<インスペクタ>  
<自動干渉機>に送信。  
『対象』の削除を要求。  
それには世界の存在を破壊する危険性がある。  
よって、当該人物の削除・抹消を求める。  
<年表干渉者>の同意を求める。  
 
<インターセプタ>  
拒否する。  
<高等監察官>、貴方の意見は一理ある。  
しかし、『対象』を削除した場合の世界への影響は未知数であり、削除は推奨されないと判断する。  
それなくして世界は成り立たない。  
<自動干渉機>に求める。介入を。  
 
 
 
<アスタリスク>  
介入する。  
実行…………  
…………  
 
 
******************  
 
 
<インスペクタ>  
<自動干渉機>に送信。  
『対象』の削除を要求。  
それには世界の存在を破壊する危険性がある。  
よって、当該人物の削除・抹消を求める。  
<年表干渉者>の同意を求める。  
 
………  
 
異常事態の発生を感知。  
<年表干渉者>の意見を求める。  
 
 
<インターセプタ>  
 
緊急事態の発生を確認。  
至急対策が必要。  
 
 
 
土曜日の朝、それは日頃充分な睡眠時間を取れない学生が長らく休める数少ない時間で、それは朝比奈さんのお茶並の価値があるものだ。  
けれども、鳴り響く携帯電話の音が俺の至福の時間を奪っていった。  
のっそりと置きあがり目覚まし時計を確認する。その針はだいたい学校に行く為に起きるくらいの時刻を指していた。  
こんな時間に俺の睡眠を妨害して電話をかけてくる奴なんて大概決まっていた。  
涼宮ハルヒだ。  
 
あいつは、いつも突然に俺の安眠を妨害してくる。ひょっとすると俺の安眠妨害ランキングは妹を抜いて1位を記録してしまうかも知れない。  
しかし、何の用事だろうな?今日の不思議探しは9時からの予定で、時間的にはまだ余裕があるはずだ。  
俺は訝しがりながら、電話の通話ボタンを押した。  
 
 
「…………」  
受話器から聞こえてきたのは長々と続く三点リーダ。  
普通なら悪戯電話として切るべきところかもしれないが、俺にはこの3点リーダを口癖にする知り合いがいた。  
「長門か?」  
「そう」  
「何かあったのか?」  
「緊急事態。すぐに来て」  
 
緊急事態……何だ、またハルヒ絡みか?  
考えを巡らす。またハルヒが何かを起こしたのだろうか?  
「分かった。すぐお前の家に向かう」  
俺は考えが杞憂に終わることをひたすら願いながら電話を切った。  
頼むぜ、ハルヒ。俺の勘違いで終わらせてくれよ。  
 
 
「入って」  
何度も訪れた長門のマンション。708号室の扉が開かれると、見慣れた宇宙人の姿が目に入る。  
「何が起きたんだ?」  
 
長門の部屋には、相変わらず生活感というものがあまりなかった。  
しかし、最初にここを訪れた時とは確実に違いが存在していた。  
カーテンやツイスターゲーム、俺達が持ちこんだものが所々に置かれていて、まるでSOS団の第2支部といった感じが少しする。  
 
「これを」  
長門がパソコンのディスプレイに目を向ける。コンピ研から手に入れたあのノートパソコン、これもこの部屋の変化の一つだ。  
 
画面を覗きこむと、そこに映っていたのは一通のメールだった。  
 
 
 
『 警告。  
  世界が崩壊する前に、カミヲヨミガエラセヨ  
              <インスペクタ> 』  
 
何だ、これ?第一の感想はその一言に尽きた。  
世界が崩壊する……それはなんとなく理解できる。ハルヒのトンデモパワーによって、この世界が何度か危機に陥ったことを俺は知っていた。おそらく、今回もそれに関する何かじゃないかということが想像できる。  
 
カミヲヨミガエラセヨ……  
「神を蘇らせよ」か?全く分からん。神ってのはハルヒのことだろうか。  
最後の<インスペクタ>ってのはなんだ?地球を観察してる異星人か?四天王とかいるのか?  
 
