三月。  
珍しくも意気消沈するハルヒを見た幽霊騒動も無事解決。  
かと思えば、一日していつもの笑顔に戻った団長様に夜な夜な心霊スポット撮影ツアーに振り回され  
大丈夫だとは思っていたが本物の心霊写真が撮れていないことにホッと胸を撫で下ろしたり  
まあ、高校一年の最後もしんみりする間もなくいつもの調子であっという間に過ぎ去っていったのだった。  
 
そして春休み。つかの間の休息時間なのだが特にする事も無く  
隣でアホみたいにシャミとじゃれ合う妹ももう小六になるなのかと嘆きながら  
ぼーっと春の選抜野球を見ていた。  
センバツと言えば新二年生もチームの中心になるわけであり  
同い歳なのに、することもなく寝そべっている俺とはえらい違いだな、なんて感じながら  
もう高校二年、そろそろ進路や将来について考えなきゃならんのか・・・  
などとたまには真面目なことを考えていると決まって誰かに邪魔されるものなのだ。  
誰か、っていうのは俺の場合ほとんど一人に限定されるんだがな。  
いつも通り突然の電話を受け、いつも通り仕度をして、いつも通りチャリで駅前に向かうわけである。  
そしていつも通り待ち合わせは俺が最後のようだ、やれやれ・・・  
季節は春、さらに今日はかなり暖かいのでハルヒも朝比奈さんも夏に近い恰好だ。  
もちろん長門は制服であり、出会って一年近く経つが変わらないなと思うと少し笑いがこみあげた。  
もっとも、中身は一年前のそれとは全然まったく違うんだろうがな。  
 
突然の呼び出しに何をしようというのかと恐れを抱いていたが、定例の不思議探しだという。  
「今日は時間が中途半端だからクジ引きは一回にしましょう」  
急に集まったため喫茶店の時計はもう十一時を回っており  
傍若無人のハルヒにしてはまあ妥当な判断である。  
クジ引きが一回ということはこれから再集合の四時まで同じクジの相手と一緒なわけで  
我らが朝比奈さんと一日デートなんて甘い想像をしながらクジを引いた。  
 
一年前、朝比奈さんの告白を聞いた桜並木の道を歩く。  
期待通り隣には一年前も一緒に歩いた、大学受験生より高校受験生に見えそうな可憐なキューピー・・・  
ではなく、こんな小春日和にも地味な制服姿の読書少女でも無ければ  
黄色のカチューシャが春の色に映えて不覚にもいつもよりキレイに見えてしまった我らが団長でも無く  
必要が無ければ今回は全く触れないでおこうと思っていた  
「おや、難しい顔して何考えてるんですか?」  
一見すれば春らしい爽やかスマイルを振りまくニヤケ面であった。  
 
こともあろうか、古泉と二人きりなるとはな。  
せっかく朝比奈さんと心置きなくデート出来るチャンスだったのに、なんて考えていると  
「僕と二人きりじゃご不満ですか?残念ですよ、僕はご一緒出来て嬉しいのに」  
ちっとも残念そうに見えない笑いを見せていやがる、まったく不愉快だ。  
「おっと僕に当たらないで下さいよ。今日の組み合わせは作為的なもののようですからね」  
・・・  
「・・・どういうことだ?ハルヒが願ったからこの組み合わせになったってのか?」  
「おそらくそうでしょう。と言っても、今回は涼宮さん特有の力ではなくただのイカサマのようですよ」  
またハルヒの奴が何か企んでるのかもしれないが、まあ異常事態とかでは無いようだな。  
「そういうことです、機関からの報告も何もありませんしね。  
せっかくですから男同士の休日を楽しもうじゃありませんか、お腹も空いてきましたし。  
美味しいランチがある店を知ってるんですよ」  
朝比奈さんとのデートを期待してしまっていた分、俺は少し不機嫌だった。  
けどまあ、たまには良いかと思いながら古泉のオススメの店へと向かうことにしたんだ。  
 
