月明かり・・・星明り・・・ひとつ、ふたつ、みっつ。
私は今日も観測する。情報爆発、発生件数平均値。何らかの外因的要因により特異点の崩壊も確認。
月明かりも星明りも相変わらず。無為に流れる時間。私は観測者。だから、観測対象に過度の接近や接触は許可されていない。だから無為に時間を過ごす。
外部とのコミュニケート用の擬似自我プログラムを付与された固体・朝倉涼子は順調に外部とコミュニケートを継続中。朝倉涼子が目立つことでこちらに対する世間からの注目などがうまく逸らされる。問題ない。
・・・うそ。
本当は・・・胸の中に溢れるのは・・・寂寥感?
エマージェンシーモード発動中。だからここには私以外に。私がいつか出会う人たちがいる。時間凍結を施され、壁ひとつはさんだ向こう側でただ静かに眠っている。
時間凍結された物体は、いかなる外部干渉にも影響されない。故に彼らは眠り続ける。そして。
私は、私がいくら手を伸ばしたくとも・・・。決して、その壁の向こうに手が届くことはない。私は「私」に訪ねてみる。「私」がいつか体験することになる、慌しくおかしく大変で、それでいて暖かくやさしい日々のこと。
観測者ではない「長門有希」を。私をひとりの個人として、一個の人格として認めてくれた人のことを。
星明りよっつ・・・いつつ・・・むっつ。私はただ観測する。それは私の「今」の存在価値。私が「私」であるために、絶対に必要な存在目的。
でも・・・私は「私」から聞いている。私は「私」の体験したすべてを見て・聞いて・体験している。
初めての図書館。図書カード。静かな時間。生まれて始めての冗談。狼狽・笑顔・困り顔・微笑・視線・激情・さまざまな感情。
・・・この壁の向こうに手が届けば。この扉がひらけば。この時間の壁が開いたら。
私はきっと、多分まちがいなく。観測者ではない「長門有希」になることを望むだろう。彼がそう思っていたように。私がそうしたいと思ったとおりに。
星空の観測を中断。薄いフスマに手を伸ばす。指を添えてそれあけようとしても・・・それは決してひらかない。私は決して、あの向こうにいる人に手を伸ばせない。あの向こう側にいる人に、話しかけられない。あの向こう側の人の声を、聞くことはできない。
すべてを知るものこそ、無知なるものである。どこかで見たような逆説論。
いっそ、私は無知でいたかった。知ってしまうことが、体感してしまうことが、交流してしまうことが。
こんな苦しみと、切なさと、孤独の温床になるなんて。想像もできなかったから。
・・・まどろみの中から覚醒。状況把握・・・。まだ誰もいない文芸部室。いろんなモノが増え、生活感が増した文芸部室。増えた椅子。増えた机。パソコン。本。ボードゲーム。衣装。
増えた思い出、増えた大事なもの、増えたせつなさ、増えた喜び、増えた悲しみ、増えた…感情。
もうすぐまた、にぎやかな時間が始まる。喧々諤々とした口論をしつつ、SOS団長とSOS団雑用係のあの二人がやってくるまで、あと3分もありはしない。
無知なるがゆえに苦しみから逃れたくて、私は一度。全部をなかったことにした。
でも、もうそれはやめようと思う。
苦しさも、悲しみも、喜びも、涙も、笑いも。すべてが「今」の私を形作るとても大事な構成要素だから。
もう二度と触れ合えない過去の私に、今の「私」は呼びかける。決して届かないけれど、それでも声を伝えてみる。
「大丈夫。あなたも、きっと大丈夫」と・・・。