「じゃあ、みんなそれぞれ一本ずつ官能小説を書いてきて! 明日見せ合いよ!  
今日はこれで解散!」  
ハルヒは笑顔で勢いよく部室を飛び出していった。  
はて? なんでこんなことになったんだ?  
思考を巡らすと原因はどうも俺ということになるらしい。  
宇宙人と未来人と超能力者の視線が俺に集中しているのがその証拠だ。  
 
「おい、そろそろ文芸部として何かしないと部室がやばいんじゃないか」  
俺の言ったことは至極まっとうだ。  
何しろSOS団は文芸部の部室を不法占拠しているに等しいからな。  
ここいらで文芸部だと表向きだけでも見せかけとかないと部室の維持は難しい。  
しかし、俺の提案に何故かハルヒは「官能小説を書く」という答えを出した。  
なんでこうなるんだ。  
……やれやれ。  
 
「仕方ありません。どうせならじっくり練って納得できるものを書きたいのですが。  
一夜漬けでなんとかしますか」  
そっちかよ、古泉。  
「ふわああぁ〜。か、官能小説なんて、そんな恥ずかしいもの書けませ〜ん」  
顔を真っ赤にして慌てふためくメイド服の朝比奈さん。  
そのシチュエーションがすでに官能の世界に片足突っ込んでるような気がしますよ。  
「…………」  
こいつは読書量だけは人の数十倍だが、そっち系のは読んだことあるのかな。  
長門は本を鞄に仕舞い、帰り仕度を始める。  
さて、俺も帰るか。  
 
「さて、どーすっかなー」  
午後11時、俺は自室のPCの前で船漕ぎをしていた。  
ま、深く考えることもあるまい。ネット上から官能小説を探して適当にコピペすればよい。  
俺は適当にネット上を這い回り、適当に官能小説サイトに辿り着き、  
その中の一作品を適当にコピペし、適当にプリントアウトした。  
これでよし。  
♪ぴぴるぴるぴるぴぴるぴ〜♪  
電話だ。  
背面液晶に「涼宮ハルヒ」と表示されている。  
「もしもし。なんだこんな時間に」  
「キョン、どう? 創作活動は進んでる?」  
底抜けにテンションの高いハルヒの声だ。  
「ああ、今書き終わったところだよ」  
「おっ、珍しく仕事が速いじゃない。ところでさぁ、明日みんなどんなの書いてくると思う?」  
「さあな」  
「書きなれない人が官能小説を書くとその人の性癖がモロに出るのよね〜。楽しみ〜!」  
それが目的だったのか。  
「おっと、今から書き直しちゃダメよ! そのまま持ってきなさいよね!」  
そう言うとハルヒは一方的に電話を切った。  
明日の遠足が待ちきれない子供のようだ。  
そういえば、さっきプリントした“俺の小説”はどんな内容なんだ?  
中身も読まずに盗作した作品に目を通そうとしたしたその時、再度電話が鳴った。  
背面液晶に「長門有希」!  
なんだ? 緊急事態か!?  
「もしもし、長門?」  
「…………来て」  
 
10分後、息を切らせた俺は長門の部屋の前に着いていた。  
「入って」  
お茶の間に通され、長門に入れてもらったお茶を飲み一息つく。  
「で、どうかしたのか?」  
「……書けたので読んでもらいたい」  
俺は原稿用紙の束を渡された。  
しっかりとした明朝体の手書き文字。間違いなく長門の字だ。  
ん? まさか官能小説? 長門が書いたのか?  
「有機生命体の創作物として不自然な点がないか確認して欲しい」  
なるほどね。  
しかしこいつも律儀だね。俺みたいにコピペすればいいものを。  
でもまぁ、長門の書いた官能小説というのは興味がある。  
どれどれ……  
 
