さてさて、ハルヒが大人しく自室のベッドで横になってくれて助かったと妙な安堵をしつつ、俺は  
涼宮家の階段を降り、一路台所を目指して歩くことにした。  
 
 その途中、なんともなしに気になったことがある。  
 
 このハルヒの家の中に漂う、なんとなく空虚な感覚だ。確かにここは俺なんかが生涯かかって労働  
に勤しんだ所で絶対に買うことなんかできる訳のないほどの豪邸だ。ここで暮らすことが出来るなら  
確かに金にもモノにもまず困ることなんか無いだろう。自宅にホームバーなんか用意してる家なんか  
俺はドラマの中か映画の中でしか見たことが無い。  
 
 しかし、ここには『家族』だけがごっそり欠落しているような気がする。  
 
 例えば、実の娘が風邪で寝込んでいるのにも関わらず家庭を顧みないハルヒの実の両親。  
 
 例えば、仕事の一環として家庭環境を整えることにしか興味が無いと言う感じの仕事をして姿を消  
しているホームヘルパー。  
 
 一階にある食堂の食卓の上には、病人が喰うにはへビィだと思える所謂ご馳走の類がラップに掛け  
られて用意されていた。暖めれば食べられるようになっているそれらの料理は中華、特に四川料理と  
かいう類のものらしく、確かに見た目にもおそらく味も量も十二分なものだろうというのは容易に想  
像できる。  
 
 ただし、そこにはそれを食べることになるハルヒへの配慮の気配は無い。  
 
 …余計なことを考えるのは後回しにしろ、俺。今はハルヒの熱さましのための氷嚢の類を探すのが  
先決だ。自分の目的を思い出せ。  
 
 と、後々自分の行動や思考を反芻するや否や、あまりの羞恥により逡巡無く拳銃自殺を敢行しかね  
ない芸当を考えつつ、俺は目的の品物を探す。  
 
 今はただ、ひとりぼっちで部屋の中で毛布に包まってるハルヒを。  
 
 ただ単に、見守ってやりたいとか、そーいうことを考えていたわけだ。この時の俺は、な?  
 
 
 目的のものはすぐに見つかった。俺の家でもそうであったかのように、ハルヒの家でも氷嚢の類は冷凍室の中に  
安置されるものであったらしい。キンキンに冷えたそれを手にとって…いかんこりゃ冷えすぎだ、手がモロに凍気  
に当てられ凍りつくかも知れん…などとアホな感想を抱きつつ、手早く氷嚢を包むタオルの類を探すべく周囲を見  
回す…。  
 
 壁に掛かったホワイトボードに書かれている文字は『本日の業務、特に異常なし』…この文字を書いたホームヘ  
ルパー、お前の目は節穴か?なんなら俺が今すぐそいつの目の前に飛び出して、今ここでハルヒがどういう状態に  
あるのか顔を固定しつつ引きずり回してやろうか?  
 
 一瞬で脳に血が上り…掛けるのを自制する。いかんいかん、今日の俺はどうにかしてる。ハルヒの奴がたまにし  
おらしくなってるだけでこうも調子が狂うのは我ながらおかしいだろうとセルフ突っ込みを深層心理下にいるかも  
しれない血迷った俺に裏手突っ込みを入れて、そのままタオルを探してもう暫しうろうろとする。  
 
 目的のタオルは俺の家のそれとは比べ物にもならないほどの豪華な造りの洗面台のそばのラック内に掛かってい  
た。タオルを一枚引っ張り出して手早く氷嚢を包み、何とはなしに洗面台に目線が移ったときに見えたのは…。  
 
 赤を基調とした歯ブラシが一本だけ入った、プラスチック製のカップだった。  
 
 余計なことは考えるな、今はハルヒの奴がとっとと元の調子に戻るように風邪の看病でもしてやるのが一番だ  
ろう?第一俺はなんでこんな些細なことで腹を立てている?これじゃまるで…。  
 
