その時は、事の重大性にまったく気づいていなかった。  
でも、誰が朝比奈さんを責められるってんだ?  
少なくとも俺が朝比奈さんに向ける顔は、笑顔しか持ち合わせていないね。  
可能性は残っていたしな。  
 
事情により部活を早退し……、帰り道。  
俺は記憶に残っている朝日奈さんを思い出す。  
恥ずかしそうに、上目遣いでにっこり微笑む朝日奈さん。  
瞳にうっすら涙を浮かべ、ぎこちなく微笑む朝日奈さん。  
その朝比奈さんを失ってしまったんだ。  
 
ぼんやり歩いてたんだろうな、声を掛けられるまでまったく気がつかなかった。  
「乗っていかれませんか?」  
そこには、にやけハンサム野郎がいた。  
何で一番会いたくない奴が現れるのかね。俺が無言でいると、  
古泉は悪徳訪問販売員のように、爽やかな笑顔で言った。  
「決して損はさせませんよ」  
結局、車で送ってもらう事にした。  
気分転換になるかなと思ったが、甘かったようだ。  
「忘れたらいかがですか? 済んでしまったことを悔んでも何も変わりませんよ」  
毎度の事ながら、こいつはどこまで知ってるんだ?  
まあ、組織とやらの力を使えば何でも調べられるのかもな。  
「僕の知っている事は、過去に存在した朝比奈さんの事くらいですね」  
相変わらずのにやけ顔で、ずばり核心を突きやがった。  
一度部室を、盗聴バスターズに調べてもらったほうがいいのかもしれんな。  
ふと気づいて訊いてみる。  
「何でこんな時間にここにいるんだ?」  
「涼宮さんは急用とやらで、あなたが早退されてから30分ほどで帰られました。  
 そういうわけで、早々に解散する事になったのですよ」  
 
明日の事を考えると気が重くなる。  
まあ、それすらも今はどうでもいいけどな。  
安易に長門に頼りたくないし、するつもりもない。  
いくらなんでも、今回の事は相談できんしな。  
「仕方有りませんね。こういった事はしたくないんですが、しょうがないでしょう。  
 あなたが落ち込んでいると、涼宮さんの機嫌がさらに悪化しそうですからね」  
そう言って、古泉は小さなキーホルダーを差し出した。  
一瞬それが何だか分からなかったが、よく見て気がついた。それってまさか、  
「おっと、いまあなたが考えたような物では有りませんよ。  
 あなたの気を紛らわせるものが、……失礼、冗談です。  
 明日の昼休みにでも使ってみてください」  
何かの罠か貸しでもつくろうというのか、とりあえず受け取っておこう。  
家に着き、車から降りようとした俺に古泉が声を掛けてきた。  
「それは差し上げます。特に貸しに思ってもらわなくてもけっこうですよ。  
 たいした物ではありませんしね。ただ、涼宮さんにはくれぐれも御内密に」  
いつぞやのように、黒塗りのタクシーは音もなく走り去って行った。  
少しは期待してやるか。  
あ、自転車置いてきちまったじゃないか。  
 
翌日。  
朝一からハルヒがなにやら騒いでいるようだが、まるで話が頭に入ってこない。  
「ちょっとあんた聞いてんの?」  
不機嫌光線が俺の背中に突き刺さるのを感じる。  
「ああ」  
何とか声を絞り出して、後は黙り込む。  
いつもと変わらぬハルヒだ。こいつは何も知らない。  
「あんな事ぐらい、どうってことないでしょ?」  
さすがに振り向いたね。俺が落ち込んでるのがまったく分かってないらしい。  
「な、な、なによ。文句でもあるっていうの!」  
俺の顔をみて、めずらしく戸惑ったような声で言った。  
ため息を吐く。そうだな、こいつにとって朝比奈さんは過去の事だ。  
もう綺麗さっぱり忘れていることだろう。教えてやる事もできない。  
分かりやすくため息を吐き、朝比奈さんの事を思った。  
そう、まだ可能性は残ってるんだ……  
 
昼休みだ。弁当食うのももどかしいので、部室で食うことにする。  
めずらしく長門がいないことに、思わずほっとしてしまった。  
長門なら全部知っていても不思議じゃないけどな。  
パソコンを起動し、ポケットから昨日のキーホルダーを取り出す。  
せっかくだからこれを使ってみるかね。溺れる者は藁をもつかむってやつだ。  
それはUSBメモリーで、1つのソフトが入っいた。空き容量もたっぷりある。  
始めは意味が分からなかったが、マニュアルを見て納得する。  
そうだったのか……  
俺はいくつかの操作をし、その履歴を消した。  
思わず声が出たね、俺みたいな経験した人なら分かってくれるだろう。  
「お帰り、朝比奈さん」  
 