 
「長門。これは何だ?」  
「…………分からない。調査が必要」  
長門が逡巡するような表情で答えた。  
「しかしおそらくこの警告は正しいもの」  
警告ね、そういえば始めにそう書いてあるな。  
「世界は現在進行形で消滅の危機にある」  
 
──やれやれ  
深く溜息をつく。  
それは予想していた事態だった。けれど、実際に長門の口から聞いてみるとその重みがぐっと増したような気がする。  
 
「何か対策はないのか?」  
「…………現時点では不明」  
非常に困ったことに、長門にも解決策が見つからない分からないらしい。  
ということは、おそらく古泉達の機関も何も分かってないだろうし、世界の誰も分かってない可能性が高い。  
 
くそっ、解決の糸口はどこだ……  
 
 
「だいたい状況は分かった。長門はそのまま調査を続けてくれないか」  
「……………………」  
 
長い三点リーダが続いた後、長門は吸い込まれてしまいそうな、その瞳をこちらに向けた。  
何も変わらない表情、抑揚のない声で長門が告げる。  
「私は数十秒後にこの世界から消滅する」  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
──冗談だろう?  
言葉を失っていた俺が、やっと吐くことが出来たのはその一言だけだった。  
「本当」  
長門の表情はやはり何も変わらなかった。  
何かに縋る様でも、自棄になった様でも、悟った様でもない。そこにあるのはこの1年ですっかりと見慣れた長門有希の顔だった。  
「おそらく条件を満たすことで世界の再構築が可能」  
抑揚のない声が淡々と告げる。  
怒りも、悲しみも……迷いさえもそこから伝わってこなかった。  
「お前等の親玉がそうさせたのか?だったら文句を言ってやる」  
「情報統合思念体は、この件とは無関係。……おそらくもっと高次の存在が関わっていると推測される」  
 
時間が嘘みたいに早く進んでいる。  
長門の告げた時間までもう幾許の猶予もなかった。  
「何か!何か方法はないのか」  
 
 
長門の足がキラキラと砂のように結晶化をし始める。  
見覚えのある場面──握られたナイフ、夕日の教室──、朝倉涼子が消えたあの日だ。  
「おい、長門!長門っ!!」  
何も出来ないことを知りながら、手を伸ばす。指先から長門のショートヘアに触れた感触が伝わる。  
 
長門は俺を見ていた、その深淵のような瞳をまっすぐに向けて。  
 
それは俺の見間違いだったのだろうか?  
「あなたを信じている」  
 
長門は微笑んだ。まるであの時みたいに  
 
 
目を覚ました俺が驚いたのは、自分が見知らぬマンションの一室に横たわっていたことだった。  
おかしい。昨日俺が眠りについたのは自室のベッドの上で、それはやがて宇宙が滅びることよりも確かなことだった。  
全く見覚えのない部屋、そこに俺は居た。  
空き部屋と思われるその部屋には、家具という家具の姿は一切見当たらなくて、壁紙も床もここには誰も足を踏み入れたことがないように綺麗なままだった。  
 
 
本当になんでこんなところにいるんだろうな?  
 
ドアに手をかけて──勿論、壁という壁がコンクリートに覆われていてドアが見当たらないこともなかった──、部屋から出ようとした時、俺は何かが気になって部屋の方を振り向いた。  
 
ゴミ一つないフローリングの床に“何か”が落ちていた。  
何故だか分からいが、俺にはそれがとても大事なものに思えて、拾い上げてみる。  
何の変哲もない花のイラストの入った栞だ。  
 
 
『カミヲヨミガエラセル鍵』  
裏にまるで印刷されたように丁寧な明朝体の文字と、見たことのない図形が書かれている。  
六角形が2つ、ところどころにNや、NH2といった記号。  
「…………長門」  
無意識に栞を握りながら、呟いていた。  
 
 
マンションを出た俺を待っていたのは、いつものようにニヤケ面を浮かべた古泉だった。  
まるで多幸症のようにニコニコとしている。  
「どうも」  
古泉がその顔に浮かべたスマイルを崩さないで話し掛けてくる。  
 
それは間違いなく古泉の声だった。にもかかわらず、俺はその声に違和感を感じていた。  
不本意ながら、俺がSOS団の中で最も一緒に行動する機会が多いのは古泉で、少しの違いでも見分けてやる自信があった。  
 
