<第2章>
晩飯を食い終わり、妹とのシャミ争奪戦を終え(と言ってもシャミが俺の部屋に逃げ込もうとする
のを妹が阻止しているのを見ているだけなのだが)、自分の部屋で落ち着く事が出来たのはもう
すでに深夜と言っても差し支えない時間だった。
さっき感じたデジャブの元をずっと考えていたのだが。以外にすぐに見つかった。
あのハルヒが居なかった世界の長門だ。きっとユウキはあの世界とほぼ同じ長門だろう。
なら、眼鏡をかけていても、部室に座っていたとしてもそれはいつもと同じことだから
変には思わなかっただろうし。ならば、あの長門は俺を除いたSOS団全員と初対面、ということか。
あの変な余所余所しさはそういう事だろう。この場合は好都合だと言える。
双子という事にしているのに全員と顔見知りと言うのはハルヒに違和感を与えてしまうかもしれないしな。
それに、あの世界の長門なら微妙にここの長門と性格も違ったような覚えがある。
古泉が咄嗟に言った『双子』と言う単語。意外とピッタリだったかもしれない。
見た目は全く同じ、だが性格が微妙に違う(気付くのは極一部のやつだろうが)。
確かに姉妹と言うよりも『双子』と言った方が信用するだろう。
それよりも問題はこれからどうするか、ということだな。
取り合えずこのまま学校生活を送っても問題はなさそうだが………
いつまでも長門が二人いると言うのは流石に良くはないだろう。
ま、今の俺にはどうしようもないんだが。成るように成るさ。
さて、このまま悩んでいても俺の貴重な睡眠時間が削られるだけであって、決して有意義な結論が
出るわけでもなさそうだ。こういう時こそ早く寝るべきだな。きっと明日は忙しい。
それも間違いなくハルヒのせいで。そのための体力を蓄えなくては。
いつのまにか潜り込んできたシャミの頭を撫でつつ、明日の心配が杞憂で終わる事を祈りながら眠りに着いた。
一方、長門邸リビング―――
わたしは長門ユウキ(仮称)に質問をしていた。
「一つ聞きたい。あなたはどうやってこの世界にやってきた?
ここ最近で、時空の乱れは観測されてはいない。でも、監視者はあなたを見つけたのは、今日だった。
時空の乱れを起こさずに、世界間の行き来の方法を知りたい。それとも、あなたはわたしの………」
そこでわたしは言葉を濁した。これ以上先の言葉を発したくなかった。
今までのわたしには考えられないことだったが、特に問題はないように感じる。
「あなたが何を言いたいのかあまり良くわからない。だけど、きっとあなたが思っているモノとは違うと言い切れる。
でも、どうやってここに来たのかは不明。気付いたらあの場所に座っていた、としか言い様がない」
情報統合生命体に確認を取る―――彼女の言う事は、今の状態ではおかしなところはない。
ただ、気になることがあった。それだけは今のうちに確認しておかなければいけない。
「今から二つの質問をする。取り合えずそれだけは答えて欲しい」
そう言ってわたしは彼女の目を見つめた。
彼女もわたしの目を見つつ、こくりと頷いた。
「一つ目。あなたは、人間? それとも……?」
あえて、インターフェースと言わずにぼやかした。
なぜかこの単語を出す事を躊躇った。どうしてかは不明だった。
「………わたしはただの人間。それ以上でもそれ以下でもない」
―――人間。この時点で彼女がこの世界の住人である可能性はほぼ無くなった。
わたしと言う固体は、この世界ではここにいるこの『長門有希』一人だけ。
身体の近似値がほぼ100%に近い人物はこの世界上には一人も存在しない事は確認されている。
だから、彼女は違う世界、または異なる時間の住人と言えるだろう。
「二つ目。あなたは、何をしに来たの?」
これが、今日一番聞きたいことだった。
涼宮ハルヒがSOS団に団員として加える―――
彼女は、無意識に自分に目的がある一般人以外の者、且つ敵意が無いものをSOS団に加入させている。(彼は全くの例外。)
ということは、何かしら彼女に、あるいはその周辺に何か目的がある可能性が非常に高い。
「………その質問に答える前に、一つあなたに聞きたいことがある」
