三年半前の七夕。半年前の俺が三年半前のハルヒに出会い、一ヶ月ほど前の  
俺がこれまた三年半前のハルヒに叫ぶといった時間的に器用なことをやらか  
して、三年半前のハルヒにSOS団発足のヒントを結果的に与えてしまい、俺  
にとってはちょっとした「運命の日」である。  
 
一週間前、朝比奈さんと長門と共に時間移動して自分を助け(といっても実  
際のMVPは長門だが)自分で自分の救世主となり先延ばしにしてきた大仕事を  
ようやく終え、当分はタイムパラドックスに怯えて行動しなくてはならない  
時間移動に巻き込まれることもないだろうと安堵ていたわけだ。あれがある  
ときは決まって大事となり、さらに酔うからな。  
 
で、だ。俺は現在、三年半前の七夕にいる。「現在」なのに「三年半前」と  
読み手を混乱させるような話だが、ここは是非許容して欲しい。そのうち慣  
れるさ。俺は慣れた。ただ一つだけ慣れていない……というよりは気に入ら  
ないことがある。それは、  
 
 
 
「おや、浮かない顔をしていますね。僕でよければ相談に乗りますよ?」  
 
 
 
なぜか朝比奈さんでも長門でもなく、このパーフェクトニヤケ顔が俺の隣で  
楽しそうに立っていることである。暑いから引っ付くな離れろ半径十メート  
ル以内に近寄るな。  
 
 
[1章]  
普段に習って取り立ててすることのないSOS団。俺はいつものように朝比奈さん手  
ずからのお茶を片手に古泉とのゲームに興じていた。長門が本を閉じる音がして  
本日も営業終了。非生産性極まりつつも心休まる活動を終え、家路に着いたわけだ。  
 
SOS団の連中と別れ、寒空の中自転車を飛ばしようやく帰宅。白い息を吐きつつ愛車  
に鍵をかけた瞬間、突如携帯が自己主張を始めた。長門からだった。また何かとん  
でもない事態に巻き込まれつつあるんじゃないかと嘆息しつつ、電話に出た。  
「今すぐ来て欲しい」  
何故?とは聞くまい。どうせ厄介事が待っているに決まってる。  
「分かった。だがどう急いでも二十分はかかるぞ?」  
「心配ない。迎えが来る」  
何のことだ?と思ったその時、目の前にもはや慣れ親しんだ黒塗りのタクシーが停ま  
っていた。後部座席に張り付いたサワヤカ笑顔を睨みつつ、俺は鉄よりも重たい息を  
吐いた。こいつがいるってことはまたカマドウマみたいな事態が起こったに違いない。  
今度はなんだ?コメツキムシか?  
 
「長門さんが緊急にということでしたので」  
相変わらずの笑顔でそう切り出した。いや、訂正しよう。今日の古泉は少々おかしい。  
いつもの薄っぺらい笑みでなくなんか、心からの笑顔というか……て何で俺は古泉の  
笑顔を必死に読み取ろうとしているんだろうね。誓っておくが、俺にはそんな趣味は  
ないぞ。あるハズがない。  
「それにしても、やけに楽しそうだな」  
「わかります?」  
いや、そんな笑みを向けられても気持ち悪いのだが……まあ、古泉が呼ばれるような  
事態と言う事は、カマドウマみたいなトンデモ生物が湧いたとしか思えない。こいつ  
も最近能力を使うことがなくなったというし、たまには活用したいんだろうかね?あ  
んまり気持ち悪い虫は勘弁してくれよと思いつつ目的地に着き謎タクシーを降り、い  
つもの事だが支払いはどうなっているのだろうかと思案していると……  
 
「あ、キョンくん……」  
 
振り返ると、冷凍庫の中のような気温の中マンションの前で麗しの朝比奈さんが立っ  
ていた。あなたも長門に呼ばれたのですか。  
 
・宇宙人謹製アンドロイド  
・地域限定赤球エスパー  
・時を翔けるマイエンジェル  
 
SOS団団長以外勢ぞろいだな。これから何が起こるというんだ?この三人が全員必要となる  
事態など想像もつかないが……まあ、とりあえず長門の部屋に入れてもらおう。この状況に  
説明が欲しいし、何より寒い。  
 