その違いは糸を通そうとする時の針の穴よりも些細な点程のものだったが、目の前に居る古泉は俺の知る古泉ではなかった。  
「お前は誰だ?」  
「おや、気付かれました」  
古泉は、古泉そっくりの仕草で肩をすくめた。  
「僕は<水星症候群>と言います」  
めりくりうすしんどろーむ?  
「普段は抜水優弥と呼ばれています。どちらで呼んでもらっても構いませんよ」  
 
「古泉はどこだ?」  
「申し訳ありません。こちらの方には、特殊ですがEMP能力が存在していましたので、体をお借りしています。」  
まるで悪びれてないような口調で古泉(優弥)が答える。  
EMP……?古泉は確かにエスパーだ。ESPじゃないのか?  
「そうですね。微細な違いがそこには存在しますが、今はそのことは些末な問題に過ぎません」  
不本意だがこいつの言う通りだった。  
「で、用件は何だ?」  
「世界の命運があなたにかかっています」  
 
──やれやれ  
団員への奢りと言い、映画撮影の雑用係と言い、面倒な役割はいつも俺に回ってくるのだ。  
たまには誰か代わってほしいね。  
「あなたの世界だけではありませんよ。僕の属する世界……いえ、多重的に存在する幾多の並列世界全ての命運です」  
古泉(優弥)は、話しを続ける。まるで演説のように話す姿は古泉と何ら変わりがなかった。俺以外だったら気がつかないかもしれない。  
「あなたは超越者達に選ばれたようです」  
超越者……?  
「世界を外側から監視している存在だと、僕は思っています」  
つまるところ神様ってことか。  
「そうですね。それに準ずるものと言って良いでしょう。最も、超越者より更に上の存在を僕は信じていますが」  
わけの分からんことばかりだな。  
「基本的に何か事件があった時には首をつっこんでみたいと思う性質なのですが、残念ながら今回の騒動では僕は端役に過ぎないようです」  
古泉ならここで溜息をつくかも知れない。  
漠然とそんなことを考えたが、優弥は絵に描いたようなニコニコ顔を崩さなかった。  
「ある意味ではあなたが羨ましいですね。御武運を祈りますよ」  
 
古泉(優弥)は優雅に一礼をすると  
「さようなら」  
俺に背を向けて歩き出した。  
 
 
 
 
……優弥の話は、殆ど理解できないものだった。  
マンションの入り口で暫く考えを巡らせてみたが、俺に分かったことと言えば「今のが古泉でなかったこと」「また俺が厄介な事件に巻き込まれていること」それくらだ。  
 
今のは確かに古泉とは違っていた。優弥自身がそう言っていたから多分間違いはないだろう。  
優弥こと偽古泉は“超越者”がどうとか言っていた。  
──この銀河を統括する情報統合思念体  
誰かが前に言っていた。  
超越者ってのはそいつ等のことなのか……?  
 
 
 
見知らぬマンションで目を覚まし、古泉に似た偽古泉に出会い、超越者が云々言われる。  
朝からの状況がさっぱりと見えてこなかった。1/3くらい読んだミステリよりも謎だらけだ。  
 
他に俺が分かったことと言えば、古泉が話し終えて歩いていったのが駅の方向だってことぐらいだ。  
ああ、もう一つ分かる。そんな情報分かったってしょうがないってことだ。  
 
 
…駅…駅前  
 
 
 
俺はポケットから携帯を取り出すとディスプレイの表示を見てやる。  
「8:54」  
もう一つ分かったことに追加が出来た。今日の不思議探しの奢りも確実に俺だろう。  
……やれやれ  
 
「ったく、キョン。いつも言ってるけど、あんた団員の自覚があるの?」  
俺達は、SOS団の御用達の喫茶店に居た。  
目の前には、不機嫌な表情をしたハルヒ。  
手元にはアイスコーヒー、深い黒色がまるで誰かの瞳の色みたいだ。  
「すまん。色々あってな」  
色々ね……俺は朝から何をした?マンションの一室に倒れていて、暗号のような栞を拾い、偽古泉に出会った。  
話してやればハルヒは喜ぶだろうし、奢らなくて済むかもしれないけれど、とても話す気にはなれなかった。  
ハルヒの暇つぶしミステリを考えるのは古泉に任せておいてやれば良い。  
 