彼女は少し表情を変え、逆にわたしに問い掛けた。
「ここのSOS団は、いったいどういう集まり? わたしの知っているものとすこし違う気がする」
彼女はさっきの部室の雰囲気でそれを感じ取っていたのだろう。
わたしは彼女に涼宮ハルヒがSOS団を結成、そして今に到る簡単な経緯を伝えた。
もちろん、わたしが世界を改変させたことや、雪山での館などの普通ではない出来事は全く伝えてはいない。
「……こちらのSOS団は、異能者の集まり、ということでいい?」
わたしは、こくんと頷いた。一言で言い表せば、彼を除くほか4名は該当していたから。
「わたしのところのSOS団は、全員普通の人間だった。だれも特出した力なんて持っていない。
ただ、SOS団結成の動機、メンバーの決め方等はほぼ同じ」
わたしは再度頷いた。別に珍しい事はない。
彼女の居た場所では、涼宮ハルヒの力があまり強くない。それだけのことだった。
つまりは、ただの一般人。きっと世界中探し回ったとしても、特殊な力をもった者は現われる事はないだろう。
彼女の居たところは、比較的この世界に近い平行世界と推測できる。
……どうやってこちらの世界に来たのかと言う謎は全く不明だけど。
「ただ、さっきの部室ので一つだけ、全然違うところを発見した。
きっとわたしは自分の願いをかなえるためにここにやってきたのだと思う」
自分の願い? 彼女は普通の一般人。だから、願いなんて持っていてもおかしくない。
否、持って居ないほうがおかしいのだ。そんな彼女の言葉を聞いて、わたしは願いを持てる彼女を少し、羨んでしまった。
「その願いは―――」
「―――!!」
わたしは、その願いを聞いて、声を発することが出来なかった。
翌朝。学校への通学中、ふと空を見上げた。そこには雲ひとつない、晴れ晴れとした空が広がっていた。
だが、俺の心の中はこの晴れ渡った空とは対照的に真っ黒い雨雲に覆われていた。耳をすませば雷鳴が聞こえるかもしれないな。
原因はついさっき、つまり今朝のことだ。
それは、目覚まし時計が鳴る少しくらい前の出来事だろうか。
俺は、レム睡眠真っ只中で身体が起床にむけて整えている状態だった。(多分)
ところが、その快眠状態の俺の真上に我が妹が降って来たのだ。いや、ほんと。
妹曰く。
「キョンくんがシャミを独り占めするからだよー。わたしにもシャミ貸してー」
とのこと。いやいや、シャミを俺の部屋から連れ出すのは全く構わない。
だが、どうして俺の上に飛び乗ってくる必要があるんだ!?
「キョンくんの向うにシャミが寝てるんだもん。で、キョンくんを跨いだんだよー?」
お前はあれを跨いだと言うのか。明らかに飛び乗ってきたの間違いだと思うんだが。
「どっちでもいいじゃん、それよりシャミはー?」
俺と妹とのやりとりがやかましかったのか、それとも妹の接近に動物的勘というものが働いたのかは解らないが
いつの間にかこの部屋からの脱出を果たしていた。さすが狩猟動物。気配を消すのがうまいもんだ。
「むー、キョンくんのせいだからねー。シャミー? ごはんだよー」
そう言いつつ嵐は去っていった。一体今何時だろう。かなりの時間が経っていると思うんだが。
果たして再度惰眠をむさぼることが可能なのか、否なのか。
淡い期待を抱きつつも時計を見た。ほぼ同時に目覚まし機能が働いた。
俺の貴重な睡眠時間が音を立てて崩れていった瞬間だった。その音とは目覚まし時計の音なのは言うまでも無い。
そのことをただ単に引きずっているだけなのだが、ただの一男子高校生としては十分以上に気分を害する出来事であると言えよう。
閑話休題。
そんなくだらない事を思い返している内に学校に辿りついていた。
靴を履き替え教室に入り、自分の席の後ろを見る………
案の定、夏真っ盛りの太陽のように眩しく暑い笑顔で席についていたハルヒが目に入ってきた。
「あ、キョン! やっと来たわね」
何だ、俺はいつも通りの時間に来たつもりなんだが。
「毎日来るのが遅いのよ。まあいいわ。それよりも、今日はユウキの歓迎パーティをするわよ!」
歓迎パーティだ? 一体何をするつもりだ?
