「あ、鶴屋さん? そそ、わたし。ちわーっ」  
「うん、イブ以来だね。鍋パはお疲れさまー。ハルにゃんの料理おいしかったね」  
「二次会? うん、わたしの家で。楽しかったよー。鶴屋さんも来ればよかったのに」  
「でもあれ、口実でしょ。絶対外せないなんて嘘じゃないの? 鶴屋さんがいたほうが絶対楽しくなってたし」  
「むー。SOS団SOS団ってそこまで気にすることないのに」  
「ま、鶴屋さんがそこまで言うなら仕方ないか。その分、明日からの合宿楽しもうね」  
 
「それでね、聞いてくれる? キョンくんのことなんだけど」  
「うん、キョンくんのこと。一昨日ね、わたし、いつもどおり早くから部室で本読んでたのよね」  
「ん? あ、団員が集まって大掃除をするためにね。結局大した掃除にはならなかったけど」  
「ともかく、なぜかキョンくんだけ集合時間より一時間早く来たの」  
「なんでだと思う? それがね、告白よ、告白」  
「誰に、って、わたしに、に決まってるじゃない」  
「ひどーい。鶴屋さん、そこでハルにゃんの名前出すことないじゃない」  
「気持ちはわからないでもないけど、わたしだって可能性ゼロじゃないって」  
「ちっ。でね、キョンくんラブレターを書いてきて、わたしの前で読んだの」  
「うん。ごまかすように他人からのラブレターを代読するんだって前置きをして」  
「でしょ? わたしはキョンくんってうぶでかわいい、って思いながら聞いてたのね」  
「そ。きっと最後に、実は他人なんか嘘で、キョンくんからのラブレターだと言ってくれると思ってね」  
「そう! そうなのよ。キョンくんったら、本当に他人のラブレターを代筆アンド代読してたの」  
「わかる? そのときのわたしの落胆。もうね、キョンくんのこと殴ろうかと思った、一瞬」  
「ムリムリ。このわたしならできるけど、あのわたしにはできないって」  
「ダメ、ダメなの。あのね、鶴屋さんだから言うけど、夏休みにね、ちらっと出してみたの」  
「そう、このわたし。ハルにゃん以外の三人がいるときにね。そしたら、なかったことにされちゃった」  
「思いっきり拒否だった。記憶に残すことすら拒否されるぐらいの拒否。みんなひどいよね?」  
「だよねー。こっちのほうが面白いとわたしも思うんだけど、ギャップに耐えられなかったみたい」  
「少しずつなんとかしていくわ。いつまでもこのままだったら肩凝っちゃうし」  
「ありがと。でね? そのあとが傑作なの。わたしは当然断ったんだけど」  
「当たり前でしょ。わたしにはキョンくんしかいないの」  
「そしたらね、キョンくんラブレターを丸めて窓から投げたの。ぽいっ、て」  
「あ、わかっちゃった? なんだ、面白くないなあ」  
「わかったのにネタばらししてもつまんないからそれは置いとくとして」  
「だってそのままだもん。で、次の日、つまり昨日ね、色々あって、手紙の主と会うことになったの」  
「ばっ、ばか! そんなんじゃないって! そのね、ええと、ちゃんと断っておこうってね」  
「もう! いいですよーだ、ふん。それに結局、相手も勘違いだとわかって、お互いに断り合いよ」  
「知らないもん。それは済んだこととして、そのあとのキョンくんが最悪だったの」  
「よりにもよって、わたしに『告白が間違いだとわかって残念だったか?』って言ってきたの!」  
「マジ。キョンくん的には、相手の人とのつもりだったんだろうけど、ふざけんなって思ったね」  
「ホントそうよ。とどめさされた気分。わたしは愁傷にも『少しだけ』って答えておいたけど」  
「そうよね! キョンくんったら信じらんない。そこでね」  
「鶴屋さん、冬合宿中にさ、隙を見てキョンくんを代わりにとっちめてくれない?」  
「女心を踏みにじるような男には罰があって当然よ! ね、おねがい」  
「やたっ。鶴屋さん大好き! 方法はおまかせするね」  
「それじゃ、明日駅前で! おやすみー」  
 
 
『長門有希さんの動揺』 注:長門さんのイメージを壊したくない人は読まないほうがよいです  
 
 
大晦日前日。今日から三泊四日の年越し冬合宿っ!  
ハルにゃんじゃないけど、スパートしてスパークするわ!  
時空改変の件を残したまま越年するのは、少し心残りだけど  
情報連結解除の危機は、鶴屋さんとキョンくんのおかげで無事回避しました!  
クリパのときは、まだ返答が出てなくて、いまひとつ楽しみきれなく不完全燃焼。  
その分まで遊んで遊んで遊び倒してやるのよ!  
 