俺の隣に座っていらっしゃるのはマイスウィートエンジェル朝比奈さんだ。  
舞い降りた天使のようにかわいらしいその表情がその隣にあるのはまさしく僥倖だった。  
厄介ごとの最中にある俺にとって、その存在はだったぴろい砂漠の中のオアシスよりもありがたい。  
ハルヒの隣、朝比奈さんの目の前では古泉がニヤケ面でハルヒに応答している。  
駅前でさっきのことについて聞いたが、どうやら覚えていないようだ。白昼夢でも見たっていうのか?そんなはずないよな。  
 
俺、ハルヒ、朝比奈さん、古泉。SOS団の4人全員が顔を揃えていた。  
4人……?  
 
──ただの人間には興味ありません。この中に宇宙人、未来人、異世界人、超能力者がいたら、あたしのところに来なさい。以上  
不意に、初めて出会ったハルヒの言葉を思い出す。  
古泉は超能力者、朝比奈さんは未来人。  
 
記憶を磨ガラスの向こうから見ているような感覚を覚える。輪郭がぼやけていて思い出せない。  
 
何か大事なことを忘れていた。  
 
 
○インタールード・<インターセプタ>  
<<彼には鍵という力があった。それが彼の望んだものか否かは分からない。  
鍵は単体では意味を持たない。  
しかし扉を開くことで、何かを起こすことが可能だ。  
世界の崩壊が迫っていた。  
わたしは自分の属するこの世界を愛している。  
わたしはわたしのできることを行うのだ。  
せめて彼を導こう。  
今のわたしが出来ることはそれぐらいだから>>  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「本当に覚えていないのか?」  
俺は隣を歩く古泉に話し掛ける。  
午前中の不思議探索ペアは不本意ながらスマイル野郎と一緒だった。  
「ええ、全く」  
古泉は大げさな動作で、お手上げのポーズを作る。  
「しかし、興味はあります。抜水優弥なる人物、世界の危機、そして超越者……涼宮さんが喜びそうな話ですね」  
ハルヒの喜びそうなものについては、古泉と俺は同意見らしい。  
「お前はどう思う?超越者ってのは神様みたいなもんだとかも言っていたな。ハルヒと関係があるのか?」  
「おそらく無関係ではないでしょうか。少なくとも涼宮さんが閉鎖空間を発生させた形跡は見当たりません」  
ハルヒとは無関係か。  
ということはさっき俺が思いついた何とか思念体が犯人だろうか?いや、それも誰かに否定されたような気がする。  
「抜水優弥なる人物は他に何と?」  
「多重的に存在する幾多の並列世界だったか……?それら全部が危機らしいことを言ってたな」  
 
古泉は少し考えこむ表情を見せ  
「少なくとも抜水優弥の正体と言うのは分かりますね」  
俺には謎のままだがな。  
「おそらくですが、我々の世界とは属する場所を異とする者。平たく言えば異世界人です」  
 
異世界人……  
ハルヒが望んだ人物の一人だ。来なくて良いと思っていたのにとうとうやって来たらしい。  
未来人、超能力者と来て異世界人だ。宇宙人だって…………  
 
「彼が並列世界を越える能力を持っているのか、あるいは異世界とのワームホールが出来てしまい我々の世界と彼等の世界が交錯したのか……」  
「古泉」  
長々と演説を続ける古泉の話の腰を折ってやる。  
 
 
 
 
 
「俺達は、SOS団は本当に4人だったか」  
喫茶店で覚えた違和感。そして、宇宙人という言葉。  
「何を言っているんですか?僕と、涼宮さん、それにあなたと朝比奈みくる」  
古泉が指折り数える。どうみても小指は立ったままだ。  
「俺達の側には宇宙人がいなかったか」  
そうだ、俺達の前には宇宙人がいたはずだ。万能選手で、感情を表すのが下手くそな宇宙人が。  
「この栞を見て何か分からないか」  
そう。この栞は宇宙人の……長門の残したヒントだ。世界が俺を残して変化したあのときと同じように、あいつから残されたヒントのはずだ。  
 
