現在の気温は38度。体温を遥かに超えている。はっきり言おう。暑い。  
俺はそのフライパンと化した街の中を当ても無く彷徨っていた。  
 
というのも、家のクーラーが今朝方に一斉に壊れてしまい、気温が上がるに従ってサウナ状態になり  
我慢できなくなって家を飛び出したのである。ちなみに妹も友達の家に出て行ってしまった。  
父が業者に電話していたので帰る頃には直っている事だろう。  
 
俺はクーラーの効いているであろう図書館に行ったのだが皆考える事は同じなようで既に渋谷のスクランブル交差点状態、  
次に噴水のある公園に行ったのだがそこもやはり先客で埋まっていた。  
いよいよ行く当ての無くした俺はこうしてさすらっているのである。  
 
 
―――遠くにある飛行機雲を俺は見送った。  
ここでどろり濃厚なジュースでも飲んでる病弱な金髪の女の子でも出てきたら面白いんだが。  
 
・・・そんなバカな事を考えながら歩いていた俺は自動販売機を見つけた。――そうだ、コーラでも飲むか。  
いやいや、こういう時はスポーツドリンクを飲む方が良い。俺は150円出してポカリのペットボトルを買った。  
 
 
とにかく早く体の中だけでも涼しくなろう。冷たい液体を口から流し込もうとしたその時。  
 
熊のぬいぐるみを持った小さい女の子が俺をアイフルチワワのごとく見つめていた。  
 
 「どうしたんだ?飲みたいのか」  
 「うん、のど乾いた」  
   
ペットボトル入りなので量は沢山ある。俺はその女の子にも分けてやる事にした。  
 
 「美味しい、ありがとうおにーちゃん」  
 「別に良いんだぞ、今日は特に暑いからな」  
 「あのねおにいちゃん、あたしお金持ってないの、ごめんなさい」  
 
この子は俺にお金払いたかったのか!? 俺はこんな小さい女の子からお金をせしめるつもりなど端から無いぞ。  
 
 「払わなくて良いんだぞそんなもん、俺はお金取ろうと思って分けてやったわけじゃないんだからな」  
 「でもね、お礼がしたいの」  
 「良いんだ良いんだ別に何もくれなくて良いんだぞ」  
 「そーだ!」  
 
女の子はポケットからキーホルダーを取り出した。  
 
 「これね、あたしがパパやママと北海道に行った時に買ったの  
  中にまりもが入ってるんだよ」  
 「だがこれはお前が大切にしてるものだろ」  
 「家にもう1個あるから良いの、はいあげる、じゃあねー!!」  
 「お、おい!こら!!」  
 
女の子は俺にそのまりものキーホルダーを半ば押し付け走って去っていった。  
 
・・・今時あんな純粋な女の子もいるのか。立派な大人になるんだぞー。  
 
━━━━━  
 
俺はさっきのキーホルダーを指に引っ掛けながら商店街を歩いていた。  
 
 「さてこのキーホルダーどうしようか、鞄に付けるか、それとも」  
 「あっ、キョンくーん」  
   
何とSOS団のエンジェル、朝比奈さんが買い物袋を引っ下げ登場。  
商店街に高原の爽やかな風が吹き込む。ああ一気に暑さも解消だ。  
 
 「朝比奈さん、お買い物ですか」  
 「はい、冷蔵庫の中が空っぽだったので、  
  ・・・キョンくん、どうしたんですかこのキーホルダー、かわいいです」  
 「いえ、さっき道端で出会った女の子にジュース分けてあげたんです、物欲しそうに見つめてたので  
  そしたらその子がくれたんですよ、なんでも北海道に行った時に買ったものだそうで」  
 「そうなんですか、良かったですね」  
 
