それは、とある平日の放課後だった―――  
 わたしが、いつもの様にSOS団部室(元文芸部室)に向かっていた。  
 昨日までの続きである文庫本を読むためだ。  
 部室に着きノブを捻る。  
がちゃ―――  
 …今日は鍵が開いているようだ。  
 朝比奈みくるがもう来ているのだろうか。  
 まあ別に珍しい事ではない。何の疑問も抱く事もなく扉を開いた。  
 だが、そこに居たのは朝比奈みくるのメイド姿などではなく………  
「「!!?」」  
 
 
  長門有希の遭遇  
 
  はぁ…。どうして一日最後の授業が体育なんだ。  
 それだけならまだいいとしよう。だが、マラソンなんて聞いていない。  
 いち一般人の俺にとって、マラソンに面白みも何も感じる事は出来ない。  
 やはり昼からの授業はうたた寝しながら受けるに限るな、うん。  
  と、のっけから文句ばかり垂れている俺は一体何をしているのかだって?  
 そんなもの、一日最後の授業を終えたあとすることはひとつしかない。  
 元文芸部室にいくのさ。今日はハルヒの掃除当番。せめてあいつが来るまでの間  
 朝比奈さんのメイド姿を見て心の疲れを取ることに決めたからな。  
 これくらいの役得が無いとやってられないだろ?  
 まあ、きっと何もなかったとしても俺はあの部室へ向かっているのだろうが。  
  そんな事を考えているうちに部室の前へ到着。  
 いつものように軽くノックをし、返事を待つ。  
 ……返事が無い。入る事にしよう。これで着替え中だとしてもノックをしているので  
 不可抗力だ。うん、きっとそうさ。  
がちゃ  
 
 ドアを開き、中をうかがう。部屋の中見えた人影は三人。  
 ドアの近くに立ち、一番俺に近い場所に立っていた朝比奈さん。  
 残念ながらまだ着替えはしていないようで制服姿だった。  
 いつもの席に座り、文庫本を読んでいる長門。  
 そして、後一人は―――  
「あ! キョンくん!!」  
 と、朝比奈さんが俺に気付いたようだ。  
 どうも、これから着替えるんですか? それなら、外に出て待ってますが。  
「遅いですよ! キョンくん… もう、わたしどうしたらいいのか解らなかったんだから…」  
 目尻にうっすらと涙を浮かべ、俺にすがって来る朝比奈さん。  
 ああ、そんな顔で見つめないで下さい。  
 で、一体何があったんです? 長門に何かされたとか?  
「いえ、そうじゃ無いの… あ、でも…むしろその方があってるのかな?」  
 えっと、何のことかさっぱりなので、一から説明していただいてもいいですか?  
「あ、ごめんなさい。でも…わたし説明下手だから……わたしが説明するよりも  
 きっとこの部室を見回してもらった方が解るとおもうの」  
 この部室を見回す? そう言われてもですね……  
 パッと見だと何の変化もありませんが?  
 古臭い教室だし。それとこの部室に居るのは朝比奈さんと長門と俺の三人だけですよ?  
 ………待てよ? 今、朝比奈さんと長門と俺の三人だけって、俺は言ったよな?  
 それで、この部室に入った時に数えた人影は一体何人だった?  
 …そう、そのときは俺を除いて3人だったはずだ。  
 そして、今。  
 俺の目の前に朝比奈さんがいる。そして、いつもの席で長門は本を読んでいた。  
 なんだ、やっぱりいつもと同じじゃないですか。  
 ん? おい、長門。また眼鏡かけ始めたのか。何か懐かしいな。  
「わたしは眼鏡をかけてない」  
 と、朝比奈さんが居る場所の奥から長門の声が聞こえた。  
 何時の間にそこに移動したんだ? 目を離すほんの少し前までその椅子のとこ…ろ……に?  
 
