだろう。そうに違いない。  
 
…まあくじ引きによって先攻を取った古泉等二人は、とっとと部屋を出て、  
あちらこちらへ探索に出かけた。…くそう、忌々しい。  
パッと見、美男美女のベストカップルに見えないところも無い所に、余計に腹が立つ。  
とりあえず、長門を眺めてみたり、ハルヒと「先に行った方が有利だったな、運がなかったなあ」  
「あんたのせいよ、バカキョン」などと軽口を叩きあったりして時間を潰していると、  
ようやく二人が帰ってきた。  
 
「えっと、あちらこちら探したんですがあ、見つかりませんでした…」  
「直ぐみつかるとおもったんですがね…案外思いにもよらないところに隠れているのかも知れませんね」  
おや、朝比奈さんはともかく、そちらには古泉が居るというのに、こいつは意外だ。  
さらに、俺たちのターンが生まれた事から、ハルヒには何か良く分からん意図があるようにも思えた。  
どうも…これは、勝負以外のこと絡みな気がした。  
いや、正直その時の「それ」は単なる「勘」ってやつだ。  
だったが、それが正しかったことはハルヒと共に探索行をしばらく行った後に、唐突に明らかになった。  
 
だがその前に先ず探索行について説明しておこう。  
いくつかの部屋やそのベッドの下などを探した後、とてもあっけなくシャミは見つかった。  
確かに妹の部屋のカーテンリールの上に居るなんて、ハルヒ的発想である「犯人は現場に戻るわ!」  
という意見が無ければ到底発見出来ないだろうが。  
 
しかしその喜びが一段落すると…ハルヒは、アイツには珍しい、何かを考えるような顔をしながら言った。  
「えっとさあ、ごめん、話し変わるんだけど」  
お前の話があっちこっちへ飛ぶなど、日常茶飯事だ。どんとこい。  
「ええと、キョン…『夢』のことなんだけど…」  
「ん…?悪いが俺は見てないぞ。ただ、なんとなく漠然とフラフラはしていたが」  
これは嘘だ。だが、古泉のように、スラスラと嘘が出てくるほど、俺は創作能力に富んではいない。  
だから逃げを打ったのさ。しかしハルヒはそれでも突っ込んできた。  
「まあ、アンタが覚えているか居ないかなんて、どうでも良いわ。  
重要なのは、その夢で私は一つの質問をアンタにしたことなのよ」  
ドキン。それを聞いた瞬間、俺は明らかに心臓に余計な負担がかかるのを感じた。  
まずい。  
「そのときの質問を正確には思い出せないけど…  
まあ端的に言うと、アンタがクリスマス辺りから有希のことばかり見てることを問い詰めたのね」  
まずい。この展開は…  
「あんた、何か有希に変な下心…とか、持ってたりしないでしょうね」  
「いや…」  
「それに有希も少し変なのよ。少しくらいの変さだけど、私には分かるの。  
…あんた、有希に何かしたの?」  
 
…実に不味い。黙っていたら「ナニか」有ったことにされてしまう。  
「何か」があったことは確かだから、完全否定にも説得力というものがまるで無い。  
といってその疑いを回避するために真実を語るわけにも行かない。  
それは無理だ。  
たしかに同じ状況だったあの時は、とっさに思いついた真実1/2の嘘話で誤魔化せた。  
しかし今同じ話をするわけにいかない。  
それをすると、「あの洋館が夢でなかった」ってことの何よりの証明になってしまう。  
 
どうするか。  
 
「…なに、アンタどうしたの、有希に…アタシに言えないことをしたの?」  
少し不安がかっているように聞こえたのは、俺の気のせいだろう。  
俺はそれに耐えかねて、つい、あの時と同じようなセリフを紡いでしまった。  
「いや…実はだな、長門は悩み事を抱えているんだ  
んで、ちょっと前に、俺はその相談に乗ってやった」  
「…へぇ…」  
 
しまった。ここまで同じだと、かなりまずい。迅速な軌道修正が必要だ。  
俺は足りない脳みそをひねくり返して、それっぽいことを経験やらかつて読んだ漫画やらなんやらから検索した。  
結果、後で考えると、実に考えが足りないことを口走ってしまった。  
 
「その悩みとはアレだ、恋愛的なものだ。  
長門は、つい最近、図書館で出合った、とある北高生に親切にされたらしく、  
そいつにどうやら一種の一目ぼれ…というか、それに近いようなことをしたらしい」  
俺は消失したあの長門を思い返して、それっぽいことを創作していった。  
今の長門があの長門なら、そんな出会いがあればそれくらいは思っただろう。  
 
