『三原則』  
 
特に何かが起こると言うわけでもないごくごく普通の日。  
担任岡部による俺の学習態度についてのありがたーい御説教を聞いた俺は、  
いつものように旧文芸部、元SOS団アジトたる部室棟の一角へと足を運び、  
さらに部屋に入る前に、これまた習慣化したノックをした。  
これをしないと、迂闊な朝比奈さんの半裸姿を見る事になりかねないからだ。  
いや、それ自体は非常に歓迎するべき事態であり、許されることならば是非とも見たい!  
 
…俺も一応健全な青少年だからな…  
 
だがその時の朝比奈さんの顔を見る事による罪悪感と、もはや全校の男子生徒の  
過半数を占めていることは確実な朝比奈みくるファンクラブによるリンチへの恐怖心の方が  
その衝動よりも明白に高いため、今日も俺はノックをするのだった。  
 
「……」  
うん、この三点リーダーと、妙な存在感は長門だ。  
…見てもいないし聞いてもいないのに分かるところ、俺もいよいよ超能力に目覚めてきたのかもしれない。  
SOS団において、そんなポジションはあのニヤニヤ笑いのチェシャ猫だけで十分だと思うが。  
 
ドアを開けると、案の定長門が居た。  
「よう」  
「……」  
長門はこちらを見ると、マイクロ単位で顔が上下し、そしてまたその目は本へと戻った。  
会釈したようだ。  
 
沈黙に耐えかねて、俺は長門に思わず尋ねてしまった。  
「…他の皆は?」  
「体育館」  
「…何をしてる?」  
「振り付け」  
 
どうもハルヒは放課後教室を飛び出してこちらに来るや否や、  
「朝比奈ミクルの大冒険エピソード00」のDVD特典としてつける踊り、晴れ晴れ…ナントカとかとかの、  
振り付けを考えるため、あの二人を連れて体育館にいった…らしい。  
…後になって考えると、この企画にはその段階から介入しておくべきだった。  
そのせいであんなわけの分からんこっぱずかしいダンスを踊る羽目になったのだからな。  
 
んでだ。暇にあかせてなんとなく、ぼんやりと長門の本を読む姿を見ていたら、  
そういえばこの部屋は文芸部の部室であって、本来的には本を読むところだった、と言うことを思い出した。  
「長門」  
「なに」  
「何か…俺にも読めるような簡単なやつで、『これは面白いっ』ってのがあったら貸してくれないか?」  
「……」  
「いや、長門が読んだ本でそんなのは無いか」  
「ある」  
驚いた俺を尻目に、長門は本棚から文庫本を取り出すと、俺に渡してくれた。  
 
 
『われはロボット』  
 
 
……これは長門流のジョークなんだろうか。  
いくらなんでもあんまりにもあんまりな、ストレートなタイトルだなおい。  
「読んで」  
「あ、ああ」  
 
結局数分後から、ページのめくる音は部屋の中で倍加した。  
確かに長門が薦めるだけあって、簡単な文章しか読んだことの無い俺にも  
非常に読みやすい構成になっている。短編集なのもありがたい。  
前に貰った厚物は、流石に読破するのに骨が折れたからな。  
しかし、物語の世界に少し入り込んだ俺に、ふと思うことが出てきた。  
 
「長門」  
「なに」  
「お前にも、ロボット三原則みたいなものってあるのか?」  
いや、決して長門がロボットみたいで人間性に欠けるだとか、そんなわけではない。  
ただ、普段無口な長門と、何がしか話すきっかけになるんじゃないか…そう思っただけだ。  
「近い物が有る」  
そう思っていた俺は、少し意表を付かれた。  
「そうなのか?」  
 
知らない人のために言って置くと、ロボット三原則とは以下の通りの物だ。  
第一条 ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。  
第二条 ロボットは人間にあたえられた命令に服従しなければならない。ただし、あたえられた命令が、第一条に反する場合は、この限りでない。  
第三条 ロボットは、前掲第一条および第二条に反するおそれのないかぎり、自己をまもらなければならない。  
 
それを長門流に変えるとこうなるのだろうか。  
第一条 長門はハルヒに危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、ハルヒに危害を及ぼしてはならない。  
第二条 長門はハルヒにあたえられた命令に服従しなければならない。ただし、あたえられた命令が、第一条に反する場合は、この限りでない。  
第三条 長門は、前掲第一条および第二条に反するおそれのないかぎり、自己をまもらなければならない。  
 
うん、こんな所だろうか。…我ながら驚くほど的確だな、おい。  
 
「ってことなのか?」  
俺は考えたことを長門に伝えた。  
「不正確」  
「へ?」  
「『人間』に置き換えるべきは」  
「?」  
「あなた」  
 
…これは…いわゆる告白なのか?と考える位の微妙な間が空いて、長門の言葉は続いた。  
 
「と涼宮ハルヒおよびSOS団」  
 
そうか…まあそうだよな。はははっ。  
 
「ふう」  
 
 
終  
 

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