「それで。俺にあいつを慰めろって言うのか?」  
「そうややこしい話でもないでしょう。元の鞘に戻ってくれればいいだけですから」  
眉をひそめ、平常よりあえてトーンを落として言った俺に対し、  
このクソスマイリー野郎は顔色一つ変えずに言葉をつないだ。まあいつもの事だが。  
「何故俺がハルヒにそんな気を使わねばならんのだ。  
あいつは、俺がああしなかったとしても、少なくとも誰かに叱責されるべきだった。お前も見ていただろう」  
「ですが……現在の涼宮さんに、彼女にとってマイナスなアクションを起こす事は、  
とりかえしのつかない事に繋がる恐れがあります。いつも以上にね。」  
じゃあこいつはあれか。お姫様の機嫌を損ねないよう、  
我々家来は姫のご注文をなんでもはいかしこまりましたと承れと、そう言いたいのだろうか。  
「まあそうは言いましても、確かに、私もあなたのお気持ちはわかりますよ。  
もっとも僕は、あの時朝比奈さんの潤んだ淫靡な瞳に間近で見つめられる事ができ、非常にラッキーでしたがね」  
何だこいつは。殺されたいのか。  
古泉は前髪をさらっと一回かき分けると、いつもの如く、  
「冗談です」  
どうやら、やはり殺されたいらしい。  
「冗談はさておき」  
もう勝手にしろ。古泉は、ごほん、とわざとらしい咳払いをはさみこんで  
「とにかく、涼宮さんをいつもの涼宮さんに戻してあげてください。僕では駄目なのです。あなたでなくては、ね」  
ね、の部分でウィンクしやがった。吐き気がする。先生保健室行ってきてもいいですか。  
 
 
 
俺の教室の廊下で奴に待ち伏せされていた俺は、貴重な昼休みを数分間奴に付き合う事を余儀なくされた。んでもってあの内容だ。  
第一、慰めるまでもなく、ほとぼりが冷めりゃいつものように部室で邪知暴虐の限りを尽くすハルヒに帰着している気がする。何で俺が……。  
くそ、いまましい。メシでも食って忘れてしまおう。そう思って教室に入った俺に、俺の机の後ろのあいつの姿が目に入った。  
ハルヒは、窓側に顔を向けた状態で、机に突っ伏していた。今日は朝っぱらからあんな感じだ。  
休み時間ごとに、いつもどこかへずいずい出向いて行く(たまに俺も連行される)あいつだが、今日はどこへも行く気配が無い。  
それどころか、いつ見ても今の体勢のままであった。  
待て、何故休み時間毎にハルヒの動向を確認しているんだ、俺は。  
 