「その名の通り歓迎するのよ。それ以外に何かある?」
いや、何も。お前のことだから他に何かあるのかと勘繰ってしまっただけだ。気にしないでくれ。
「そんな事言われて気にしないわけ無いじゃない! まあいいわ。あんたに付き合っててもしょうがないし。
取り合えず、放課後。ユウキを連れて1時間ほどブラブラしてきて頂戴。その間にみくるちゃんと古泉君とで準備しとくから」
長門はどうするんだ? 準備側にも連れ出す方にも入ってなかったような気がするんだが。
「さっき有希と話してきたんだけど、今日はちょっと用事があるらしいのよ。
で、丁度1時間ちょっとで終わるらしいから終わってから合流する、って言ってたわよ」
長門が用事? 珍しい事もあるもんだな。
「あんた、有希を何だと思ってるの? そりゃ有希にだって用事くらいあるわ。
それよりも、キョン? ぜーったいにユウキにはナイショよ? もししゃべったりしたら罰金だからね?」
はいはい、解ってるさ。それに、話したかったとしてもあいつが何処にいるかなんて知らないしさ。
「それもそうね。そう言えば彼女、一体何処のクラスに編入したのかしら。このクラスじゃないみたいだし」
さてね。こんな1週間の中途半端な日じゃなくて来週の頭にでもきちんと編入してくるんだろうさ。
ちなみに、今日は週の真ん中、水曜日だ。
ハルヒは、解ってるわよ、と呟きそれきり何も話さなくなった。原因は何て事の無い、
担任が教卓に立っていたのだった。もちろん、転入生を連れることなく一人きりで。
午前の授業の終了を告げるチャイムが校内に響き渡った時、事件は起こった。
「あ、弁当忘れた」
朝のドタバタの所為で弁当を持ってくるのを忘れていたようだ。
目の前の席に陣取って、自分の弁当箱を広げようとしていた谷口は、
「ご愁傷様。早く行かないとパンの一つも食えなくなるぞー」
と、忠告なのか嫌味なのかどっちとも取れる発言をし、冷えたミートボールを口に運んでいた。
この薄情者め。と、一言のこし、席を立った時だった。
教室の入り口に一人の女生徒が弁当の包みを持って立っているのが目に入った。
それ位なら良く見る光景である。他のクラスの女子でも来たのだろう。
だが、その女生徒にはもの凄く見覚えがあった。というかほぼ毎日会っている。
無口な読書少女、長門有希その人だった。
「どうしたんだ? このクラスに来るのなんて初めてじゃないか?」
長門の姿に気付いた俺は、すぐに長門を出迎えた。
「………これ、よかったら」
と、赤く染まった顔を隠すように少し俯きがちに言い、彼女はその手に持った弁当包みを俺に差し出した。
「………へ?」
一瞬理解出来なかった。と言うか、まだあまりよく理解できていない。
長門が……俺に弁当…?
「あと、良かったら、一緒に食べても………いい?」
と、少し首を傾げて伺ってくる長門さん。きっと俺の顔も赤く染まりきっている事に違いない。
いい? とか、いきなり聞かれましてもですね。いや、いらないとかじゃないですよ?