キョンくんの妹ちゃんがついて来ちゃうハプニングがあったものの  
駅前で集合してから電車に揺られ数時間。無事に着いた先は、雪! 雪! そして有希!  
青空との対照が映える真っ白な雪景色と、それにも負けない可憐なわたしだったのです。  
誰もわたしになんか注目してないけどね。新情報に既情報が見劣りするのは仕方ないわ。  
ま、いくらでも目の前にある雪なんてそのうち飽きられて、辟易されるに決まってるんだから  
今のうちに世の春を楽しむがいいわ、冬だけど! 雪には名付け親になってくれた恩があるけど  
それとこれとは別。ユキの座は決して渡さない!  
 
静かな闘志を燃やしているうちに、鶴屋さん提供の別荘へ到着してました。  
今回も夏合宿のときと同じように、行き届いた世話をしてくれるのは、いっちーのお仲間さん。  
普段あまり目立たないいっちーだけど、人脈の広さだけはかなわないわ。  
そういえば、ハルにゃん的には、そんないっちーはどう見えてんだろ。  
もう謎の転校生だとはさらさら思ってないだろうけど、謎の御曹司ぐらいには思ってるかもね。  
でもこればっかりは、鶴屋さんにお願いするわけにもいかないのよねー。  
鶴屋さんも女の子。昨日の告白ネタに声を輝かせてたぐらいだから、頼めば利害一致、  
嬉々として問いかけてくれるだろうけど、だ・け・ど。  
それは主流派のやり方じゃないのでダメなのです。  
むしろ涼子ちゃん、じゃない、バックアップのあの人がいた派閥だった、急進派のやり口ね。  
……ちょっと違うかな。急進派も直接ハルにゃんに働きかけたりしないもんね。  
どっちかというと、喜緑江美里さんの派閥かなあ。でもそれも違うなあ。  
もういいわ、長門派ってことで! キョンくんその他をほかの派閥から守りつつ  
ハルにゃんから個人的に面白そうな情報を搾取していく、それが長門派!  
うっ、やば。警告が出た。あはは、ジョークですよジョーク。ね?  
 
 
「キョンくんさ、妹ちゃんと相部屋でいいかい? 部屋数ギリなんだよねっ」  
いっちーについて真面目に考えてると、鶴屋さんがキョンくんに声をかけてた。  
もう。鶴屋さん、気を利かせてくれてもいいのに。別に、  
「別にあたしの部屋でもいいわよ」  
なっ!? まさかハルにゃんがこんな大胆なアプローチをするなんて。  
キョンくんとハルにゃんが相部屋だなんて、そんなのわたし許さない!  
「部屋は広いし、女同士で相部屋になるのが健全でしょ?」  
って妹ちゃんのほうだったのね。わたしてっきり。  
でもちょっと待ちなさい有希。そこで安心しちゃダメ。  
ハルにゃんが策士だということは、コンピ研の件で散々思い知らされたじゃない。  
つまり、妹ちゃんを懐柔して、キョンくんとの関係をキョンくん家において既成事実にするつもりなのよ!  
お、恐ろしい子。真田有希もびっくりの堀埋め立て作戦だわ。キョン丸落城目前!?  
妹ちゃん、そんな策謀まみれの怪しいお姉さんについていっちゃいけません。長門有希に清き一票を!  
「みくるちゃんとこがいい」  
……ま、いっか。  
 
荷物を置くのもそこそこに、わたしたちは銀世界へと繰り出しました。  
自分で言っといてなんだけど、どこが銀世界なのよ。ただの白い雪じゃん。  
ストックでぐさぐさ雪をつついていると、キョンくんの姿が視界に入った。  
キョンくんは、ぼーっと突っ立って、どっかを見てる。視線を追うと、そこにいたのは、  
「わっわっ、きゃあっ!」  
初心者丸出しで転んで、雪まみれになっちゃったみくるんだった。  
ちょっとキョンくん、なにみとれてんのよ! 百歩譲ってみくるんだけならいつものことだからいいとして  
雪まみれがアクセントになってるのは我慢ならないわ。どうして有希まみれじゃいけないの!?  
内心ぷんすか怒っているわたしをよそに、キョンくんはひたすら和んでいた。むかっ。  
「キョンくーん」  
そのとき、あさっての方向からキョンくんを呼ぶ声がこだました。  
振り向きながら、声の主に返答をするキョンくん。ところが、  
「なんですぶっ!?」  
キョンくんの顔面に、飛んできた雪玉が見事命中しちゃいました! ざまーみろ。べー。  
その雪玉を投げたのは誰かと言うと、  
「あっはっは! キョンくん、もうちょっと気をつけたほうがいいっさ。わははっ」  
わたしの盟友鶴屋さんだったのであります。こっそりわたしにウインクをする鶴屋さん。  
それはまるで、『まずは序の口っさ』とでも言っているように思えた。ありがと。  
 