 
「すみません。宇宙人の話は僕には思い出せませんが……これはミノキシジルの化学構造式ですね」  
──みのきしじる?  
「ミノキシジルですよ」  
古泉はポケットからペンを取り出すと、栞にカタカナを書きこむ。  
「そんなもんよく知ってたな」  
「これでも気苦労が絶えませんから」  
古泉は苦笑しながら、髪を掻き揚げた。  
「何かあったらまた伝えてください。機関も僕も全力でバックアップしますよ」  
普段は胡散臭い奴等だが、状況が状況だ。  
──信頼させてもらうぜ、古泉  
 
 
 
 
 
 
 
 
気がつくと、俺は一人で立っていた。  
朝、見知らぬマンションで目覚めた時と同じ感覚だった。  
ポケットの中には花柄の栞。  
明朝体で丁寧に書かれた文字と、記号の他にカタカナが書きなぐられていた。  
粗暴なその字体には見覚えがあった。去年の七夕に俺が見たものと同じ……  
 
古泉一樹もこの世界から消えていた。  
 
 
 
俺達3人が集合したのはファストフード店だった。  
店員の0円スマイルがやたらと目に付くのはおそらく気のせいだ。  
 
「じゃあ、また組み分けするわよ」  
既にセットを食べ終えたハルヒが、もはや馴染みの爪楊枝を取り出す。  
赤い印付きが2つ、無印が3つだ。  
何故だろう。ここにいるのは3人だけなのに、俺は全くの違和感を感じなかった。  
「あら?取り出し過ぎたわね」  
訝しげな表情を浮かべつつ、ハルヒが無印の爪楊枝2本をしまう。  
 
そもそも組み合わせを決める意味はあるのか?3人しかいないんだから、そろって回ればいいじゃないか。  
 
 
 
言いようのない感覚が再び俺を襲ってくる。喫茶店で感じたものと同じ感覚、脳みそをシェイカーで揺らされたような気分の悪さだ。  
くそっ、他のことを考えよう……  
 
隣では、朝比奈さんがハルヒのくじをおどおどしながら引いていた。印付きだ。  
斜向かいのテーブルで、俺と同級生くらいの男女と少女がもう一人の3人組が座って談笑していた。  
同級生くらいのがカップルと、もう一人はどちらかの妹だろうか……  
 
俺達もあんな風に見えるんだろうか  
俺は漠然とそんなことを考えながら手もとに回ってきたクジをひく。  
少なくとも誰からも、俺達が宇宙人や超能力者や、未来人達の集まりであるようには見えないだろうな。  
 
ポカポカと暖かい日和に気の早い桜がもう蕾を結んでいた。  
未来人から衝撃告白を受けた川辺を俺達は歩いていた。隣にはあの時と同じように朝比奈さんがいる。  
 
あの時と同じベンチに腰掛ける。今すぐにでも眠れそうなくらいの麗らかな陽気だ。  
春風が朝比奈さんの髪を揺らしていた。  
 
 
「朝比奈さん。突然なんですけど、未来に連絡を取ってみてくれませんか?」  
俺から話を切り出した。  
「え?」  
朝比奈さんはぽかんとした表情でこちらを見てくる。  
「なんだかよく分かりませんが、また世界の危機らしいんです。お願いします」  
「分かりましたちょっと待ってくださいね」  
朝比奈さんは何かを確認するかのように、目をつぶった。  
 
*  
俺も同じように目をつぶり事態の整理を始める。  
未来には朝比奈さん(大)がいるはずだ。少し不本意だが、力を借りれるだろう。  
ひょっとすると、この事態の収束法を知っているかもしれない。  
少しだけ安心した気持ちで、俺は朝比奈さんの方を見た。  
俺の隣の空間にはただ虚空だけがあった。  
 
 
 
「朝比奈さん!!」  
俺は叫ぶように言葉を発していた。辺りを見る……人っ子一人いない。  
ベンチの後ろを必死で探す。ひょっとしたら誰かが出てくるんじゃないかって期待を込めて……誰もいない  
 
