運命なんてものはシャーペンの先についてる消しゴム程度にしか信じてないが、  
世の中には巡り合わせってものがあるんだろう。  
 たまたま俺や長門は掃除当番だったし、古泉は特別補講の説明会とやらに出ていた。  
いい気味だ。朝比奈さんについては学年が違うので何とも言えん。ともかく、  
その瞬間にすっかりSOS団室になってしまった文芸部室に居たのはハルヒだけ、  
あるいはハルヒとその玩具になっているであろう朝比奈さんだけであった訳だ。  
 もちろんたまにはそんな日もあるだろうし、すこーし経てば結局のところ全員が  
団長様のところに馳せ参ずるのだし、取り立てて問題になるような状況ではなかった。  
 と、この時の俺は思っていた、というより何にも考えていなかった。もしタイムスリップが  
出来るなら、思いつく限りの警告をこの時の俺にしてやりたい。せめて心の準備だけでも。  
 
「キョン! 大事件よ。これはSOS団始まって以来、いえ人類史上でも稀に見る事件よ!」  
 団員限定だった全開スマイルで、我らが団長こと涼宮ハルヒは教室に舞い戻ってきた。  
いや確かに出し惜しみはもったいないぜと思った記憶はあるんだが、安売りのしすぎも  
もったいないと思うぞ?  
「念のために確認しておくけど、あんた私との間に子供なんかいないわよね?」  
 いねぇよ。阪中も顔を赤らめてこっち見んな。  
「私もそう思ったわ。つまりこれで決定的ね」  
「だから何がだ。前にも言ったが文脈ははっきりさせてくれ。せめて主語は言ってくれ」  
「未来人よ、未来人。私とキョンの娘を名乗る子が部室にいたのよ」  
 よかったな、ハルヒ。とうとう念願かなって未来人とご対面か。羨ましいなおい。  
だから頼むから可哀想な目でこっちを見ないでくれ。大体だな、何でそいつが俺とハルヒの  
娘だってわかるんだ。部屋にそのような方がいらっしゃった場合、決して敷居は跨がせずに  
丁重にお帰りいただくのが筋ってもんだろうが。  
 …などと説得をしながらも、ああこいつはもしかしたら本当に生まれてもいない我が子と  
対面しなきゃならないかもしれないんだなぁと考えだしていた。つまり2週間ほどの春休みは  
これと言ったイベントも無いままに終了したし、平穏な日常の繰り返しを意図してかは知らんが  
許さないのがハルヒの特徴なのだ。マンネリ化しつつある市内探索の再考を進言すべきだったか。  
ハルヒが部室からはなれてる間に逃げててくれないかとまだ見ぬ娘かもしれない少女に願っていると、  
「その点抜かりは無いわ。ちゃーんとみくるちゃんに見張ってもらってるから」  
 という本当に心強い言葉が返ってきた。  
 見張りに朝比奈さんでは問題外じゃないか、というのもこの場合プラスに働くのだし、万一未来的  
プロブレムである場合それは朝比奈さんの管轄ではないか。  
 俺とハルヒの娘を名乗った謎の少女には、残念だが是非とも部室から居なくなっていて頂きたい。  
もし本当に娘なら、そのうち会えるのを楽しみにしてるからさ。  
 
 はい、という訳で文芸部室到着。部屋の中には「はわわわわわ」と口で言ってるんじゃないかと  
疑いたくなる状態の朝比奈みくるさんと、まあハルヒに良く似た娘さんが案の定いらっしゃった。  
泣きそうになっている朝比奈さんは天使もかくやというほどにかわいらしくてよろしいのですが、  
出来ればこの状況をなんとかしておいて頂きたかった。つまり、ハルヒそっくりのお嬢さんが  
開口一番で「やっぱり昔もキョン君は間抜け面してるのね」とか言う可能性は排除しておいて欲しかった。  
「ほらほらみくるちゃん、どうしてお客様にお茶をお出ししてないのよ。過去の人間が客人を  
もてなさないと思われたらこの時代の名折れよ」  
 何時から見張りの業務にお茶汲みが加わったのだろうという俺の疑問は当然脇に置かれ、ハルヒによる  
自称未来人の尋問が執り行われた。朝比奈さんはお茶を持ってきてくれた時に  
「あの子を送り返すために申請はしたんですけどやっぱり拒否されちゃってぇ……」  
 と気の毒になるほどへこんでいらっしゃったが、それでもお茶の味に陰りが見えないのは流石と  
いうか何というか。というか3年生がこんな所にいて大丈夫なんですか。  
 ……それとお嬢さん、音を立てずに部室に入ってきた長門に対していきなり「有希ちゃん  
って、私よりちっちゃかったのね」とのたまうのはやめて頂けませんか。  
「……そう」  
 ノーリアクションかよ。  
 