結果から言うと、ランチはものすごく美味かった。  
値段も、サラダにライス付きステーキに食後のコーヒー(お替り自由)とケーキもついて千円と格安だった。  
一見すれば雑誌に三ツ星レストランとかででも出てきそうな、高級な雰囲気のお店だったのにだ。  
久々にこいつに感謝したかな。  
「喜んでもらえたようで光栄です。このお店、ランチセットだけはものすごく安いんですよ。  
ディナーの方は高校生にはとても手を出せる値段じゃないんですけどね」  
古泉は二杯目になる食後のコーヒーを、いらつく位優雅に飲んでいる。様になるから本当にたちが悪い。  
「しかもランチが安いことはまだほとんど知られてないんですよ。  
普通ならどんどんお客さんが入れ替わるところですが、こうしてゆったり食後のコーヒーを楽しめるわけです。  
ですが、直にランチのことは広まってしまうでしょうね。最近ちらほらOLさん達の姿などが目に付きます。  
彼女達の口コミと言うものの伝達の早さは  
インターネットがこれだけ普及した現在でも目を見張るものがあります。  
ランチが混むようになったら、このお店も来づらくなってしまいますよね。  
とはいっても僕はそんなには困らないんですよ。  
美味しくて穴場のランチのお店を探すのは僕の趣味の一つなんです。  
ランチというのも歴史があってすごく趣深いものなんですよ、というのもですね・・・」  
 
三杯目のコーヒーのお替りを飲みながらどこで知ったのかというような事を延々と喋っている。  
こいつは勝手に喋るから楽と言えば楽だな、なんて今更思いながら俺はデザートのチョコケーキを頬張っていた。  
ステーキも美味かったがケーキもかなりのもので、甘党ではない俺でも何個も食えそうだ。  
・・・思えばこいつといるのも慣れたもので、男の中じゃあ一緒にいることが一番多いのも多分こいつだろう。  
SOS団の活動のせいで、休みの日に谷口や国木田と会うなんてこともほとんど無いからな。  
「キョンよぉ、変態部の活動もいいがたまには街に出て都会の女の子と触れ合っとかないと後々後悔するぜ。  
なにせ若さ溢れる高校生活は短いんだからな」  
ふとどうでも良い谷口の言葉を思い出した。当の谷口の触れ合いなんかはたかが知れている、ほんの少し気の毒だ。  
思えばSOS団に入ってなかったら俺はどうなってたんだろうな。  
振り返ってみるとこの一年、部活動・週末・夏休み・文化祭・クリスマス・初詣・バレンタインデー・・・などなど  
高校生として楽しんでおきたいポイントを、傍から見れば完全な美少女軍団であろう三人と  
悔しいが傍から見れば同じように完全な美青年一人  
いたって平凡な一高校生の自分を含めた計五人(最近は鶴屋さんなんかもよく入るが)でほぼ網羅しているのだ。  
特に三人の美少女というのは、高校生としては見逃せないところであろう。  
もし入ってなかったらどうだったか・・・学校終わりは谷口と国木田とゲーセンやらカラオケに行き時間を潰し  
休日は谷口のナンパに一応付き合い、マニュアル通りにいかないことに気付かない奴の愚痴を国木田と聞いて過ごす  
または、家でダラダラしていると寄って来る妹の遊びに付き合わされて、そのまま晩御飯で休日は終わり  
・・・なんてとこだろう。そう思うと俺はかなり恵まれてるのかもしれないな。  
もっともその分、恵まれてる分に比例しても足りないくらいの苦労や困難がつきまとうのを忘れてはいけないけどな。  
とかなんとか普段はあんまり考えない思い出だとか「もし〜だったら」なんてことが頭に浮かぶのも  
高校生活一年目が終わって俺も少ししんみりしているということなのかね。  
不思議なもんで  
十六年間で一番ものを考えて色々やった一年間だったが十六年間で一番早く過ぎた一年間のようにも感じた。  
 
「おやおや、僕の話を全然聞いてくれていないと思ったら随分と遠い目をしていらっしゃいますね。  
あなたも進級に当たって一年間を振り返って、楽しい分早い一年間だったな〜なんて思っているんでしょうか」  
いつもながらこいつの洞察力みたいなものの的中率は嫌味以外のなんでもない。  
隠してるだけでテレパシーの能力なんかも持ってるんじゃないだろうかね、気持ちが悪い。  
「そんな言い方はないですよ。あくまで推察が僕の趣味なんですから」  
わざとらしくおどけてみせてる、人の心の推察が趣味っていうのが気持ち悪いのだ。  
「ふふ、その通りですよね。少し自粛したいところですよ」  
まったくだね、期待はしていないが。  
「ふふ。ははは、グスグス、ぷりぷり。おっと下品な笑いを見せてしまいました、失礼失礼。  
話を戻しますと、この節目に一年を振り返るということですか。  
春は前の一年を思い出し、また一年頑張ろうと思う季節ですもんね。  
僕にとってもこの一年は特別なものでして、色々考えるトコロがありますよ。  
本当に色んなことがあった一年でした」  
そう言って古泉は四杯目になるコーヒーのお替りを飲んでいる、ミルクも入れずによくそんなに飲めるものだ。  
なんだかまた長い話になりそうだな、やれやれ・・・と思ったが今日の俺はその話を聞こうかなんて思った。  
春の穏やかさが俺の心まで穏やかにするもんなのかね。  
この一年を通して、長門の無表情からあいつの感情や意思を汲み取ることが出来るようになってきた俺だが  
同じように、いつもほとんど変わらない気味の悪い笑顔からも奴の感情を感じれるようになっているようだ。  
色々考えるトコロがあると言った古泉の顔からは、なんだかいつもの笑顔とは違うものを感じたのさ。  
そんなのがわかっても嬉しくないんだが、まあ時計はまだ一時を回ったところだしな。  
集合の四時までの時間潰しには丁度良いはずだよ。  
 