「図書館の情事」作・長門有希  
読書好きで気の弱い少女、雪はいつもワガママ池沼女と乳しか取り得のないキャバ嬢(高校生)  
にいじめられていた。  
ある日、雪は新しくできた図書館に足を運ぶ。  
新設間もない為、人でごった返す館内。  
人ごみが苦手な雪だったが、なんとか目当ての本を見つけ借りようとする。  
しかし受付カウンターでは司書達が忙しく立ち回っており、気の弱い雪は  
貸出カードを作りたい、と声を掛けることもできない。  
そこに京と名乗る青年が現われ、雪のために貸出カードを作り、本を借りてくれる。  
ついでに京は雪の眼鏡を外し「眼鏡がないほうがかわいい」という。  
雪は彼の優しさに胸を打たれ恋に落ちる。  
京も雪に一目惚れし、図書館の身障者用トイレに雪を連れ込む。  
始めは戸惑う雪だったが、京の絶妙な愛撫に次第に身を委ね官能の波に溺れて行く。  
次の日雪は、京がワガママ池沼女と仲良く話しているところを目撃する。  
また、京が乳キャバ嬢にデレデレしているところも目撃する。  
彼を独占したい――狂暴な欲望が雪の中を駆け巡る。  
その次の日、雪は京を図書館の身障者用トイレに誘い出す。  
雪は用意していた拘束具で京を動けなくし、寝食を忘れ無理矢理情事に励む。  
3ヵ月後、結合したまま腐乱死体と化した2人が発見された。  
 
 
長門が俺を見ている。無表情で液体ヘリウムのような目で俺を見ている。  
「書きなれない人が官能小説を書くとその人の性癖がモロに出るのよね〜」  
ハルヒの言葉が耳の奥底から禍々しく蘇る。  
「……どう?」  
「え、え〜と…」  
俺が応えに詰まっていると長門は立ち上がり奥の和室に繋がる襖に手を掛けた。  
「イメージを具体化しやすいよう、拘束具を幾つか購入した。  
……もし、あなたが望むのなら……」  
「いやあー、よく書けてるよ、長門ー! うん、これで全然大丈夫だ。  
それじゃあ、俺そろそろ帰るわ! 明日学校でなー!」  
俺は長門の部屋を飛び出した。  
少々かわいそうな気もするが、怖い。怖いよ長門!  
これから一人で長門の家いけねえよ。  
 
 
翌朝、登校すると俺の下駄箱に手紙が入っていた。  
「お昼休み、屋上でまってます。みくる(小)」  
ご丁寧にも(大)と区別してくれている。  
一瞬にして昨晩の恐怖体験をすっかり忘れた俺は、鼻歌を歌いながら教室に入る。  
「へぇ、余裕じゃない。よっぽどいい作品ができたのね。放課後が楽しみね」  
「まあな。お前こそどうなんだ?」  
「ふふん、放課後見せてあげる。楽しみにしてなさい」  
まぁハルヒの官能小説ならだいたい想像がつく。  
宇宙人や未来人や超能力者がでてきて普通じゃない性行為をするんだろう、どうせ。  
得意げな笑みのハルヒをもろともせず、ついに昼休み!  
ハルヒが学食に行ったのを見計らってGoTo屋上!  
しかし、その前に思わぬ伏兵が待ち構えていた。  
屋上に繋がる扉まであと5段という階段の踊り場で。  
「おや、キョン君。こんなところで偶然ですね。ちょうどよかった、  
あなたに見てもらいたいものが……」  
古泉…、俺は今人生で一番に大事な用になるかもしれない岐路に立ってるんだ。  
邪魔立てするならお前を殴り倒してでも前に進ませてもらうぞ。  
「そう怖い顔をしないでくださいよ。実は例の官能小説です。  
一応書いてはきたんですが、なにしろ創作はなにぶん初めてなもので。  
女性陣に見せて差し障りのないものかどうか同性のあなたのご意見を伺いたいんですよ。  
あなたに読んで貰えるまで僕もここを通すつもりはありません。機関の勢力を総動員してでもね」  
ええい、鬱陶しい。1分で検閲してやるからさっさと貸せ!  
和紙に筆ペンで荒々しく書き連ねてある和紙の束を奪い取った。  
 
 
「MYSTIC BOYS」作・古泉一樹  
冴えない在日朝鮮人三世のチョン君は、ふとしたことから黒人男性数人ににストライクバックされ、  
ひどく落ち込んでいた。  
そこに表れたのは正体不明・国籍不明の美青年、スパ・オールド。  
彼は、チョン君にバイトを紹介したり、神について持論を述べ合ったりして次第に親交を深めて行く。  
必然的に彼らはBLの関係になり……延々と汗臭い男性器と男性器が絡み合う描写が続く。  
 
