YUKI.N>このプログラムが起動するのは一度きりである。
実行ののち、消去される。
非実行が選択された場合は起動せずに消去される。 Ready?
それで終わりだった。末尾でカーソルが点滅している。
このメッセージを残してくれた長門は、間違いなく俺の知っている長門だ。
緊急脱出プログラム。
長門はこうなる事態を予測していたのだろうか。
……いや、ちょっと待て。
何か変だ。
非実行が選択された場合は起動ぜずに消去される?
まさか、そういう事なのか。
変な属性はないが性格はそのままのハルヒ達。
だが長門、お前は違う。
それが俺にこれを問う理由なのか。
つまり長門は苦しんでいたんだ。
ハルヒが巻き起こす問題は、結局みんな長門任せだった。
あの終わらない八月を思い返してみろ。
何も知らずハルヒに付き合っていた俺達とは違って、長門は一万五千四百九十八回というループを一人記憶していた。
俺には到底考えられない事だ。
そんな事になれば、長門が朝比奈さんと闘って勝つくらいの確率で気が狂っちまう。
あいつは何度も繰り返す夏休みの間、一体何を考えていたんだろうな。
長門は限界だったんだ。
それはもう、こんな世界を創っちまうくらいに。
こうなったのは俺のせいだ。
ここまで思い詰めていた長門に気付いてやれず、何もしてやれなかった。
なのに最後にどうするのかは俺に決めさせるのか。
まったく、このお人好しめ。
ここにはハルヒが喜ぶような反科学的事象は何もない。
ずっと俺が望んでいた世界だ。
いや……それはもう理由にはならないだろう。
そうさ、楽しかったさ。
今までの、ハルヒにさんざん振り回された日々はみんな楽しかった。
でもな長門、その記憶の中のどこにも、笑っているお前がいないんだよ。
ここには――
おかしな力はないが、相変わらず破天荒なハルヒ。
超能力者ではないが、スマイル¥0は変わらない古泉。
未来人ではないが、愛らしさはそのままの朝比奈さん。
そして何より、表情を持つようになった長門、お前がいる。
「すまない、長門。これは返すよ」
俺はポケットからくしゃくしゃになった紙片を取り出し、長門に差し出した。
白紙の入部届を掴もうと長門の白い指が伸びるが、その指は微かに震えているのがわかる。
一度失敗し、二度目にようやく摘む事に成功する。
俺が手を放してもまだ、入部届け用紙を持つ指は震えていた。
「そう……」
声まで震わせて俯いた長門からはその表情をうかがう事は出来ない。
「だがな」俺は大急ぎで言った。「俺がわざわざ文芸部に入部する必要はないんだ。なぜなら――、」
安心しろ長門。
これがお前の望んだ世界なら、俺が最後まで付き合ってやる。
今までお前がしたくても出来なかった事、何だってしていいんだ。
我が儘も何だって言ってくれていいんだ。
腹が立ったら怒っていいんだ。
悲しかったら泣いていいんだ。
楽しかったら笑っていいんだ。
思いっきり笑ってくれていいんだ。
お前の笑顔を見せてくれ。
「なぜならお前が、SOS団の団員その一だからだ」
Ready?
O.K.さ、長門。
俺は指を伸ばし、デリートキーを押し込んだ。
エロがない上に続かない☆