「アラート。黄経19時黄緯マイナス30度、1AU以内に赤外反応」  
「敵なのっ?」  
 ブリッジの巨大なビュースクリーンの前で、後ろ手を組んで仁王立ちした  
まま、ハルヒは鋭く訊く。  
「可能性は高い」  
 空中に浮かぶ色とりどりのスクリーンに囲まれた長門がそう返す。ちーとも  
意味の判らん数字がその顔を照らしていた。ドレスホワイト着てちんまり  
座っている姿が、何と言うか、似合っているな。某アニメで例えるならば、  
馬鹿ばっか、が口癖のキャラだ。  
 一方ハルヒは、  
「よーし、叩き潰してやろうじゃないの。全艦戦闘準備。機関全速。  
カチコむわよ!」  
 エポレットから垂れたふさふさの金モールの房飾りごと、勢い良く腕を振って  
号令する。おいおい待て。1AUというのはつまり、地球と太陽までの距離だ。  
「長門よ、遭遇までの予想時間は」  
「一時間後プラスマイナス10分」  
 早いな。敵さんえらく高速じゃないか。でも、今から戦闘準備ってのは  
ちと早い。  
「聞いたかハルヒ。まだ時間はある。落ち着け」  
「閣下と呼びなさいよ。わかったわよもう」  
 口を三角にして半眼でこちらを睨む。  
 全く。お前は夢かゲームのつもりかも知れんが、実際はこれ、マジなんだ  
からな。死んだら終わりなんだぜ。  
「艦隊全艦艇に暗号通信。第2衛星を盾にする。軌道遷移用意。以降平文通信を  
禁止する。以上」  
 ちょっ、あんた何勝手に命令してんのよ。こら、というハルヒの声を聞き流す。  
死ぬのは嫌だからな。  
 
 ここはハルヒの作り出した閉鎖空間。俺は前に一度やられたように、ハルヒ  
に首を絞められて起こされた。全く、殺す気か。  
 今回違うのは、SOS団全員が勢ぞろいしている事と、何やらメカメカしい部屋  
にいるという事。窓らしき辺りから見える風景は、暗黒と、そして巨大なガス  
惑星。夢か。  
 少なくともハルヒはそう思っているようで、  
「なんか眠れなくて、テレビ点けたらアニメやってた訳。それがさ、もう全然  
駄目。宇宙の筈なのに上下があるし、音は聞こえるし、なんだか空気がある  
みたいなのよ」  
 それで動力源が人力よ人力、呆れたわね、と続けるハルヒを無視して、周囲を  
見渡す。とにかくゴテゴテと偉そうな軍服のハルヒ、白い詰襟の長門、古泉よ、  
ドイツ第三帝国海軍か空軍か、良く似合ってるなそのコスプレ。そして我らが  
朝比奈さんは、何故かここでもメイド服姿であった。何故だ?  
 