 まるで、俺がハルヒのことを心底心配し、見守りたいとか…まぁなんだ、あとで自己批判をするや否や即時で  
拳銃自殺をしたくなるような事を考えているようにしかみえんだろう?冷静になれ、俺。  
 
 などと必死に自分に言い聞かせつつ、氷嚢をタオルで包んでちょうどいい温度にしてから、俺は足早に階段を  
駆け上がる。  
 
 今はただ、ハルヒを一人にしたくない。なんとはなしに、俺はそんな事を考えていた。  
 
 
相当、今の俺はどうにかしているらしい。今さっきの葛藤は何だ?  
 
 普段のハルヒからはまったく想像も出来ない程に。そして俺自身がこの現状を認識したときに盛大に  
調子を狂わされるほどに…涼宮家には『家族』を感じさせられる欠片が見当たらなかった。  
 
 階段を上って二階の最初にある部屋のドアをノックする。まぁ、なんだ。普段のハルヒ相手ならここ  
まで気を配る必要性なんか俺はミジンコの体重ほどにも感じはしないが…繰り返し言うが、今の俺はも  
う見事なまでに調子が狂っていたんだろう。  
 
 ハルヒの部屋に入る前にノックし、一応深呼吸をしてから声を掛ける。  
 
 「ハルヒ、俺だ。入っていいか?」  
 
 「……っ!ま…ちょっと待ちなさいっ!」  
 
 ドア越しに聞こえるのは、普段より少しだけ、ほんの少しだけ弱弱しさの欠片が見て取れるハルヒの  
奴の声である。何やら、動揺の気配も感じられるような気がするのは…俺の気のせいさ、きっとな。  
 
 「…氷嚢取ってきたんだが…まぁ、入れるようになったら声掛けてくれ」  
   
 返事は沈黙。やれやれ何だってんだコイツは。  
 
 俺はハルヒの部屋のドアにもたれかかるようにしてから、また壁に掛けられた一枚の油絵に目を向け  
る。えらく金と手間が掛かってるんだろうなと思う芸術品っぽい海の絵を眺めて、ハルヒの奴の声が聞  
こえるまでの間、ただ静かに待ってみる。  
 
 誰だって、どんな強気で強引で強情で我侭で無茶で無鉄砲な奴だって。常日頃からフルタイムでそう  
いう全開モードを維持できるわけじゃない。  
   
 ハルヒにとっては、今日のこの出来事がまさに予定外の出来事だったのかも知れないなと俺は思う。  
 
 完全無欠で他人とは違う特別な自分であると、自分に言い聞かせないと。  
 
 この孤独な家の中で生きていくのは、つら過ぎるからじゃないのだろうか?  
 
 …まったく俺はどうにかしてる。こんな他愛もない事をつらつらと考えちまうんだからな。  
ただ、静かに佇みながら、俺はハルヒの奴の声が掛かるまでそこでじっと待っていた。  
 
 
「もう良いわよ、入んなさい」  
 
 風邪のせいでいまいち気迫の足りてないように聞こえないでもないハルヒの声がドア越しに聞こえたのは、あれから  
ちょっとした時間がたってからだった。  
 幸いにも元々かなり長い時間冷蔵されていたらしい氷嚢は未だにその冷気を保ちっぱなしである。それを  
持ったままじっと待ってた俺の指も大層キンキンに冷え切ってるのだが、それについてはまぁ言うまい。  
 
 「ほれ、とりあえず頭冷やしとけ。…飯食えるだけの食欲はあるか?」  
 「…ん、なんか…あんまりないかも」  
 
 ハルヒは今日一日をこの家で過ごしていたのだ、食堂に行けば食事が用意されていることも当然知ってて当たり前だ  
し、普段学食でこいつが見せる怪物じみた健啖ぶりなら、あの程度の量の食事なんかあっという間に食い尽くすんじゃ  
ないのだろうか?  
 しかし、こいつは今食欲がないと言っている。  
   