 彼女が闖入して良かったといえる事は、「いやぁ、遅れてすみません」と見かけ爽やかに部屋に入ってきた  
古泉が泡食った顔でどこかに電話している姿を見れた事だろうか。いやぁいい気味だ。  
 万能文化人型宇宙人端末もミステリマニアの解説要員超能力者も、第一発見者が他でもない  
ハルヒ自身である以上ごまかしようがないらしく、どうやら世界はこのまま未来人を受け入れる方向で  
進んでいくらしかった。もともとこいつが知らないだけで未来人はけっこう居たんだからいいんじゃないか。  
 投げやりになっていた俺の横で着々と尋問は進んでいたが、その子の名前すら聞き出せなかった。  
「禁則事項」だそうだ。ただしどうやら俺とハルヒの娘であるという主張を譲る気はないらしく、  
初めてキスしたのは夢の中だろうなどと暴露し始めた。今すぐ拳銃を探し出してお前が生まれる前に  
俺の頭に風穴をあけるぞこの野郎。親殺しのパラドックスだ、どうだ。  
「落ち着いてください。だいたい、夢の中はカウントされないんじゃないんですか?」  
 なんでだろうな、古泉。俺にはお前が地雷を踏んでいるような気がしてならないんだがな。  
「古泉君も昔は頭が回ってなかったのね。あれは夢だけど夢じゃなかったのよ」  
 俺たちの娘であろう子供がハルヒのしゃべり方―つまり主語をいっさい省く形―を受け継いでい  
て助かった。「夢だけど夢じゃなかった」て。ハルヒも赤い顔で考え込んでるんじゃねぇよ。  
 涼宮ハルヒが自分の能力に気づく事も無く、俺たちの娘はさんざん引っ掻き回してこの時代を後にした  
―のだと思う。一瞬の隙をついて、SOS団室の扉をばたーんと開けて、ご丁寧にばたーんと閉めた。  
「ごめんみんな、時間切れなの。あっちで会えるのを楽しみにしてるわ」などと言いながら。  
慌てて後を追ったハルヒとその後を追った俺が見たのは無人の廊下だった。  
 未来に帰ったのでないなら、きっと生身で音速くらい超えられたんだろうな。  
 
 しばらく唇を前に突き出して渋い顔をしていたハルヒは、本日の解散を宣言した。未来人が次に訪れそうな  
場所を考えてくるのが宿題だ。  
「ああキョン、あんたは残って。用があるから」  
 というハルヒの顔は見えなかったが、きっと帰ったら死刑なんだろうな。俺としては宇宙人や未来人や  
超能力者と善後策を考えなきゃならん気がするんだが。  
 3人が帰った後の部室は、どこか寂しげに見えた。それはハルヒがカーテンを閉めたからというのも  
理由の一つなんだろう。いつもは夕日で暖められている部屋も、今は蛍光灯で冷たく照らされるだけだ。  
…なんて詩的な事を考えていたら、ハルヒが鍵を掛けた。  
 何で、かか鍵を閉めるんですか?  
 俺の疑問は当然のように置いていかれたまま、ハルヒはセーラー服を脱ぎだしやがった。  
「ほらキョン、何してるの。さっさとあんたも脱ぎなさいよ。……こっちだって恥ずかしいんだから」  
 よーし落ち着け、状況を見渡すんだ。鍵のかかった部屋で、客観的に見れば可愛らしい少女と二人きり。  
主観的に見ると可愛いとか可愛くないとかそういう問題じゃなくなってくるんだが、とりあえずそれは  
脇に置く。でだ。さらにその娘は服を脱ぎだしてる。ああ夢だな。思春期によくある夢だな。  
 夢じゃないなら完全に詰んでるじゃないか。  
 などと考えているうちにハルヒはすっかり脱ぎ終わっており、俺の選択肢から「鍵を開けて脱出する」  
が消える。万一見られたらどうすりゃいい。停学か退学か。考えるのも恐ろしい。「状況に流される」は  
間違いなくバッドエンド確定だし、俺に残されたのは「なんとか説得する」だけだ。裸のハルヒ相手に。  
 無理だろ、それ。  
 