 
 
未来人も、希望もどこを探しても見つからなかった  
 
 
 
<アスタリスク>  
介入する。  
実行。  
 
終了。  
 
 
 
「朝比奈さん。突然なんですけど、未来に連絡を取ってみてくれませんか?」  
俺から話を切り出した。  
「え?」  
朝比奈さんはぽかんとした表情でこちらを見てくる。  
「なんだかよく分かりませんが、また世界の危機らしいんです。お願いします」  
「分かりましたちょっと待ってくださいね」  
朝比奈さんは何かを確認するかのように、目をつぶった。  
 
*  
「ふえ……」  
突然、朝比奈さんがふらりとベンチに倒れこむ。  
ベンチの裏の茂みがガサゴソと音を立てる。  
「おひさしぶりです」  
ベンチの裏から現れたのは、朝比奈さん(大)だった。  
魅惑の表情を、焦りが覆っていた。  
 
 
「時間がありません。本当は、私もこの子も既にこの世界から消えているの」  
消える……そうだ、俺の前から長門も、古泉も消えたんだ。  
「何か大きな力……長門さん達の物とも、涼宮さんの物とも異なる力が働いてるみたい」  
 
「朝比奈さん、俺はどうすればいいんですか?」  
叫ぶように朝比奈さんに問い掛ける。  
「長門も、古泉も消えちまった。おまけにハッキリ言って何も分からない……八方塞です」  
「ごめんなさい、私にも何も分からないんです」  
「そんな……」  
「時間が迫ってる……キョン君。役に立たないかもしれないけど、これを」  
朝比奈さんが何かを俺に手渡す。  
 
 
「私を……」  
朝比奈さん(大)は朝比奈さん(小)を指差した  
「そして私をお願いします」  
朝比奈さんは見るもの全てを虜にしてしまうウインクを俺に投げかけた。  
 
 
ふと、気がついた時、まるで天使からの贈り物のように俺は何かを握り締めていた。  
眼をこらしてじっと見てみる、それは「味のり30パック入り」と書かれた袋だった。  
ためしに包みを破り、一枚取り出して口に含む。  
ぱりっとした触感、ご飯のお供にぴったりのその味。まさしく海苔だ、未来的な要素も宇宙的な要素も超能力な要素もどこにもない。  
何でこんなもん持ってるんだろうね?  
 
 
突然の記憶の欠落。それには覚えがあった。  
朝目覚めたマンション、栞に書きこまれた粗暴な文字  
そして、今。  
 
誰かがまた消えた……  
 
 
 
携帯を取り出す。  
「もしもし?」  
誰かが言っていた、ハルヒは神だって。  
──神様が消えるわけないよな  
「ハルヒ、今どこだ?」  
 
俺は必死に受話器に話し掛けた。  
 
 
指定された場所に向かうと、不機嫌そうなハルヒが手を振っていた。  
「何よ?いきなり電話かけてきて。不思議なことでも発見したの」  
何でもないさ。ただお前の様子が気になっただけだ。  
「あんた今日朝から変よ。なんか悪いもんでも食べたの?」  
自慢じゃないが、お前ほど変な人間にはなっちゃいないさ。  
「あたしのどこが変なのよ」  
ハルヒはアヒル口を見せて怒ったような表情を見せた後、その顔を物憂げなものに変える。  
「でも今日のあたしはちょっと変かも」  
 
「ねえ、キョン。SOS団ってあたし達2人だけだった?そんなはずないわ……もっと人が多かったはずよ」  
 
「頭は良いのにゲームが弱くて、副団長の古泉君」  
古泉一樹、いけ好かない表情を浮かべる超能力者だ。俺も知っている。  
 
「SOS団のマスコットで、ちょっとドジっ娘のみくるちゃん」  
俺のエンジェルにして、未来人。北高のアイドル朝比奈みくる。忘れ様がない。  
 
「無口だけど、何でもこなせる本好きの有希」  
統合情報思念体から派遣されたヒューマノイドインターフェース。何度も世話になったはずだ、何で思い出せないんだ。  
 
 
 