 
「僕が機関に入ったのが今から四年程前です。  
当初はもちろん戸惑いましてね、ミステリーやSFは昔から好みでしたけど  
実際自分が当事者になるというのは困りものですよ」  
一年間に起きた出来事の感想なんかを喋り終わった後  
古泉は五杯目のコーヒーをすすりなながらそんなことを話し始めた。  
その気持ちは俺も理解できるかな、俺もいきなり異常の渦中に放り込まれたわけだからな。  
「そうでしょうね、けれどあなたは異常に接することに関する才のようなものがあったんだと思いますよ。  
能力が目覚めた頃の僕はそれこそ気が狂いそうですしたからね。  
それに比べてあなたは落ち着いていたように感じられます」  
言われてみるとそうだな。  
三人の異常な話を聞いて朝倉に殺されそうになっても、自然とその異常を拒絶しようとは思わなかった。  
「ふふ。  
能力が目覚めてからの3年間は大変でした。突然黒塗りの高級車が来たかと思えば、お前は超能力者になったんだ  
というようなことをいきなり言われましたからね。何故か自分でも自覚していたのが余計恐ろしかったです。  
話を聞いた直後にいきなり閉鎖空間で最初の神人と対峙したんですよ。  
そのことも自分で場所や時間がわかるので恐ろしいものでした。  
異様な巨人に対して自分が何をすればいいのかもわかる。  
もしかしたら、自分は何者かに操られていていいように操作されているんじゃないかなんて感じましたよ。  
これは今でも時々思うことですね、なにしろ確認のしようがありませんから」  
少しだけ古泉に同情した、考えてみるとこいつは俺が中学で呑気に過ごしていた頃から苦労していたんだよな。  
それもこれもハルヒによるものなのだ、少しは当人にも反省してもらいたいところだね。  
「あなたにそんなことを思ってもらえるなんて、苦労した甲斐があったと言えますね」  
こいつはいつも良いところで余計なことを言うな、こっちの心を見透かして狙ってやってることなのかね。  
なんて思っていると、古泉は少し遠い目をしながら続けた。  
 