俺は自分の机の横にぶら下がっているスクールバッグから布に包まれた弁当箱を引っ張り出すと、谷口や国木田の方へと足を運んだ。  
 
ぱくり。  
箸にぶっ刺したミートボールを口に運ぶ。毎日毎日ここまで味、見た目ともに高水準のレベルの料理を提供してくれる母親には感謝している。いやマジでうまい。  
いつもはここで谷口の経験薄な恋愛論や、どこからリサーチしてきたのか全く不明な統計をBGMにしている。  
が、今日はどうやら再生ボタンが押されていないようだ。  
谷口は、眉の角度を平常より10度増し、しかめっ面のままばくばくと弁当をかっ込んでいる。  
時折、「ったく」「なんだってんだ」などと宛先不明の悪態を漏らす。  
なんなんだこいつは。  
俺は国木田の方に疑念の眼差しを向け、それを受け取った国木田はやれやれといった表情を俺に返す。  
いやそんな顔されてもわからん。なんだってこんな雰囲気の悪いランチタイムを過ごさねばならんのだ。  
(おい、何事だあれは)  
(昨日の涼宮さんやキョン達の映画撮影のことがあったからだよ。あいつ、もっと涼宮さんたちと遊んだり、仲良くやりたかったんだ。)  
ああ。なるほどな。まあ無理はない。湖にダイブしてはいさよなら、という扱いを受けて不平の一つでもタレない人間は少なくともこの世界にはいそうにない。  
いたら是非お目にかかりたい。  
だが、その怒りをそれとなく俺に向けるのは間違ってはございませんでしょうか。谷口くん。  
「おいお前ら一体何の話してんだっ?」  
しかめっ面をキープしたまま谷口が口を開いた。  
「おいキョン、国木田がなんつったのか知らねえが、言っとくが俺は、涼宮と仲良くなろうだとかそんな気は毛頭ねえからな。  
確かに朝比奈さんは魅力的だ、是非お近付きになりたいね。だがな、その為に涼宮やお前のくだらねえお遊びに付き合うつもりはねーんだ」  
ご丁寧にもわざわざ本心を言って下さいました。  
「おいお前昨日、しっかりカメラ回してたな。すっかり涼宮の下僕じゃねーか。別にお前らのアヤシイ活動は知ったこっちゃねーが、  
朝比奈さんや長門だとかに被害くらわすような事はぜってえするんじゃねえぞ」  
は?そもそも俺はハルヒの下僕ではないし、朝比奈さんや長門にどうこうするなんてもっての外だ。  
ましてや昨日なんぞは、ハルヒマンセーのイエスマンどもの中で唯一俺が奴の暴虐に立ち向かったんだ。  
もっともお前は知らないだろうがな。  
谷口はもう一度「ったく」と喉を鳴らすと、残りの弁当を平らげ始めた。  
俺は水筒をバッグから取り出してくる目的で席を立ったが、ここに戻ってくるのも胸糞悪いので弁当箱を布に包みなおし、それを持って俺の席に戻った。  
 
鞄との物々交換を済ませた俺は、ちらっと、ほんとにちらっとだけハルヒの方を見た。理由は特にないが。  
ハルヒは見事なまでに10分ほど前と同じ体勢だった。前髪にブラインドされた目が俺の方を向いている気がした。気のせいだろうけど。  
がたん。  
椅子の動く音に、俺は反射的に後ろを向く。先程までのはく製ハルヒは俺の後方座席には見えない。  
すべりの悪い、スライド式のトビラを開けて走り出ていく女子生徒の姿が見えた。   
…一体どうしろってんだ。ここで何故か先程の古泉の言葉がフラッシュバックする。  
 
「とにかく、涼宮さんをいつもの涼宮さんに戻してあげてください。僕では駄目なのです。あなたでなくては、ね」  
 
俺がハルヒにそんな気を使う理由がどこにある。俺がハルヒに…。  
立て続けに、今度は今日のハルヒの姿が続いて脳裏によぎった。あんなに押し黙ったハルヒはここ半年ほどで初めてみた。  
ずっと突っ伏して、いつものように俺の背中に奇襲を加えることもなく。  
……ああもう―――  
 
 
はっ。  
 古泉一樹は席を立ち、やや早めの足取りで教室を出て、部室棟へと向か…おうとした。その進路上に、長門有希が古泉を真っ直ぐ見つめ立っていた。  
「長門さん、お判りですよね」  
「非常に高密度な集束エネルギーを観測。たった今」  
「ちょっとまずい事になりそうですね。今回はハトを白くするのでは留まらないでしょう。それに重ねて、今学校には生徒、教職員方がわんさかいるときた」  
「涼宮ハルヒがこのエネルギーの再構築を完了し、射出、拡散させた場合、この学校を中心とする約半径10km圏内の地域に、  
地球に適用される物理法則及び人間の常識的要素の書き換えが行われる。でも平気」  
「平気?今回は閉鎖空間内ではありません、まさにこの世界が涼宮さんの消しゴムにかけられようとしているわけですが」  
「理解している。でも平気」  
 首をかしげ、?を頭上に浮かべながら古泉が返す。  
「はぁ、それはまた、何故です」  
「彼が向かっているから」  
 柔らかな微笑を浮かべていた古泉は、口角を上げ笑顔を見せると、  
 