 
「どうですか?」  
ずい、と顔を近づける古泉。  
「どうですか?」  
更に近づく古泉。奴の鼻息が俺の頬に当たる。  
俺は予告通り古泉を殴り倒し、ついでに偶然立て掛けてあったパイプ椅子で  
気絶するまでボコボコにした上で屋上に飛び出した。  
一刻も早く朝比奈さんの御姿を拝見して解毒しなければならない。  
天使に見紛うその御姿はすぐに見つかった。  
「キョン君、来てくれたんですね」  
もちろんですよ、朝比奈さん。あなたのためならホモの一人や二人が生死不明になろうが  
知ったことではありません。  
「あのぅ、実はぁ、これ読んで下さい!」  
おずおずと差し出されたのは可愛らしいキャラクターがプリントされたノート。  
これはラブレター……じゃなくて、やっぱりアレですか?  
「はい。官能小説というものを一応書いてはきたんですが自信がなくって」  
なんでみんな先に俺に読ませるんだ?  
まぁ、長門や古泉はともかく朝比奈さんが書いたものだ。  
きっとかわいらし〜い童話みたいなキス程度で終わる恋愛小説になっているに違いない。  
心を浄化させて頂くとしよう。  
 
 
「眠りの森のクルミ姫」作・朝比奈みくる  
昔々あるお城に可愛くて巨乳のお姫様、クルミ姫がいました。  
しかし、クルミ姫の巨乳を妬んだ貧乳根暗魔法使いがお城ごと眠らせてしましました。  
数百年後、噂を聞きつけたキャン王子は眠り城に向かいます。  
途中で貧乳根暗魔法使いの妨害に遭いますが、何故か同時に現われたホモ超能力者、  
ツンデレ大魔王と同士討ちさせ、難を凌ぎます。  
さて、クルミ姫を見つけたキャン王子。  
さっそく姫にくちづけしますが目を覚ましません。舌を入れてみても反応がありません。  
仕方がないので豊満な乳房を揉んだり、下半身を弄ったりします。  
そのうち辛抱たまらなくなったキャン王子はクルミ姫にペニス・オブ・プリンスを  
挿入し中出ししました。  
しかし姫はまだ起きません。仕方がないので王子はもう一度…(無限ループ)  
…最終的にクルミ姫は目を覚まし、性テクニックが格段にレベルアップした王子と  
幸せな夫婦生活を送りましたとさ。  
 
 
「……朝比奈さん、意外と過激ですね」  
「ふえぇぇ〜、だ、だめですかぁ〜」  
顔を真っ赤にしてモジモジする目の前の朝比奈さんと激しくギャップを感じる作品だ。  
でも未来ではこういうのが流行ってるのかもしれない。  
「いや、いいと思いますよ」  
「ほんとですかぁ〜」  
他の二人のに比べたらまだ随分まともだからな。  
にしてもなんでみんな俺を相手役にするの!?  
いや、朝比奈さんの相手役なら大歓迎であるが。  
 
 
放課後、SOS団部室。全員が揃っていた。  
昨晩のことを思い出し、恐る恐る長門を見るといつもの無表情。  
あれほどの重傷を負わせた筈なのになぜか無傷でヘラヘラスマイルの古泉。  
恥ずかしそうに俯くメイド姿の朝比奈さん。  
そしてハルヒは、クリスマス前のイルミネーションよろしく目を輝かせて  
団長席で踏ん反りかえっている。  
「さて、じゃあ一人ずつ読ませてもらおうかしら」  
一作品を四部ずつ刷って批評しあう。なかなか文芸部らしいではないか。  
例によってクジで決まった順番は、朝比奈さん・長門・古泉・ハルヒ・そして俺。  
 
「……み、みくるちゃん。なかなかヤルわね。意外と過激じゃないの」  
俺と似たような反応を示すハルヒ。  
どうやら噛ませ犬のツンデレ大魔王には引っ掛かりを覚えなかったようで一安心だ。  
「眠り姫を下敷きに持ってくるとは、読者に読ませやすくするいい手段ですね。  
参考になります」  
動じない古泉。機関のスパイでも送って先読みしたのかね。  
「………………」  
長門は朝比奈さんをじっとみている。ビクつく朝比奈さん。  
俺にはわかるが、長門は怒っている。  
どうやら「貧乳魔法使い」がお気に召さなかったようだ。  
このままでは一両日中に朝比奈さんは長門に締め上げられるに相違ない。  
後で長門にフォローを入れとくとするか。  
 