「まぁ良いんじゃないでしょうか」  
 探検してくるっ!と言い残して飛び出していったハルヒ以外のメンツで、  
ラウンジらしきところで状況確認。  
「ここは閉鎖空間の一種ですね。ここでは僕の能力も有効になっているよう  
です。しかし」  
 古泉は、有り難くも皆にお茶をいれて下さる朝比奈さんに、  
「この空間には過去も未来もありませんから、彼女は完璧に役立たずです」  
 いつものニヤケ笑顔でこんな事を言いやがった。あ、朝比奈さん、泣かないで  
ください。役立たずなのは俺も同じですから。  
「ここは戦闘艦内部。涼宮ハルヒは空間戦闘を望んでいるものと思われる」  
 そこで長門は俺を見て、  
「戦略的思考のできる人間は、この状況において重要である」  
 おお、長門に誉められた。  
「古泉一樹よりも、あなたのほうが重要」  
 まぁ、古泉はどんなゲームでもひどく弱いからな。古泉はニヤケ面のまま、  
何やら凹んでいるようだ。最近、長門の表情を読むほどではないが、古泉の  
表情もなんとなく読めるようになってきた。ざまぁみろ。よくやった長門。  
朝比奈さんを泣かせた罰だ。  
「この空間では、物理法則の一部がどうも変わっているようです。例えば」  
 立ち直り早いな。古泉はテーブルを指先でトントントンと三回叩く。空間に  
スクリーンが現れる。ところで、俺はこういうのをフィクションで見るたびに  
思うのだが、何も無い空間をどう発光させて像を作るつもりなのか、というか  
無理だろコレ。  
「総統総統、SOS団から通信です」  
 スクリーンに現れたのは、変なコスプレをした、これはコンピ研部長さんだ。  
照明がおかしいのか、肌がいやに青白く見える。  
「どうも即時通信が可能になっているようですね。彼らとは数十億キロは離れて  
いる筈なのですが」  
「ふっふっふっふっSOS団の諸君。我らがコンピ研の前に屈するか、滅ぼされ  
るか、二つに一つを選びたまえ。  
 ……ところであの団長は?」  
 ノリノリじゃないかコンピ研の部長さん。確かに即時通信のようだ。  
「閣下は席を外されています。ところで、投降者を一人、収容お願いします」  
 しれっと古泉が言う。  
 続けて細々とした会話を済ませると通信を切り、  
「この閉鎖空間を終息させるには、涼宮さんに元の世界に戻りたいと思って  
頂かなくてはなりません。この世界に満足されると、大変な事になります。  
 僕の役目は、この世界が涼宮さんにとって不満だらけにすることです」  
「で、お前は向こうに付こうという訳か」  
 勝てると思ってるのか?  
「正直、思っていません。でも、このままではあっさり涼宮さんに満足されて  
しまいます」  
 ですから、皆さんも協力お願いします、そんな事を言って古泉は、シャワー  
のように降る光に包まれた。  
「でも勝負は、楽しみにしてますよ」  
 消える直前、俺にウィンクしやがった。  
「古泉一樹の空間跳躍を確認」  
 テレポートかビームか、何でもありだな。  
 
 饒舌な解説者が裏切りやがったため、以降の解説は、俺が長門から聞き取って、  
俺なりに解釈したものだ。  
 ここは閉鎖空間だが、従来の半径5キロとかの限られたものではなく、かなり  
広いらしい。ただ、星に見えるのは巨大な球体に張り付いた光点で、世界はこの  
太陽系に限られる模様。あ、これについては違う解釈も考えられる。  
 ここではさっき見た通り、光速を越えた即時通信が可能で、これが超技術に  
よるものか、物理法則が弄られているのかは不明だ。しかし、どちらにしても  
物理法則は弄られているらしい。  
「単に、我々のスケールが縮小されただけかも知れない」  
 長門の言うには、ただ単に俺たちが100億分の一くらいに縮んだだけで、閉鎖  
空間は相変わらず半径5キロメートルのままである可能性もあるという。それなら  
この空間の端から端まで、通信も即時だ。  
「しかしそれだと、プランク長さや目の電磁波感受性を整合性を保って改変  
しなければならない」  
 よく判らないが、つまり、どれが正解かは判らないという事だな。  
「私、閉鎖空間って初めてです」  
 朝比奈さん、ここはそんなに喜ぶような場所ではありませんよ。どうやら  
俺たちは、このあとドンパチをやらないといけないのですよ。  
 ラウンジの窓の外、巨大なガス惑星を背景に、僚艦たちが見える。俺たちが  
乗っているのがSOS団艦隊旗艦、戦艦”無敵”号なのだが、向こうに見えるのが  
同型艦”大胆不敵”号で、更にその向こうが”自殺行為”号らしい。誰だこんな  
命名をしたのは。  
 同型艦というからには、この艦もあの艦と同じ格好をしているのだろう。  
 リボルバー式の銃をモチーフにしたような外観に、更にごてごてと翼やアンテナ  
が付き、その先端をライトで点滅させている。艦の中央から外に高く突き出した、  
あれはやっぱり艦橋なのだろうな。ご丁寧にも第三番艦橋らしきものがあるぞ。  
「武装はペタジュール級のガラスレーザが9基、ミサイル80発、短距離応戦用の  
レールガンが24基、原理不明の主砲が一基」  
 まぁ、銃のカッコしてるから、一発デカいのがあるんだろうとは思っていたぜ。  
 それが戦艦800隻分あるわけだ。あと重巡が2000隻、駆逐艦が4000隻。輸送艦  
なんて地味なものは陰も形も無いぜ。実にハルヒらしい。  
 補給や修理が必要になったら、どこからともなく補給艦隊や泊地が現れるの  
かもな。ただ、俺たちはそこまで長居をするつもりは無い。  
「見てみてこれー!」  
 ハルヒ帰還。何やらヒラヒラしたものを持っている。  
「じゃじゃーん」  
 上下つなぎの服だが、伸縮性高そうだな。次に起こる事態を悟ったのか、  
朝比奈さんの、ひっ、と怯える声がした。  
「さぁみくるちゃん、スーツチェンジで変身タイムよ」  
 いやーっ、という舌足らずな悲鳴を背後に、艦橋に戻るため立ち上がる。  
「そういえば古泉くんは?」  
「便所だ」  
 背後にそう答える。それでしばらく忘れられていたのだから、哀れな副団長だな。  
 
