長門とこういう関係になったのは何故だろうと、今でも時々そう思う。  
別に嫌だとか不自然だとか、その手の違和感があるわけじゃないが。  
しかし、こうなった後でも、この関係が、全く他に波及していないという意味で。つまり日常が、あまりに今まで通り過ぎて。  
自分と長門の関係は、結局一体どういう事になっているんだろうと、ふとした切欠で考える事がないといえば確かに嘘になるのだ。  
「…………」  
頬杖のまま、目だけを遣る。  
半端なシャギー。入り浸る、まではいっていない、それでも見慣れた殺風景。  
ぬばたまの瞳は冷たい蛍光灯を照り返し、ただ、しずかに知性をたたえ輝いている。  
「……する、か?」  
コタツの天板に飲み干した湯飲みを置く。  
柄にも無く緊張していたのか、思ったより大きな、硬い音。  
すこしの間があって。それと分からないほどの首肯が返る。  
受けて。微妙な恥ずかしさを振り切るように立ち上がって、すぐ傍らの襖に。  
長門も正座を解いて、後に続いてくる。  
「…………」  
表情を変えぬまま、俺のシャツの裾を指先でつまんでくる。違うのに、懐かしい仕草。  
数歩あるいて、すぐ、離れる。  
入った客間の押入れから例の、朝比奈さんと並んだ、さらに、幾度となく長門と使用した布団を引っ張り出し  
二人で端と端とを持ち、部屋の真ん中に敷く、と、押し潰された空気のそよぎが、鼻先をくすぐった。  
そういえば。洗濯とか日干しとか、こまめにやっているんだろうか。  
そうは思えないというか、それ以上の、新品の如くすっきりとした手触り。  
今更気付くのもアレだが、毎回の始末は  
「……なあ」  
顔を上げると。既に下着姿の長門。  
何、と小首を傾げるのに、フラフラと布団の上を歩き、近づいてゆく。  
「いや、いい」  
そう。こいつの周囲の、瑣末な不可思議現象なぞ、正味どうでもいい。  
慣れたというか、そっちの方がデフォルトだ。  
さっそく獣入ってきてる俺に、僅かに、脅えが感じ取れなくもない無表情。  
あらゆる意味での、存在の大きさとは裏腹、本当に小さな肩を抱き、唇をおろす。  
 
「…………っ」  
これ以上に優先すべき事柄など、世界の、宇宙の、どこを引っくり返しても見つからない。  
ピロートークは後だ、後。  
長門は、そうするものだと教えた、静かに目を伏せ。  
俺も続いて瞳を閉じ、進入した舌先で、つるつると滑らかな綺麗な歯並びをなぞりはじめる。  
「ん……」  
ひたすらに舐る。  
手の平の下。剥き出しの肌が徐々に汗ばみ熱くなる。  
「…………っ」  
酸素の続く限りしたあと、糸を引き、粘膜を離すと、  
同時に、押し下げる方向に力を込め  
長門の膝をゆっくりと折る。  
「…………」  
やがて正座したその首筋に、鼻っ面を埋め  
上半身が倒れる事を許さず。二の腕を拘束するようにきつく掴み。仄かな香のする肌を思い切り、吸う。  
出自不明の甘い、甘い。  
長門が小さく息を飲んだ。  
一秒でも離れがたく  
それでも離れると、桜色の跡。  
キスマークは、傷と同じでいとも簡単に消せるので、遠慮なく、服で隠せないところ。  
「…………」  
長門はあまり、喘ぎ声というものを発しない。  
我慢しているというより、反応を、そういう形で表すことを知らないかのように。  
わずかに開いた唇。小刻みなのがやっと分かるくらいの吐息。  
表にあらわれる変化といえばそれくらい。  
だからといって、改まって「喘げ」というのもなにやら妙で、結局、妥協点はこういう形だった。  
「手」  
そう言うと、一拍の間の後。長門の右手がふらりと持ち上がる。  
こちらも左手を追わせ、正面から、指を絡める。  
気持ちと急所を伝え合う、通信機、代わり。  
 