 病気のせい…だけだとは、なんか俺にはまったく思えなかった。いくらご馳走であっても、一人っきりで黙々とそれ  
を口にして、誰かと会話したりもしないまま、ただ静かに食事の時間を終えるのなら、どんなご馳走だろうが美味く感  
じないのに決まっている。  
 
 まして今のハルヒは通常時の全開お気楽暴走娘モードではなく…まぁ、なんというか気弱に見えない事もなきにしも  
あらずといった感じを見せている。この状態のハルヒでは、たとえどんな料理を持ってきたとしても食欲なんかを見せ  
る事はないんじゃないか?と思えたりもした。  
 
 「そっか。だがな…なにも食わないまま薬を飲むのはかえって身体に毒だな、ハルヒ」  
 
 「…何が言いたいのよ、アンタは?」  
 
 「まぁ、なんだ…お前の家のヘルパーほどの腕はないし、普段のお前ほどに料理達者でも何でもないのは確かだが、  
俺も普段から妹の風邪の看病とかで結構こういう時の風邪ひき用のメシの作り方くらいは知ってるつもりだ」  
 
 「……だから?」  
 
 「ついでに言うと、俺も慣れない道をチャリ飛ばして走ったり色々あって腹が減ってる。このままじゃ俺は家に帰り  
着くためのエネルギーも途中で使い果たして目をまわして倒れるかも知れん」  
 
 「……っ!?」  
 
 ハルヒが毛布の中で息を呑む気配が、なんとなくよくわかる気がした。かまう事もないだろう。もう腹も決まってる。  
 
 「まぁ、なんだ。俺もここでお前と一緒にメシ喰ってくわ。という事だ。作るのは俺だから味には期待するな?」  
 
 …毛布の中のハルヒの肩が小さく震えてるように見えるのとか、なんとなくだが…。  
 
 ハルヒの押し殺したような嗚咽のようなものが聴こえたりするのは、きっと、多分幻聴さ。間違いないね。  
 
 
 
結論から言おう、俺に出来る病人用料理というのはものすごーく手抜き料理である。  
 
 手順はいたって簡単。炊き立てご飯を適量土鍋か何かに移し、ミネラルウォーターをそこに注ぎひたひたに  
なる程度に水を張る。そしてラップを張ってレンジでチン。  
 
 あとは塩だの何だので味を軽く調えたり梅干とかを乗せたりしてやりゃ、キョン流手抜き病人粥の完成であ  
る。まーぶっちゃけるが、ヘルパーの作った四川料理とでは手間にも味にも雲泥の差があるのは間違いない。  
 
 そんな手抜き以前の病人粥を二人分用意して、あとはテーブルの料理のうち適当な一品モノを数点トレイに  
乗せてハイ完成。手間も掛からず、お手軽な風邪ひき用のご飯の完成である…普段のハルヒの料理とは雲泥の  
差があるのもわかってるさ。俺に本格家庭料理なんかの才能はないってのもな?  
 
 と、まぁ手早く用意した病人粥セットを盆に載せ、おもむろにハルヒの部屋に戻るべく階段を上がる…前に  
自宅に再び電話する。『友人の看病の関係で長居してたら、飯を相伴することになったので俺の分の飯はいら  
ないようになった』という内容である。  
 
 …母よ、その邪推するかのようなあやしい響きを伴う「ふーん。そうなの」ってのは何だ。俺は事実しか言  
っていないぞ?問題の友人がハルヒであることも言っちゃいないがな。  
 
 で、盆を手にして階段をえっちらおっちらあがってから、ハルヒの部屋の前について…再度ドアをノックし  
声を掛ける。  
 
 んで、そこでだ  
 
 両手が盆によってふさがれている事に気がついたわけだ。これでドアを開けるのはちっとした度胸が必要じ  
ゃないか?自分よ。かと言って病人のハルヒにドアを開けさせるのも問題外。仕方ないのでいったん盆を床に  
置いてからドアを開けることにする。  
 