 全く、これが変な深夜アニメの影響程度で良かったぜ。もしハルヒが「航空  
宇宙軍史」シリーズとか読んでいたら、今頃アタマに補助脳つけていたところだ。  
 艦内状況をチェックする。長門から色々借りていたSFのおかげで、なんとか  
付いていけてる状況だが、リアルなのか適当なのか。  
 どうやら敵は銀河中心方向から侵攻してくるナントカ帝国で、それをここで  
迎撃しようという筋立てらしい。いや実際ザルな設定だな。朝倉そっくりの  
宇宙的美少女が、通信カプセルを渡して息絶えるなんてシーンもあったらしい。  
 艦中央の巨大な慣性キャンセラーは低い響きを立てて順調に動いている。  
おかげで俺たちは、第2衛星の軌道速度を無視して、上空に静止していられる。  
第2衛星が盾になって、敵の探索から隠してくれている筈だ。  
 もし慣性キャンセラーが無ければ、数十Gの高加速で、コンピ研艦隊の連中は  
全員ペーストになっている筈だ。そう気が付いたから言った訳だ。今頃連中の  
慣性キャンセラーは全力運転しているんだろうな、と。  
「へ?何それ」  
 慣性を消去する慣性キャンセラーが無いと、あんな加速出せる訳無いだろ。  
「え、ええそうね」  
 このやり取りの直後、艦のど真ん中に慣性キャンセラーなる装置が増えている  
のを発見した。コンピ研の連中及び古泉よ、俺に感謝しろよ。  
「もうすぐね」  
 ハルヒが呟く。そろそろだ。俺は制帽を深く被り直した。艦橋を見渡す。  
 右に長門、真ん中に仁王立ちするハルヒ、左の通信員席が朝比奈さん、なの  
だが、これは目の毒だな。黄色のぴっちりスーツは何と言うか、松本零士風で  
エロ過ぎるのだ。特に胸。その服、おっぱい袋がついていませんか?  
「……」  
 ハルヒのじと目の視線が痛い。俺はフロックコートの襟を直し、更に制帽の  
金モール付きの庇を下げる。どうやら俺がこの艦の艦長、ハルヒが艦隊司令の  
元帥閣下、なのらしい。  
「総員戦闘配置」  
「総員戦闘配置」  
 ハルヒの命令を、可愛らしく朝比奈さんが復唱する。手元のモニタをチェック  
すると、艦内のデータメインバスがリアルタイムモードに切り替わり、5重に  
冗長化されるのが見て取れた。テレメトリが艦内の状況を全てグリーンと  
報告する。艦橋の照明が落ちる。  
 非常灯とモニタの灯りだけの艦橋はそのまま無言が続き、そろそろハルヒに  
ひと声かけようかと思った頃、  
「アラート。黄経0時黄緯80度、距離一万」  
 単位なしはキロメートル、そう長門とは打ち合わせてある。近い、近過ぎる。  
「高質量単位多数発射を確認。恐らくはミサイル」  
 こいつらの推進システムの基本は縮退物質だ。通常物質を食わせて莫大な  
出力を得る。しかも重力波ホーミング弾頭だ。  
 ……これもハルヒをそそのかして、そういう設定にしちまった訳だが。  
「第一波4000発、到達まで66秒。第二波4000発、到達まで96秒。マーク」  
 逃げられないって数と密度だ。こりゃ古泉の別働隊だな。  
 