…そこ、俺のことをうぬぼれ屋とか言うな。後になって考えると「あの」長門はそんな感じの欠片くらいはしたんだ。  
いくら鈍いと評判の俺だからといって、流石にそれくらいは気が付く。…実に恥ずかしいがな。  
 
「んでだ、つい最近そいつを見つけた上で、友達になった挙句告白をしようとしたんだが、  
どうしたら良いかが本気で分からなかったらしい」  
 
ハルヒは…ハルヒにしては珍しく、驚いたことに、一言も口を挟まず、俺の言うことを黙って聞いていた。  
 
「んで、その辺りのだな、男子高校生の心理とかその辺を…」  
「キョン」  
ハルヒはふと顔を上げると、真面目な顔をして俺をにらみつけた。  
 
* * *  
私はキョンの言うことを黙って聞きながら、頭を急速に回転させていた。  
キョンの話はなんとなく信憑性が高いようで、どこか嘘くさくもある。  
でもその嘘くささがどこにあるのかが分からない。  
 
でも、考えていくうちに、頭の中では最近の有希の行動がそのキョンの話とつながって、  
カチリ。と音を立てたような気がした。  
 
…でも。  
…そうだとすると。  
 
「キョン」  
私は思わず声を上げてしまった。  
…その推測が正しいとするなら。  
 
「有希が言ってたってアンタが言った、その男の子って…」  
…多分。  
 
「アンタのことじゃない?」  
…嘘を言っているのは、キョンでなくて有希の方。  
* * *  
 
…  
俺は正直、少し茫然自失していたらしい。  
目が点になる…なんていうありがちな慣用句が実際に適用されたのは、俺の中では少なくとも初めてのことだ。  
コイツはどこから、そんな妄想を。  
 
「だってさ」  
「あの娘って、クラスに友達とか居ないのよ」  
「いえ、イジメられているわけじゃないわ、どちらかといえば、そう、有希が距離を置いてる…って感じね」  
「クラスだけじゃないわ、学年全体、いいえ、学校全体を見渡してもそう」  
「確かに学校外で、特に図書館で、そんな男の子と出会う可能性がないってわけじゃないけど」  
「あの娘、GW以来、放課後と休日はずっと私たちとSOS団の団活動をやっているのよ」  
「そんなのに、そんな男友達なんて、つくれるわけないじゃない」  
「となると、アンタか、あるいは古泉君ってとこだけど」  
「あの娘を…図書館に連れて行ってあげるのは、アンタ位でしょ?」  
 
…俺の思考が止まっている間に、ハルヒはこれだけのことを並べ立てた。  
なんてこった。瓢箪から駒とは正にこのことだ。  
…いや、この場合火のないところに煙を立てたって言った方が正しいのか。  
なにしろ、大本は俺の嘘話だからな。  
 
「まて、ハルヒ」  
俺は思わず遮った。これ以上誤解を広げられても困る。  
「確かに長門には世話になっている。いろいろ助けてももらった。SOS団として、一緒に色んなことをした。  
だが、俺はアイツに惚れられるような、いわゆる『頼れる男』みたいな行動を取っていないぞ」  
これは全くもって情けないが、本当の話だ。  
だが、俺をバカにする前に少し待って欲しい。「あの」長門を助けれる様な存在なんて、宇宙全体を探しても少ないだろう。  
お前らもそうは思わないか?あの万能選手かつ宇宙人の魔法使いであるところの長門に、  
男らしく助けを差し伸べるなんて出来るのだろうか。少なくとも俺はまったく出来る気がしない。  
出来るというなら立候補してみてくれ。物は試しだ。弾除け程度には成れるかもしれない。  
「そんなの知らないわよ。仮に有希がアンタに…惚れたとして、アンタのどこに惚れたか…なんて。  
あの娘、案外世話焼きだから、そんなアンタが良いのかもしれないわ」  
なぜだか、俺にはハルヒの眼に、少し翳りが見えたような気がした。これは気のせい…な気はしない。  
「私、有希と話をしてみる」  
ちょっと待て。あいつは今病み上がりなんじゃないのか。  
「そりゃそうだけど…あのしっかりものの有希が、ここに来て突然体の調子を崩すなんておかしいじゃない。  
『心身相関』って言葉知ってる?あの娘が体の具合が悪いのは…何か…何かを、抱え込んでるからよ。  
だから、私がそれを聞きだすわ。あんたも来なさい」  
 