 ドアが開いたとき、ハルヒは毛布からやっと顔を出していた。熱のせいだろう、えらく顔が赤いのは。  
 
 風邪のせいだろう。えらく目が赤いように見えるのも。  
 
 「ほれ、俺も腹が減って死にそうだ。かといってお前が食わんのに俺だけがバクバク喰うのも気が引け  
る。っつーことで、喰え、ハルヒ」  
 
 …ああそうさ、もう滅茶苦茶言い訳全開な台詞なのも認めてやる。良いだろうが、ハルヒとメシを喰う  
ってものさ。まぁ、メインディッシュは手抜き以前の問題のオレ流病人粥なんだがな?  
 
 …ハルヒの奴が恐る恐る匙を使って粥を口にして…その後俺を見てから、また粥を口にし始める。  
 
 手抜き粥と四川料理では、おそらく出来にも何にも雲泥の差があるだろう。  
 
 ついでに言えば、自作したこの手抜き粥はお世辞にも美味いものではない。はっきり言えば普段の  
オフクロの手作り弁当のほうがよっぽど美味いのは間違いない。  
 
 それでも、それでもだ。  
 
 なんというか、ハルヒと同じ部屋の中で、あいつの様子を見守りながら食べる手抜き粥は妙に美味かった。  
 
 
 メシの後、ハルヒが薬を飲むのを見届けたときには…まぁなんというか、外はすっかり真っ暗になって  
いやがった訳だ。おそらくもうすっかり夜気も冷え切り、帰り道は身を裂くほどの寒波の野郎を身一つで  
引き裂きながら帰る羽目になるのかね?などとは思っていたが。  
 
 まぁ、なんだ。俺はトチ狂ってるんだろう。何せ今日は色々あり過ぎちまったからな。  
 
 なんとなく、俺はこのままハルヒを一人残してここから帰る気がしなくなっちまっていた。  
 
 ハルヒ曰く『きちんと手抜きモノじゃない料理くらい出来るようにしなさい!』とかなんとかいうのが  
メシ完食後の感想だった。まぁアレだ、申し開きもないとはまさにこの事だろうね?  
 
 しかしまぁなんだ、そう言いながらも。なんとなくだがハルヒの奴の様子が少しだけ明るくなっている  
ようにも、俺には見えた。  
 どんなまずいメシでも、それを一緒に誰かとダベりながら喰うのなら意外に美味く感じるもんさ。まし  
て今のハルヒは病人だ。  
 
 ほら、風邪に限らず。病気を患ったり怪我したり入院したりしたとき、自分が目を覚ました時にそばに  
誰かがいるってのは心底ありがたいものだと、俺は身に染みてわかってる。  
 
 あの時空改変騒動の後、改変された3日間から目覚めた日、ハルヒの奴の寝顔を目にした時にな?  
 
 その後、俺はもっぱら聞き役。ハルヒは普段よりパワー3割以上減ながら色々と喋り倒す話役として暫  
時歓談のときを過ごしていた。  
 普段ならこいつのハイテンショントークを聞く度に『ああ、また何か起きるんじゃないのか?』などと  
考えちまう俺なのだが、まぁなんというか。  
 
 やっぱり、俺にとっちゃなんというか、こいつの声が聴けるのはやっぱり安心の種になってるんじゃな  
いかと思うね。明日、自己批判したら壮大な投身自殺を敢行しちまいそうな感想だが…。まぁ、この段階  
での俺は間違いなくそういうことを考えていたわけだ。  
 
