春だ。不安と期待が同棲する、俺にとっては四季の中で二番目に好きな季節だな。  
去年の春は実に初々しいものだった。ハイキングコースのような通学路にはほとほとうんざりさせられていたが、  
高校生にクラスチェンジした事もあって俺の精神は大幅にレベルアップしたはずだ。  
 高校に行って青春ライフを満喫できるのだろうと、実に愚かで稚拙な思想を抱いていた。  
当時の俺に言ってやりたい、甘いぞ、俺よ。  
   
 そして期待という言葉は不可避な存在によって去年の同じ頃に脳内辞書から抹消されている。  
アイツが100万ドルのスマイルを振りまく度に、俺の脳内の毛細血管が切れてるんじゃないかと疑うほどの頭痛を覚えるものだった。  
・・・・・まあ、今となっては慣れたがね。  
 そう、ハルヒ。涼宮ハルヒ。  
アイツは俺の高校生活から「普通」を奪って「疲労」や「眩暈」をどさどさと置いていきやがった。  
力の使い方が分からない―古泉流呼称で言うところの―神様だからな。今まで散々自分の好き勝手やってSOS団、  
専ら俺と朝比奈さんに不安と恐怖と脱力を、飽和状態になった今でも混入させ続ける。  
   
 俺は自身を中庸な高校生だと信じている。そんな状況に置かれて楽しいはずがない。  
だが、現実はどうだ?  
 実際のところ楽しいじゃないか。そうだ、特殊ではあるがこんな非日常的な毎日が続けばいいと思っているほどだ。  
・・・断っておくが俺はMではない。  
   
   
 春休みが明けて汗ばむ陽気の中、歩きなれたハイキングコース兼通学路をひたすら登っていた。  
太陽さんよ、熱核融合もほどほどにしてくれよ。  
「よっ、キョン」  
中身がスッカスカで軽い声が鼓膜を震わす。  
「お前、春休みも涼宮のいいようにされたんだってな」  
くそ、嫌なことを思い出させるんじゃない。春休みの半分がSOS団絡みだなんて。  
「しっかしよ、キョン。乗り気じゃない素振りだが、お前結局楽しいんだろ?  
 素直に涼宮にハイハイ付いていけばいいんだよ。いっそのことくっついt」  
俺は神をも恐れぬ態度でもの言う谷口の口を塞いでやった。それ以上は許さん。  
   
 だが、楽しかったのは認めるよ。  
誰かに刺されることもなく、灰色空間に迷うこともなく、はたまた時間旅行もなかったからな。  
内容自体はそれはもう、高校生らしいのかは判断しかねるが、  
少なくとも異常では無かったのは中庸な俺が保障する。  
谷口との会話を流し、目を閉じて春休みの出来事をふと思い出す。  
 
 
 
 終業式の午後はいつもの市内パトロール。3月半ば頃から花見にも行ったな。  
朝比奈さんと桜―満開だったのは言うまでも無い―の組み合わせが癒し効果を3倍以上に引き上げていた。  
 
 そして古泉主催の推理ゲーム。今回は幸運なことに俺の頭にも理解できる内容だった。  
ハルヒと鶴屋さんが簡単過ぎだと不満を言うのも無理ないか。  
   
 長門の家にも何度か遊びに行ったな。何も無い部屋だから皆で飾ろうって話になったんだ。  
確かにあいつの部屋は少々味気ない。  
 古泉のコネなのか、タンスやTVといった家具を運び込んだ。で、朝比奈さんが手作りのヌイグルミを配備する。  
ハルヒが私服をいろいろ選んでやり俺の諭吉が姿を消した。まあ、長門の為なら我が身を削るさ。  
あの時長門も「いいの?」と言いたげな慈悲の目をしていたから「お前のためだ」と伝達したかどうか分からないような目で返しておいた。  
長門がお礼に俺だけに弁当を作ってきてくれたのは内緒だ。  
 
 
 いろいろ回想しているうちにハイキングも終わり校門をくぐり校内の掲示板に向かった。  
おそらくこれが本日の最重要事項だ。そこには雲霞のごとく黒山ができている。  
 そう、クラス割の発表だ。俺は自分の受験番号を確認する受験生のような気分で掲示板に足を向けた。  
向けた。が、足は真逆を向いた。  
「キョン!あたしたちまた同じクラスよ!」  
なんでもいいが、俺が脳震盪を起こさないように振り向かせる方法を検討してくれ。  
「でね!有希も同じクラスなの!古泉君はコースが違うから同じにならなかったのが残念ね!」  
あのー、涼宮さん?俺の話はそんなに価値の無いものでしょうか?  
「うっさいわね!あんたの分も見てきてあげたんだからね。感謝しなさいよ!」  
隣で口をあけたまま呆然とする谷口を招き猫程度にしか考えていないのか、一切見向きもしない。  
で?俺は何組だって?  
「3組よ。ほら、始業式始まるから体育館に行くわよ!」  
そう言い放って問答無用で俺の右腕を掴んでずかずか引っ張っていく。  
谷口が俺を哀れそうに見ているのが分かった。あとで殴らせろ。  
 