朝比奈さんはじっと俺の指にぶら下がったキーホルダーを見つめている。  
・・・そうだ。朝比奈さんにプレゼントしよう。  
 
 「朝比奈さん、良かったらあげますよこれ」  
 「え、そんな悪いですよう」  
 「いや良いんです、俺よりも朝比奈さんの方が大切にしてくれそうなんで」  
 「ホントに良いんですか・・・?  実はわたしこういうキーホルダー欲しかったんです」  
 「じゃあどうぞ貰って下さい」  
 「嬉しいです、有難うございます! 大切にします!」  
 「いや良いんですよそんな」  
 「キョンくん、お礼に差し上げます」  
 
朝比奈さんは買い物袋からりんごとバナナを取り出した。 と同時に落とした。  
 
 「ぁぅ・・・ ごめんなさいキョンくん」  
 「いや、だから良いですよ、悪いですよ折角朝比奈さんが買ったのにそんな」  
 「良いんです、あ、こんな地面に落としたものは嫌ですよね  
  ・・・メロン差し上げます、安物なんですけど、熟したら美味しいはずですよ」  
 「いやだからホントに結こ」  
 「キーホルダーありがとうございます!!じゃあまた明日学校で!」  
 
朝比奈さんは俺にメロン一玉を手渡して去っていった。  
・・・安物とか言ってたがちゃんと網目も入っている。決してこれは安いものではない。素人の俺にも分かる。  
 
俺は本当にこんな物貰って良かったのだろうか。  
 
━━━━━  
 
俺はメロンを抱きかかえながら公園の中を歩いていた。早くどうにかしないと皮の中で煮えてしまうぞ。  
 
―――ふと木陰のベンチを見ると長門が本を読んでいた。  
しかしながらやはりこいつは存在感が無いというのか周りの景色に同化し過ぎるというのか。  
 
 「おう、長門」  
 「・・・・・・」  
 
長門は1センチほど首を横に向け再び本に視線を落とした。  
 
 「・・・それにしても暑いな今日は」  
 「そう」  
   
 
 
なかなか会話が弾まない。  
俺がボーっと空を眺めていると横から視線を感じた。  
 
ふと横を見やると長門が俺の持ってるメロンをじっと見つめていた。  
 
 「長門、欲しいのか?」  
 「メロン、食べたい」  
 「・・・そうか、だったらやるよ、朝比奈さんからさっき貰ったやつなんだ」  
 「・・・そう」  
 「ほら、やるぞ、でもこれ貰ったら出来るだけ早く家に帰ったほうが良いかもしれないな、腐るぞ」  
 「速やかに帰還する  
  ・・・・・・あなたにお礼がしたい」  
 「いやいやそんな物いらないぞ俺は」  
 「どうしても」  
   
長門は鞄の中からハリーポッターの本を取り出した。最新作だ。  
 
 「あげる」  
 「最新作だろこれ、しかも読んでないんじゃないのかまだ、本屋の袋に入ってるぞ」  
 「構わない、また買えば良い」  
 「いや、でもだな」  
 「良い」  
 「・・・そうか、まあ実は俺も読んでみたかったんだ、ありがたく貰っておくよ」  
 「そう、では私は帰る」  
 「有難うな長門、メロンは冷やしてから食うんだぞー」  
 「そうする」  
 
・・・・・・正直感謝するぞ長門! 買おうかどうか迷ってたんだこれ。  
 
俺はそのままベンチで小一時間読みふけった。  
 
━━━━━  
 
 「さてと」  
 
俺はまた当ても無く歩き出した。  
 
 「おうキョン、あちーなー今日は」  
 
熱帯気候でアホさ100倍谷口の登場である。  
   
 「どこか行って来たのか谷口」  
 「見りゃわかんだろプールだプール、  
  ・・・・・・もっとも客多すぎては入れなかったがな、でも水着のピチピチの女の子がいっぱいいてさー」  
 