 
ほどなくして、みくるんは鶴屋さんの指導でスキーのコツを覚え、すいすい滑ってた。  
それはそれでみとれてるキョンくんだけど、今度はみくるんにみとれてるんだから  
まあ、いつものことよね。いちいち目くじら立ててたら、容量がいくらあっても足りないって。  
 
「勝負よっ!」  
鶴屋さんが妹ちゃんの面倒を引き受けてくれ、SOS団メンバーはリフトに乗って  
本格的に滑ることに。当然、勝負好きのハルにゃんが見過ごすはずもなく、ふっかけてきた。  
まったく、ハルにゃん懲りないなあ。市民プールの水泳勝負、体育大会の徒競走、  
二次会でのゲーム大会。全部わたしが勝ってるってのに。  
もっとも、キョンくん争奪レースでかなりの大差をつけられてる事実の前では  
全部色褪せちゃうんだけどねー。しかも追い越し禁止が義務付けられてる現状。  
いつか出し抜ける機会がくればいいんだけど。あーあ。  
おっとと。さっきから文句ばっかよね。わたしは遊びに来たんだから、楽しまなきゃ。  
そういうわけで、今回は勝負度外視で、みんなとスキーすることを純粋に楽しむことにした。  
ハルにゃんも、キョンくんの件を除けば、大好きの部類に入るし。  
みくるんも好きよ、胸を除いて。いっちーも好き、影薄いけど。  
 
軽やかにスキー板を操って左右にターンを決めながらどんどん滑降するわたし。  
やがて前方に盛り上がっている場所を見つけ、板を揃えて加速、思いっきりジャンプ!  
空中でくるっと宙返りをして着地し、スピードを落とさず次を踏み切って、今度はツイスター。  
フィニッシュは勢いを断ち切るように派手なブレーキングで雪を撒き散らかした。  
ゴーグルを上げて、降りてきた方向を見上げる。どう? キョンくん。  
もちろん、キョンくんがいないどころか滑降シーン全部作り話なんだけど。  
わたしがそんな動的に滑るわけないじゃん!  
 
というわけで、すいーっという擬音が似合う滑り方で、わたしはのんびり斜面を下っていた。  
ハルにゃんが少し前を滑っていて、あとの三人はわたしの後ろ。  
しがらみも全部忘れて、普通に遊んでるって気分がして楽しかった。  
邪魔が入るなんて、これっぽっちも思ってなかった。  
 
 
斜面を滑っていたわたしが違和感を覚えた次の瞬間、  
「え?」  
ハルにゃんが声を上げたのも無理はなく、晴天が吹雪に変わっていた。  
音を立てて吹きつける雪に文句を言ったり、なぜこうなったのか現状を分析するのが  
わたしのすべきことだったんだろうけど、それどころじゃなかった。  
もし、わたしの感情が行動にストレートに出るなら、  
『きゃあああああっ!』  
と悲鳴を上げて、その場にしゃがみこんでたと思う。  
切れるはずのない、情報統合思念体との連結が切れちゃったからだ。  
それはわたしにとっては、いきなり全裸になったに等しかった。  
すぐに後ろを滑っていたキョンくんたちが追いついてきた。説明を求めるようにわたしを見てくる。  
み、見ないで……恥ずかしい。  
わたしは、あまりの羞恥心に、その場に卒倒しそうになったけど、なんとか耐え、  
「先導する」  
ナビを務めることにした。そうすれば、少なくとも視線を合わせなくて済むから。  
 
はっきりと失敗だと悟ったのは、しばらくしてからだった。  
視線は合わせなくて済むものの、逆にほかの四人の視線が集中して、わたしは内心転げまわっていた。  
そんなわけないのに、お尻をじろじろ見られてるような気さえして、もうダメ。泣きそう。  
しかも進まないと怪しまれるから進んでるけど、空間自体がおかしいらしく、着きそうにない。  
どうすりゃいいの、わたし。  
 
この空間に入ってから二時間四十六分四十秒経過したとき、ハルにゃんがしびれを切らした。  
「待て」  
かまくら作りを提案するハルにゃんに待ったをかけたのは、キョンくんだ。  
キョンくんはそのままわたしに近寄ってくる。こないでえええええええええええ。  
「どうなってる?」  
リンク切れて全裸になってます。うう、こんなときでも冷静に行動しなきゃいけないなんて。  
ゆっくりと顔を上げ、キョンくんの瞳を見つめる。あうあう。裸どころか、心の中まで覗かれてる気分。  
「解析不能な現象」  
ぽつりとそう言えた。  
 