「で、長門。今度はどんな事態なんだ?」  
長門の部屋に通された俺は、開口一番こう切り出した。  
「ジョン・スミスが発生する」  
と、端的に答え、液体ヘリウムのような瞳で俺を見つめてくる。……て説明終わり?  
「すまん。さっぱりわからん」  
いっとくがこう思ったのは俺だけではないはずだ。朝比奈さんは可愛らしいお顔を傾げている  
し、古泉もいつも通りの愛想笑いを浮かべているだけ。誰かが続きを促さないといけないなら  
俺が聞くまでだ。時間は大切だしな。  
「あなたは三年前の七夕に行き、涼宮ハルヒに接触した。情報統合思念体はそれを観測し、そ  
の中の過激派が行動を起こそうとしている」  
「……というと?」  
「過激派はあなたを解析し、あなたと酷似する端末を作製した」  
「なるほど。そういうことですか」  
古泉は理解したらしく、納得したように頷いた。俺と朝比奈さんはまだ不可解の渦の中だ。  
それを機敏に感じ取ったらしく、古泉は笑顔でいつも通り解説を披露した。  
「確認しますが、あなたは三年前の七夕の日涼宮さんに会い、その後は高校で再会するま  
で会う事はなかった。そうですよね?」  
当然だ。あのあと一度目はこの朝比奈さんと三年の眠りにつき、二度目は朝比奈さん(大)と  
世界改変前に行って朝倉に刺されたんだからな。痛かったんだぞ?あれ。  
「ということは、正しい時間の中では涼宮さんはあの七夕の日にのみあなたに接触し、その後  
は決して接触することがなかった。何故なら、その時間軸上にあなたはいないのですから」  
わからん。もっと親切な解説が出来ないのかお前は。  
「考慮しておきましょう。つまりは、あなたが涼宮さんに接触した後のあなたが存在しない時間  
に、その過激派の端末がジョン・スミスに成りすまして涼宮さんに接触をしようと計画している  
ということです。ちがいますか?長門さん」  
「ちがわない」  
 
な……ということは、本来ならいないはずのジョン・スミス(つまり俺の偽者)が当然のように  
存在する過去が出来てしまうわけだ。もちろん、ただ観測するためだけにこんな大掛かりなこと  
はしないだろう。となると……  
「そうです。最悪の場合、涼宮さんはジョン・スミスによって制御されることになります。相手  
は望み通りの結果を手に入ことができる。世界の改変も崩壊も望みのまま……ということです」  
流石に頭がくらくらしてきた。俺が過去に苦労してきたことを見事に悪用しようって訳だ。沸々  
と怒りが湧き上がってくるのを自覚する。いつの間に俺はこんな短気になったんだろうね。  
「こちらの不手際」  
ぽつりと長門が呟いた。普段通りの抑揚のない声のはずなのに、何故か悲しい響きに聞こえたの  
は気のせいだろうか。いや、お前を責めている訳じゃないんだぞ。  
「本来ならその時間平面上にいる私が処理すべき問題。でも出来ない」  
「なんでだ?」  
「エマージェンシーモード」  
そうだった。すまんな、長門。ただ、俺は嬉しいんだぜ?お前が俺たちを仲間だと認めて頼ってく  
れることが。大丈夫だ。俺たちが束になればなんとかなる。そう思うんだ。  
 
「あのー」  
はい、なんでしょう朝比奈さん?  
「そろそろ指定された時間ですので……んと、準備はいいですかぁ?」  
大丈夫です。立ち上がり朝比奈さんの方へと視線を向ける。朝比奈さんは立ち上がり、ふかふかの  
ファーコートを脱ぎ……コートの中は意外にも夏服を着ていた。古泉もブレザーの上着を脱ぎ、中  
のシャツは半袖。こいつも夏服仕様になった。  
「おや、あなたはそのままの格好で行くつもりですか?あちらは相当暑いと思うのですが」  
それは分かってる。でもな、俺は長門から過去に行くなんて電話では聞いていなかったんだ。そん  
な準備なんて出来るはずもないだろうが。  
「えぇと、あたしは長門さんから聞いて準備してきたんですけど……キョン君聞いてなかったの?」  
朝比奈さんの言に古泉も同意するように首肯する。が、俺は確かに聞いていない。現にここで古泉の  
解説を聞くまで自分が過去に行くなんて想像もしていなかったからだ。もし聞いていたのなら夏服は  
もちろん、酔い止め薬にいざという時のエチケット袋も持参しているはずだ。これはどういうことだ  
長門?振り返った先にはいつの間にか夏服に衣替えを済ませたヒューマノイド・インターフェースが  
静謐な瞳をわずかばかり大きく見開いて一言。  
 
「忘れてた」  
 

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