 ………えーと、まだ、椅子に座って本を読んでるよな?  
 で、朝比奈さん。あなたの後ろ、少し見せてもらってもいいですか?  
「あ、ごめんなさい。もしかしてあたしの所為で見えなかった?」  
 そう言って、少し横に動いてくれた朝比奈さん。その後ろには、眼鏡をかけていない長門が  
 椅子に座っていた。  
 …どうやら、俺は夢を見ているらしいな。という事は今はまだ午後の授業中なのか?   
「夢じゃない。これは、現実」  
 長門さん。そんな冷静に言い切らないで下さい。  
 って、おい。まさか……またあいつが何か望んだのか?  
「ちょっとだけきて」  
 そう言って部室を出て行った長門。残された俺と朝比奈さんは顔を見合わせるだけだった。  
「キョンくん……あたしはここに残ります。後はお任せしますね」  
「でも…朝比奈さん一人で大丈夫ですか?」  
 仮にも長門とは言え、本物ではないんですよ? 一体何をされるか解りません。  
「大丈夫ですよ。さっきまで同じ部屋にいたんだし。  
 まだ会ってちょっとしか経ってないけど、長門さんは長門さんです」  
 どこからその根拠が出てくるのかはわからないが、この方は見た目の割りに  
 頑固なのできっとここにいる事を譲らないだろう。  
「なら、すぐに戻ってきます。 もし俺たちよりハルヒの方が早くが来たら  
 何とか誤魔化しておいてくださいね」  
「ふぇ!? ちょっと、まって〜」  
ばたむ。  
  最後何か言っていたが、大丈夫といっていたので気にしない事にしよう。  
 さて、長門は……と。   
「ここ」  
「うおっ!?」  
 …いきなり後ろから声をかけないで欲しい。そんな事より、早く説明してくれ。  
 どうしてお前が二人もいるんだ?  
「ついてきて」  
 
 そう言って、部室の前から離れていく長門。俺は遅れないように後ろについていった。  
 ふむ。この方向からすると学食、といったところか?  
 俺の予想はあたったようで、食堂の屋外テーブルに長門は座り込んだ。  
 ……古泉に打ち明けられた時もここだったな、確か。  
 さすがに学食のテーブルに何も持たずに座るのもどうか、とは思う。  
「長門、何が飲みたい?」  
 ということで、飲み物でも買って座ろうか。  
「…ミルクティー」  
   
 
「で、一体どう言うことなんだ? どうして部室にもう一人お前がいるんだ」  
 二人分の飲み物を用意し、椅子に座って早々に長門に問い掛けた。  
「それは………」  
 変にもったいぶるな。いつもの様にさっさと言って欲しい。  
「―――わたしにもよく分からない」  
「へ?!」  
 えっと、今。こいつは、『わからない』って言ったのか?  
「あのわたしが誰かなのはわかる。でも、どうしてあそこにいるのかはわからない」  
 ? 一体どう言うことなんだ?  
「あのわたしは、この世界の平行世界上にある世界のわたし。  
 垂直方向にある世界のわたしではない」  
 ……いきなり、何のことだかさっぱりなんだが。  
 一つずつ教えてもらってもいいか? まず、平行世界ってなんだ?  
「世界は、平行方向と垂直方向に並んでいる、と言うのが一番解りやすい言い方」  
 平行方向と垂直方向?  
「xとyのグラフを思い出せばいい。ちょうどあんなかんじ」  
 なるほど。そういう形か。 で、それがどうしたんだ?  
「つまり、それだけの数の擬似世界がある。ということ」  
 どこまで続いているかは、まだ把握出来ていない。と長門は付け加えた。  
「垂直方向に連なる世界は、言って見れば創造主と創造物の関係。  
 逆に平行方向に連なる世界は、一番目の世界の無限の可能性」  
 
 その一番目の世界、ってなんだ? 俺たちのいる、ここのことか?  
「わからない。ここがそうかもしれないし、他の世界の違う可能性かもしれない」  
 ふむ。話を聞くに連れて全く解らなくなってきた。  
 一般人である俺には、理解することは難しいようだ。  
 それでも、一つだけ解った事もあった。平行うんぬんとかはさっぱりだが、  
 あの長門もまた、長門である。 ということだけだったが。  
「それだけ解ればいい」  
 いつの間にか飲み終えたミルクティーをテーブルの上におき、長門は席を立った。  
 もう話が終わったらしい、部室へもどるようだ。  
 俺一人、こんなところでぼけーっと座っていても仕方ないので部室にもどろう。  
   