 誘拐される子供たちはこんな気持ちになるのか、と世界の誘拐被害者たちに同情の念を覚えているうちに式場に着いた。  
俺は式典類はすべて寝ることにしているんだ。すまん、校長。  
必死に見つけた時事ネタで生徒の心を動かす算段だろうが俺には通用しないぜ。  
そう思いつつ俺は眠りについた。  
 
 
・・・どれくらい寝たかな。式典が終わりかけみたいだから30分弱か。  
ふー。頭もスッキリしたぜ。  
「えー、この場で何か連絡したいものは?」と司会がしぶしぶ聞く。  
俺はふと隣に目をやりザザーと血の気が引いて脳が現実逃避をしようとしているのが分かった。  
   
ハルヒがいねえ!  
 
もしやと思い恐る恐る前に向き直すとマイクの高さを調節するハルヒの姿が。  
頼むぜ。ハルヒ。進級早々問題は起こすなよ?  
「聞いてください。身の回りに不思議現象が起きている、あるいはこれから起きるという人、  
 宇宙人や未来人や超能力者はSOS団に来なさい。以上。」  
俺は頬をつねった。夢であって欲しかった。  
そら見ろ、2,3年生はお前のことを知っているからいいが新入生はどうしていいか分からない顔してるぞ。  
「以上。解散」  
空気を読んでか司会がやむを得ず式を終わらせた。  
 
俺はハルヒに何も尋ねることはしなかった。  
そんなものにはもうとっくに慣れてるし、何より俺も面白いことは歓迎するつもりだ。  
ハルヒほど積極的ではないが。  
 
俺は足早に2年3組の教室に駆け込んだ。  
掲示された机列表を見て俺はやっぱりか、という感じがした。  
俺の後ろにはハルヒが。もういいさ。これからも絶対にこの組み合わせなのだろう。  
そしてもうひとつ気になることを確かめた。  
長門は廊下側先頭か。俺の席とは離れてるな。  
「何?有希が気になるの?」  
少し不機嫌そうに俺の顔を覗き込む。  
返答を考えていると教室に谷口が入ってきた。  
この上ない笑顔で。  
やめろ気持ち悪い。  
「何だよキョン、つれないな。俺はな、喜びに打ち震えてるんだぜ。」  
何だ。ものは試しだ。言ってみろ。  
「あの長門有希と同じクラスになったんだぜ。俺的美的ランクAマイナーだが総合ランクではAA+だ。  
 狙ってみよ「こらぁ!」な」  
ハルヒの声が割って入った。  
「有希にちょっかい出す奴はあたしが許さないんだから!覚悟しなさいよ!」  
俺はさっきの恨みを思い出し、喚き散らすハルヒに便乗して谷口を軽く叩いた。  
やめろ谷口。お前があの長門に好かれるはずないだろ。  
 