そう言うやいなや、ハルヒは俺に背を向け、俺の腕を引っつかむと、右手にシャミを抱えた状態のままの俺を  
皆が待つ大広間の方へと引きずっていった。  
おい、まてハルヒ、止めろ。  
…だがどうやって止めたら良いのか、今度ばかりは俺にもわからん。  
まるでダンジョンゲームで、目の前の落とし穴を右に避けたら、バネで吹き飛ばす罠に掛かったような感覚だ。  
 
 
「あ、見つけたんですねえ、さすがです〜」  
「おや、どこに居たんですか?随分探したんですが…」  
これは俺の腕の中のシャミに対する朝比奈さんと古泉のセリフだ。  
ああ、そういえばそんなゲームだった様な気がする。さっきのことなのに、なんか随分昔のような気がするぜ、おい。  
「そんなことはどうでも良いわ」  
だが悪いな、今のハルヒにとっては、どうやら優先事項が他にある状況みたいだ。  
「有希、ちょっとこっちへ来なさい。いえ、別の部屋に行くわ」  
ハルヒはそう言うと、立ち上がった長門を俺同様に引っ張って…  
まあ長門は歩いてはいたが、そんなことはどうでも良い。  
とにかく長門と共に、二階の別室へと移動した。  
「いいあんたたち。覗いたり、聞き耳を立てたりしたら、駄目だからね」  
凍りついたような表情でそう言い放って。  
 
「な…なにが起きたんだいっ?ひょっとして、キョン君っ、あの二人に何かオイタでもしたにょろ…っ?」  
いや、俺も正直何が起きたのか、よく分かりません。説明して欲しいのはこっちの方です。  
「…なんでしょう、涼宮さんは怒っているのかな…何ていったらいいか…ごめんなさい、よく分からないです…」  
ああ、すいません、朝比奈さんにまで負担をかけるつもりはないんです。適任者がここにはいますし。  
おい、ちょっと古泉。いいからこっちへ来い。  
「なんでしょうか?…私たちも場所を変えたほうが良さそうですか?」  
…ああ、そうだな。少なくともお前の顔からニヤニヤ笑いが30%減少している状況からは、そう考えられるな。  
「わかりました。では皆さん、少しお待ちを」  
 
俺たちは、ハルヒの部屋とはまた別の、一階にあるリビングルームへと移動した。  
古泉は手をこちらに広げるようなゼスチャーをして、俺に語りかけた。  
「さて、ここならいいでしょう。では説明してください  
…いえ、まずは私のほうから説明するべきですね。  
 
まず、僕の感覚では、今、涼宮さんの精神状態は高い緊張状態にあります。閉鎖空間が出来るときとはまた違う…  
そうですね、つい先日、あなたが倒れた時の精神状態が近い感じでしょうか。  
実をいうと、昨日、僕が彼女に『夢である』と説明したときから彼女の精神はそのように推移していたんですが、  
あなた方が2階に上がって、しばらくしてからその緊張度は格段に上がりました。  
 
…何が、あったんですか?」  
 
そう奴にシリアスな顔で迫られたのだが、俺としては正直そこまでのことが起きていたとは知らんかった。  
なので、起きた事をありのままに古泉に告げてやった。  
…ハルヒの「誤解」も含めてな。  
「なるほど…」  
すると何か、得心するところがあったのか、古泉は腕を組んで、頷いた。  
「なんだ、何か分かったのか?なら説明してくれ。俺にはさっぱりわからん」  
これは本心からだ。本気で俺にはさっぱりわからん。  
 
「そうですねえ…どこから話しますか。先ずはシャミセン氏ですね」  
おい、待て。ハルヒの勘違いとうちの猫がなぜ今関係があるんだ。  
「まあ落ち着いてください。順を追って説明しますから。  
まず、シャミセン氏は非常におとなしい猫です。正直今日の朝、居なかった…ということ自体が、  
私としては相当に予想外でした。それを使ったトリックまで考えていた位ですから」  
今はお前の推理ゲームなんてどうでも良い。問題は何だ。  
「そう、今朝のシャミセン氏は明らかに普段と異なる行動を取っていた。  
かつて、これに近いことが起きた事に心当たりはありませんか?」  
…ひょっとして、あの人語を喋りだしたことか?  
「そのとおり。その時、シャミセン氏は何故喋ったか。それは涼宮さんの力を受けていたからです。  
今回も同様で、シャミセン氏が急に行動的になったか。それは涼宮さんの力を受けていたからです」  
…そうかもしれないな。普段家で、行動的とは程遠い家猫的家猫たるシャミを見ていると、それにはかなりの説得力が有る。  
 