「ねえ、それってあたししか知らない人達?みんなどうなっちゃったの?」  
記憶が笊ですくった砂のようにこぼれ落ちていく……  
違う!俺もそいつらのことを知っているはずだ。  
「まるで消えちゃったみたい……」  
ハルヒの声は震えていた。  
 
 
 
 
俺が一番見たいと思わない表情をハルヒは浮かべていた。  
高校に入ってから一番見なれたハルヒの顔。  
だが、今の泣きそうな顔程こいつに似合わない表情を俺は知らなかった。  
「キョンは消えないよね?どこにも行かないよね?」  
 
安心しろ。例え未来人が未来に帰っても、例え宇宙人が親玉の元に戻っても、例え超能力者が俺達の前から姿を消しても……  
俺は絶対にお前の側にいてやる。  
お前がどっかに消えちまったら全力で探してやる。  
 
 
 
ハルヒの黒髪を軽く撫で、華奢なその手を握ってやる。強く、離さないように。  
 
────だから  
「笑ってくれ」  
 
その笑顔は春の陽射よりも晴れやかだった。  
 
 
 
 
 
 
頬を伝う冷たい感覚に、俺の意識は覚醒する。  
──雨か?  
太陽が燦燦と輝いていた。まるで消えた誰かを果敢無むように。  
 
 
俺は泣いていた。  
手には確かに誰かの温もりが残っている。  
違う。その暖かさが誰のものかを俺は知っていた。  
 
 
涼宮ハルヒ  
 
記憶を失わない限り忘れない自信があった。  
現在進行形で、俺はいろんな記憶を奪われてる。  
 
でも、俺はお前のことを忘れてない。  
 
──だから、お前が消えることないだろ……  
 
 
 
 
長門が消えた。古泉が消えた。朝比奈さんが消えた。  
ハルヒも俺の前から消えてしまった。  
 
どうすればいい?  
誰か答えろよ?宇宙人でも、未来人でも、超能力者でも、神様でも……  
美少女戦隊でも…天使、悪魔、死神、幽霊、妖精。何でも良いさ。  
答えてくれ!!  
 
 
「世界をお願いできます?」  
呆然と立ち尽くす俺に声をかけたのは、一人の少女だった。  
まるで記憶に残らないような外見をしている。  
誰だろう?  
口調だけならクラスメートの一人に似ていたが、消えてしまった記憶にも多分、該当する顔はなかったと思う。  
「私のことはどうでもいいのです」  
──それもそうかもな  
「これから言う場所へ向かっていただけると、有難いのです」  
──何で皆俺を巻き込む?自分でやればいいじゃないか  
「すみませんが、そうはいかないのです」  
──俺はずっとこうしていたい。この世界はもう俺の知ってる世界じゃないんだ。  
「あなたがあなたの世界を救うには、そこに向かうしかないのです」  
 
少女が言葉を続ける。  
「カミヲヨミガエラセテ」  
 
「あいつか?」  
携帯電話に話し掛けている男が、俺のほうを向く。  
「ふむ。全くの普通の人間に見えるな。EMP能力の発現も見えん。寮長殿はどう思う」  
白衣の男が携帯電話の男に声をかける。  
「分かってたまるか。僕は普通の人間だぞ」  
鬱陶しそうに白衣の男の相手をしながら、携帯に話し掛けている。  
「おい、真琴。どうなんだ」  
 
<<全くユキちゃんってばセッカチさんね。早い男は嫌われるわよ>>  
頭の中で声がしたけど、別段気にならなかった。  
世の中には宇宙人やら、未来人やら超能力者がいるんだ。頭の中で声がするくらい別にありえることだろう。  
<<んー。そうね。インスペクタが指示して来たのはこの子みたいよぅ>>  
 
「確かなのか?」  
<<そう言われても、この子にはEMP能力もないから何とも言えないわね。でも、多分この子っしょ>>  
「あのな、世界がかかってるんだろ?そんな適当で良いのか」  
あきれた表情で男は、携帯に話を続けている。  
「寮長殿、時間がない。会長代理の判断に任せようではないか」  
白衣の男が俺に何かを手渡す。  
「我が校の化学班が開発したものだ。受け取りたまえ」  
 