「なんだとキョン。この俺的笑いセンスAAAの谷口様を捕まえてどういう了見だ」  
そんなランク付けもしていたのか、谷口よ。しかも自分がAAAとは甚だしく痛いぞ。  
「うーむ、俺は結構いけそうな気がするんだがな」  
言った通りさ。お前なんか長門は見向きもしない。過去に「面白い人」と言ったのは伏せておこう。  
「あらキョン。随分有希のことを分かったような口ぶりだけど?」  
どうやら谷口への砲台を俺に向けたようだ。俺はだな、ただ長門がだな・・・  
「ふ〜ん、ま、あんたが誰を好きになってもあたしには関係ないんだしね。  
 でも有希を襲ったりでもしたら死刑だから!」  
ハルヒは怒ったような笑ったような表現が難しい表情で言い放ち自分の席へずかずか歩いていった。  
後姿を見る限り、やはり怒り成分が若干多そうだ。  
「おわっ!」  
谷口が奇声を挙げる。俺はその突然の声に怯むことなく原因を探った。  
「・・・・・・」  
そこには長門。長門。長門・・・・・・  
長門!  
頼むから忍者みたいに気配を消すのは辞めてくれ。俺の心臓が細動を起こしたらどうしてくれるんだ。  
「・・・ごめんなさい」  
長門フェイスのスペシャリストと言っても過言ではない俺には分かった。その顔には僅かに悲が現れていた。  
ブラックパールのような瞳が俺を捕捉する。  
いや、謝られても。すまん、俺が気づかなかったのがいかんのだ。  
と、次の瞬間谷口がヘッドロックをかけるように俺を抱え小声で話す。  
「おいキョン。どういうことだ。お前が長門有希を襲ったことがあるのはもはや既成事実だが、  
 長門有希が謝罪するなんて前代未聞だ。お前いったいどんな裏技使ったんだ!」  
まて、あれは長門の貧血という話で決着をつけたつもりだ。いまさら蒸し返すんじゃない。  
「なんにせよだ。長門有希がお前と親しいのは分かっている。チクショー。羨ましいぜ。  
 俺も涼宮と愉快な仲間たちの一員になれば仲良くなれるのか」  
誰かこのバカを止めろ。  
「無理だよ谷口。長門さんはキョンととっても仲が良いんだよ。ね、キョン」  
国木田、お前も同じクラスなのか。って!さらりととんでもないことを抜かすな。  
「でもさ、長門さんと二人で図書館行ってるんでしょ?」  
あれはだな、SOS団の活動らしきものの所以でだな、  
「じゃーやっぱり入るしかないのか」  
駄目だ。このバカを何とかしてくれ。ハルヒ、この際お前でもいい。  
「あんたなんかに用はないわ」とか何とか言ってやってくれ。  
そう思ってハルヒに救いの眼差しを向けたが目が合うと腕組をしてプイと横を向く。  
こうなったら長門、お前が何かフォローをしてくれ。  
長門は困惑する俺の表情をどう読んだのか  
「・・・彼は私を図書館へ導き私はそれに従う。彼の意思。私の意思」  
そういって席へ歩いていった。おおい!余計に俺の仕事が増えてるぞ!  
だが、振り向きざまの長門の顔はどこか楽しそうだった。読み取れたのは俺だけのはずだ。  
 
 幸か不幸か、新担任は岡部だった。教室に入り、着席を促す。  
今はじめて教師に感謝しようと思う。サンクスハンドボールバカ。  
 
 
 
 岡部が春休みの私事やら新年の抱負やらを語っているとき俺はずっと長門のほうを見ていた。  
そういえば長門の授業風景は見たことがないな。まあ万能宇宙人だからな。  
高校生レベルの問題で分からないことなんてないはずだよな。  
 今度から分からないところは長門に聞きに行くことにしよう。国木田よりも的確な回答を得られる可能性が高いからな。  
 
   
 いろいろ考えていると前から紙が回ってきた。なんだ?  
恐る恐る確認をする。おわ!テストだ。そうだった。長期休暇明けにはテストがあるんだった。  
うちが進学校気取りなもんだから当然しわ寄せは生徒に来る。  
校長の焦燥感を味わいつつしぶしぶテスト用紙を後ろに回すとハルヒが  
「なに?あんたまさかテスト勉強してこなかったの?は〜、バッカねえ。  
 赤点とったら放課後居残りよ!あたしがみっちり鍛えてあげるんだから。」  
崖から飛び降りなければ殺すぞと銃を向けられている状況だった。  
 
 俺の経験からしてこの手のテストのセーフラインはおそらく40点だ。  
俺は細心の注意を払って問題を眺めた。  
 
・・・・まずいぞ。どう考えても俺の解答は30点がやっとだ。空欄が多すぎる。  
はあ。もう諦めよう。後ろのうるさいのも既にお休みだしな。寝る。  
 
 終了のチャイムが終わり、俺の30点テストが回収されていく。  
不合格者が出て舌打ちをする恨めしい教師と至上の笑みで「教官」と書かれた腕章を装備したハルヒの姿が浮かぶ。  
 
 この日はテストをやって放課だった。掃除当番とやらが対ハルヒファイアーウォールになってくれているので、  
その僅かな時間でも天使を拝みに部室へ急ぐ。  
 しかし去年までとは一味違うぞ。部室へ向かう俺の隣には長門がいる。  
いつも先にいて百科事典のような本を読んでいる長門だが、  
同じクラスということもあって一緒に向かうことにした。  
「なあ長門。今朝は何で谷口にあんなこと言ったんだ?」  
こいつとの沈黙は安堵感があるので普段は破ることはないが、ちょっと気になった。  
「・・・あんなこと?」  
いつもの無表情で返答する。  
「そう、俺がお前を図書館に誘っているみたいに言ったじゃないか」  
「・・・嫌?」  
うぐ。俺は言葉を詰まらせる。こんなに悲しそうな長門を見ると正直胸がドキッとする。  
   