「今でこそ、そんなことは微塵にも思わないんですが  
中学生時代涼宮さんの不機嫌に振り回されていた僕は彼女自身に恨みを持つこともありました。  
当の本人には自分の一挙一動にこんなに苦労している人達がいるとは気付き様がないんですからね。  
僕も遊びたい盛りの年齢でしたけど、年中大忙しのアルバイトでそれどころではありませんでした。  
その頃は閉鎖空間以外の機関の仕事なんかも毎日のようにありましたからね。  
僕の家は一般的な水準で言えば裕福な方でお金に心配することはほとんど無かったんですよ。  
それなのにいつもアルバイトがあるから、と友達の誘いを断っていましたからね。  
周りから見れば嘘を付いてまで断っていると見えたはずです、付き合いが悪いと思われたでしょうね。  
突然ぱたりと誘われなくなりました。  
涼宮さんのストレス発散である閉鎖空間での出来事が  
気が付いたら僕自身の日常のストレス発散になっていたのは驚きですよ」  
確かにな。よく知りもしない女の感情に自分の日常が振り回されれば俺でも発狂しそうだ。  
「でもそうはならなかったんですよね。 最初はただのワガママに思えていた涼宮さんの感情だったんですが  
何度も閉鎖空間に赴き彼女の気持ちに触れるにつれて、同情や共感のような感情が芽生えるようになりました。  
その純粋さ故に感情が揺れているんだということを知ってしまうと。  
僕以外の能力者が今でも嫌々を見せずに活動出来るのはこれが大きいでしょうね」  
まあ、俺も憂鬱な顔をしたハルヒには思うところがあったからな。年中あれを見せられたらそう思うのかね。  
「おっと、とは言え僕が彼女に恋している、なんてことは無いのでご安心を」  
・・・  
「それでもまだ中学生の僕には辛いものがありました、心を許せる友人がいなかったんですよ。  
さっきも言ったとおり、学校の友人とは薄い壁のようなものがありました。  
機関に属してから表面的な関係を築くのは得意になっていましたけど  
能力や周りで起こることについて学校の友人に話したりするわけにもいかないですからね。  
機関にもずっと年上が圧倒的に多い中にも同世代の男女がいるんですが  
なにしろ組織の性質上、完全に信用し合うことは難しいんです。  
今でもある程度確かな信頼が置けるのはあなたも会った新川さん等数人といったところでしょうか」  
こんなことをこいつの口から聞くのは珍しい、こいつも柄にもなくしんみり昔を思い出してるのか。  
「ふふ、そうなんですよ。  
なにしろその三年間は今言ったようにまともな友人もなく閉鎖空間や機関の雑務をこなして過ごしてきました。  
自分で言うのもなんですが、まだまだ子どもの中学生には大変すぎたはずですよ。  
だからこそですね、この一年間の出来事は僕にとっても特別なものだったんです。  
今までは間接的に見ていた涼宮さんをいきなりすぐ近くで観測する任務を任されたこと  
その彼女に転校直後に声をかけられユニークな部活に入れられたこと  
閉鎖空間での活動より大変かもしれない、けれど有意義な雑務に日々遣わされるようになったこと  
そして、能力を持ってからはじめてまともな友人が出来たこと」  
そう言って古泉は俺の目を見てきた、男同士でもこんなに真面目に見られると恥ずかしくなる。  
 
「あなたにはそう思ってもらえないのが少し残念なのですが  
涼宮さんや長門さん、朝比奈さんが思っているであろうものと同じくらい  
僕はあなたに出会えたことにとても感謝しているんですよ。  
涼宮さんが神である、というのは機関の中で有力な説ですが  
僕としてはSOS団のメンバー全員に変化を与えて実質的な中心にいると言えるあなたが  
もしかしたら神というものに最も近いのではないか、と思う時があります。  
もちろんこれは冗談八割くらいの仮説ですけどね」  
二割は本気で思っているのだろうか、まさか今度は俺を神様に仕立ててくるとはな。  
「まあ今の話は照れ隠しのようなものですから。  
他意のない友人として、僕はあなたに感謝しているんです。  
もちろん最初は観測対象である涼宮さんが興味を抱いたということであなたに近づいたわけで  
機関の命令次第ではあなたに危害を加えることもあったでしょうね。  
もちろん今の僕はそんなことしませんよ?ふふ。  
そう思わなくなったのは、あなたの涼宮さんに対する真摯な態度が影響してると思います。  
彼女は一般的な目線から見て奇人だということを差し引いても、十二分に魅力的な人と言えます。  
当初我々は、あなたはこの状況と涼宮さんの気持ちを利用してすぐ彼女に近づく、と予見していました。  
砕けて言えば体を求めるはずだと思っていたんですよ。  
あなたが健全な高校男児ということを考えればそれが普通ですし、  
それで涼宮さんの観察が簡易になるなら仕方のないことだと僕も思っていました。  
ところが、あなたの涼宮さんに対する態度はこの一年を通してすごく紳士的でした。  
あまりにも紳士的なのでモヤモヤする時がありましたよ、五月や秋の映画撮影の時なんかは特に。  
時には、早くくっついて僕たちを楽にしてくれ、とまで思ったり。  
けれどその不器用さに、かえって僕は興味を抱かざる負えませんでした。  
その態度が遠回りにでしたが涼宮さんの内面の変化をももたらしていましたしね。  
気が付いたら僕もあなたの魅力に惹かれていましたよ、そして自然と多くを語る自分に気付いた。  
自分が極度の話好きと気付いたのは最近なんですが、こうも色々と話せるのもあなたくらいです。  
もちろんSOS団の美しい女性人の面々と過ごすのも年頃の高校生である僕には嬉しかったんですが  
それ以上に、かけがえのない友人を得たというのは他に変えられないことです」  
こうもストレートに感謝の言葉を述べられると、何とも言い返せないものだ。  
顔は良いこいつにこんな風に話されたら大抵の女の子はコロっと落ちちゃうんじゃないかと思ったよ。  
 