次は長門の作品。昨晩の寒気がぶり返して来る。  
「…ほ、ほほう。有希ってなかなかマニアックなのね」  
さすがのハルヒもこれにはタジタジだ。  
古泉もニヤニヤしつつも動揺の色が隠せない。  
一方、意外に平然と読んでいる朝比奈さん。未来では拘束心中は普通なんですか?  
「あのぅ、邪魔な恋敵二人はわからないですけど、ヒロインの雪と京っていう  
男の子はもしかして…」  
ああーっ! こういう場でそれは禁則事項ですよ、朝比奈さん!  
ほらっ、また長門が睨んでますよっ!  
ハルヒも俺をじとっとした目で見てるし!  
「まあいいわ。有希らしいっていえば有希らしい作品ね」  
俺を見る視線は「まあいいわ」って感じじゃないぞ。  
後で何言われるんだろ。  
 
次は古泉。全員絶句。長門は最初から喋ってないが。  
「どうです? こういうイロモノも一つはあったほうがいいかと思って  
趣向を凝らしてみたんですが」  
「あぁ…、そうなの。てっきりあたしは古泉くんはそっちの気があるのかと疑ったわ」  
「ふふ、さてどうでしょう?」  
こっちを向くな! ウインクするな、気色悪い! 部活終わったらもう一回殺す!  
そして長門、朝比奈さんが赤面してオロオロしてるのはともかくとして  
お前まで微かに頬が赤いぞ。暑かったらカーディガン脱げよ。  
 
「次はハルヒ、お前の番だぞ」  
「わかってるわよ、はいご覧あれ!」  
ハルヒは一枚の模造紙を両手で広げて見せた。  
それは小説ではなく「世界を大いに盛り上げるための性交法」と題された  
図形・記号・数式が満載された論文のようなものだった。  
俺にはまったく意味がわからん。  
古泉も微笑んではいるが頭の上にはハテナマークが浮かんでいる。  
しかし、長門は大きく目を見開き停止、朝比奈さんに至っては腰を抜かして驚愕していた。  
「何なんですか、アレ」  
「詳しくは禁則事項なので言えませんが、性交時の男性女性両方のオーガズムを現した  
ものなんです。私の時代の……ええと、性教育で一番最初に必ず習います。  
発案者がどの時代のどの人だったのか、ずっと謎だったんですが……。  
それが、まさか涼宮さんだったなんて……」  
絶句、してもいられない。次は俺の番だ。  
てか、俺の作品て、適当にコピペした盗作だが、どんな内容だったかな?  
 
「ふっふっふ、キョン、あんたがいつもどんなのをネタに抜いてるか参考になるわね」  
な、なんてことを言いやがるこの恥知らず女!  
古泉、こっち見るな気持ち悪い。  
朝比奈さんも潤んだ瞳でこっち見ないで下さい。  
長門もまじまじと俺の下半身を見つめないでくれ。  
いいからお前らさっさと読めよ。  
 
全員絶句。なんだこの空気。もしや俺のもホモ小説?  
「いやぁ、驚きです。あなたはそちら方面でしたか」  
「キョ、キョンくん、こんなのよくないと思いますぅ……」  
「……家族会議が必要」  
ん、長門? 家族会議って何故? ホワイ?  
「あ、あんたってヤツはバカで変態だとは思ってたけど、まさかこんなことを」  
ハルヒの言葉に怒気が含まれている。一体なにごと?  
俺は自分の原稿に改めて、いや、おそらく初めて目を落とした。  
「妹の恥部はまだ小学生であることを物語るように毛ひとつなく」  
!?  
「俺の肉棒のサイズに耐え切れずその幼いワレメからは血が滴り」  
!?  
「妹の悲鳴もいつも俺の心を和ますBGMだ。親が帰ってくるまでもっと泣き叫べ」  
 
思わず目をそらしたくなる文章の数々だ。これはマズイ。説明しなくては。  
「ハルヒ、いや、みんなスマン!これはだな…」  
「問答無用! 謝るなら妹ちゃんに謝んなさい! さぁ行くわよ!」  
行くって、まさか  
「あんたの家よ! 家族会議よ! あんたのご両親にこの事実を白日のもとに  
曝すのよ!」  
 
団員全員に真実がわかってもらえたのは、これから2時間も後のことだった。  
 
<おわり>  
 

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