 いや、すまん、お前が嫌いなわけはないんだ。むしろ頼もしい存在だ。  
ただ谷口に理解させるのは至難の業だと思ってな。  
「彼の知能指数は126。あなたの話は十分に理解することができる。」  
・・・いや、そういうことでは、って谷口が126だと!何てこった。  
俺と張り合うほどのあほだと思っていたんだが。ち、ちなみに俺は・・・  
「あなたの知能指数は「待ってくれ」7」  
俺は怖くなった。俺が谷口以下なんてことになったら明日から何を心の支えに生きていけばいいんだ。  
だが下一桁の「7」だけは聞こえた。谷口以下とは思いたくないので127だったと勝手に補完する。  
 
 再び静寂に包まれ部室のある旧館へと進む。  
 
 
 部室に着いた。  
ノックをすればエンジェリックヴォイスが俺のハートを直撃する。  
「はぁ〜い」  
ガチャリとノブを回しドアを開く。ああ、これだよこれ。一日の中でも至福のひと時。  
   
 大天使ミカエル様もビックリのパーフェクトエンジェル(メイド仕様)がここにいる。  
朝比奈さんは慣れた手つきでお茶を沸かしてくださる。  
感謝しますよ朝比奈さん。あなたがいなければ今頃俺の心は崩壊しているでしょう。  
 
 久しぶりのパイプ椅子に腰掛け淹れてもらったお茶を楽しみようやく落ち着いた俺はしばらく空けていた部室を見回した。  
「何も変わってないな」と思わず声に出す。  
だが、その時いつもの位置で既に読書を開始していた長門は2ミリほど首を横に振った。  
「・・・変わった」  
本の女神がその唇を動かす。  
「あなたは変わった。朝比奈みくるも。涼宮ハルヒも。古泉一樹も。わ「お待たせー!」も」  
暴走特急のようにドアをバンと開けるハルヒ。  
あまりの勢いにエンジェルが腰を抜かしている。  
「あれ?古泉君はまだなの?」  
アイツは理系だからテストが一つ二つ多いんだろうよ。  
「ふ〜ん。まあいいわ。それよりキョン。  
 あんた今日のテストはどうせ駄目だったんでしょ?」  
極上の笑みで問いかける。朝比奈さんと長門の視線が少々痛い。  
「全く。キョンはSOS団としての自覚はないの?」  
果たして知らぬ間に団員にされていた俺にいったいどんな自覚を要求するのだろうか。  
「いい?これからSOS団は勉強週間にするわ!一週間後に外部模試があるでしょ?  
 あたしたちも二年生になったんだし勉学を疎かにしても百害あって一理なしってもんよ。」  
すまんなハルヒ。俺は『勉強やテストといった言葉を聞くと脳が緊急停止する症候群』なんだ。  
ついでに、「一利」な。  
「うっさいわね!いいことキョン!あんたはこれから一週間みっちり勉強するの。  
 それでその模試で見事満点を取って口煩い教師どもを黙らせるのよ。」  
 
 おいおいマジか!?朝鮮半島を平和的に統一するぐらい難しいぞ。  
どうせなら見込みのある長門や古泉にしたらどうだ?俺より可能性があるぞ。  
必死に対象を変更させようと試みるが  
「有希や古泉君はいいのよ。二人とも、特に有希はすっごい優秀なんだから。  
 それよりもあんたよ。」  
ハルヒは演説中の大統領のような威厳で  
「いい?集団で行動するときは必ず足を引っ張る奴がいるのよ。  
 あんたが成績不振で活動に影響が出たらどうするのよ!」  
昨年度の期末テスト前にも似た様なこと言われた気がするのだが。  
「とにかく!今日からみっちりあたしが見てあげるんだから。感謝しなさいよ!」  
ガチャりとドアが開き0円スマイルの古泉が  
「おやおや、なかなか面白いことになっていますね。廊下まで声が響いていましたよ」  
パイプ椅子に腰掛けて続ける。  
「ということは一週間僕のチェスの相手が不在になってしまいますね。ふむ。どうしたものか」  
人差し指で前髪をさらっと掻いて胡散臭い笑みを浮かべる。  
 
 救いを請うため長門に目をやる。読書マシーンに何を期待したのか。  
俺は間抜けな顔を正してこの事態の回避を諦めた。  
 
 
 

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