「あぁ、なんだそうでしたか」  
 
この時間は誰も足を運ばないだけあって部室棟はあまりに静かだ。  
その中を、俺のテンポが早くボリュームのでかい上履きの足音と、荒い呼吸が、恥ずかしいくらい耳に入ってくる。なんでこんな急いでるんだ、俺。  
最初は、んなもん知ったこっちゃねえよ的スタンスを貫くつもりだったよ。それが間違っているとも思っちゃいねーしな。  
だが、総シカトくらわす予定だった古泉の忠告と、今日のハルヒの姿がやたら頭をかけめぐりやがる。  
人の頭んなかでうろうろと…これでは気になって、午睡の心地よさが半減してしまう。  
仕方ないから、俺は今こうやって走らざるを得ない、ってわけだ。  
ん?これが言い訳だって事くらい自分でもわかってるよ。それもだいぶ苦しいやつ。  
 
そんなこんなで少々色のはげた、文芸部と書かれた札の下までたどり着いた。ハルヒには珍しく、無用心にドアはおもいっきり開けっぱだった。  
ドア横の壁に背を張り付け、そろり、と中を覗いてみた。なんでだか、ちょっと胸の鼓動が速くなっているのがわかった。  
ハルヒは定位置の団長席に腰掛けていた。ただ、その前に陣取るPCをいじっているわけでもないし、  
ふんぞり返ってこの世の不思議が自分に降りかからない事を不満に思っているようなわけでもなさそうだ。  
もうちょっとよく覗いてみる。背中を少々丸め、―顔はPCのディスプレイのお陰で確認できないが―肩が不規則に上下している。  
 
 
――俺は目を疑ったね。  
ハルヒは泣いてた。  
 
 
それに気づいた俺は流石に驚いた。同時に、ハルヒが小さく嗚咽を漏らしている事にも気がついた。  
驚きが収まると、不思議と俺の心の中はだいぶ整理されたようで、落ち着いていた。  
俺の中の本心が、それを閉じ込めていた檻を発破する勢いでどんどん膨れ上がっていくのがわかった。  
「ハルヒ」  
咎めるためでも、なだめる為でもなく、単に俺が言いたいから言った。文句あるか。  
同時に、ハルヒの肩がびくんと跳ね上がるのが見えた。その時一瞬こちらに向けた目は、  
溢れそうな涙でゆらゆらと揺らめく光を瞳に閉じ込めた、  
疑う余地も無く、  
それはそれは、いとおしい眼だった。  
 
俺は通いなれた文芸部兼SOS団部室に足を踏み入れ、まっすぐ団長席へ向かった。  
ハルヒは状況を把握したらしい、もごもご、と言葉にならないコトバを口から漏らしつつ、顔を逸らせ、嗚咽で肩の震えるのを隠そうとしていた。  
俺はハルヒの座っている椅子の横に立った。そしてもう一度呼びかける。  
「ハルヒ」  
「……なによ」  
上ずったハルヒの声が返ってくる。顔は逸らしたままだから、顔は見えない。  
「あー……昨日は、悪かったな、取り乱してしまって」  
先程とは真逆の事を話している自分が、自分でも可笑しかった。かといってどっちかが嘘ってわけでもないけどな。  
「…いいわよ別に。あたしはあたしのやりたいようにやって、この映画を絶対に成功させてみせるんだから。  
…それであんたが不服ってなら、降りたって、別に、構わないわよ」  
すすり泣きで、途切れ途切れにハルヒは返答した。  
もどかしい。俺自身も、ハルヒも。  
ハルヒは俺の事を雑用係的召使いとしか思っていないだろう。だが、そんな状況に俺は満足していない。  
だが後退的な意味ではない。もっと、俺はハルヒにとってもっと深く意味を持つ存在になりたい。  
…つまりは、俺はハルヒに…  
俺だって、あんな泣き顔見せられたら、今まで隠そうとしてきたこの気持ちがビッグウェーブの如く押し寄せてくるさ。  
その大波に俺はまさに飲まれている。もうする事は決まっていた。  
 