おい谷口、100の3倍で300倍だぞお前のアホさ。鼻血出してやがるし。シャナ・・・じゃない、シャアもびっくりだ。  
 
 「悪かったな、ってかキョンどうしたんだ?買ったのかハリーポッターの最新刊」  
 「いや、長門に貰ったんだ」  
 「ひゅ〜ひゅ〜」  
 
俺はこの本でこいつのバカ頭を叩こうとしたがまず長門にもJ.K.ローリングにもダニエルラドクリフにも悪いし  
こいつの鼻血が出すぎて出血多量で村上さんとの同棲生活になっても困るのでやめておいた。我ながら賢明な判断だ。  
 
 「良かったらくれよ、お礼に別のものやるからさ」  
 「まあさっき一通り読んだから別に構わんが・・・ 何くれるんだ  
 「俺の着た水着だ、嬉しいだr」  
 「また明日な」  
 「冗談だって冗談!!これやるよスルッとカード5000円分」  
   
何かのテレビ番組のプレゼントコーナーか。ってか何故そんな物持っている。  
 
 「別に良いだろ、まああれだ、俺らん所の学校の野球部が高校野球の予選に出てるだろ、  
  で友達連れて応援に来い、そいつら全員の分の交通費だって野球部の先輩に貰ったんだけどな、  
  俺も含めてみんな行く気無いし、暑いだろ」   
 「まあそりゃそうだ」  
 「だからやるよ」  
 「そうか、じゃあありがたく受け取っておく、じゃあなまた明日」  
 
俺はハリポタの本を谷口に渡してこの場を去った。  
 
 「サンキューキョン、じゃあなー」  
 
ちなみに俺の持っていたのは上巻。この作品は下巻まである。  
1冊およそ2000円で2冊約4000円。  
もし谷口がこのカードを金券屋にでも持っていったら2冊買えてお釣りも来るであろう。やはり谷口はアホだった。  
 
━━━━━  
 
俺は更に放浪の旅を続ける。すると古泉と出会った。  
 
 「やあ奇遇ですね」  
 「全くだ」  
 「暑いですね今日は」  
 「そうだな、だから顔近づけて話すな余計に暑苦しい」  
 「いえ僕は貴方の顔を見てると幸せな気分になれるんです」  
 「俺は別にそれほど幸せでもないが」  
 「そうですか、でも顔赤いですよ」  
 
そりゃ38度だ、体温より暑いんだから赤くなって当然だ。むしろ涼しい顔をしているお前の方がおかしい。  
お前のその悩殺スマイルに眼鏡かけさせてマフラーぐるぐる巻きにしてコート着せて北の半島の並木道に放り込んでやろうか。  
きっと日本人観光客のおばさん達にモテモテだろう。  
 
 「いえ僕は年配の女性よりあなたg」  
 「じゃあ帰るぞ、またな」  
 「冗談ですよ、それにしてもちょうど良かった、実はハチクロの映画のチケット持ってましてね」  
 「・・・・・・まさか2枚持ってるとか言うんじゃないだろうな」  
 「その通り、よく分かりましたね」  
 
こいつは俺を誘って見に行くつもりだー!! よりにもよってあんな映画を!!  
早く逃げなければ!!しかし古泉の手は俺のシャツをつかんで離さない!!  
 
 「違います、そんなんじゃないですよ」  
 「じゃあどんなのだ」  
 「僕は別に見に行こうとは思ってないんですよ、2枚とも貴方に差し上げようかと思いましてね」  
 「なるほど、そういう事だったのか、 ・・・・・・で、2枚貰ってどうするんだ」  
 「涼宮さんと」  
 
・・・なるほどそういう事か、しかし今の俺とハルヒとの関係は親友以上ぎりぎり恋人未満といった所だ。  
この映画はまだ相応しくないのではなかろうか。  
 
 「いいんじゃないでしょうか、別に」  
 「・・・まあお前がそういうんだったら、ってかお前は見ないのか」  
 「僕は特に興味はないですし、この前売り券もこの前我が家に来たお客から貰ったものですので」  
 「そうなのか」  
 「では僕はこれで」  
 「ああ待て古泉、お礼だ」  
 