 
「というような感じで、それまでの三年が苦労ばかりだった分もあってかこの一年は実に有意義でした。  
人生というものは長い目で見るとプラスマイナスゼロになるなんて話を聞きますが  
この四年間の中にそういったものを垣間見ましたよ。  
正直、これから先僕たちにどんなことが起こるのかはわからず不安な気持ちもありますが  
今この楽しい時間があるということを実感しながら、楽観的に高校二年目を迎えたいと思いますよ。  
それに、きっとこの先も楽しいことが沢山あるんでしょうからね」  
そう言って古泉はいつものような微笑を見せた。  
なんだかんだ言ってこいつもこの笑顔が似会うな、なんて恥ずかしいことを思っちまったよ。  
「おっと、しんみりしていたら少し余計なことまで話してしまっていましたね。  
十分話させてもらいましたし、思い出話はこの辺で終わりとしましょうか」  
そう言って古泉は七杯目になるコーヒーを飲み干した。さすがに七杯もお替りはマナー違反じゃないのかね。  
色んな意味でらしくないこいつを見た気がするよ。  
「僕らしくというのも曖昧なものですよ。  
本当の自分の姿、というのは周りはもちろん本人にもわかりかねることですから」  
にやけながらそう語る古泉は少なくとも俺の思ういつもの古泉の姿だった。  
 
 
話が一応終わったところで、タイミングを図ったように我らが団長からの電話が鳴った。  
「四時まで少し残ってるけどもう良いでしょう。早急に駅前広場に来てちょうだい!」  
とだけ告げて電話は切れた、ハルヒが丁寧な電話をかけれるようになるまでにはまだ時間がかかるのかね。  
すっかり忘れていたが女三人組でイカサマまでして何をしていたんだろうな。  
「さて、なんでしょうね。僕も詳しい概要まではわかりません。  
ですが、今日も一応イベントデーですからね。」  
俺にそういう趣味が無かったから触れられることが無かったが、今日は嘘つきの日、四月一日。  
すなわちエイプリルフールなのである。  
駅前広場でこの一年間の出来事が全部嘘だった、なんて聞かされたら俺でも心の底から驚愕することだろう。  
「なるほど、そういったドッキリ企画をするよう涼宮さんに勧めるべきだったかもしれませんね」  
全く趣味の悪い男だ、胡散臭いことばかりのこいつの場合一年中がエイプリルフールみたいなもんだな。  
「とは言っても、涼宮さんがそこまでのことをするとは思えませんよ。  
エイプリルフールという日は嘘が許される日と言われますが  
これはあくまで小さい嘘、常識の範囲でのものが許されるんだと僕は思っています。  
常識的な面を持つ涼宮さんが大々的な嘘やドッキリをするとは思えません。  
ということで、特に進言もしなかったんですよ」  
じゃあハルヒは一体何をしようってんだろうな。  
「・・・まあここで考えててもわからんな、とりあえず行くとするか」  
「そうですね。おっと今日は僕が奢らせてもらいますよ、いつものお返しです」  
 
 
今日の古泉はいつもに増してよく喋っていた、ゲームや漫画じゃ死亡フラグが立つところじゃないか。  
「おっと、それでは困りますね。重々気をつけて精進させてもらいます」  
そう言って何故かウインクしていた。  
そんなやりとりをしながら駅前広場に着いたのだが  
「呼び出しといて、あいつらどこにいやがるんだ?」  
ハルヒ達の姿は無かった。アクシデントに慣れきった俺の脳はあの三人がさらわれでもしたのか  
なんて考え始めていたが杞憂だったようである。  
「丁度今涼宮さんからメールがきましたよ。  
”交番のおまわりさんの元へ向かいなさい、そしたら自然と道は開かれるわ!”だそうです」  
もう帰れると思ったのにまた変なゲームに付き合わなきゃならんのか。  
駅前集合で今日は解散となることを予想していた俺はこう言わないわけにはいかなかった。  
「やれやれ」  
 
交番に向かい、おまわりさんに声をかけたところすぐに一枚のメモ用紙を渡された。  
「活発そうな女の子がいきなり飛び込んできたと思ったら  
『爽やかそうな男と冴えない男の二人組が尋ねてきたらこれを渡してちょうだい』  
とだけ言ってこれを置いて、こっちが言い返す間もなく飛び出して行ってしまったんだよ。  
交番は遊び場所じゃないんだから、こういうことされると困るよ」  
なんで俺がおまわりさんに怒られてるんだろうな、まったく。  
十分位いろいろ聞かれ、一応謝罪して交番を出た。  
「古泉、そのメモにはまたなぞなぞでも書いてあるのか?」  
「そうですね・・・どうやら僕には解けないもののようです、あなたにお任せします」  
古泉がわからないことが俺にわかるわけが無いと思って見たのだが  
メモを見てすぐに一人の男に電話をかけた。  
メモには”キョン、あんたがアホと聞いて最初に浮かぶ奴に連絡をとりなさい”と書いてあった。  
 