「…だが何故ハルヒはシャミセンが一時的に行方不明になることを望んだんだ?」  
「それを望んだ…というのは不正確ですね。彼女が望んだのは、あなたと再び探索行に出かけることです。  
それも二人きりで。  
先ほども同じようなことを言ったように思いますが、実際はそれ以上の事だったのは正直な所、意外でした。  
いえ、迂闊だったと言ったほうがいいでしょう。  
たしか、あなた方は同様のことを館でもしたそうですね。  
その際に彼女としては、『とても重要な話』をあなたにしたのでしょう。  
しかし、僕がそれを『夢』としてしまったことで、それが無しになってしまった。  
だから再びその状況を作り出した…ということですね」  
なるほど、シャミセン一連の話は良く分かった。じゃあなぜ長門のことが、  
ハルヒの中ではそんなに重要視されるような事だったんだ。  
 
「…本当に分からないんですか?それとも分からないフリをしてるんですか?」  
だから分からんと言っている。  
「…ふう。鈍い人…ですねえ」  
何についてだ。勝手に人を朴念仁にするな。  
 
「いいですか、涼宮さんの考えは、有る意味当たっています」  
っ?!  
「長門さんは、あなたにいわゆる好意を抱いていますよ。それも明白に」  
……  
「私はその背景もつい昨日、館の中であなたから聞きました。確かにそれは好意を受けるに値しますね」  
俺は…たっぷり30秒は停止していた。  
 
……証拠は。どこだ。  
「長門さんの目線…とかですかね。涼宮さんの観察眼と推察力は、極めて鋭いですよ。  
特にあなたのことはよく見ていますね、流石に。証拠としては十分です」  
それは証拠とは言わん。妄想とか何とかと言うんだ。  
「分かりました、僕から提示できる、間接的証左の一つとして、涼宮さんに問い詰められた後における  
長門さんの行動を予測してみましょう」  
そういうと、古泉は指を二本立てて、一本を折り曲げた。  
「いいですか、仮に、長門さんがあなたに好意を抱いていなかったら、長門さんは適当な言い訳をして、  
その『誤解』を解くことに専念するでしょう。彼女が普段無口でも、流石にそこまでは無口ではありませんし、  
本気を出したときの彼女の情報伝達能力は僕などより相当に高いですから」  
そう言ってから少し間を置くと、立っていたもう一本の指を折り曲げながら言った。  
「ですが、もしあなたに好意を抱いていたなら…  
そうですね、彼女の性格からして、『沈黙』を持って肯定の意とするでしょう。  
その時は…まあ腹を括って下さい」  
 
「ちょっと待て。そんなのは証拠になんか…」  
 
そう言いかけた俺の所へ、突然ハルヒが走りこんでやって来た。  
「アンタ、ちょっと来なさい。有希が…私にも、何も話そうとしてくれないのよ!  
アンタが当事者なんだから、アンタが何とかしなさい!」  
そう言い放って。  
…古泉、お前は一体いつから超能力に加えて、予知能力まで手に入れやがったんだ。  
 
 
ハルヒに首根っこをつかまれて、その部屋までやってきた俺の前には、長門が座っていた。  
古泉の予言付き解説によれば、そんな長門は俺に好意を持っている…らしい。  
俺にはわからんが。そもそも俺には、さっきハルヒに言ったように、長門に惚れられる要素が分からん。  
どちらかといえば、俺は長門にはみっとも無い部類の方を、遥かに多く見られてる気がする位だ。  
惚れるなど、万が一にもない。少なくとも俺が女だったら、そんな情けない男にはまず惚れないだろうな。  
そう、俺は…  
 
いや、なんてこった。  
 
ハルヒには言えないことで、少なくとも一つだけは心当たりがある。  
俺はこの間、どうなるかの保証も無く、長門を信頼し、結果刺される犠牲まで払って『本当の長門』を捜し求めた上、  
長門の『親』に「消すなら黙っちゃいない」等と啖呵を切ったじゃないか。  
 
