北高1年5組同窓会のお知らせ。  
それが届いたのは七夕も終わった7月のある暑い日のことだった。  
いつもどおりに残業でクタクタになってから帰宅したオレは、オレ宛の郵便物の中から一枚の葉書を見つけた。  
「北高か…」  
なんともなつかしい。  
妹が卒業して以来行ってないな。  
まして俺自身の高校生活なんてのはもう10年以上も昔のことだ。  
当時はあのハイキングコースと見まがう坂道を3年間も通学していた。  
今の体力の落ちた俺では無理だろうな。  
そんなことよりも皆はどうしているのか?  
部屋の電気をつけながら、今ではすっかり音信不通になってしまった級友たちの顔を思い浮かべる。  
谷口や国木田とはたまに呑みに行く間柄なので特に感慨はないが、他のメンツはいったいどうしているのかは全く想像がつかん。  
もう30近い。結婚したり、子供ができたやつらもいるんだろう。  
ネクタイを外し、背広をハンガーに掛けながら俺もまた彼女でも見つけないとな。と自嘲する。  
この10年、特に何もなかったな。  
恋人が何回かできたが、1年と長続きした覚えはない。  
だいたい3ヶ月もすれば別れていたっけ。  
それに、この10年に限らず北高での3年間で特に不思議なことがあったわけでもない。  
子供の頃に憧れたマンガ的、特撮的、アニメ的な不思議なことなんて何ひとつありはしなかった。  
クラスにとんでもない美人がいたわけでもない。学校のアイドルのような美少女の存在も、  
とんでもなく金持ちのお嬢様がいたわけでもなかったさ。  
唯一、同じクラスの阪中がお嬢様だったってだけだ。  
それも俺とは最後まで何の関係もなかったが。  
話したこともなかったな。  
いたって普通の3年間だったさ。  
 
同窓会当日までは特に何事もなく仕事だけの毎日が続いた。  
上司に怒られたり、あちこち営業に飛び回ったり、いつも通りだ。  
そして今日は同窓会当日。  
残業で少し遅れてしまった。  
「おーーい、キョン。こっちだ、こっち!」  
会場となっている居酒屋の前で谷口と国木田が待っていた。  
谷口は既にネクタイを鉢巻代わりだ。酔うには早すぎるぞ。  
国木田は高級そうなスーツをきっちり着こなしている。まだ信じられんな。お前が青年実業家なんてさ。  
「おまえらは相変わらずだな」  
「へ。お前だって相変わらずのマヌケ面じゃねーか」  
マヌケ面とまでは言ってねーぞ。  
それにお前だけには言われたくないね。  
見詰め合って互いに吹き出す。  
いつも通りの時節の挨拶とでも言うべき谷口とのやり取りだ。  
国木田はそんな俺らを見て  
「さ、こんなとこにいてもしょうがないし、中に入ろう。僕らで最後だよ」  
と、さっさと中に入ってしまった。  
俺らも行くか。  
「だな」  
 
1年5組28名は担任の岡部も含めた29名で同窓会はスタートした。  
一人の欠席者もいない。いいことだ。  
ビールで乾杯。これはどこの飲み会でも変わらない。  
28人か。こんな普通の居酒屋では結構大変なんじゃないかと思ったが、今日は俺たちの貸切なんだそうだ。  
…28人。  
なんとなくクラスの人数に不審を覚えたが、元よりこの人数だったはずだ。  
30人だったんじゃないか?  
そんな気もするが、谷口や国木田、岡部に聞いてもこの人数であっているという。  
転入してきたヤツも転校していったヤツもいないのは俺も覚えている。  
気のせい…だったのか?  
 
「阪中、あんた何人目〜?」  
女性陣からは彼氏のグチ、誰々が結婚した、子供を産んだ、育児が大変だのと色んな話題が飛び交っている。  
今は阪中の大きくなったお腹を見て女性陣が盛り上がっている。  
もうみんな30近いしな。  
…頼むから誰々が狙い目とかの話題はやめろ。  
女たちで結婚してない連中は今日いいのを狙うつもりなんだろうな。  
国木田あたり狙い目だぞ?独身の社長だしな。  
って、やっぱり囲まれてる。  
男連中は仕事のグチと親ばかになった連中の子供自慢だ。  
娘がかわいいのはいいが、いつか他の男に取られるんだぞ?  
無口な読書少女も愛らしい上級生も、やかましくも絶世の美少女だっていつかは…  
…そんなのいたか?  
 