俺は谷口から貰ったスルッとカードを古泉に手渡す。  
 
 「いえ、僕は結構ですよ」  
 「いや何というか俺の気が済まない、っていうのもだな、これは」  
 
俺は古泉に今までの成り行きを説明する。  
150円で買ったポカリスエットを女の子に分け、その子からまりものキーホルダーを貰い  
それを朝比奈さんが欲しがったので差し上げたらメロンを頂き、そのメロンが長門の手によってハリポタに変わり、  
ハリポタ1冊が谷口のお陰でこのカードに変わったのだ。今更ながら少し谷口には悪い事したかとも思ったがまあ良い。  
 
 「なるほど、わらしべ長者ですね」  
 「まあそういう事だ、だからまあ貰っておいてくれ古泉」  
 「分かりました、ではありがたく受け取っておきます、これなら役に立ちますからね」  
 「じゃあ古泉、また学校でな」  
 「またお会いしましょう」  
 
俺と古泉は別方向に別れた。  
 
 「これでハルヒを映画にでも誘おうか」  
 
━━━━━  
 
お次はめがっさにょろにょろ笑い袋の鶴屋さんの登場である。  
 
 「やあキョンくん暑さに負けず元気かいっ!?お姉さんはもうへばっちゃって限界だよっ!!」  
 
スキップしてやって来た貴方をどこからどう見たらへばってるように見えるんですか鶴屋さん。  
この谷口ほどではないがバカな俺にも教えてください。  
 
 「キョンくんそれ映画のチケットかいっ!? あっハチクロだねっ!?お姉さんめがっさ見たかったんだよっ!」  
 「鶴屋さん、見たかったんですかこれ」  
 「そうなのさっ!でも前売り券売り切れててさっ!」  
 「じゃあ差し上げますよ、2枚」  
 「2枚もくれるのかいっ!? 嬉しいよっ!めがっさ嬉しいよっ!  
  じゃあお礼にこれあげるっさ!」  
 
鶴屋さんがくれたのは褐色の四角い物体だった。  
 
 「高級品のスモークチーズっさ!!これをみんなで食べると良いのだっ!!」  
 「いや、でも悪いですよ」  
 「構わないっさ!!じゃあありがとうキョンくんっ!また会おうっ!!」  
 「あ、鶴屋さん・・・」  
 
鶴屋さんは台風のようにやってきてそして去っていった。  
台風一過には高級品のスモークチーズだけが残った。  
 
━━━━━  
 
しかしながらチーズというものは人によって好き嫌いがかなり激しいものである。  
折角の高級品のチーズだ。万が一口に合わなくて残してしまったら非常に勿体無い。  
 
その時である。  
 
 「もしもし少年、その手に持ってるのはチーズではないかな」  
 
黒いシルクハットとスーツを身に纏いステッキを持ったいかにも金持ちそうなおじさんが声をかけてきた。  
こんないかにも的な爺さんが普通に街中を歩くものなのか。まあこの辺りは高級住宅街だから変ではないか。  
 
 「あ、はいそうですが」  
 「このチーズはフランスのごく限られた地方のしかも数軒でしか作っていないんじゃ」  
 「そんなに高級なものなんですかこれ!?」  
 「そうじゃ、非常に美味い、でも好き嫌いがハッキリしておってな」  
 「なるほど」  
 「もし良ければこのチーズを譲ってくれんかの、勿論お金はたっぷり出すぞ」  
 「いえ、でも・・・」  
 「無理かの、正直数十万円は下らないんじゃよこのチーズ」  
 