「ふぇー」  
みくるんがあひる坐りで床にお尻をぺたっとつける。  
会話から数分後、ハルにゃんが必然、見つけた洋館にわたしたちは転がり込んでいた。  
わたしは、なるべく目立たない位置を確保して、ぼーっと佇む。  
キョンくんと正面きって会話したことで、わたしはかなりの精神的ダメージを負っていた。  
お互い裸ならともかくこっちだけ裸で、しかも相手はそう思わずに不躾な視線を送ってきて  
なおかつ冷静に応対しなきゃいけないという、この状況に耐えられる人は、倒錯趣味すぎ!  
わたしは純情一直線ピュアハートの持ち主なので、死にそうでした。  
 
洋館に入ってすぐ、ハルにゃんが館に誰かいないか探しに行くことを宣言し  
キョンくんがそれについて行った。キョンくんが見えなくなって、思わずほっとする。  
ハルにゃんとキョンくんが二人っきりであることに気を回す余裕は、ちょっとなかった。  
 
「朝比奈さん、長門さん。この事態に心当たりはありませんか?」  
二人が階段を上がってしばらくして、いっちーが口を開いてきた。  
「ごめんなさい。ないです……」  
二人がいなくなって気が抜けたか、仰向けに寝転がってみくるんが答える。お疲れ気味っぽい。  
そりゃ三時間弱も雪の中を歩いたら疲れちゃうのも当然だわ。  
わたしも肉体的な疲労はないものの、あっぷあっぷ。口を動かすのも億劫だから答えなかった。  
いっちーはそんなわたしたちに肩をすくめて、二人が上がった階段のほうを見上げてた。  
 
「変ですね」  
いっちーが眉をひそめてそう漏らしたのは、二人が探索に行ってから五十分十四秒経ったときだった。  
みくるんもだらしない格好はとっくに止めて、立ち上がってる。不安そうな顔を隠さない。  
「どうしたんでしょうか……」  
つぶやくみくるんに、考え込むいっちー。ぼーっとしてるわたし。  
しばらくして何か思いついたのか、いっちーがわたしに声をかけてきた。  
「長門さん、僕から見えない位置に行って、見えなくなってから十分後に戻ってきてもらえませんか?」  
右から左に声が通り抜け、半ば自動的に体が動き出す。りょーかい。  
 
角を曲がって、いっちーたちが見えなくなると、わたしは床にへたり込んだ。  
時間をカウントするのはタイマーに任せることにして、ぱったりとうつぶせに倒れ伏す。  
情報統合思念体と遮断されたことで、メモリから記憶領域に転送する作業効率が激減してキツかった。  
メモリの容量自体は、まだまだけっこう余裕があるんだけど、この状況がずっと続くと  
熱暴走しちゃうかも。それにこの状況をなんとかするためには、もっと空けとかないと。  
だから少しでも新情報を取り込まないように、何もしてないの。  
考えるのもやめちゃいます。  
 
タイマーとともにひょっこり起き上がったわたしは、いっちーたちのところへ戻った。  
空間に取り込まれてから四時間十八分十八秒。うん、バッチリ。  
「あれ、長門さん?」  
みくるんが不思議そうな声を出す。反応せずに所定の位置に戻った。  
「長門さん、十分ちょうど数えましたか?」  
いっちーの問いかけに、首を三十度下向けて、戻す。  
「おかしいですね。僕たちはまだ二百も数え終わっていないんですが」  
知らないもん。いっちー、考えるのは任せたー。  
 
さらに二時間弱経って、ようやくキョンくんとハルにゃんが戻ってきた。  
ふう、のろのろ速度ながら、なんとか大部分を処理できた。よかったよかった。  
安心するとともに、わたしのキョンくんセンサーがびびっと鋭く反応する。  
なんか、キョンくんとハルにゃんの距離が近くなってませんか!?  
ちっ、やっぱキョンくんをハルにゃんと二人きりにしたのはマズかったか。  
何したかわかんないけど、ハルにゃんにポイントを加算されちゃった。あーあ。  
 