…古泉が言った『背景』とやらはそういうことか。  
 
だが、俺は…  
いや、その前に俺は確かめなければならない。  
 
いやむしろ、これは意識していなかったとは言え、  
結果としてとんでもなく卑怯な真似をしてしまった俺が、せめて、尽くすべきことだ。  
 
「ハルヒ、悪いが少し、席を外してくれないか」  
ハルヒはそう言い放った俺を少しだけ、そして長門の顔を少しだけ、どちらも少しだけ見た後、  
ハルヒはドアを開け…閉めた。  
悪い。本当に「少しだけ」待っていて欲しい。後で埋め合わせが仮に付くなら、幾らでもする。  
 
「さて…長門」  
「…なに」  
「何でハルヒに『あの様に』問い詰められた時、黙ってた?」  
「……」  
…ああ、あのエスパーさまは、確かにエスパーだったよ。  
少なくとも、俺にわからなかった第6感とやらは持っていたらしい。  
そしてそのグラスを通してみれば、そして長門の表情専門家の知識を総動員すれば…  
流石の俺も「それ位」はわかる。  
「…よし、判った」  
そう解釈して良いんだな?  
 
* * *  
わたしは外で待っていた。  
本当は…もっと離れるべきだったんだろうけど、それは出来なかった。  
それをしたら…ううん、私は離れるべきだったのよ。  
だって、私は二人ともが…好きだもの。  
だから、そっと祝福してあげる…べきだもの。  
でも、それは…それは…  
 
「ハルヒ、入って来い。そこにいるんだろ?」  
* * *  
 
「ハルヒ、入って来い。そこにいるんだろ?」  
居なかったら…まあ俺はアイツにとって、それだけの男だったって事だ。  
…だが、アイツは居た。  
そしてほっとした俺も居た。  
 
「……」  
「……」  
「……」  
ドアが閉まった後、部屋の中は無音になった。  
いや、むしろ俺たちが無音にしていた。  
しかし、俺の中で、俺が次にするべきことは確定していた。  
そして、時を移さず、俺はそれを行動に移した。  
 
俺は、長門に向かって、土下座した。  
「すまん、長門!」  
 
* * *  
わたしは…なぜか二人と同じ部屋に居た。  
いいえ、キョンがわたしを入れてくれた。  
キョンが…何をしたいのかは…分からない。  
わたしはどうしたらいいの?  
わたしは…何をしたいの?  
 
すると、わたしの耳に、わたしの意表を突く、とんでもない音が響いた。  
「すまん、長門!」  
* * *  
 
「…」  
下から見上げた長門の眼の材質は、何も写さない黒檀から、深い色のターコイズへと変貌した。  
ああ、これは悲しんでいる眼だ。…そして、全てを分かった眼だ。  
 
「ちょっと、キョン?!」  
続いて、あわてたハルヒの声が響く。  
 
* * *  
わたしは目の前の状況が信じられなかった。  
有希の目の前に、アイツが土下座している。  
…そして、それを受け入れている…多分…有希が居る。  
…なんで?なんでなのよ?!  
 
「ちょっと、キョン?!」  
* * *  
 
「なんでそんなこと言うわけ?なにか有希に不満でもあるの?」  
もちろん不満なんかはさらさら無い。だが、俺自身に対する怒りならあるがな。  
「有希の良さなら、あなたが一番分かっているでしょ?!」  
ああ、全くもってその通りだ。コイツをなんとAマイナーなんかにランク付けしやがった谷口に、  
ランク上げについて小一時間問い詰めてやりたい位にはな。  
「なんで、なんでなのよっ?!」  
 
* * *  
私は目の前の光景を、ありとあらゆる感覚器官から受容し、把握した。  
「あの日」以来、どうあれ「こうなる事」が起こる事は、既に有りうる組み合わせ全てについてシュミレートしていた。  
そして、その結果だけは、いかなる選択や方法においても、変化させることは出来なかった。  
 
でも、私はそれでも…全く可能性が無くても賭けた。  
そして、私は賭けに負けたのだ。  
故に、私には一つの言葉を紡ぐ以外に選択肢は…無い。  
 
「私は、負けたから」  
* * *  
 
「私は、負けたから」  
ああ、長門、頼む。今から俺がどうにか出来るなら、何でもする。  
朝倉にもう一度刺されれば良いというなら、一度といわず、何度だって朝倉に刺されてやる。  
だから…どうか、どうか…  
 