午後の俺は幸せ気分でいっぱいだった。、マイ スウィート エンジェルは偉大なのさ。  
で、放課後。俺はスキップランランな気分で部室に向かった。  
部室のドアをノックする  
「はぁい」  
いつもの舌足らずな声がかえってきた。  
ドアを開けると、すべての人に幸せを呼ぶ天使、朝比奈さんがいらっしゃる。  
かばんを机に放り投げていつもの席に座ると、ぱたぱたと朝比奈さんが近づいてきて  
「あの、昨日は本当にごめんなさい。あたし本当にドジで……」  
うつむきながら謝ってきた。  
「どうでした?昨日涼宮さんが電話したけどつながらないって言ってましたけど。  
 あの、壊れちゃったなら弁償させてください」  
俺は力の限り首を振った。いえいえ、朝比奈さんはまったく悪くないです。  
確かに何も無いのに躓いて、携帯をお茶漬けにしてしまいましたが、  
むしろお茶がかかったくらいで壊れる方が悪いのです。  
あの携帯も朝比奈さんのいれてくれたお茶を飲めて、本望だった事でしょう。  
朝比奈さんには、お茶の葉を買ってきていただいているし、気を使う必要はないんです。  
「そうですか。でもお金の事は遠慮なく言ってくださいね。あ、お茶いれますね」  
朝比奈さんはすこし迷ったみたいだが、薬缶にむかった。和むね。  
 
朝比奈さんは、最初からいた長門と古泉を含め4人にお茶をいれる。  
いつも以上に慎重に運んでいる朝比奈さんがかわいそうになって  
昨日買った携帯を披露する事にする。  
「これ昨日買った携帯電話なんですがね、完全防水仕様です。  
 だからどんなにお茶を掛けても大丈夫ですよ」  
朝比奈さんはちょっと拗ねたような声で、  
「あたしそこまでドジじゃありません」  
と言い、冗談だと気がついたのだろう。にっこりと微笑んだ。  
俺が、朝比奈さんを称える歌を熱唱しようと口を開きかけた瞬間、  
「おまたせ」  
騒音を撒き散らしながら乱入して来たのは、まあ説明するまでもないが涼宮ハルヒだ。  
いいかげんドアが外れるんじゃないかと心配になってくる。  
言っておくが日曜大工なんてやったことないからな。  
「あ、それ新しく買った携帯ね。ちょっと見せなさい」  
神速の動きで俺から携帯を取り上る。  
その能力でどこかの国から、弾道ミサイルも取り上げてくれないものかね。  
取り上げたら迷わず発射するような気もするが。  
「なるほど、防水仕様になってるのね」  
ハルヒはいやな感じでにっこり微笑んだ。頭の中で空襲警報発令のサイレンが鳴り響く。  
 
「実験してみましょう」  
一応確認の為聞いてみる。  
「何のだ?」  
「防水性能よ!」  
まあいいけどな。新型だから、たぶん大丈夫だろう。  
「じゃあキョンはこれ持ってね。昨日はどこのポケットにいれてたの?  
 再現実験してみましょう」  
なんと言うか、まるで鈍器で頭を殴られたような激しい頭痛がした。  
携帯じゃなく俺の防水実験でもするつもりか?  
「携帯なんだから携帯して無いと意味ないでしょ、そんなことも分からないの?  
 あたしが見本を見せてあげるから、次はみくるちゃんね」  
あうあう言ってる朝比奈さんかの手から盆をひったくって急須をかかげ、  
俺の名前入り湯飲みにどばどばとお茶を注ぎ始めた。デジャブってやつだな。  
あまりの馬鹿馬鹿しさに固まっていると、思わぬやつから助けがきた。  
「涼宮さん、こんなところでお茶を掛けたら後片付けが大変ですよ」  
古泉である。不覚にも感謝してしまった。  
 
「防水実験なら中庭で行ったらどうでしょうか。確か散水用のホースもありますし  
 後片付けの心配もいりませんしね」  
何だと……ああ神様、先ほどの感謝の気持ちを返してください。  
そして古泉に難関辛苦を与えたまえ。  
「さすが古泉君ね、ナイスアイデアだわ。また勲章をあげないとね」  
「おそれいります」  
憎しみの光線を送りつけると、古泉はこっそり俺にウインクしてきやがった。  
助けを求めて長門の方を見ると……  
丁度、長門が掃除用具入れからバケツを取り出すところだった。  
あの、長門さん……なぜにあなたまでノリノリなのでしょうか?  
 
ハルヒの万力のような手に引きずられながら思う。  
データ復元ソフトによって、俺の朝比奈さんは生き返った。  
携帯にデータ転送は終わってるし、USBメモリーにバックアップも済んでる。  
ジャージは教室に置いてあるから、いざとなれば着替えればいいか。  
水浴びする年齢でもない気がするが、概ねこの世は平和だ。  
 
[寒]  
 
 

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