ちょうどお弁当忘れて困ってしまっていたもので……
などと、何故か敬語で話している俺が面白かったのか、
「くすっ」
っと、笑みを洩らしたのだった。
「何だか、あの二人夫婦みたいだね」
「キョンの奴……いつの間に………裏切り者め!」
国木田と谷口の視線(主に谷口だろうが)が痛かった。この場にハルヒが居なかった事を幸運に思うべきだろう。
「長門、場所を変えよう」
流石にそのまま自分の教室で長門と弁当を広げて食べるわけにも行かない、というか俺が耐えれそうにない。
「教室でも問題無い」
というのは、長門の談。いや、そっちに問題なかろうがこっちには大有りなんだ。
谷口や国木田に問い詰められるだけならまだしも、ハルヒが戻ってきた時の事を考えたら目も当てられない。
「どこに向かうの?」
まだちょっと時期が早いが屋上に向かおう。今日は天気もいいし、居られない事もないだろう。
こく、と長門は頷いた。
部室でも良かったのだが、先程のハルヒの言葉がある。
休憩中にも準備を始める可能性があるので、あまり近づかない方がいいだろう、という判断だった。
屋上へ出た俺たちは、なるべく風が来なくて日当たりが良い場所に座った。
冬は過ぎたが春はまだ遠い、そんな中途半端な季候のためだろう、俺たちの他には誰もこんなところには出てきていなかった。
「やっぱり、まだちょっと寒いな」
「だいじょうぶ」
そう言って、長門は少しはにかみながら弁当の包みを俺に手渡した。
「これ、あなたの分」
「あ…ああ、すまない……助かるよ」
俺は心からの礼を告げ、そして、先程からずっと疑問に思っていたことを口に出した。
「なあ。長門はどうしたんだ?」
長門はその言葉に一瞬身体を強張らせたが、すぐに普段通りに戻り、
「……今日はわたしが長門有希」
とだけを告げた。そして、彼女は自分の分の弁当を取り出し、蓋を開け昼食を取り始めた。
長門の表情を読むことに置いて、俺は誰にも負けない自身があった。そして、先程からの違和感。
というか、あまりに不自然な長門の行動。つまりは、こいつは『長門有希』ではなく、『長門ユウキ』なのである。
「つまり、編入と言うよりも日替わり交代で『長門有希』を演じる、ということか?」
「…ちょっと違う。彼女は調べ物をすると言っていた。それが終わるまでの間、わたしは彼女の代わりに学校に通う事になった」
様は影武者、ということだろうか。
……何だか羨ましいな。休みたいときに休めるってことじゃないのか?
「もちろん、今の間だけだけど」
そりゃそうか。 …っと、そう言えば眼鏡はどうしたんだ? 昨日は掛けてたよな? 伊達って言うわけじゃないだろうし。
「コンタクト」
と、一般的な答えが帰って来た。てっきり長門が視力矯正でもしたのかと思っていた。
そんな事を話しているうちに、長門ユウキ手作りの弁当を食べ終えてしまった。
さて、そろそろ教室に戻ろうか。いくらいい天気だからと言って、半時間以上もこんなところに居れば身体が冷え切っちまう。
「…………」
だが、長門は立ち上がろうとしなかった。座り込んだまま、俺の顔をじっと見つめている。
「どうした? 戻らないのか?」
彼女はまだ立とうとはしない。それどころか、俺のズボンの裾を摘んできた。
「…………」
そして、無言の攻撃。そんな自己主張を俺は振り払う事が出来ずに、彼女の隣へとどっかと座り込んだ。
「…身体が冷え切ってもしらないからな」
長門は、一度だけ頷くと、俺の肩に頭をもたれ掛けさせた。
「な…ながと?」
「ちょっとだけ、このままで……」
肩に掛かるその重みには、不快さなど一切なく、俺の心に温かみを与えてくれた。
だが、それ以上にこっ恥ずかしさが俺の意識を占領していった。
まだ春には遠い日の風は冷たかったが、今の俺たちには(少なくとも俺だけは)涼しく感じていた。