そんな風に…泣かないでくれ…  
 
* * *  
…有希の眼から、一筋、涙が、落ちた。  
 
「負けた」  
そう有希は言った。  
何に負けたの?だれに負けたの?  
あなたに勝てる人なんて、この世の中に居るわけないじゃない。  
 
あなたは、SOS団が誇る、オールラウンダーのスーパーガールなんだから…  
* * *  
 
こんなことになったのは、全て俺のせいだ。  
考えてみれば、最初から答えは見えていた。  
それなのに、すぐ心を決めなかったこと…それが結果、長門を苦しめることになった。  
 
全く最悪だ、この俺は。後で朝比奈さんに頼んで、TPDDとやらを借りて、  
過去の俺を殴り倒してくるべきなのかもしれない。  
いや、そんなものに頼らなくても、今、自分で自分を殴り倒せば良いのか。  
 
だが、今はそれよりも優先してすることがある。  
これだけは、自分で言わなければ成らない。  
 
「ハルヒ」  
「な…なに?」  
「見ての通りだ。俺は、自分を偽ったせいで、コイツを泣かせてしまった。  
だから、せめて自分の偽りを正したい。俺の懺悔に、付き合ってくれないか?」  
 
* * *  
キョンは何を言いたいの?  
わたしに…何を?  
 
「ハルヒ。俺はお前のことが…好きなんだ」  
* * *  
 
ちょっと前の俺なら、自殺衝動とかで誤魔化したくなるようなセリフだったが、  
今回はスムースに出てくれた。正直、これほどスムースに出てくれるとは思っていなかった。  
それが出たのは…  
 
「長門」  
「……」  
「本当にすまなかった」  
「…あなたと、  
…涼宮ハルヒが」  
 
……せめて長門が全力で俺を責めてくれるならば、俺にのしかかる100tもの罪悪感も少しは軽くなったことだろう。  
だが、長門の口から出たのは、そんな言ではなかった。そうしてくれたら本当に、どれほど楽だったことだろう。  
でも、濡れたターコイズブルーの眼をした、長門の口から出た言葉は、こうだった。  
 
「しあわせならば、私は」  
ああ。  
そうなのだ。長門は。  
彼女は。  
 
* * *  
わたしは…そのあとのことをあんまり覚えていない。  
たしかしばらく二人を責めていたような気がする。  
どうして、どうしてと。言葉にもなってなかったと思う。  
その時、私は自分も責めていたと思う。  
私は、何てことをしてしまったのかと。  
 
だけど、その間も、その後でも、二人は全く同じような優しい目をして、こっちを見てくれた。  
それだけは覚えていた。  
* * *  
 
結局、もうその日、一泊して年を越した後、旅行は解散となった。古泉の推理ゲームはお流れとなった。  
旅行中、その一件の後は、俺も、ハルヒも、おそらくは長門も、お互い二人きり、乃至は三人きりになる状況を極力避けていた。  
 
旅行から帰って2日、俺は自分の携帯の電源を落とし、一人自分の部屋で自己嫌悪に陥っていた。  
妹も妹なりに、何か気を使ってくれたのか、一度も乱入してくることが無かった。  
 
そんな時、珍しくも古泉が俺の家にやってきた。  
 
開口一番、コイツは相変わらず表情の読めない単調な笑顔で、こんなことをのたまわった。  
「結局、あの後、涼宮さんは閉鎖空間の作成も、世界の改変も、夢にすることも行いませんでした。  
これは成長の証だと思いますよ。もちろん、あなたについても」  
…ああ、そう言ってくれると少しは救われる。  
 
…だが、そうだな、もし、俺が『あの時』あいまいな態度を取っていたら、お前は俺をどうした?  
参考までに聞かせて欲しい。  
「まあ、普段からあなたを見ていた経験則からして、それは『無い』とは思っていましたけどね。  
そうですね…まあ、最低でも『空前のヘタレ』『最低の二股』『ハーレム妄想男』など…まあ思いつく限りの罵倒をしたことでしょう。  
あるいは単純に無言でぶん殴ったかもしれません。感情の赴くままに。  
ですが、あなたはちゃんと『けじめ』を取ったじゃないですか」  
…そうか。  
でも、俺はこの後どんな顔して皆の前に顔を出せばいいんだろうな。  
俺は結局…最悪な行動を取った挙句、結局あの幸せだったSOS団という空間を破壊してしまったわけだ。  
 