がたん。  
 
着席していたハルヒの脇を抱えるようにして立ち上がらせて、  
 
俺は、ハルヒを強く抱き締めた。  
 
ひぁっ、という声が俺の耳のだいぶ近くから聞こえた。  
今、俺の腕に包まれているハルヒは、何も抵抗せずに、より大きくなった嗚咽をこらえきれずにいた。  
ハルヒの顔が当たっている俺のワイシャツの胸のあたりに、涙がほんの少し滲みたのが分かった。  
それで、俺は今ハルヒを抱いているのだという事を実感した。  
伝わってくる嗚咽の振動が収まり始めたころ、ハルヒが俺の胸の中で口を開く。  
「…あんたにああ言われて…すごいムカついたわ。何よキョンのくせにって。」  
俺は特に何も返さず、黙ってハルヒの言葉を聞いている。  
「そのまま解散して、家のベッドでねっ転がって、その事を思い出したの。そしたら、やっぱムカついて、明日どんな罰を用意しておこうか、とか考えたりしてみた」  
あなおそろし。しかし今日それがまだ実行されてない所を伺うと、、どうやらそれは中止されたようだ。  
「でも…あの時のあんたの顔を思い出して、…なんでだか怖くなった。あたしは、キョンに嫌われたと思った」  
そうか、とでも相槌を打とうかとしたが、できなかった。ハルヒは続ける。  
「今日学校でも、あんたはあたしに話かけなかった。…謝罪の言葉でもかけてくると思ったんだけど」  
それは万が一にもないだろうな。ただ、俺がハルヒに一言もかける事がなかったのは事実だ。  
「それでね、あたしわかった」  
そこまで言うと、ハルヒは涙をたっぷり溜めた眼で俺を見上げ、  
 
「あたし…キョンが好き。…キョンに嫌われたくない」  
 
俺にももう隠すものなどなかった。腕の中で俺を見上げるハルヒが、愛しくて、それがどの位かっていうと、ただ「すげえ」としか修飾語をつけることができない。  
俺はハルヒをより強く抱き締めた。すると、それに呼応するようにハルヒは自分の脇に下ろしていた腕を俺の首に回した。  
んで、俺は言った。歯の浮くような台詞だと我ながら思うが、実際それしか言い様が無かったのだから仕方あるまい。  
 
「俺も好きだ、ハルヒ。ずっと、お前の傍にいたい」  
 
「―――うん」  
 
俺は、俺が言い終わるまでじっと俺の目を見ていてくれたハルヒの、溜まった涙を拭ってやり、そして、「あの時」よりゆっくり、顔を近づけていった―――  
距離が近づくにつれ、ハルヒの体温が伝わってくるような感じがした。  
そしてハルヒの、本当に柔らかい唇と俺が重なった時、よりはっきりと伝わってきた。  
 
古泉との約束(一方的ではあるが)は果たせなかった。俺は、ハルヒをいつものハルヒに戻す事はできなかったからな。  
ただ、今のところこれで問題が起きたような話は聞いていない。もし起きたとしてもそんな事は知ったこっちゃないね。  
申し訳ないが俺は当分ハルヒと離れるつもりはない。  
少なくとも世界が終わるくらいまで、ハルヒに付き合ってみるつもりさ。だろ?ハルヒ。  
「ちょっと何勝手な事ぬかしてんのよ!」  
「例えこの世界が破滅しようと、あんたは、あたしがいいっていうまで、あたしの傍を離れちゃいけないんだからね!」  
 
――だそうだ。  
 

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