数十万!?数十万あったら何でも買える。最新鋭ハイビジョンテレビに壊れかけの冷蔵庫に・・・  
 
 「譲ってくれんかの」  
 
お爺さんは緊縛された諭吉さん集団をチラつかせてきた。  
 
 「譲ります」  
 
俺は諭吉救出の道を選んだ。  
 
━━━━━  
 
しかし札束を、しかも諭吉の札束を持っているというのはどうにも落ち着かない。  
別に銀行襲って奪った物でも無ければ息子を装って年寄りに電話かけて騙し取ったものでもなく  
法に触れるような行為はしていないのは分かっている。  
だがやはり怖い。  
 
俺は街の裏通りに差し掛かっていた。その時である。  
 
 
ハルヒが不良集団に絡まれていた。  
 
 ・・・・・・いや、まともに喧嘩が成立しているではないか。  
 
 「ちょっと何よ偉そうに!!アンタがぶつかって来た癖に!!」   
 「ぁんだとオラァ!このクソ尼!喧嘩売る気かゴラァ!!」  
 「もう既に売ってるわよこのモヒカン!!」  
 「モヒカン・・・ だと!? 言いやがったな!!!」  
 「なあおいこの女とことん痛い目に遭わせた方がいいんじゃねーの」  
 「そーだな、おいこいつ裏の倉庫連れて行くぞ、捕まえろ」  
 「ちょっと何するの!やめて、やめなさいよこの!!やめなさーい!!」  
 
このままでは幾らハルヒと言えど危ない。というか古泉から電話が掛かってくる例の事態になってしまう。  
何があったかはよく分からないがハルヒに手を出す奴など俺が許さない。止めに入ることにする。  
 
 「ハルヒどうしたんだ!?」  
 「キョン!?何でこんな所にいるのよ」  
 「テメェこいつの知り合いか!このアマが俺にぶつかって来たのに謝るどころか蹴りかましやがった」  
 「そうなのか?ハルヒ」  
 「違うわよ!あたしが自販機の前でジュース飲んでたら向こうがぶつかって来たのよ」  
 「ぁんだとー!」  
 
正直どっちの言う事も信用できる。  
こいつの事だ、人にぶつかっても謝らずに逆に蹴りかますくらいは十分ありえる話だ。  
 
 「何なのよそれーキョン!!」  
 「そのまんまの意味だ」  
 「おいテメーもこっち来い、連れてけ」  
 「来やがれクソ!」  
 「来い!!」  
 
このまま人気の無い倉庫に連れてかれたら俺とハルヒ双方の童貞処女の消失は目に見えている。  
俺は迷わず札束を取り出した。  
 
 「どうも俺の知り合いが迷惑かけてしまったようで、どうかこれで許してやってくれませんか」  
 
まあ予想していた事だが不良は固まっている。ハルヒも目が点だ。  
 
 「ちょ・・・ ちょっとキョン!!何でアンタがそんな物持ってるのよ!?」  
 「まあこれには色々あってだな、後で話す、で、これで気が済むならどうか」  
   
不良のうちの一人が俺の手から諭吉を奪い取った。 そしてそいつが札束をまじまじと見つめる。  
 
 
そしてその時だった。  
その不良の目の色が変わった。  
 
更にそいつは他の仲間を呼び寄せ何やら内輪で話し始めた。  
そしてその内に不良仲間の顔が赤信号から青信号になった。 更に汗が流れ始めている。これは何かある。  
 
 「・・・おいテメェ・・・ この札束どうやって手に入れた」  
 
俺は正直に先ほどの老いた紳士のことをを話す。  
 
 
次の瞬間、不良集団は何も言わず札束を放り出し逃げていった。  
よく分からないがとりあえずハルヒも俺も助かった。  
 
 
 「・・・キョン、とりあえず礼は言うわ、ありがと」  
 「まあ、ハルヒが無事で良かった」  
 「・・・・・・で、キョン  
  団長であるこの私にきちんと説明しなさい」  
 