さっきの失敗を踏まえて、最後尾をこそこそついていき、必要最低限の受け答えをして  
必要最低限の行動を取って、わたしはひたすら省エネに徹したかった。  
なのにキョンくんったら、わたしのことが気になるのか、ちらちら見てきて、もう台無し。  
あまりにも見てくるから、遮断されてることを話したら、気遣ってか余計に見てくる始末。  
あ、裸の件は言ってないわよ。そんなの告白する人いないって。  
にしても、なんでわたしを見て欲しいときに見てくれなくて、見て欲しくないときに見てくるのよ!  
せっかくメモリの容量を空けたのに、裸を見られる恥ずかしい気持ちでどさどさ埋まっていく。  
これじゃ、打開策を出すための行動に出られないよお。  
 
「お風呂に入りましょうよ」  
食事を終えて一息ついてから、脳天気にもハルにゃんが申し出た。  
キョンくんと同席してる現状よりかは、何倍もいい案だったから、反対しなかったけど。  
ちょっと頭が熱っぽくなってきてたから、冷水をかぶりたいってのもあったし。  
そういうことで、部屋割を決めてから、先に女子三人で大浴場へ繰り出したのでした。  
 
「わあ、広いお風呂ですねぇ」  
みくるんが感嘆したように、誰が用意したか知らないけど、十人ぐらいは優に入れそうなお風呂だった。  
お風呂というより、銭湯かも。蛇口もずらっと並んでて、助かるわ。  
ここだと裸のほうが普通だしリラックスリラックス。  
「さ、女同士、腹を割って裸の付き合いをしましょ」  
そう言いながら、みくるんににじり寄っていくハルにゃん。  
「えっ? す、涼宮さん、ま、待ってくださ」  
「待つわけないでしょ。そーれご開帳ー!」  
「ひえええっ」  
バスタオルなんか着込んで入るのが悪い。わたしもハルにゃんも薄手のタオル一枚だけよ。  
タオルを剥ぎ取られてまろびでるみくるんのおっぱいは見たくなかったので、わたしは黙々と  
椅子に腰掛けて、洗面器に冷水を注ぐ。それを頭の上まで持ち上げて、傾けた。  
中身がわたしの短い髪の上で跳ね、肩から慎ましい曲線を経て、腰掛けている部分に流れ込む。  
冷たくて気持ちいいっ! 気分爽快で頭も冴え渡ってきて、ほんと、助かったー。  
「うーん、やっぱりじかに見ると改めてすごさを認識させられるわね、みくるちゃんの胸は」  
「あまり見ないでください……恥ずかしいです」  
「いまさら見られるぐらい、なんだってのよ。うりゃうりゃ」  
「ひ、ひぃっ! も、揉まないでええぇ」  
楽しそうですこと。  
今ごろ、キョンくんといっちーは頭を悩ませてるだろうってのに、まったくこの二人は。  
「有希、洗いっこしましょ」  
「……」  
もっと冷水浴びたかったんだけど仕方ないか。洗面器を置いて、立ち上がって振り向く。  
くっ、みくるんも大きいけど、ハルにゃんも健康美あふれるおっぱいって感じで腹立つ。  
なんでわたしもおっきくしてくれなかったのよ、このアホ主流派!  
 
……そだ、今リンク切れてんじゃん。文句言いたい放題だわ。  
こないだはよくもわたしを情報連結解除しようとしたわね、このエロスケベ思念体!  
あんたらいつも克明に情報を記録する名目の下、勝手に着替えやお風呂覗いてるのに  
ちょっと世界改変したぐらいで、なに真面目くさってわたしを処分しようとしてんのよ!  
というか、あんたらノゾキしてたから、世界改変で存在消されたんじゃないの? 自業自得じゃん。  
あとで江美里ちゃんから聞いた話じゃ、主流派のおっさん、メガネをまたかけるなら  
情状酌量してやってもいいんじゃないか、とか掛け合ってたんですって?  
ここだから言えることだけど、主流派のおっさん、事あるたびにメガネメガネうっさいのよ!  
「どうしたの? 有希」  
わたし知ってんのよ、おっさんたちが有希たんファ(中略)このロリコ(中略)涼子ちゃんが  
独断専行したのだってあんたらのセクハ(中略)懲りずに江美里ちゃんまで萌(中略)さらには――  
「ふっふっふ」  
「涼宮さん、ダメですよぅ」  
江美里ちゃん『おでこ見せないと怒られるんです』って泣いてたわよ!?  
あんたら、もしかして変態趣味の相違で派閥を作ってるんじゃないでしょうね?  
インターフェースだからってナメてると、いつか下克上してやるぞこの――  
「うりゃ!」  
「ひゃんっ!?」  
心の中で愚痴ってると、いきなり誰かが後ろからわたしのおっぱいを揉んできた。  
あまりに無防備だったから、びくっと体が反応して、色っぽい声を出してしまった。ふ、不覚。  
 