「おお、キョンか。さっきいきなり涼宮のやつから電話がかかってきてな  
あいつ『キョンから電話が着たらこう伝えなさい』  
って用件だけ言ってすぐ切りやがったよ、面は良くても中身が伴わない女はダメだな」  
アホの谷口、お前の理想の女性像について聞いてるヒマはないんだ、ハルヒの伝言を教えてくれ。  
「なんだよなんだよ、お前ら急に電話してきたかと思えば俺はただの伝言係ですか。まあいいや。  
えーっと”駅前の花屋でバラを購入せよ、ここで重要なのはバラ、これがあなたへのヒントの限界”だとよ」  
なんだか感情がこもってないような、それでもクセがあるような独特な言い回しだ。  
谷口に言ったのはハルヒだろうが、誰がその台詞を考えたのか丸わかりだな。  
 
古泉が一輪のバラを買うと、店員さんが一枚のメモをくれた。  
「活発そうな女の子がいきなり飛び込んできたと思ったら  
『爽やかそうな男と冴えない男の二人組がブツブツ言いながらバラを買ってたらこれを渡してちょうだい』  
とだけ言ってこれを置いて、こっちが言い返す間もなく飛び出していっちゃったわ。  
あなた達高校生?なんだかよくわからないけど、楽しそうで羨ましいわ〜」  
前半がおまわりさんの言ったことと同じだったんで、また謝らなきゃならないのかと思ったよ。  
しかしこの女の店員さんは話好きのようで、結果的にはおまわりさんよりも長く色々と聞かれた。  
また古泉が調子良く返答するもんだから店員さんも嬉しそうでな  
店長らしき人に怒られるまで、ずっと今時の高校生の恋愛事情なんかを聞いていたよ。  
「思いの外時間がかかってしまいました、さあ急いで次の場所へ向かいましょう。  
僕一人でお邪魔するのははじめてですね」  
半分は話を切らないお前のせいだがな。  
メモには可愛らしく”キョン君のお家のキッチンに行ってみて下さい、お疲れ様です”  
と、おそらく朝比奈さんのものであろう字で書かれていた。  
我が家に帰ってもまた出なきゃならないのがわかっているのが口惜しい。  
 
「お帰りキョンく〜ん、古泉君こんにちわ〜!  
あのね、さっきハルにゃん達が来てね、『キッチンに連れて行って』って言ってね  
わたしが連れてったんだよ〜!」  
どうも喋り方が小六になる女の子のそれとは思えない、俺の教育が悪かったのかもしれない。  
これからは厳しく教育せねばならんな。  
「あなたの教育論にもとても興味がありますが、今はキッチンへ。  
話の続きは是非今度聞かせて下さい」  
古泉、お前にそんなことを言われるとは、いつもと立場が逆だ。ちくしょうが。  
 
母親が出かけて誰もいないキッチンに着くと、またメモが置かれていた。  
”ここで終点です、今までの経過を思い出した上で示される場所に来てなのね”  
特に見覚えの無い字で書かれていた、語尾に少しだけ違和感を感じるが。  
それよりも、だ。ん〜このメモに書かれている意味が俺にはわからなかった。  
経過・・・交番のおっさん、谷口の愚痴、花屋のお姉さん、成長しない妹・・・なにも思い浮かばん。  
大晦日の推理大会でもダメだったように、俺には推理の類の才能が無いようだ。  
「では僕の出番ですね」  
古泉に任せることにしよう、楽しそうだしな。  
「長門さんのヒントも含めると、交番、アホの谷口さん、薔薇、キッチンがキーワードのようです。  
僕はこの状況に似た推理漫画でのトリックを知っています。  
おそらく、キーワードをアルファベットにかえて頭文字を順番に並べる、といったところでしょう」  
こう簡単に言われると思いつかなかった俺にも簡単だったように思えてしまうから推理ってのは不思議だ。  
交番、アホ、薔薇、キッチン・・・P、A、R、K  
「park、か」  
「そうです、色んな意味がある言葉ではありますがおそらくは公園でしょう。  
僕たちの共通認識での公園というと、あそこになりますかね」  
予想通り帰宅してすぐまた外へ出ることとなった。  
行き先は、俺個人としては去年何度も足を運んだ公園だ。  
 