そりゃそうであろう。いきなり自分の目の前で団員が札束を取り出したのである。動揺するのも無理は無かろう。  
 
 「実はだな、かくかくしかしかのこれこれで」  
 「なるほど、めがっさにょろにょろのスモークチーズと・・・ って分かんないわよ!!!」  
 「まあ冗談はよして、だ」  
 「さっさと話さないと死刑よ」  
 
 「家のクーラーが壊れた俺は暑い街の中を彷徨ってたんだ、  
  で、だな、道端の自動販売機でジュースを買った、そしたら通りすがりの小さな女の子が欲しがってだな」  
 「まさかキョンその女の子にジュースあげたの!?」  
 「まあ幼稚園児くらいだろう、気にするな」  
 「するわよ」  
 「で、そしたらその女の子がお礼にまりものキーホルダーくれたんだ」  
 「キョン・・・ アンタって奴はー!! 見せなさいよそのキーホルダー」  
 「そのキーホルダーは朝比奈さんの手によってメロンに変わった」  
 「みくるちゃん? 明日みくるちゃんに見せてもらうわ、でそのメロンは」  
 「長門の手によってハリポタに変わった」  
 「有希にも逢ったの? でそのハリポタは面白かった?」  
 「まあまあだ、前編の途中までしか読んでないが、でそれは谷口によってスルッとカード5000円分になった」  
 「儲かったじゃないキョン! で、で?」  
 「それは古泉によってはぐと竹本に変身した」  
 「ああハチクロ!?、で?」  
 「そいつらは鶴屋さんによって最高級品のスモークチーズになった」  
 「・・・へえ〜、それで? それで?」  
 「それが通りすがりの紳士の手によってそこに落ちてる札束になった、というわけだ」  
 
 「面白いじゃない!! そういう事もあるものなのね」  
 
あっさり信じてもらえたようだ。意外である。  
 
 「それにしてもキョン、どうしてあの時よりにもよって札束なんか取り出したりしたのよ」  
 「まあ、それ以外に持ってるものが無かったからだな」  
 「アンタね!勿体無いとか思わないの?! 100万よ100万!!  
  今回はなぜかあいつら札束放っぽり出して逃げてったけど、取られてたら大損だったのよ分かってる!?」  
 
 「俺は100万”なんか”よりお前の方が大事だからな」   
 「ちょっと・・・ キョン・・・?!」  
 「100万なんて大人になって稼いだら良いだろ  
  だがハルヒは幾ら金あっても手に入れれるもんじゃないんだ、  
  今回はあの時たまたま俺が通りかかったから良かったものの、俺だって喧嘩なんか強くない、  
  それこそ札束出すのが精一杯だ、札束あればどうにかなるなんてどっかのヒルズ族の考える事だがな」  
 「そうよ・・・ 考えが浅はかよ」  
 「そうだな、でもどっちにしろあの時俺が札束持ってなければお前も俺も確実にヤられてただろう  
  いや最悪『殺られてた』かも知れないんだぞ」  
 「そりゃそうかもしれないけど・・・ でも」  
 
 「俺にとっちゃ100万失う事よりお前を失う事の方がつらいんだ」  
 
ああ言っちゃった言っちゃった。我ながら何と青臭くかつ似合わない台詞であろうか。  
 
 「・・・キョン」   
 「・・・ハルヒ」  
 「それは告白と受け止めて良いのかしら」  
 「ああそうだ、別に嫌なら良いんだぞ」  
 「ふ、ふん!! 嫌・・・ じゃないわよ」  
 
 「ハルヒ、そこに落ちてる札束使ってデートしてくれ」  
 「・・・全部は使わないわよ勿体無いから、それに半分はSOS団の活動費に充てる、これで良いわね」  
 「良いぞ、だったら残り半分は俺とハルヒで」  
 「山分けか」  
 