怖々表情を窺うと、正面にいたみくるんは、タオルで前を隠すのも忘れて、顔を硬直させていた。  
なによ、その宇宙人にでも遭遇したような表情は、ってわたし宇宙人か、あははってこれも久々。  
みくるんはともかく、わたしのおっぱいを揉んだまま手を動かしてないハルにゃんが気になるわ。  
でも、振り返るのもわたしらしくないし、冷静を装って、無表情で佇むことにする。  
しばらく沈黙が漂ったあと、ハルにゃんが手をわたしから離して声を投げかけてきた。  
「……有希、あんたって意外とかわいい声出すのね」  
「……」  
恥ずかし。  
 
ただの悲鳴だったからなんとか見逃してくれたらしく、避けられるようなこともなくて助かった。  
でも、ハルにゃんの表情はちょっと気になった。今まで見向きもしてなかったおもちゃの  
面白い面を見つけたような表情。もしかして、わたしもみくるんカテゴリー入り?  
ハルにゃんの背中を流しながら、着せ替え人形になりませんように、とわたしはひっそり祈った。  
キョンくんに見せるのはいいけど、ハルにゃんの嗜好ってアホ思念体と似通ってる部分があるから  
無駄に喜ばせそうでイヤ。あ、さっきの愚痴と今のを隠滅しとかないと。  
 
体を洗い浴槽につかり、普段絶対言えないことを言えたことで、身も心も頭もすっきりしたわたしは  
ハルにゃんやみくるんとともに食堂にいた。そろそろ、行動を起こさなきゃ。さっきは下克上してやる  
なんて言ったけど、リンクが切れると裸になるわ制限を受けるわで、やってられないもん。  
 
脱衣所に置いてあったTシャツにハーフパンツを穿いて、フルーツ牛乳を飲みながら、わたしは思索を始めた。  
当該空間を支配している存在をつかめるかどうか確認する。コード侵入開始。がんばれ探索プログラムくん!  
……うーん、ダメ。誰かわからない。もっとも、わからなくても最低限脱出できればいいのよね。  
そっち方面を打診してみる……あちゃー、涼子ちゃんのときより難易度高そう。今のわたしじゃ  
熱暴走して倒れるのが先かな。時間さえあれば、なんとかなるんだけど。時間、時間……あ。  
わたしは別の命令をプログラムにして、送り込んだ。ほどなくして、結果が出る。  
よしっ、これなら。あとは、一人になれる時間を待つだけね。  
 
「キョンくんたちにお風呂が空いたこと知らせてきますね」  
と言って、湯上りぽわぽわのみくるんがドアノブに手をかけた。  
「よろしくー。あたしはもっと飲み物用意しとくわ」  
ハルにゃんが手拍子で答える。  
むう。みくるんあれでも未来人だから、時間的なことをキョンくんに質問されたら答えちゃいそうだなあ。  
そしたら色々こんがらがりそうだし、なにより一人になれる時間が遠のきそう。  
みくるんには悪いけど、ちょっとおバカになってもらおっかな。  
ハルにゃんを横目で窺う。台所へ消えていくところだった。  
台所の時間経過速度は食堂より早いから、すぐ戻って来るだろうけど、見られなければ大丈夫!  
わたしは、超高速で口を動かし始めた。うわ、けっこう負荷かかるなあ。  
 
 
「朝比奈さん、一つだけ訊きたいんですが」  
「はい?」  
わたしはキョンくんを見上げて、不思議そうに首を傾げた。  
「この館についてどう思いますか? 俺はめちゃめちゃ不自然なシロモノに見えますが」  
「ええっとぉ、これも古泉くんが用意したゲームの、ふくせん?なんじゃないかなあって、涼宮さんが」  
目をぱちぱちさせて答える。  
「時間の流れがおかしいのは、どういう理屈なんですか」  
「え、それも含めて、トリック、ってやつじゃないんですか?」  
キョンくんが額を抑えて軽く溜息をつく。ごめんよみくるーん。  
「朝比奈さん、今ここで未来と連絡はつきますか?」  
「へ? そんなの言えるわけないじゃないですかぁ。うふ。禁則ですよー」  
キョトンとしてから、くすくす笑いを漏らして、やんわりたしなめる。  
「ほら、早くお風呂に入らないと涼宮さんに怒られますよ。ふふ」  
そのまま、ふわふわと階段へ歩いていった。途中で振り向いてウインクを送って、階下へ降りる。  
わたしはキョンくんから見えなくなったところで、偽みくるんを消した。  
最後のウインクは、ごめんねの代金ってことで、みくるん許して!  
 