 
公園に着く、もう七時近いので遊んでいる子どももおらずまったく人はいなかった。  
中を見回してみるとベンチの上にわざとらしく一つの箱が置いてある。  
まあここまできて迷うもことなく、箱を開けてみたんだが  
「なんだこれは?」  
俺は軽くキレそうになった  
”なにも無いわ、無駄足ご苦労さんバカキョン”なんて書いた紙が入っていたのだ。  
怒りの矛先を古泉に向けようか考えていたところ  
ガサッ  
朝比奈さん(大)が出てきた茂みから人が出てきたんで、俺は今までの経験から身構えてしまった。  
同時にフラッシュが光った。  
出てきたのは会うのが今日二度目になるハルヒ、長門、朝比奈さんと、何故か阪中だった。  
「安心しなさい、その箱の中身は嘘よ。  
今日はエイプリルフールだったからね、ちょっとしたドッキリ。  
箱の中見た時と私たちが出てきた時のキョンの顔ったらおっかしかったわ〜、撮らせてもらったわよ」  
疲れと怒りと驚きが混じった俺の顔とは大違いに、桜満開という感じでハルヒが笑っていた。  
昼に古泉が言ってたことが当たったな、ハルヒのエイプリルフールの嘘はまあ許せるものだった。  
すぐにネタバレされたんで怒りもどっかに行っちまったよ。  
「だが、結局このゲームはなんだったんだ?」  
俺が誰でもごく当り前に思うであろう疑問について聞くと、長門以外の三人が笑っていた。  
「キョン、あんたは今日はおまけなのよ。ふっふっふ〜」  
ハルヒが周りに目配せし、そしてクラッカーの音が鳴り響いた。  
「ハッピーバースデー!古泉君!」  
そこには笑顔の少女三人と、少しいつもと違う無表情をした長門とまだ状況がつかめない俺と  
いつものわざとらしい驚きと違い本当に驚いたような顔をしている古泉がいた。  
 
まったく知らなかったが、今日は古泉の誕生日だったらしいのだ。  
もうご飯時ということで、古泉の誕生祝いも兼ねてファミレスで食事することになった。  
プレゼントとしてSOS団からは何冊かのトリック大全集みたいな本や推理ものの本が  
『有効活用してこれからも面白いトリックを考えてちょうだい』という団長からのお言葉付きで渡された。  
阪中からはどこかの高級ブランドのものであろう、洒落た感じのブレスレットが渡された。  
古泉は笑いながらそれらを受け取っていた。  
いつもより自然な笑顔に感じたよ。  
「今朝阪中ちゃんから、『古泉君が今日誕生日らしい』って電話が来たのよ。  
団員の誕生日はしっかり祝わなきゃいけないからね、とりあえず集合することにしたの」  
だから今朝は中途半端な時間に呼び出されたというわけか。  
「そう、実は今日のくじ引きはイカサマを使わせてもらったわ。別れてすぐ阪中ちゃんとも合流してね。  
それで再集合までに大急ぎで何をするかを考えたのよ、時間がないからちょっと簡素になっちゃったの。  
前日に教えてもらえればもっと綿密に古泉君が好きそうな推理ゲームを考えられたんだけどね〜」  
この短時間でこういうことを考えれるだけですごいと思うがな。  
「と言っても実は、アイディアを出したのは有希なのよ。  
トリックもみくるちゃんがプレゼントに選んだ本に書いてあったものを使わせてもらったしね。  
私達四人が力を合わせて見事成功したわけ!それに比べて今日のキョンはこれよ」  
にやけながらフルーツケーキに盛られている、おそらく洋ナシであろうものをフォークで差している。  
余談だが、今日は団長が珍しく奢ると言い出した。こういう日のこいつは気前が良いんだな。  
お祝いのケーキも付けていいわよ、なんて言って本当に嬉しそうだった。  
今日の笑い顔はほんの少しだけみんなを見守るお姉さんのようにも見える朝比奈さん  
いつもとほとんど変わらないがいつもより美味しそうにケーキを食べているように見える長門  
古泉と話しながらたまに目が合うと顔を赤くしてうつむいている阪中  
何故かハルヒにダメ出しされてる俺も、今日は嫌な気もせずにそれを聞いていた。  
古泉の長話を聞き、女性陣のゲームに振り回される一日ではあったが、まあ  
俺自身も含めみんな楽しそうだから良いか。  
 