 「…って、キョン?何ニヤけてるの?アンタ元々二枚目って顔して無いんだからニヤけ顔だと間抜けに  
見えるわよ?」  
    
 …さっきの感想は気の迷いだ。やっぱりハルヒはハルヒ。間違いない。と、俺が認識を再び元に戻そう  
と即座に考えた時である。  
 
 ハルヒが、ポフッっと自分のベッドに身を横たえた。  
 
 やっぱりアレだ、幾らハルヒでも風邪をひいた時にあれだけはしゃげばスタミナの種だって枯渇するだろう。  
んで、ついでに言うならそろそろ風邪薬に含まれてる成分が効いてきて眠気も訪れる頃合である。  
 
 「やれやれ…」  
 
 言いながら、ベッドに倒れこんで目を閉じたハルヒの髪に…ほぼ無意識で手を添える。確か、妹も熱を出して  
うなされてる時にこうやってやると、妙に安心して眠りについたなと他愛ないことを思い出す。  
 
 手ぐしの要領で、あの日よりゆっくりと伸びつつあるハルヒの黒髪を何度かそっと撫でてやる。  
 
 このひとりぽっちの家の中でも、こいつがせめて元気になるまでの間だけでも。  
 
 ぐっすり眠れるよう、何かをしたいと思ったから。俺は静かにハルヒの髪を撫で続けた。  
 
 
 結論から言おう。そのときの俺は完全に油断しきっていた。  
 
 いくらハルヒでも風邪をひいて寝てるときくらいは無茶なことをするまい、などと  
甘いことを考えていたわけだ…故に何が起きているのか、俺は一瞬把握できなくなっ  
てしまった。  
 
 まぁ、何が起きたかというとだ。  
 
 ハルヒの髪を撫でていた手に、ハルヒ自身の白い手がそっと添えられた。  
 
 一瞬の意識の空白の後、思い切り手が前に引っ張られる。姿勢が大きく崩れ、前の  
めりになった時に。  
 
 そのまま、もう片方のハルヒの手が。  
 
 俺の背を、強く。強く抱きしめていた。  
 
 
 「…おい!?ハルヒ!?」  
 
 月並みな台詞しか出てきやしやがらない。もう今いったい何が起きたのかはっきり  
把握できるほどに冷静さも保てない。  
 
 思い切りよく背を抱きとめられ。その身に感じるのは…普段のパワーがどこから溢  
れてくるのか不思議なくらいに小さな、小さなオンナノコの暖かさ。  
 
 そして…俺の胸に顔をあてて、何も言わずに肩を震わせているハルヒの姿。  
 
 ……風邪のせいさ。んで、夜のせいさ。  
 今晩くらいは、風邪ひいたときくらいは、幾らお前でも誰かに甘えたくなるもんな。  
 
 「…落ち着くまで、お前が寝付くまで。今晩くらいは付き合ってやるさ」  
 
 これは独り言だ。俺は何度も何度も自分に言い聞かせつつ、俺の胸に額を押し付け声  
を殺して肩を震わせるハルヒの…肩に自分の手を回す。  
 
 さすがに幾らなんでも、この状況で本能大暴走というのは俺のキャラじゃ無いからな  
…ああ、もうそれも言い訳確定なチキンっぷりですともさ。悪かったな。  
 
 「たまには俺だって、そしてお前だってこういう時もあるさ。だけどお前は…そう言  
う弱音を吐く事を意識せずに律してきたんじゃないか?」  
 
 「…うっさい。馬鹿キョン…っ!知った…様な…こ…っ」  
 
 ハルヒ。幾ら何を言っても、肩震わせつつ押し殺したような声だしてりゃ迫力も何も  
ありゃしないぞ?それに俺が今言ってるのは独り言だ。別にお前宛にいってる訳じゃな  
いさ。ああ、そうだとも。  
 