「知らせてきましたぁ」  
わたしの主観時間で数分後、みくるんが再び食堂に姿を見せた。  
ジュースをテーブルの上に並べていたハルにゃんが、みくるんに声をかける。  
「あの二人、部屋にいた?」  
「ええ、それぞれ割り当てられた部屋で休憩してましたよ」  
それ、わたしの作った虚像だったりして。本物さんがたはとっくに入浴中でーす。  
 
お風呂上りのキョンくんたちを迎えてジュースを飲んだところで、一休みすることになって  
それぞれ自室に引っ込んだ。やっとこのときが来たわ!  
わたしは音を立てずに部屋の外へ出て、プログラムが見つけてくれた地点へ移動し始める。  
その地点は時間の流れが最も早くて、キョンくんたちの十分がおよそ四時間の主観時間になっていた。  
いっちーは存在する個人によって主観時間と客観時間に差が出る可能性もある、って言ってたけど  
調査した限りではそんなことはなかった。任意で時間の流れる速度を変えられるのかな、とも  
わたしは思ったけど、時間の流れは地点地点でよどみなく一定で、この可能性も排除できた。  
ブラフの可能性も考えたけど、そのときはそのときで応対するしかない。  
だけどわたしはその可能性もないと思っていた。この空間を維持するだけで、相当に負荷がかかっているから。  
時間的にロスなく通っていき、主観時間で二分後、キョンくんたちの体感で三十秒後にわたしは目的地に着いた。  
 
着いたわたしはまず、ちょこんとその場に正座した。  
さて、このまま待っててもいいけど、おっさんの文句を並べ立てて削除、を繰り返したほうが  
効率がいいような気がする。まだまだ言い足りないし、そうしよっかな。  
というわけで、罵詈雑言ブーストでさくさく不良債権を処理しつつ、空き容量を作っていった。  
空き容量を作る一方で、干渉プログラムの組み立ても平行作業でこなしていく。  
 
プログラムが完成したのは、主観時間で丸々一日、キョンくんたちの時間で一時間後だった。  
いい仕事したわー。あとは、自分の部屋に戻って、このプログラムを起動させるだけ。  
防御が硬すぎて、パスワードつきの脱出口しか作れなかったけど  
わたしは答え知ってるもんね。やっと真っ裸からおさらばか、長かったわ。  
 
そろりそろりと自室に戻ったわたしは、早速プログラムを起動させようとした。その瞬間、  
「……?」  
唐突に館内の全ての時間経過速度が、均等になる。いや、均したんじゃなくて、スイッチを切ったのか。  
ってマズっ。その分、余力ができたってことじゃん! 慌ててわたしはプログラムを起動する。  
くうっ、起動はできたけど案の定、妨害の手が伸びてきた。情報戦ってわけ?  
でもね、わたしだってこれぐらい予測してなかったわけじゃないの。対抗措置を発動させる。  
干渉プログラムの周囲を防衛するように、コードが張り巡らされた。  
長期戦になると不利だから妨害をひきつけ、最小限の力で水際で防衛してプログラムをねじ込んでいく。  
あと少し、あと少し、あと少し!  
やった。脱出口を作ることに成功!  
自動的に、二段構えのプログラムが発動して、脱出口を強力に固定させる。  
さらに、もしもわたしが脱出口を作ることに労力を使い果たしていたときのために用意してあった  
パスワードをキョンくんたちに教えるプログラムも作動し始めた。  
でもけっこう余裕残ってるから、これは必要なかったかな。  
わたしは、最後のプログラムは解除することにして、命令を出す。情報連結解除。  
……あれ?  
情報連結解除!  
うそっ。制御不可能!?  
 
「キョンくん」「ハルヒ」「古泉」「みくるちゃん」  
頭の中で、同時に四つの声がこだまして、それぞれの部屋の映像が見える。そしてわたしの目の前には、  
「長門」  
キョンくんが立っていた。  
ここまでは、たしかにわたしがプログラムした通りだった。  
一定時間虚像を出現させ興味を引いたあと、同時に部屋を出て後を追わせる。  
誰がどの部屋に現れたかに、パスワードが隠されていることになっていた。  
でも、制御できないことで不安がよぎる。  
 