「今日は楽しかったわ〜、きっとみんなも楽しかったはずよ!  
やっぱり何かしてみることが人生を楽しむ一番の秘訣ね、改めて実感したわ。  
ということで、早速明日から学校が始まるまでの一週間は休みナシでSOS団の活動よ!  
そう言えばお花見もしなくちゃいけないじゃない、新学期に向けた準備も必要だし。  
みくるちゃん!勉強は夜やりなさい、受験生でも部活が最優先事項よ。  
古泉君!今からでも間に合うわ、さっきの本活用してまた推理ツアーの予定立ててちょうだい。  
有希!あなたの部屋の模様替えもするわよ、春らしくしないとね。  
阪中ちゃん!あなたにも時々手伝ってもらうから気をぬかないでね。  
キョン!三月中十分休んだはずでしょ、あんたはどうせ暇なんだから言い訳なんかさせないわよ!」  
今日最高の笑顔を浮かべたハルヒの宣言を最後に、今日はお開きということになった。  
楽しそうな面々を見て春の陽気のように穏やかになっていた俺の心だったが  
今日の疲れを取る間もなく明日の朝からまた忙しくなると知り  
さすがに「やれやれ・・・」とつぶやくしかなかった。  
 
 
「不覚にも、自分自身の誕生日をすっかり忘れていましたよ」  
夜道は危ないと阪中を送った後二人になった帰り道、夜空を見ながら古泉は嘲笑している。  
「涼宮さん対策として一年の中のイベントになりそうな日は余す所なくチェックしていました。  
それで今日がエイプリルフールとまでもわかっていて、自分の誕生日が思いつかないとは  
新学期に向けて僕もまだまだ気を引き締めないとならないようですね」  
この嘘付きの誕生日がエイプリルフールだなんて、それこそ嘘のような話だ。  
「ある意味光栄な言葉ですよ、ありがたく頂戴します」  
なんて言って笑っている。  
「ですが、仕方無い理由があるんですよ。  
三年間誕生日をまったく祝われることなく過ごしていましたからね。  
自分でもほとんどどうでもよく思っていましたし」  
俺の場合嫌でも母親や妹が誕生会をするからな、感謝しとかなきゃならん。  
「それでも今日のことで、今までのことも全部良い思い出に出来てしまいましたよ。  
無感動な誕生日が三回続いた分、今年の誕生日は本当に楽しませてもらいましたからね。  
忘れていた分公園では本当に驚きましたし、実感した時嬉しかったですよ。  
こういった驚きや喜びがあるからこそ、沢山の苦労があっても今の生活はやめられませんよ」  
こいつはポジティブな野郎だなと思った、この時はそれが嫌な感じはしなかったね。  
「そう言えば、結局俺は何もやれなかったな。何しろ誕生日だなんて知らなかったから、スマン」  
こいつのことだからまた何か余計なことを言うのかと思っていたのだが  
「なにを言ってるんですか。後付けではありますが今日は色々聞いてもらいました。  
あの時間はあなたからのプレゼントのようなものです。  
それにその時言ったじゃないですか、あなたとの出会い自体がかけがえのないものなんですよ」  
さすがにクサい、勘弁してくれ。なんかやってもいいから。  
「ふふ、それでは部室で遊ぶゲームの一つでもお願いしましょうかね。  
今年もゲームに興じる時間も多くあるでしょうから」  
そうだな・・・前向きに考えとくよ。  
 
別れる間際、今日のことを思い出してふと思った。  
普段から真意のわからないことを言う古泉だ、  
エイプリルフールという日を生かさないわけがないと思う。  
それに、俺はランチ後の古泉の話を聞いていて・・・まあどこもかしこも真実味が欠けると言えばそうだが  
その中でも異様に違和感を感じた部分がひとつあったのだ。  
「なあ古泉、お前今日嘘ついただろ?」  
古泉は少し不意をつかれたような様子だった。  
「・・・ほう、どうしてそう思うんですか?」  
「なんとなくだが、そのとき感情がこもってない気がした」  
古泉は少し考え、自嘲気味な微笑みを浮かべた後背を向けた。  
春の風が後ろ姿の古泉の髪を揺らしていた。  
「なあ、どうなんだ?」  
そして少し間のあった後、古泉は振り返り人差し指を唇に持っていってこう言った。  
 
「ふふ、禁則事項です」  
 
 

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