「へえ、そうなんですか?そうなったとは初耳です。団は健在ですよ、今でも」  
…なんだと?  
「そのままの意味です。実は『副団長』としての僕に、あなたへ、とおおせつかった伝言がありましてね。  
『団長命令:大至急SOS団団室に来ること』だそうです」  
…  
「『SOS団は年中無休なのよ、正月三が日位は許すけど、とっとと出てきなさいバカキョン』と追記されていますね」  
…俺は行っていいのか?  
「命令ですからねえ、行くべきなんじゃないですか?」  
お前は行くのか?  
「命令ですからね」  
「よし、なら俺も連れてけ。どうせお前は自家用タクシー使うんだろうが」  
あの坂を一気に駆け上がるのは、この寒空の中では辛いからな。  
「そうですね、『大至急』だそうですしね」  
ニヤニヤしやがって、この野郎。だが、今回だけは感謝してやる。  
 
 
結局、部室にたどり着いた俺を待っていたのは…  
 
「団長」と書かれた腕章を腕につけた団長様と、メイド服の天使様。  
 
そして…「強敵」と書かれた腕章をつけた、本を抱えた小柄な女の子だった。  
 
「遅いっ!罰としてこれをつけることっ!」  
…俺の目が確かなら、その腕章に書いてあるのは  
「トロフィー」  
の文字。  
 
…?何だこりゃ。しかも見事な明朝体。印刷でもしたのかこれは。  
「私が書いた」  
…そうなのか。  
「そう」  
…悪い、何かのジョークなのだろうが、俺の今の倒れそうなコマ並に低い回転数の頭では正直意味が分からん。  
 
* * *  
 
旅行の後、わたしは、いつもSOS団の会合が開かれる喫茶店で、ただ一人を待っていた。  
正直、出てきてくれるかどうか、全く自信が無かったけど、彼女は来てくれた。  
 
「有希、来てくれたのね。…来てくれないかとも思ってた」  
「私も」  
有希の表情は…意外…かな、わかんないや。私はキョンほど有希の表情に精通してないから。  
「呼ばれるとは思っていなかった」  
そう…ね。普通ならね。  
 
* * *  
私のシュミレートでは、このような状況に陥った後、再びSOS団、その中でも特に涼宮ハルヒ及び、彼との  
再度の邂逅は不可能なことだと断じられていた。  
故に、これは私の想定能力を大幅に超えていた。  
その結果として、思考能力は格段に低下し、以降の彼女の行動を予測することが出来なかった。  
 
「あのね、私たちは『普通』の団結力で結ばれているようなヤワな団ではないつもりよ。  
だから、呼んだら直ぐ集まるのは当然なのよ!」  
予測されなかった彼女の言葉を、私は…理解した。…彼女は、私のことを本当に。  
 
「そう」  
「そうなのよ!んで、有希、あなたはこれをつけなさい!」  
彼女は、ある言葉が記された、腕章を私に差し伸べた。  
* * *  
 
私は「強敵」と書いて「とも」と読む、さっき作ったSOS団の新腕章を有希に突き出した。  
出した手が震えているのがわかる。  
 
お願い、受け取って。  
 
「いい、在団中はずっと、必ずこれを付けて来ること!」  
いつか離れるとき…そのときが来るかは分からないけど…それまでは。  
「そして、『最後』にキョンに決めさせること!」  
 
たしかにキョンの気持ちは嬉しかったし、こうなることを…望んではいた。わたしは。  
でも…こんなやり方では…  
アンフェア。  
少なくともわたしにとってはそう思えた。  
 
だからもう少し、お互いに競い合いたい。  
いえ、出来るだけの長さの時間を有希と、SOS団と一緒に過ごしたい。  
それは…だめ?  
 
しかし、有希は、それをそっと受け取ってくれた。  
わたしは正直、心底からほっとした。  
「分かった」  
有希の表情、今度は分かるわ。多分『納得』って表情ね。  
 
「でも、手加減はしない」  
言うじゃない。  
「望むところよ!」  
有希の表情は変化しなかったし、語調も変化しなかったけど、間違いなく『面白そうに』こう言った。  
「もし、あなたが現状の状況の有利さから来る油断をするなら、  
『彼は私が手に入れるのだ。彼にはそれだけの価値があるのである』」  
そう、こんな関係の方が私も嬉しい。  
「やれるものならね。やってみなさいっ!」  
 
* * *  
終わり  

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