「全部打ち落としなさい!」  
「待てハルヒ」  
 何よ今緊急事態なのよ、というハルヒを無視して、  
「朝比奈さん、全艦に通信。慣性キャンセラー及び縮退エンジン停止。ぎりぎり  
まで自由落下せよ、って」  
 はっ、はーい、と朝比奈さんが復唱する。何よ勝手に、とハルヒが俺に詰め  
寄ったところで、人工重力が消失した。  
「ちょっ、何よ」  
 ふわりと足元を浮かせたハルヒの手を掴む。動力切ったから人工重力も切れた  
んだ。ほら掴まれ。こいつムスッとしっ放しだな。その横顔の向こうを、レーザー  
みたいに輝く筋が走る。敵ミサイルの噴射ガスが発光しているのだ。  
 敵ミサイルは目標を見失って、俺たちは自由落下している。それでもやられる  
奴はいるようで、  
「戦艦”無謀”号撃沈。戦艦”狂気の自殺”号も……」  
 そりゃ沈みそうな名前だな。さて、と。  
「全艦全システム復帰。衛星の軌道に乗れ。10分で会敵だ」  
 敵ミサイルは近場で最も大きな重力源である衛星に突入して、その半球をずた  
ずたにしている。さて、重力ターンで廻り込むぜ。いや待て。  
「第一から第四駆逐艦隊は全速で離脱。射手座を目指せ。敵遭遇時は適当に応戦  
して逃げろ」  
 用心のための露払いだ。ぽかぽかと俺を叩くハルヒを無視して、  
「全艦黄経20時黄緯0度にロール+軸照準。主砲発射準備」  
 さてこれで準備完了だ。ハルヒは、  
「何一人で命令してんのよキョンの分際で」  
 俺の首を絞めにかかった。やめろ。死ぬ。マジで死ぬ。ミサイルに殺られる前に  
ハルヒに殺られる。  
「前方駆逐艦隊より入電。われ優勢なる敵と交戦中」  
 やっぱりな。ハルヒの細い指の間に指を入れてどうにか声が出るようにして、  
「全艦全砲門開け。艦首前方を指向」  
 こいつらに積んであるレーザ砲ってのにはマジで砲門がある。パカッと開いた  
蓋の裏側がミラーになっていて、これで照準する仕組みだ。  
 敵艦にはコンピ研の連中と古泉が、生身で乗っている。連中は夢か何かだと  
思っているのかも知れんが、多分死んだらお終いだ。そう考えると、白旗を  
揚げるのが一番安全な気もするが、問題は我侭閣下ハルヒだ。  
 従って、全力でぶちかまさせて貰うぜ。さっきの古泉の攻撃の容赦の無さは、  
背後の衛星の変わり果てた姿が物語っている。8000発の縮退物質が分子間力を  
取り戻し、衛星の半分を吹き飛ばしてしまった。お陰で背後から攻撃される  
心配はしないで済む訳だが。  
 つまり古泉はこっちで死人が出ることは無いと踏んでいる訳だ。仲間を信じて  
いる、とか、その手の薄っぺらいセリフではなく、多分ガチガチの計算だ。  
 逆に言えば、向こうを攻撃しても死人は出ない、古泉は多分そう言っている。  
 
 ところで、いい加減手を離してくれ。マジで脳に酸素が行っていないから。  
「私が一番偉いのよ。そこんところ履き違えたら駄目よ」  
 へいへい。ハルヒはようやく手を離してくれたが、そのまま俺の背後に居る  
つもりらしい。  
 まずいなぁ。俺はハルヒの視線から隠すように身体を少し動かし、手元の  
ディスプレイを見た。  
 