それから少し面倒ではあるが、空いた片手で長門の背中のホックを外し  
白いシンプルなデザイン。二人を阻む、無粋な布切れを、布団に落とす。  
薄いが確かなふくらみ。屹立しはじめている、小ぶりな頂点を、ついばんだ。  
「っ」  
甘噛みするたび、絡む指に力が篭められる。  
強めに歯で咥え、乱暴ギリギリで引く。  
乳腺を舌先でこじ開ける勢い。押し付け、また無理矢理に引き出す。  
目だけで見上げると、視線が絡む。  
霞む涙目の目元が、仄かに染まって。相変わらず、表情だけが動いていないが。  
「…………」  
長門の無言の視線が、横に。  
一瞬の動きではあったが。その意図するところは、すぐに悟れた。  
そちらでは、もう一方。右のふくらみが、ぽつねんと放置され、勝手な主観も付け加えれば寂しそうに佇んでいたのだ。  
「そっちも、か?」  
唾液まみれの突起から口を遠ざけ、聞くまでもないことを聞く。  
首肯。  
長門はねだらず、照れない。  
声に出さず笑い。左とは対照的に、包むように優しく、まださらさらとした乳房を触れる。  
当然、繋いだ手にも、揉む手にも、また長門の左胸に戻った唇にも、負荷はかけられなかった。  
長門の正座に、足を開いた正座で向き合う格好なので。そうすると、自分の前かがみの上半身を、腰だけで支える羽目になる。  
結構、きつい。  
だからもう、押し倒してしまおうか、と。  
だが俺は、座ったまま、長門が徐々に蕩けてゆくその過程を見るのが、とても好きだった。  
そうさ。耐えよう。趣味のために。  
さいわい長門も俺も、別の意味での我慢は効かなくなってきている。この体勢も、そう長くは続くまいし。  
責めたのはまだ胸だけなのに、長門の息はかなり荒く。  
とはいえ、耳を澄ませねば分からぬ程度なので、見知らぬ一般に比べると、やはり随分と大人しいのだろうが。  
とにかく、無表情から、想い通りの、俺だけに分かる長門の切なさが  
そう。こいつの、俺だけが知る。  
泣きたいほどの優越。  
一枚も脱いでいないこちらのズボンの中も、一段と窮屈に。  
 
「足」  
肉付きの薄い腿に触れて促すと。おずおずと腿間の角度が増え。  
見下ろすと、純白の三角に点ほどの湿り気。  
そこに手を入れ、中指をあてる。  
くりくりと未だこなれていない閉じたたたずまいを布越しにほぐし。湿度の高い長門の息を、旋毛に感じ続ける。  
変色の広がり。一本線沿いに蜜を塗りつけるように。  
「…………」  
行為は、チキンレースに似ている。  
長戸にその自覚はないだろうが。彼女なりに熱く、しっとりと、息を荒げるその姿は、正直言ってかなり、いや、絶望的に辛抱たまらんものだ。  
もっともっと、その艶姿を楽しみたいという欲求が。自分も快楽を重ねたいという欲求に負けた時。  
それが、俺の、甘美なる敗北の時。  
とかカッコつけてるが、実はもうヤバイ。冗談抜きでクラクラする。  
「ぁ」  
へそ側から布に手を入れ、薄い叢を越えて。触れる方もにゅるにゅると心地いいそこに。  
延々咥えていた胸の頂から離れ。ほぼ無表情のまま欲情に潤みきるという、器用な真似をしている長門に、二度目の、キス。  
唾液のありったけを、交換し合う。  
粘性の薄い糸を引き、ぷは、と、至近でみつめあい。  
それから顔をすれ違わせ。しばし。  
顎を長門の細い肩に乗せ。温かい吐息を聞きながら、俺もまた喉を鳴らす時。  
知り尽くした弱点を捏ねまわす度。長門が、繋いだ手から、それをどう感じているかを、細大漏らさず、正直に伝えてきていた。  
そして長門の空いた手が、シーツをもどかしげに握るのが、見えた。  
くそ――。  
くそ――。くそ――。  
くそ――。くそ――。くそ――。  
くそ――。くそ――。くそ――。くそ――……  
「……無 理」  
頭の中で、一人勝手に白旗を上げる。  
ようやった俺。  
うん、よく持ったほうだ。  
虚しく労をねぎらいながら体を起し。その虚しさと真逆の塊、真実、愛おしいと想うようになった人型を、瞳に映す。  
 
手の平を合わせた左手と。抜き去り、愛液も拭わぬまま、長門の細い手首を掴んだ右手。  
そのまま、バンザイ準備にも似た体勢にさせて、軽く、押す。  
壊れ物を扱うように横たえ。窓から差し込む、傾いたオレンジ色の光が、汗の粒を浮かせた肌を褐色に照らすのを見る。  
「はぁはぁっ」  
かなり危ない俺自身。  
夜の路地裏に出現したら、100%痴漢と断定していい顔。  
それを隠すことなく、血走った両目を、曝け出す。  
視界の端に畳があった。  
ここが布団の端なのだと、ようやっと気付き。  
なんの拍子か、長門の目から、零れる涙がひとつ。  
同時に手の平が、本日一番の圧力を。  
そう。  
それでも俺は、確かに、望まれているのだ。  
一瞬の心の跳ね。強張りが、解ける。  
煮え滾る。  
眩暈すら覚え、くちびるを開き、大出しにした舌を長門のそれに捻じ込む。  
三度目。僅かに低い口腔の温度が、俺に馴染んで。やがて目盛りを揃える。  
緊張と、食べてしまいたいという言葉通りに噛み千切らない為。ぶるぶると、顎が震えた。  
捉えていた長戸の手首が、逃げる。  
それにより空いた拳を布団に置き、上半身を肘で支え、手首から先はひらいて長門の頬に充てて。  
その間に俺の腹を辿った長門の手が、ズボンを留めるチャックを開ける。  
トランクスから飛び出たモノに、長門の逆手が添えられ。情けなくも、それだけで喉が犬のように鳴いてしまった。  
目の前の無表情は嬉しそうに。  
それが俺にも嬉しく。  
でも、足りない。  
早く、早くもっと重ねたい。  
「腰上げて」  
一時たりとも離れずに、呂律をそのままキスで言う。  
聞き取れなかったのか、怪訝そうに長門。  
それで俺が、か弱い最後の砦のゴムに指をかけると。察して、素直にお尻が上がる。  
片手で、しかも急いての行動は、肉付きにゴムが食い込み、脱がすにつれ長門の足をも擡げてしまうけれど。  
 