 「きつけりゃきついって言っていい。泣きたい時は泣きゃいい。甘える相手が欲しい  
なら、まぁ何だ…傍にいる相手をちっとは頼れ」  
 
 …独り言だ、ついでにコイツはすさまじい妄言だ。傍にいる相手ってのが誰なのかを口  
に出す気はまったく無い。もう欠片一片も無い。  
 
 「キョ……。風邪の、せいだから」  
 
 「そっか」  
   
 「あたしは今日、風邪で体調を崩してて、もう調子狂いっぱなしなんだから」  
 
 「そっか」  
 
 「だから…気の迷いだから。これは」  
 
 これは?一体なんだ?と思った矢先。  
 
 胸に押し付けられていたハルヒの綺麗な顔が…形のいい唇が。  
 
 俺の口と、合わさった。そのまま、どちらとも無く互いを強く抱きとめる。  
 
 明日の朝には、いつもどおりの破天荒な団長殿が戻ってくるように。  
   
 腕の中にいるこの少女が、これ以上満たされた孤独に心を傷つけないように。  
 
 俺はそんな事を一心に思いつつ、唇をそのまま重ねていた。こいつに巣くってる  
風邪の源が、こいつから出て行くように。  
 明日の朝には、いつものハルヒに戻れるように。  
 
 …こいつの涙が、一刻も早く止まるように。ハルヒの笑顔が、少しでも早く戻ってくるように。  
 
 
 煌々とした月明かりが妙に綺麗な、綺麗な夜の出来事だった。  
   
 このまま時間が永遠に続けばいいなんて考えたのも…気の迷い以外、何者でもないさ。  
 
 
 さて、ここからは後日談になる。  
 
 俺は結局、翌日の朝早くにハルヒの家を後にした。そこで何があったのかは…聞くな、思い出すだけで  
即座に割腹自殺を逡巡なしに実行したくなるから。  
 
 で、そのあと風邪の初期症状をはっきり実感したのはその日の昼下がり。  
 
 俺の場合、風邪ってのはセキではなくて熱から出やがる。徐々にダルくなる身体を引きずりつつ、俺は  
SOS団の部室の机でバテている。  
 
 向かいにいる古泉のニヤけた澄ましスマイルが妙なまでにムカつくのは何故だ?まぁ、それはさておきだ。  
 
「あなたには本当に感謝しますよ。あなたに直接の要因があったのかは不明ですが。昨日の午前1:24分を  
境に、異常発生していた『閉鎖空間』すべてが一つ残さず『自壊』しました。今までに例が無いケースです」  
 
 「お前の奇妙な副業と俺の風邪を結び付けようとするお前の脳みその出来をどうにかしろ、古泉」  
 
 その悟りきったかのようなニヤけ顔をどうにかしろ。果てしなく自己嫌悪というか何かを喚起されてるよう  
な気がして気が気でならん。  
 
 「まぁ、あなたが今日になって涼宮さんと入れ替わるように風邪をひいた理由のひとつも推測は出来ます」  
 
 「…いってみろ」  
 
 「簡単ですよ…涼宮さんは、今度は自分があなたになにかをしたいと思ったのではないでしょうか?その願  
望があなたの風邪という現象を引き起こした。結果として…おっと」  
 
 唐突に口をつむぐ古泉。爆発でもしたんじゃないかという勢いでブチあけられる部室のドア。あー、団長殿。  
その安普請のドアには今の一発はかなり酷じゃないか?という俺の思いはまったく届くことも無く。  
 
 「…この馬鹿キョン!無茶して活動参加してぶっ倒れたらあたしの管理不行き届けになるじゃないの!」  
 
 そのなんだ。加減なしで耳元で怒鳴るのはマジで勘弁してくれ。風邪ひきかけてヤバめの身体には目茶  
堪えるんだからな?まじめに。  
 
 とは思うが、俺は黙って苦笑する。なんでかって?  
 
 あの生き生きとしたハルヒの顔と、腕章に書かれた新しい役職名が。  
 
 なんというか、いかにもこいつらしいとおもったからさ。  
 
 お手柔らかに頼むぜ?『超看護婦』さんよ?  
 
 

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