『重複世界』  
 
 真っ赤な布に直進する闘牛も真っ青の勢いで文芸部の部室に飛び込み、ドアを閉めてその場にへたり込む。  
 まったく、どうなってやがる……。  
 髪をくしゃくしゃになるまでいじっていると、荒くなっていた息もすっかり落ち着き、  
 こんなときでも文芸部室で本を読んでいるのが逆に有難い万能宇宙人に事の次第を話すことにした。  
 だが……困った。何から切り出したらいいかわからない。  
「長門、大変だ」  
 数少ないボキャブラリーから簡潔に今の状況を示す言葉を探す。長門に説明するためというよりは、自分を落ち着かせる行為に近い。  
 そして一足先にクールダウンした俺の口は台詞を紡ぎだす。  
 
「世界が重複してる」  
 
 本当に突然のことだった。何が原因だったのか、今をもってしてもわからない。  
 しかしそれでも、最終的に「そうか、ここはパラレルワールドなんだ」という結論に達した俺の頭脳に拍手だ。  
 何より混乱したのは、どこの世界に行っても何も変わっていないということだった。  
 だってそうだろ? SFにおけるパラレルワールドとは、間違い探しのような微妙な違いがあってこそのはずだ。  
 そして混乱のタネがもう一つ。同じく全ての世界に共通していることは「まともに進行しない」ことだった。  
 どの世界においても俺は同じシチュエーションを繰り返し、同じ日付のまま別の世界へと飛ぶ。翌日が来ることは決してなかった。  
 
 長門は黙って俺の話を聞いている。いや、聞いているだけだった。  
 今になっても何かを始めようとする気配はない。  
 こうして手を拱いているということは、大して慌てなくてもいい問題なんだろうか。  
「何か、俺たちにできることはないのか」  
「全ての決定権は涼宮ハルヒにある」  
 またハルヒか。まあ、予想はしていたがな。  
「涼宮ハルヒに気に入られた世界のみ、時間の進行が許される」  
 なら、他の世界はどうなる? 同じ日を延々とループした挙句に消えちまうのか?  
 初めて体験した「異世界」で出会った、俺の袖を引っ張った儚い文学少女の記憶がフラッシュバックする。  
「わからない」  
 長門の口からだけは、最も聞きたくなかった言葉だった。  
「一つの世界が選ばるのと同時に姿を消すか、来るべきときまで存続して新たに主導権を握るか、わたしには判断しかねる」  
 ハルヒが決定するとは、どういう意味だ。  
「涼宮ハルヒの存在が最初に確定した世界が、現行する中での真の世界となる」  
 お前は……俺たちはどうすればいい。  
「わたしは彼女の意思に追従するのみ。恐らく、あなたも、SOS団も。その他の住人も」  
 ……やれやれ。  
「心配はいらない。どの世界が選ばれようとも、わたしたちは何も変わらない」  
 それだけだな、救いと言えるのは。  
 それに、と長門は続ける。  
 
「どこに行っても、わたしは皆といられればそれでいい」  
 
 目眩がしたね。できれば皆ではなく。俺を指名してくれればなお良かったが。  
「……してほしい?」  
 妄言だ。流してくれ。  
 長門はいつもより長く三点リーダを生成したのち、「そう」と言って読書に戻った。  
 
 やれやれ。  
 
 正直に言おう。俺も長門と同意見だ。  
 場所が変わっても、ハルヒやSOS団、アホの谷口や国木田、それにあんたらスレの住人と一緒にいられるならそれに越したことはない。  
 そのうち、ここの扉を開いてあの迷惑我侭トンデモ女が騒ぎ出すだろう。  
 それがどの世界なのか、引いては、俺が今いる世界と同じ場所なのか、それは誰にもわからないがな。  
 
 まあ、ハズレでも気長に待つさ。  
 ハルヒが来なくても、いずれあんたらが動かしてくれるんだろう?  
 

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