 
「有希!? どうして黙ってたのよ!」  
 俺たちが部室へ戻ると、ハルヒと古泉が部室に来ていた。  
「?」  
 おい、ハルヒ。黙っていたってどう言うことだ?  
「どうもこうもないわよ! あんたも知ってたんでしょ? 有希のこと」  
 知ってたって何をだ? まさか長門が宇宙人ということに気付いたのか!?  
 いや、こいつに限ってそれはないだろう。万が一気付いてしまっていたら  
 その辺りにうようよ宇宙人がさまよっているかもしれないからな。  
「ああ、それについては僕がお話しましょう。涼宮さんが少し落ち着くまでの間、ですけどね」  
 頼む。この中だとあとはおまえしか聞けそうなやつはいなさそうだ。  
 で、一体ハルヒは何を聞いて長門をあんなに問い詰めてるんだ?  
「その事なんですが。詳しいことは長門さんからお聞きしたでしょう?  
 でも、それをそのまま涼宮さんにお話することは出来ません。わかりますよね?」  
 それぐらいなら解るさ。バカにするな。  
「失礼。で、僕が部室に来た時ですが、そのちょっと前に涼宮さんがやってきていたようで。  
 平行世界の長門さん……長いので長門Bさんとしましょうか。  
 を見つけてしまったのです」  
 まあそれはそうだろうな。部室に入れば嫌にでも目に入る。  
 
「しかし、そこは涼宮さんです。一目見ただけで長門Bさんだと見抜き、誰だ!  
 と問い詰め始めたのです」  
 あいつ、変なところで鋭いからな。それでどうして長門に詰め寄るんだ。  
「僕が部室に入った頃には長門Bさんが読書。その前に涼宮さんが立ち塞がり、問い詰めている。  
 その周りを朝比奈さんがうろちょろしている、といった具合でした。  
 流石にこのまま放って置けないので、長門Bさんに了解を得て、彼女を長門さんの双子の妹、  
 ということにしたんですよ。いやあ、それにしてもさすが長門さんの別の可能性。  
 話が早くて助かりました」  
 なるほどな。それであいつは一人仲間はずれにされていたと勘違いして怒っているんだな?  
「つまりはそういうことになりますね」  
「ちょっと、キョン! あんたも同罪よ!」  
 ついに矛先を俺に向けてきた。さて、さっさと機嫌を取り戻してもらおうか。  
「そんな事言うな。俺だってたった今聞いたところだ。それに、黙っていたって  
 しょうがないだろ?」  
「そりゃあそうだけどさ…うん、まあいいわ。それよりも!  
 あなた、名前なんて言うの?」  
 そう言って、ハルヒは長門Bに名前を尋ねていた。  
 ……頼むから長門有希とだけは名乗らないでくれ。  
「……長門ユウキ」  
「そう、ユウキって言うの。 ……何かややこしいわね」  
 俺も同感だ。おい、もうちょっとマシな名前は無かったのか?  
「彼女の人権を最大限に尊重した結果、あのような名前に。  
 要はこちらの長門さんと区別がつけばいいのですよ」  
 それはそうなんだが。 きっと呼ぶ俺たち自身が混乱するぞ。いや、絶対に。  
「頑張ってくださいね。間違えたら後が怖いかもしれませんよ」  
 どうしていつも俺にばっかり振るんだ。たまには自分でも関ってくれ。  
「それは出来ない相談です。非常に残念です」  
 
 顔が全然残念そうに見えないんだがな。まあいい。これ以上言っても埒があかない。  
 それよりも、どうしてお前もそこまで情報に詳しいんだ?  
 長門が増えたことなんてここに来るまで解らないだろう?  
 それに別の可能性うんぬん言ってたがお前は何処まで知っているんだ。  
「ここは禁則事項ということで一つお願いします」  
 ……同じ台詞でもお前が言うと何か腹が立つな。  
「で、だ。どうするんだ? 長門」  
「「何が?」」  
 うおっ! 二人同時に反応するな! ただでさえややこしいんだ。  
 せめてどっちか一人だけ振り向いてくれ。  
「キョン。今のはあんたが悪いわよ。  
 有希もユウキも姓は『長門』よ? きちんと名前で呼ばないとどっちが区別つかないじゃないの」  
 それもそうだな。じゃあ長門姉と長門妹と分けるのはだめなのか?  
「あんた、それ本気で言ってるんじゃないでしょうね?」  
 ハルヒがもの凄い険悪な表情で睨んできた。  
 俺はまだ何も間違った事は言ってないぞ。  
「まだって? 何か言うつもりだったの?」  
 あ、朝比奈さんまで…  
 もういいです。この話題は止めときましょう。で、問題はこれからの事だ。  
「それは問題ない。彼女のこの学校への転入手続きは先ほど済ませたばかり。  
 明日からは、何の問題もなく授業に参加できる」  
 ……何の問題もなく、ね。  
 色々と問題が山積みのような気もしないでもないが。  
「そう? 許可だけ取っちゃえば特に問題はないと思うけど?  
 ちゃんとうちの制服だって着てるしさ」  
 二人の長門はどっちも北校の制服を着用していた。どうやらユウキの方はその格好で  
 こっちにやってきていたようだ。  
「んー。今日は取り合えず解散でいいでしょ。有希もユウキの事があるし、  
 今日は顔見せだけっていうことで」  
 そうだな。たまには早く終わってもバチがあたらないさ。  
 