1:砲撃開始。撃ちまくれ  
2:全艦全速加速開始。進路黄経20時黄緯マイナス30度。敵に構うな。  
3:宇宙キングストン弁開け。総員退艦せよ。  
 
 長門よ、お前、楽しんでるだろ。三番は一体何だ。宇宙キングストン弁て。  
 衛星の地平線から、小さな、しかしぎらぎらした太陽が昇っていく。その光景  
の中に、小さな光点がちらちらと見える。敵だ。いっちょまえに太陽背負って  
やがる。しかしだ、それは(長門が)予想済みだ。  
「砲撃開始。撃ちまくれ」  
 艦の巨大な超伝導コンデンサから莫大な電力がレーザへと注がれる。真空中  
ではレーザは見えない筈だが、衛星から噴き出すガスが、レーザの進路上で輝く  
光の筋を作る。しかしまぁ、つまんないから、命令追加だ。  
「各艦ミサイル発射」  
 視野の端で長門がこくんと頷く。朝比奈さんが復唱し、ミサイルが山ほど  
艦隊からプラズマの噴射炎を引いて飛んでゆく。壮観だな。  
 ……まぁ、そういう訳だ。これまで俺の口走った格好良いセリフは皆、長門が  
適当なSFから剽窃したか自分で考えたかしたものを、手元のディスプレイに  
転送して貰って、それを口走っていたに過ぎない。実際には艦隊の運用は全て  
長門がやっている。どう考えてもそれが一番だろ。  
 しかしこれがなかなか面白い。長門はいつも3つほど例を挙げてくれるのだが、  
どうもその中から選んだ一つ、俺の選択に沿って艦隊を運用してくれている  
ようだ。全く気楽なAVGみたいだな。  
「軌道前方に敵主力部隊を確認。距離1000。主砲発射準備良し」  
 手元には長門作の選択肢が来ている筈だが、腕で隠して、ハルヒを見やる。  
ほら、どうした。  
 ハルヒは一瞬複雑な表情をした後、急速に強気ポテンシャルを高めていった。  
無敵ハイテンションの元帥閣下の降臨だ。  
「主砲発射!情け無用ファイヤ!!」  
 勢い良く手を振り、ハルヒは砲撃を指示する。しかし何故に源文調なんだ。  
 別働隊を作らず、主力を全て集中したこちらの火力は、完全に敵を圧倒して  
いた。敵はどうやら他にも別働隊を作っていたらしいが、今頃第三番衛星の  
陰から出てきたところで、もはや大勢は決したと言って良いだろう。  
「こうよこれこれ!  
 キョンあんたも、もっと私の命令を聞いてシャキッとしなさい。  
 みくるちゃん、降伏勧告よ。  
 ……ところで古泉君は?」  
 
 そこで計ったように通信が入った。古泉だ。  
「残念ですが、お別れの挨拶です」  
 ご丁寧に三角布で左腕を吊っていやがるが、十中八、九演技だな。なるほど  
巧い事考えたもんだ。元の世界に戻って、腕に怪我などしていない古泉を見れば、  
あれは夢だったのだと、納得もし易くなるというものだ。  
「この艦はもう長くは持たないでしょう」  
 映像にはノイズが走り、嫌が応にも乗艦の最後が近いことを想起させる。  
「ちょっ、何でそんな所にいるのよ!!」  
 ハルヒの驚きの声は、最後には悲鳴になりかけていた。  
「彼と本気で勝負をしたかったのですよ」  
 そんな理由でっちあげやがったか。勿論俺はそんなセリフ、半句たりとも  
信じちゃ居ない。要するに夏合宿の時の応用だな。こういう事を思いつかない  
よう、ハルヒにトラウマこさえようという訳だ。しかしそれはいい趣味じゃ  
無いぜ。  
「何よキョンとはいっつもゲームしてるんじゃない!!」  
 古泉は髪を掻きあげる。包帯して薄汚れていても、サマになりやがる。  
「こういう大舞台で彼と一度、戦いたかったのですよ。  
 でも残念、彼には勝利の女神が付いていたようです」  
「……」  
 あ、ハルヒが口篭もった。今自分のこと勝利の女神と呼ばれたと思ったな。  
しかし実際には長門なんだがな、勝利の女神は。  
「今日はとても楽しかったですよ。最後くらいは勝ちたかったのですが。  
 それでは皆さん、さ」  
 そこで通信はいきなり切れ、そして、長門が平坦な声で告げた。  
「敵艦隊旗艦、撃破を確認」  
 