さっきから何かおかしいな?  
クラスの人数に不審を覚えたり、会ったはずのない女を思い浮かべたり(顔はどうしても思い出せなかったが)  
それに、そのいもしない女たちを思い浮かべると目頭がヤバいことになる。  
…なんだろう。さっきからずっと違和感がある。  
世界がまるごと変わった中に取り残されたようなこの不快感。  
覚えがあるような気もするのは気のせいか?  
だが、何が違うのかはわからない。  
何よりみんな大人になっちまった。俺だってだいぶ変わった自覚はある。  
谷口は相変わらずバカだったが、国木田は社長になったせいか社交性や人当たりが高校時代より格段によくなった。  
…女のスルーの仕方もうまいな。  
岡部はどうだ?  
ハンドボールの後進の育成に忙しいとか今だにハンドボールバカだ。  
10年経ってもそれかよ。年考えろ。それと、さっさと結婚しろ。  
阪中はあの家同様にほんとに良家の奥様って感じだ。  
 
…………  
ふと気が付く。あの家同様?  
行ったことないだろ。場所も知らん。それになんで阪中を思い浮かべた?  
女性陣が盛り上がっていたからか?それはないだろう。  
いつもやかましくしゃべっていたのは……そんな女いたか?  
ウチのクラスの女たちはもの静かな感じのが大半だ。  
それに特に接点はないはずだ。俺の記憶では話したこともないはずだ。  
………  
なんで、阪中がお嬢様だって知っていた?  
……  
そういえば、犬飼っていた…よな?  
…  
脳裏に浮かんだのは二つの文字だ。  
JJ  
なんだ?JJって?  
犬の名前はこれではなかったはずだ。たしか、る。ルで始まっていたはず。  
JJ、ル。  
………  
ジャン=ジャック・ルソー?  
なぜフランスの哲学者が思い浮かぶんだ?  
JJ、ルソー…  
そうだ、それだ。ルソーだ。  
アイツがルソーって名前を聞いてJ・Jとか自前のニックネームを付けたんだ。  
アイツ?アイツって誰だ…?  
それになぜ俺が阪中の飼い犬の名前を知っている?  
 
考えてみても結局何も思い出せなかった。  
頃合を見計らって阪中と話してみたが、ルソーのことを知っている俺をなんで知っているの?と不思議がっていた。  
説明できないでいると徐々に対応がクラスメイトから不審者になってきたが。  
そりゃ話したこともないヤツから  
もう死んでしまった昔のペットのコトをあれこれ詮索されれば警戒もする。  
それにあんなに溺愛していたんだ。ルソーが死んだときのショックは…  
…まただ。  
なぜ、溺愛していたって知っている?  
ルソーのことをなぜ知っている?  
そのとき俺はひとりじゃなかったはずだ。  
それに、なぜこんなにも気にかかる?  
それも阪中個人のことではなく、ルソーを知っていたということに。  
 
酒にも酔えず、同窓会は終了した。  
同窓会は俺以外のメンツはとても楽しかったようだった。  
2次会がどうとか谷口が言っていたが、そんな気分にはなれなかった。  
途中からずっとルソーを知ったあたりのことを考えていた。  
あれは1年の終わりごろ、3月の話のはずだ。  
学校帰りに制服姿の誰かと一緒に電車に乗った記憶がある。  
巫女衣装を間近で見た気がする。  
うちの飼い猫を連れて行った記憶もある。  
だが、その頃の記憶は球技大会以降は谷口と連日で遊び歩いた記憶がある。  
次の週に国木田に一週間付きっきりで勉強を見てもらった記憶がある。  
さらに翌週、ミヨキチと久々に映画を見に行った帰りに告白された淡い想い出もある。  
それから春休みまでずっと彼女が妹に会う口実で遊びに来ていたことも思い出せる。  
全て日付指定で鮮明に思い出せることだ。シャミセンを外に連れ出した記憶はない。  
結果から言うと。阪中とルソーの話はどこにも入ることはない。  
それから春休みに入るからだ。  
それにその期間に電車に乗った記憶はない。巫女装束なんてもってのほかだ。  
谷口たち2次会参加組の誘いを断って家に帰る途中、俺はありもしない記憶をずっとほじくり返していた。  
誰かの笑顔があった筈だが、それはありえない記憶だ。  
だが、何故か忘れてはいけないものだとも思えた。忘れていたのにか…  
…バカバカしい。それはありえない記憶だ。  
だけど、この何か大切なモノを失ったような感覚を知っている気がするのは何故だろう…  
 
