放課後の文芸部室。  
 部室には長門しかいない。  
 遠くで運動部の連中がジョギングしてる声。  
 部屋の中はしんとしてページをめくる紙音しかしない。  
 これはこれでやっぱ落ち着くな。  
 
 長門との間に流れている沈黙はいい沈黙だ。  
 長門相手だとハルヒみたいに「コイツ何言い出すんだろう」って恐怖感もないし、  
 朝比奈さん相手の「あーなんか話さなきゃ話さなきゃ」っていう緊張感もない。  
 古泉はどーでもいい。  
 
 静寂の中ときどき聞こえる紙の音。いいね。  
 ページに目を落としながら暗黒星雲のような真っ黒い瞳が上下に動いている。  
 
 時折ちら、とこちらを覗う視線が俺を刺す。  
 
「あ、すまん。……邪魔してるな俺」  
 俺はぼー、っと長門の顔を注視していた自分を発見してした。なんて無礼な。  
 謝る俺に  
「構わない」  
 と間髪入れずに長門。  
 そうか。  
「そう」  
 
 許しが出たので俺は長門の顔をぼーっと見つめながらヒマを潰す事にする。  
 呼吸をしているのか、と疑問を持ってしまうくらいに見事に目と指先だけしか  
動いていない長門を見ているうちに、ふと別の疑問が沸いてきた。  
 
「なあ長門」  
「なに」  
「質問があるのだが」  
「……」  
 4ミリくらい首をかしげる長門。  
 さあどうぞ、って言いたいのか?俺は質問をしてみる。  
「お前って宇宙人が作ったアンドロイドなんだよな?」  
「正確に言うと対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェース」  
「朝倉涼子も、黄緑さんもそうなんだよな?」  
「そう」  
 
「朝倉は仕切る委員長タイプだったし、黄緑さんはよく知らないけどニコニコしながら  
いつのまにか自分のペースに持ってくるような感じがする。同じ情報ナントカ体が  
作ったヒューマノイドなら、なんでこんなに性格……が違うんだ?」  
 
 おもわず「性格と体型」と言いそうになった。  
 長門は気にしてるのか気にして無いのか判らないが、他の女子と体型を比べるのは  
あんまり女の子にしていいことじゃあるまい。  
 
 それを知ってか知らずか、長門は答えて言った。  
「それぞれの目的に合致した性格付けがなされている」  
「朝倉涼子は急進派の派遣したインターフェイス。涼宮ハルヒの観察に適した状況に  
なるように環境を変化させる事も辞さない、ある意味で粗暴ともいえる手段を達成  
するために最適化された性格を持たされていた。他人を操りながら周囲の軋轢を  
極力減らそうとするために学級委員まで勤められるリーダーシップを備えていた」  
 ほう。  
「喜緑江美里は穏健派が派遣したデバイス。詳しい情報は得られていないが  
観測対象を涼宮ハルヒ自身だけではなくその周囲にまで設定しているのが特徴。  
そのためには周囲とのコミュニケーション能力を増大させるのが得策だと  
判断してあのような性格に設定されたのだろう」  
 
「私は観察に特化したモデル」  
 そう言ったときの長門はなんて言うかな。  
 こう言っていいのかどうかはわからんが、なんとなく寂しそうに見えた。  
 俺の見間違えかもしれんが。  
 
「周囲への影響を極力控えるためにこのような性格付けがなされた」  
 
「長門……」  
 なにも言えなかった。まるで空気みたいな存在であることを強制された、  
長門がそんな風に見えてしまったからだ。  
 
「外見や体型もそう」  
「へ?」  
「朝倉涼子は周囲の異性に性的魅力を誇示する事でリーダーシップを強化していた」  
 ……まあ、同じ命令でも美人に言われたらなんとなく聞く気が増すような感じがするしな。  
「黄緑江美里は調整型。周囲をコントロールする際にあくまで受動的手段を用いるために  
庇護欲を誘うような外見と体型に設定されたのだろう」  
 可愛いって言うか、砂糖菓子みたいなキャラに見えたな。  
 ところで。  
「長門、お前は?」  
「他人に興味をもたれないような外見容姿に設定されている」  
 
 ……長門よ。  
 いや、長門を作った統合ナントカ体とやらもわかってないな。  
 
「俺は逆だけどな。むしろ長門を見るとほっとけないし、守ってやりたいとも思うし、  
なんか命令なりお願いされたら全力で聞いてやらなきゃいけないと思うのだが」  
「……」  
「周囲への影響は知らんが、俺への影響は全然あるぞ」  
「……」  
 なんだその視線は長門?  
 今までに見たことの無い瞳の色を見せている。  
 焦っているのでも、呆れているのでもない。  
 そうすることで俺の意識を読み取れるとでもいうような大きく見開かれた目で。  
 
 
 かっきり五秒ほどの時間が流れた後で、長門は本に視線を戻す。  
 あ、もしかして怒ったのか?  
 おい長門――  
 
 焦りかけた俺に防御不能の一言が襲い掛かってくる。  
 
「……あなたは、特別」  
 
 
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キョンの心臓が停止したまま終わる  
 

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