 そして暫く、艦橋には沈黙が重苦しく立ち込めた。  
「長距離ワープ準備」  
 沈黙を破ったのはハルヒだった。ちょい待て。ワープなんて出来るのか?  
設定ではそんなものがあっても、ここは閉鎖空間だ。  
「目標、銀河中心。敵中枢を直接叩くわよ」  
 待て待て待て待て。そんなものやったら、一体どうなるんだ。  
「長距離ワープ初期モード、フリーラン加速開始」  
 おい長門、マジでワープするつもりか。艦が加速を始める。  
「こうなったらトコトンやるわよ。しょせん血塗られた道よ。  
 そうでしょブルクハイト」  
 誰だブルクハイトって。  
「全艦、長距離ワープ。目標銀河中心」  
 朝比奈さんが艦隊通信で指示を伝える間にも、艦はみるみる加速してゆく。  
艦隊の全艦艇が長大な噴射炎を背後に引きながら、衛星軌道を離脱する。  
「長距離ワープ二次モード。慣性主軸固定。総員定位置へ」  
 手元のテレメトリ画面が、グリーンからエメラルドブルーへと変わる。  
 
「カウントダウン、Tマイナス10、9、8……」  
 ハルヒよ、お前もどっか座ったほうが良いんじゃないか。  
「もう遅いわよ」  
 じゃあほら、俺の席に座れ。  
「あんたどうするのよ」  
 立ってるさ。  
「そんな訳いかないわよ。っていうかもう遅いっ」  
 何しやがる。俺の膝の上に腰掛けやがった。仕方ない。俺はハルヒの腰を  
引き寄せて、衝撃に備えた。  
「イグニッション。最終モードスタート」  
 瞬間、俺たちは、びゅーーーーん、と伸びた。戦艦が、艦橋が、ハルヒが、  
そして俺が前後にべらぼうに伸びる。ぐんぐん伸びる。無限に伸びてゆくん  
じゃ無いかと思った頃、先端で何かに突き当たった。  
「何っ」  
 伸びまくったハルヒが、伸びまくった俺の膝の上、艦橋の中で叫ぶ。  
「空間境界の障壁に到達」  
 長門の報告には、ハルヒにとって理解できる情報は含まれていない。しかし  
ハルヒはこれを、自分の行く手を遮る敵と決めたらしい。  
「ぶち破りなさい!」  
「機関出力をミリタリーからマキシマムへ。艦構造警報。応力許容値の  
5パーセント」  
 艦全体が震動しながら青白く光り出す。なんとなく判ったぜ。この戦艦、  
実のところハルヒの青カビ発光巨人と同じ代物なんだろ。  
「艦構造警報。応力許容値の15パーセント」  
 更に震動が激しくなる。  
「こらアンタどこ掴んでるのよ」  
 それよりお前もっとちゃんと掴まれ。  
「艦構造警報。応力許容値の80パーセント」  
 げっ。いきなり80パーかよっ。この艦が砕け、俺たちが真空に投げ出される  
のが早いか、閉鎖空間が砕けるのが早いか。  
 ぶれる視界の前方に、小さな光の筋が見えた。ままたく間に視野全体に広がる。  
閉鎖空間が壊れるのだ。しかし、しっかり握っていた筈の肘掛の感触が無い事に  
今頃気付く。艦橋全体がぶれて、白一色になろうとしていた。  
 これからどうなる。全員この閉鎖空間の真空の中で死ぬか。どことも知れぬ  
ワープを果たして異世界に跳ぶか。俺はハルヒを更に抱きしめた。ハルヒのほうは  
俺の首根っこに抱きついているようだが、苦しいっ。  
「艦構造警報。応力許容値の160パーセント」  
 気を失いそうな震動の中、まだ長門の声が聞こえてくるのが信じられん。  
 その瞬間、世界は真っ白に吹き飛んだ。  
 