「頼むハルヒ、せめてこれから何を何のために何故やろうとしてるのか、俺にわかるように言ってくれ」  
「決まってるでしょ! 子供を作るのよ……その、あ、あんたと、あたしで。」  
 顔を赤らめて俯いていうハルヒは、らしくなくてそりゃあもう可愛いと思ったんだが、出来れば  
高校生としての身の丈にあったシチュエーションで見たかった。台詞も相応のものが良かった。  
「どうして」  
「いいキョン。あの子は私たちの娘で、それが未来から来たって事はあの子が生まれないと未来人が  
この時間に来れないじゃない。あの子が早く生まれれば生まれるほど、時間旅行の実現が早まるのよ」  
 お前が早まるな。それと俺が上の空の間に間合いを詰めるな。  
「それとも、あたしとじゃ嫌なの?」  
 俺の視線はハルヒの体を見ないように上の方を向いている訳で、必然的に潤んだ瞳やら紅潮している  
頬やら形のいい耳やら桜色の鎖骨やらといったものが視界を占める事になる。だからだろう、ハルヒの  
声が寂しげに響いたような気がしたのは。気のせいだ気のせい。  
 ともかく、その一瞬の間のおかげでロジックはできた。とりあえず首筋にハルヒが顔を埋めたり、その  
唇が首と耳の辺りを行ったり来たりしているのは気のせいじゃないのだと思うが、俺としては回路が焼き  
切れる前に急ごしらえの理論でハルヒを説き伏せなきゃならん。  
 話をするためにハルヒの肩をつかみ、腕を精一杯のばす。ああもう柔らかいな畜生。いつぞやの制服越し  
とは段違いの触り心地で一瞬このまま抱きしめちまおうかという考えもよぎったが、俺並びにハルヒ、  
そしてその子供の未来のためには本能に負けるわけにいかなかった。  
「いいかハルヒ。高校生の身分で子供を産んだとしてだ。ちゃんと育てられるか? 無理だろ。食わせられる  
ほど金は稼げないだろうし、社会の風当たりってやつもある」  
「だから何だっていうの? 私はそれでもかまわないわ」  
「お前だけじゃない。その、娘も苦労する事になるんだぞ。子供の未来まで親の都合でどうにかしていいのか。  
エゴだろそれは」  
 ハルヒは目を落として、「でも」などと呟いていた。全くらしくない。  
 後になって思い返してみるに、俺の回路はとうに焼き切れていたとしか考えられない。じゃなきゃあんな  
今すぐに日本海の崖に飛び降りたくなるようなことは言わないはずだ、と思いたい。とにかくその時の俺は、  
「如何に現状を突破するか」という一点だけを考えていた。未来の俺に宿題を残す事になろうとも。  
「いつかちゃんとお前とか食わせられるようになったら、そんときは子供だろうがなんだろうが手伝ってやる。  
だから今は服を着ろ。で、帰ろう。もう下校時刻だ」  
 この時点で俺の言いくるめは弾切れだったが、ハルヒは納得してくれたようだった。心変わりが早いなおい。  
「服着るから」  
 どうぞどうぞ。是非とも着てください。俺は後ろを向いているから。  
「…服を着るって言ってるんだけど」  
 さっさと着たらいい。  
「出てけ!」  
 パイプ椅子やらが飛んでくる前に、俺は文芸部室を飛び出した。ハルヒがドアの死角に居る事を確認して  
からだ。というか何だ。今まで裸だったというのに服を着るのを見られるのが嫌だと申したか。わからん。  
 
 
 ハイキングコースを下りながらぼんやりとしていると、横手に居たハルヒが手を握ってきた。  
その、いつものように手首を握りしめるのではなくて、手のひらと手のひらで。  
 いくら古い人間と言われてもいい。高校生の恋愛はこんなもので十分なのさ。  
「ところでキョン、さっき言った事絶対に忘れんじゃないわよ」  
 俺としては一刻も早く忘れたいが、きっと忘れたら死刑なんだろうな。そんなに乱発したら死刑も  
抑止力無くならないか。  
「もし忘れたら―」  
 ハルヒは握っていた手を離し、3歩ほど前に飛び跳ねて振り返った。  
「もし忘れたら、どんな手を使っても思い出させてやるんだから!」  
 
 

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