 それに、色々と長門に聞きたいこともあったからこっち的にも好都合だ。  
「それじゃ、また明日ね! あ、そうだ。有希! ユウキもSOS団の一員に入れてもいいわよね?」  
「問題ない」  
「じゃ、明日もここで会いましょ!」  
 そう言ってハルヒは颯爽と去っていた。  
「じゃあ、わたしも今日は失礼します。ちょうどお茶の葉が切れそうだったの。  
 帰りに補充してきます。それじゃあね」  
 朝比奈さんも、そそくさと帰っていった。やっぱり長門に苦手意識をもっているのだろうか。  
 それも今日は二人もいるからな。まあ、朝比奈さんなら問題ないか。  
「では、僕もおいとましますよ。ちょいと調べたい事ができたのでね」  
 ああ、そうしてくれ。長門とちょっと話がしたいんだ。  
「何か有益な情報がわかったらこちらにもリークしてくださいね。こちらの方でも解り次第  
 連絡するようにしますので」  
「善処しよう」  
 古泉は苦笑を残して部室を去っていった。  
 
 
 さて、長門。これからどうするんだ?  
「わたしを連れて家に帰る。他に行くところも特に無い」  
 長門有希の方が答えた。  
「そうか、何かあったらすぐに連絡をくれ。可能な限り答えることにしよう」  
 こくっ、と長門有希が頷いた。ユウキの方はじっとそのやりとりを見つめていたようだ。  
「そう言えば、お前のことはユウキって呼べばいいのか?」  
 こくっ、と長門ユウキが頷いた。さすが長門。反応も全く同じだ。  
「…………」  
 ん? どうしたんだ? 長門。こっちをじっと見て。俺の顔に何かついてるか?  
「何でもない」  
 
 何故かいつもよりも視線が痛いような気がする。  
 長門がこんな視線をするのは今までで初めてじゃないだろうか?  
「それじゃ。わたしたちももう帰宅する。また、明日」  
 そう言って長門はさっさと部室を出た。ユウキを部室に残したまま。  
 ……っておい! こいつを置いていってどうするんだよ!  
 俺が長門の後を追いかけようと部室を出ようとしたとき、背中に少し抵抗を感じた。  
 振り返ると、長門ユウキが上目遣いで背中を引っ張っていた。  
「心配ない。あのわたしは玄関で待ってくれている。心配してくれて、ありがとう」  
 ほんのりと顔を染めて言う長門ユウキ。この表情、この仕種。もの凄くデジャブを感じるが―――  
「また、明日」  
 長門ユウキがそう言って、小走りで部室を後にした。  
 ユウキの長門らしくなさに多少の違和感を感じつつ、さっきのデジャブの元を必死に探しながら  
 俺も部室を後にした。  
 さて、明日になればユウキが消えていると言うわけではないだろう。  
 明日からいったいどうなってしまうのだろうか。  
 ……一つ言えるのはハルヒの遊び道具が一つ増えたと言う事だろうか?  
 ―――ハルヒ。頼むから大人しくしててくれよ? せめてあいつがいる間だけでもいいからさ。  
 まあ、あいつなら絶対に何か行動を起こすだろう。なぜなら、部室を出るときのあいつの目。  
 きらきら光っていたからさ。SOS団を立ち上げようと考えてる時とほぼ同じ目をしていたからな。  
 せめて、俺にあまり苦労させないで欲しい。そう言う淡い願いをこめて空に輝く一番星を  
 見上げながら帰路の途に着いた。  
 
                                  <つづく>  
 
 

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