 そして次の瞬間、俺は暗い自分の部屋で目を覚ました。驚きは無いぜ。  
 さて。カーテンの袖をめくる。ワープで跳んだ、どことも知れぬ異世界、  
だったりすると困るからな。恐る恐る、窓から外を眺める。  
 あ、これは別の意味で困る。  
 もう朝だ。  
 
 寝不足面がこうも雁首を揃えていれば、少しは疑っても良さそうなものだが、  
ハルヒの脳内に、そんな疑問が去来することは金輪際無さそうだ。  
 部室の長テーブルの向こうで、古泉は優雅にあくびをかました。そんなもの  
までサマにならんでも良いだろうに。勿論怪我など影カタチも無い。  
 久しぶりにやったチェスの駒を片付けながら訊く。ところでお前、テレポー  
テーション使えるだろ。  
「何のことですか」  
 あの敵旗艦が沈む前に、脱出艇が飛び出したのは確認済みだ。長門はちゃんと  
チェックしていた。しかしお前は、脱出艇が出た後の艦に残っていたな。あそこ  
から生き残るためには、魔法か奇跡か超能力が必要だ。実はあの後、俺たちの  
艦にテレポートでもしたんじゃないか?  
「そこまで見抜かれるとは」  
 なめるな。  
「しかし、仕方がないじゃありませんか。状況を涼宮さんにとって耐え難いもの  
にしようとする努力を、あなたは放棄されていたようですし」  
 いや、俺も努力したぞ。アイツを除け者にするのは、生命がかかった状況とは  
いえ、それなりに胸が痛んだぞ。  
「いや全く。最後には涼宮さんにも美味しいところを味わせてあげようだなんて。  
その調子で今後もお願いします」  
 ちょっ、お前見てたのか。  
「実はずーっとトイレに隠れていたのですよ」  
 おい。  
「冗談です」  
 そこで長門が、ぱたんと本を閉じた。  
 
 帰り支度を始めた面々を横目に、長門に近づく。  
 お前のお陰で助かった。ほら借りてた本、返すぜ。  
「……」  
 ああ、結構面白かったぞ。ラストにほんのちょっと救いがあるってのが良いな。  
「そう」  
 手渡した文庫本を鞄に落とした長門は、その鞄から別の文庫本を取り出した。  
「読んで」  
 ありがたく読ませてもらうよ。しかしそこで、俺の手から掠め取る奴がいた。  
「何これ」  
 ハルヒだ。こら返せ。長門に借りたんだ。  
「ふーん」  
 じと目で俺を睨みながら尋問してくる。ああ、時々借りているんだ。なかなか  
面白いぞ。  
「ねぇ有希、これ私に貸して」  
 こら、長門が困っているぞ。しかし長門の表情を読もうともしないハルヒは、  
「サンキュー有希」  
 黙っているのを承諾とみなしたのか、そのまま文庫本をかっさらって、帰って  
しまいやがった。  
 
 そして沈黙の後、  
「あのー、あの、あれもしかして」  
 ……多分そうなんでしょうね。表紙にあったタイトルは、物凄い嫌な予感を  
掻き立てるものだった。  
「長門さん、あれはもしかして、宇宙戦争もののSFではないでしょうか」  
「あなたの推測は正しい。内容は空間戦闘と、個人兵装を用いた地上戦闘を  
含んでいる」  
 つまり、泥沼の白兵戦という奴か。千年以上にも及ぶ恒星間戦争の物語と  
聞いて、朝比奈さんが涙目になってる。おい、やばいぞ。何か対策は無いのか。  
 三人の視線が、長門に集まる。  
 
 長門は、その場の全員を見渡して、こう言った。  
 
「今夜は、音をたてずに人を殺す八つの方法を教授する」  
 

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