流石に息が続かなくなり、口付けを解く  
のを待っていたかのように、長門が、追いかけて  
「いれ、て」  
言葉の意味を理解すると同時に、長門の両足首のところまで来ていた白いくるまりから、手を放す。  
ぽすん、と、長門の足が布団を叩く可愛い音。  
背に力を込め、上体を高く持ち上げ。  
それで。  
そこに。  
全ての準備が整っていることを知る。  
肋骨の段がうっすらと浮いていた。  
あまりに肌理細やかな肌。  
やたらに、美しかった。  
見蕩れ。さらに高まり。  
かえって、手管がゆっくりになる。  
手を戻し。パンツで繋いだ両足首を押し。Oの字のがに股。  
ああ、なんて格好だ。  
長門の、オムツでも代えているような。  
だがそんな女子のみっともなさが、どれほど男を昂ぶらせるか。  
長門の足の間に、体を差し込む。  
もう、引き返せるわけがない。  
「入るぞ」  
確認ではなく宣告。  
照準するまでもなく。合わさり慣れたふたつは、一度で見つけだす。  
「入る」  
繰り返す。  
かすかな水音。目の端にピンク。  
ん、という嬌声に、深深と貫  
爆発。  
融解のはじまり。  
脳中で大事なものがはじけ散った。  
それが俺の形に戻るまで。  
 
じっと、全霊で、ざわめきを味わう。  
喉が、カラカラに渇くほどの熱い息を、一度に放り出し。  
長門は、もうこれ以上ない強い力で俺の手を握り。  
それが痛みではなく。ただ圧力として互いの皮膚を  
腰を引く。  
先走りと蜜が、おそろしい量カリに扱かれてシーツを汚す。  
突く。  
あっという間に湧き始めた互いを、子宮に押し入れる。  
引く。  
また、掻き出して。  
突く。  
もういっそ、もういっそこのまま刺し殺したい。  
そうすれば、これを、永遠を手に入れられる、などと。  
だがその埒も無い妄想も、やがては失い  
馬鹿のような繰り返しに、全てが没頭してゆく。  
長門は俺の体の下で、ぎゅっと眼を瞑り、艶光る唇の隙間から薄っぺらな吐息を、忙しく出し入れしている。  
突く。  
包まれ。  
引く。  
思考が、漢字にならない。  
あまりにも、きもちよすぎる。  
おれの。  
おれのながと。  
長門も鳴いていた。  
初めてのことだった。  
何故だか分からない。  
切欠は……  
疑問は、脳中の未処理の書類棚に放り込まれ。  
やはり得られた結果のみを乱暴に味わ  
没頭。  
体全体が、ずりあがる。シーツに皺が寄り、やがて布団圏から外れる。  
畳の目。摩擦も気にならない。  
 
だが長門の柔肌に、どうでもいい騎士道精神が働いた。  
長門を持ち上げる。  
崩した正座から、さらに胡座に崩し。その上で、長門の華奢な体を踊らせる。  
向かい合い。顔が互い違い。  
他人事のように、二種類の獣声を鼓膜に叩きつけ。  
恋しさ。  
何度も何度も名前だけを呼ぶと、くぅくぅと喉だけの嬌声が返る。  
ながと、おれのながと。  
神聖な庇護欲と、それを暴虐する、背徳の、悦び。  
そしてなにより、自分が想うように、相手も自分を想っていると、確かに賭けられる確率の奇跡。  
これにくらべればこれにくらべればこれにくらべればこれにくらべれば――――  
 
引き換える物も思いつかぬ表現が終わるより早く、とうとう、別のものが果てた。  
 
――――――――――――――――――  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
目が覚めたら、日が落ち暗くなった室内で、全裸の長戸に膝枕されていて。  
どっかで誰かに、と既視感を覚えながら、「一緒に逃げるか?」と言ったら「無理」と言われた。  
首に手をかけ、前に屈ませて、キスをしながら髪を梳く。  
 
ずっと一緒には、居てくれるらしい。  
うん。愛してるぞ、長門。  
……照れるな。  
だが、それだけは間違いがない。  
 

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