「キョンくん、ねえ、ここで寝ていい?」  
「ハルヒ、そばに寄ってもいいか?」  
「古泉、話があるんだが」  
「みくるちゃん、いっしょに寝ましょうよ」  
うわっ。こんなのプログラムしてない! それに感覚まで伝えるよう指示した記憶はないのに!  
「長門、俺は気付いたんだ。お前への気持ちに」  
わたしの前にいるキョンくんはそう言って、歩み寄ってきた。  
強制作動させられているプログラムの負荷で、わたしは思うように動けない。  
って、いっちーの部屋にいるキョンくん! なんでTシャツ脱いでんのよ!  
やめて、わたしそんな趣味ない! あうう、いっちーのうなじなんか見たくない!  
わわわ、みくるん、ワイシャツ一枚で過激すぎ。キョンくんを誘惑しないでええ。  
おっぱいが当たってる、当たってるって! 柔らかくて弾力性があるのが悔しい!  
ハルにゃんも、みくるんのドコに手を入れてるのよー!?  
上はともかく、下はダメ! ダメだって! さわさわした感触の先に行かないで!  
「ハルヒ」「長門、いや有希」  
『愛してる』  
ハルにゃんのところにいるキョンくんがハルにゃんを抱きしめ  
わたしの部屋にいるキョンくんは、わたしを抱きしめてきた。  
キョンくんからの感覚もしっかりと伝わってくる。  
偽者とわかっていても、胸は激しく高鳴り、頭の中はぐらぐらして止まらない。  
も、もうダメ……  
 
「有希」  
キョンくんは片手でわたしを抱きしめたまま首すじに手を這わせ、わたしの顔を上向けた。  
そのまま顔を近づけてくる。  
い、いや! わたしの初めてはこのキョンくんじゃないの。や、やめて……  
願いもむなしく、顔が迫ってくる。  
でも、神様はわたしを見捨ててなかった。  
もう少しで唇と唇が触れ合うところで、  
「!」  
キョンくんは体を翻し、ドアに駆け寄った。振り返ってわたしを見ると、ドアを開けて出て行く。  
同時に虚像が全て消失した。プログラム遂行完了。  
 
でもわたしには、ほっとしてる余裕すら残ってなかった。  
熱暴走寸前。限界はすぐそこだった。  
最後の力を振り絞って、ドアを開ける。大きな音がして、廊下にはほかの四人も顔を出していた。  
「あれっ? あんた……」  
本物のハルにゃんが正面のキョンくんに呆然と声をかける。  
そりゃ、呆然としたくもなるよね。抱きしめられたりしたら。  
それぞれ、わけがわからないといった面持ちで誰がどの部屋に来たのか説明した。  
そして、  
「長門、お前のとこには誰がやってきた?」  
キョンくんがわたしに訊いてきた。その姿に、みくるんが迫ったときのことを思い出す。  
ワイシャツ一枚のわたしが、ボタンを全部外して、キョンくんに――  
キョンくんの視線が、主観的に全裸のわたしを撫で回す錯覚とともに、限界を超えた。熱暴走。  
視界が暗くなっていくのを感じながら、なんとか音を空気に乗せる。  
「あなた」  
キョンくん、あとはよろしくね。  
わたしは、両眼を閉じて、その場に倒れ伏す。  
意識が、途切れた。  
 
 
ぱったりと倒れ伏したわたしの顔に、ひんやりとしたものが当たった。  
これは、雪?  
それに気付くと同時に、情報統合思念体との連結が再接続されていることにも気付いた。  
久しぶりの開放感! ものの数秒で、メモリの容量も平常レベルに落ち着く。  
脱出できたみたいね。ありがとう、キョンくん。  
「長門」  
わたしを呼んだのは、スキーウェアに身を包んだ、そのキョンくんだった。  
雪まみれになったまま、わたしは顔を上げる。青空がまぶしい。  
今なら、雪とも停戦を結んであげられそうな気がした。  
キョンくん、雪まみれの有希はどう?  
じっとキョンくんを見つめていると、  
「有希っ!」  
ハルにゃんがキョンくんを突き飛ばして、わたしを抱きかかえてきた。  
なんでその役をキョンくんにさせないのよ、ハルにゃんのいじわる!  
「有希、目が覚めたの? 熱は?」  
「ない」  
もうないって。キョンくんにお熱なのはそうだけど。  
「転んだだけ」  
わたしの説明に、まだ信じられないらしく、額に手を当ててくる。  
「ほんと、熱くないわね……でも有希、おぶってあげるからわたしの背中に乗りなさい」  
なんでその役をキョンくん以下略!  
わざわざハルにゃんに背負われなくても、もう平気平気。  
わたしなりにアピールしたけど、ハルにゃんは有無を言わせずわたしを背負った。  
あーあ、キョンくんが良かったのに。  
でも、本心からそうってわけでもなかった。気遣ってくれてるんだからね。  
背負ってくれてるハルにゃんのために、少し重量を緩和させる。  
ゲレンデの下のほうで手を振ってる鶴屋さんと妹ちゃんを見ながら、ハルにゃんにも  
聞こえないぐらいの、声とも言えない声を、わたしはぽつりとつぶやいた。  
 
「……ありがと」  
 
(半分おわり)  
 

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