「ただいま」  
玄関のドアを開ける頃には俺はそれをありもしない白昼夢であり、  
美しくなった阪中を取り逃がした妄執であると片付けることにした。  
「あ、キョンくん、おかえり〜」  
深夜とも呼べる時間だったが、今ではずいぶんと美しくなった妹が出迎えてくれた。  
いい加減、お兄ちゃんと呼んでもらえないものだろうか。  
二十歳過ぎてお兄ちゃんと言うのもどうかとは思うけどな。  
「同窓会どうだった?」  
水の入ったコップを手渡しながら聞いてくる。  
楽しかったぞ。ほとんどが父親、母親になっていてびっくりしたけどな。  
妹はニヘラと笑って(この笑顔だけは小学生の頃から変わらない、とても愛らしい笑顔だ)  
「キョンくんはいつ結婚するの〜?」  
にっこりと含み笑いで聞いてきやがった。  
笑顔は身内びいきを抜いても極上だ。何人の男がこの笑顔にだまされたことか。  
彼女いないんだ。そもそもする相手がいないだろ。  
そんなことよりお前はどうなんだ。浮いた話を全然聞かないのは兄として多少は心配になるぞ。  
「あたしはいいんだもん。それよりミヨちゃんはどうするの〜?」  
何がいいのやら…ニヤニヤしてた理由はこれか。  
俺はコップの水を飲み干し  
「あいつとは終わった。何度も言ったはずだぞ」  
それだけ言って俺は空のコップを押し付けて自分の部屋へと向かい、階段を上っていく。  
「ミヨちゃんまだ本気だよー!あ、他に鶴屋って知らない女の人から郵便…」  
妹が後ろで何やら言っているが、気にするものか。  
 
疲れた。  
本当、なんなんだろうな。この感覚は。  
あるはずのない記憶に登場する彼ら、彼女らの顔は思い出せない。  
だが、思い出そうとするとなぜか無性に泣きたくなってくる。  
同窓会の席で泣くわけにはいかなかったから2次会はキャンセルしたが、俺はこんなに涙脆かったかね?  
電気もつけずにベッドに横になる。  
 
?  
なにかが体の下にある。  
なんだろうと思ってソレを取り上げてみると、黄色いリボンのついたボロボロのカチューシャだった。  
ところどころに血のような染みがある。  
 
見覚えがある。  
 
夕焼けの北高の一室が一瞬見えた気がした。俺の他に4人の男女がいた気がした。  
(…知っている。こいつらは俺のなにより大切だった…)  
なんでもない放課後の一幕だった気もする。  
(そう、SOS団だ…長門と古泉と朝比奈さんと、ハルヒだ…)  
俺をあだ名で呼ぶ元気な少女の声が聞こえた気がした。  
(…ハルヒ。涼宮ハルヒ。俺の……)  
何か、とても大切な何かを瞬間的に思い出した気がするが、それらはすぐに霧散して消えていった。  
忘れてはいけないものだったように思える。  
何よりも大切なものだった気もする。  
 
カチューシャから目が離せない。  
思い浮かぶのは高校2年の七夕の夜だ。だが、その日に特に思い出なんてない。ゲームして寝ただけだ。  
(…みんなが消えた日だ)  
ふいに視界が滲んできた。  
(…その光景を俺は見たはずだ)  
涙が一筋、零れ落ちた。  
(…何もできなかった)  
 
涙は止まらない。  
(…ハルヒたちと過ごした、全ての記憶が、消えていく…)  
 
あとはもう号泣だった。  
理由なんてわからない。  
悲しみ以外の感情がその時の俺にはなかった。  
俺はその日一晩ただ、泣き続けた。  
いもしない誰かに、何か大切なことを忘れたことを謝りながら、  
翌朝まで、ただ、泣き続けた。  
 
 
(もう何も、思い出せない…)  
 
 

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