急にハルヒの声が中年のおっさんぽくなった気がした。  
 
 「・・・キョン、・・・後ろ」  
   
後ろに誰がいる?そうか、長門と朝比奈さんと古泉と鶴屋さんと谷口が祝福してくれてるのか。  
ありがとう仲間よ、俺とハルヒは貴方達のお陰で無事結ばれました。  
 
 「サイレン・・・ サイレン!!」  
 
サイレント?静かにしろだと? どんどん聴かせりゃ良いんだこのフジテレビのドラマにも負けない告白シーンを。  
 
 
 「署に来てもらおう」  
 
突然俺とハルヒに手錠がはめられた。  
 
気がつけば俺達は野次馬に取り囲まれていた。  
そしてすぐ横にはサイレンを鳴らしたパトカーが数台停まっていたのである。  
 
 「お前ら2人を銀行強盗の容疑で逮捕する」  
 
 「「ハァア!?」」  
 「良いから連れてけ」  
 
俺とハルヒはそのまま問答無用でパトカーに乗せられてしまった。  
しかもマスコミが一斉にカメラを向けている。シャッター音がセミの音を掻き消す。  
 
━━━━━  
 
その後の事を掻い摘んで説明する。  
 
なんでも数時間前にすぐ近くの銀行に若者数人が刃物とスタンガンを持って押し入ったとの事。  
その若者らは100万円の札束を奪い逃走、  
そしてその奪われた札束と俺らの足元に落ちてたイコール俺が持ってた札束の通し番号が一致したそうである。  
なるほどそれではすぐ横にいて且つ札束でデートしようなどと言っていた俺らが捕まっても無理は無いわけだ。  
 
しかしお解りだと思うが俺はここ数日銀行なんて行った覚えは無い。  
この札束はチーズと引き換えに初老の紳士から貰ったものである。  
 
俺はその紳士の特徴を取り調べの警察官に伝えた。すると翌朝その紳士は市内で逮捕された。  
ちなみに俺とハルヒはお互い手錠と足かせで繋がれて鉄格子の中で一晩を過ごした。  
 
そして分かった事なのだが、その紳士は実は麻薬ブローカーで  
外国から仕入れた各種麻薬を国内のならず者に高く売りつけていたのである。  
そしてその購入者の中にはハルヒが絡まれてた不良グループが含まれていたのだ。  
要はその不良グループが麻薬欲しさに銀行強盗を働きその盗んだ金で紳士から麻薬を購入、  
しかし不良側は紳士に手渡したはずの札束を何故か俺が持っていたので気が動転して逃げ出した、そういう流れのようだ。  
『金は天下の回り物』とはまさにこの事である。  
ちなみにその不良グループも昼前から夕方にかけて全員逮捕された。  
紳士も不良らも容疑を完全に認めたとの事。また紳士の背後には大規模な暴力団の陰があったらしい。  
 
俺とハルヒは数時間後無事釈放された。辺りは真っ暗になっていた。  
 
 
 「キョンどう責任とってくれるのよ」  
 「すまん、これは本当にすまん、申し訳ない」  
 「・・・でもまあ良いわ、めったに体験できない事だしね、彼氏と拘置所収監なんて、・・・・・・二度と体験したくないけど」  
 
全くだ。しかも無実の罪での逮捕ときた。  
 
―――それにしても「彼氏」か。何と良い響きだ。  
 
 「だってキョンはあたしの彼氏でしょ」  
 「ああその通りだ、ハルヒは俺の彼女だ」  
 「あたしの彼氏になったからには覚悟しなさい」  
 「ああ、十分覚悟できている」  
 
俺はハルヒを振り向かせる。キスする為だ。  
 
しかし俺が奪おうと思っていたものは逆にハルヒに奪われた。  
 
 「愛してるからキョン」  
 「俺も愛してるハルヒ」  
 
 
 
 
 「で、キョン? デートはいつ連れてってくれるのかしら」  
 「・・・・・・うっ」  
                    ■終  
 
 

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