何が起ころうとしているんだろうか。俺には全く理解できなかった。  
 
 
<<固体名、宮野秀策のEMP能力をインタラプト>>  
 
 
「さらばだ。少年!必ず成功させたまえ。でなければ、私は消えてしまった茉衣子君に、顔向けが出来ん」  
白衣の男がまくし立てるように言葉を続ける。  
「そして造物主に伝えてくれ!必ずいつかそこへ辿り着くとな!」  
どこか遠くへ伝えるように叫んでいた。  
 
 
「あれは何だ?」  
消えてしまった男に聞くわけにもいかず、残った男に聞いてみる。  
呆れた顔をしている、俺も今こんな感じの表情をしてるだろう。  
「歩く“迷惑”だ」  
少し考えた後、目の前の相手はそう答えた。  
 
「でも、いないと寂しくならないか?」  
「そうだな」  
 
「俺は“そいつ”を取り戻しに行ってくるよ」  
男が、手を差し伸べる。  
「世界を頼む」  
俺も手を差し伸べる。単純な親愛の挨拶だ。  
目の前の相手になんとなくシンパを感じる。  
 
 
 
 
<<上位世界への逆介入を実行>>  
 
 
 
<アスタリスク>  
介入する。  
実行。  
 
 
 
………………  
 
 
 
見知らぬ部屋に俺はいた。  
右手には手渡された小瓶──『ミノキシジル配合』の文字が踊っている──、左手には海苔のパック。  
 
 
 
その部屋では、一人の男が寝息を立てていた。  
30台くらいの男だ。  
その頭は………──禁則事項──ていたた。  
 
 
……ミノキシジル、俺はニュースでその名前を耳にしたことがあるのを思い出す。  
ここはSOS団つっこみ担当としては、言わなければならんことがあるだろう。  
 
 
 
 
──カミってそっちかよ!!!!  
ミノキシジルは脱毛症を改善し、育毛効果のある化学物質だ。  
ちなみにそのメカニズムは分からないらしい。  
この男の頭にかけてやれば良いのか?  
 
 
蓋を取って、小瓶の中身を──禁則事項──あがった頭にかけて、寝床の傍らに海苔を置いておく。  
 
 
これで……いいんだろうか…………  
急な眩暈を感じて、意識が飛びそうになる。  
足の先が消えていた。  
 
俺も消えちまうのか……?  
 
 
すまん……ハル…ヒ……約束…守れ……ないか…も  
 
 
消えいく意識の中、俺はかすれる声で呟いた。  
「世界を多いに盛り上げる……俺達をよろしく」  
 
 
俺の意識は深く深く落ちていった。  
 
 
******************  
 
 
土曜日の朝、それは日頃充分な睡眠時間を取れない学生が長らく休める数少ない時間で、それは朝比奈さんのお茶並の価値があるものだ。  
けれども、鳴り響く携帯電話の音が俺の至福の時間を奪っていった。  
「もしもし?」  
寝惚け眼をこすりながら、電話に出る。  
 
「この馬鹿ーーーーーーーーーーー!!!」  
劈くような声が俺を一気に覚醒に追いこむ。  
「遅刻よ!!遅刻!!」  
目覚し時計を確認する。集合時間はとっくに過ぎていた。  
「すぐ来なさい!!」  
団長の怒り声が俺を急かした。  
 
 
 
 
 
 
 
駅前。  
ニヤケ面の超能力者がこちらを見ていた。  
可憐な未来人が俺のほうに手を振ってくれた。  
寡黙な宇宙人がその視線を俺の方に向けた。  
 
「こらー!!遅刻も遅刻。大遅刻じゃない」  
俺の顔を見かけるのと同時にハルヒが俺に詰め寄ってくる。  
「分かってる。罰金だろ?」  
 
「そのとーり」  
さっきまでの怒り顔をすぐにひっこめる。現金なやつだ。  
「さあ、今日も世界を盛り上げるために多いに頑張るわよー!!」  
ハルヒが笑っていた。俺だけが知ってる100%の笑顔で  
 
 
俺の仲間が……俺の世界がそこにあった。  
 
 
 
 
〜the end〜  
 

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