涼やかに風鈴の音が鳴り響く  
盛大に空に炎の花が踊る  
 
 
 
遠くに聞こえるセミの声  
俺に出来たのはただ手を強く握り返すことくらいだった  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「残り少ない夏休みをどうやって過ごすのかの日程表よ」  
それは、夏休みも真中を過ぎた頃のことだったと思う。  
まさに芋洗いと言わんがごとき市民プールの帰り、喫茶店での出来事だった。  
誰がそんなことを言ったのか。  
言うまでもないだろう、そんなこと言う奴は俺が思い当たる限り一人しかいない。涼宮ハルヒだ。  
 
「誰の予定表だ」  
俺は半分分かりきったことを聞いてやる。  
「あたしたちの。SOS団サマースペシャルシリーズよ」  
 
ハルヒが誇らしげに机に叩きつけた予定表を覗きこむ。  
盆踊りに、花火大会、昆虫採集に肝試し。  
まるで小学生が最終日にでっちあげた日記の出来事みたいに、そこには夏の風物詩達が顔をそろえていたた。  
「で、このうちの何個をやるつもりだ」  
「全部に決まってるじゃない!そうね。最低でも花火大会には行くわよ」  
 
やれやれ、団員の自由時間ってのはこの予定表のどこに書いてあるんだろうな。  
 
 
自信を絵に描いたような表情で、予定表を見せつけられた翌日、俺は朝っぱらからハルヒの電話によって起こされた。  
体の良いことに、古泉の奴が縁日をともなった花火大会を発見したらしく、その為に浴衣を買いに行くらしい。  
どうあってもハルヒは日程表に書かれた予定を決行するらしい。  
雨でも降らないものかと俺は願ったが、ひょっとすると雨どころか、台風さえも我等が団長は避けて通るかもしれない。  
 
 
明けて翌日、つまり今日だ。  
 
「じゃあ。縁日を見て回る組み合わせを決めるわよ」  
集合場所にそろった俺達の前に、ハイビスカス柄の浴衣に身をまとったハルヒは、今やお馴染みとなりつつあるくじ引きを取り出してきた。  
 
最初に引いたのは朝比奈さん、無印だ。  
次に引いたのは古泉、赤い印がある。  
次は俺の番だ。頼む……無印よ来い。切に願う、朝比奈さんと同じ組にしてくれ。  
 
かつて古泉は言った、ハルヒは神だって。  
しかし、運命の女神とやらはハルヒと別枠で存在しているかも知れない。俺は見事に、何の印もないそれを引き当てていた。  
心の中でガッツポーズ。しかし、顔に出ていたのだろうか。  
「マヌケ面」  
ハルヒが長門に残りのクジを手渡しながら、こちらを凄い形相で睨んでいた。  
 
屋台に吊るされた陶器製の“それ”は冷涼な音を奏でていた。  
下手をしたら、うだるような暑さを更に加速させるだけの夏の風が、その音を加えるだけでまるで秋風のように変わる。  
日本の風物詩の一つ、風鈴だ。  
 
色とりどりの風鈴の飾られた軒先の下。  
朝比奈さんが、まるで縄文土器だったのか弥生土器だったのか悩んでいるかのような表情で、風鈴を見上げていた。  
「風鈴がどうかしましたか」  
「あ、そうか。風鈴……そうですね。風鈴ですよね」  
未来の日本人にはわびさびの心というのを忘れてしまったのだろうかね?いや、俺もよくは分からんが。  
「よかったら買ってあげましょうか?今日は奢りもないので財布に余裕がありますし」  
「え、そんな。悪いですよ」  
そういえば、未来人は金銭面をどうやって工面してるんだろうな?  
 
「気にしないで下さい。それに朝比奈さんにはいつもお世話になってますから」  
あの忘れたいような事件から生還できたのは朝比奈さん──朝比奈さん(大)の方だが──と、長門の助言のお陰だし、3年前に時間遡行した際はタイムマシンをなくしてうろたえていたし、カマドウマ事件では俺の後ろでただ慌てていたし……  
本当に朝比奈さんにはお世話にな………  
朝比奈さんは俺にとって心の清涼剤であり、非日常の日々における俺の安寧の為に非常に普段お世話になっているのだ。  
「どれがいいです?」  
 
 
 
 
 
「あたし達どういう風に見られるかしらね?」  
ハルヒが少しだけ心配そうにこちらを見る。  
 
……黙ってれば美少女に、如才なきスマイルの好青年ね……。  
俺は考えるのを止めて答える。  
「さあな」  
見当もつかないな。  
 
 
「そうですね。仲の良い、歳近い兄妹などが妥当な見られ方ではないでしょうか」  
お前の発言はいつも妥当だな。如才ないが、当たり障りもない。  
古泉が何か視線に込めてこちらに向き直る。なんだ。ペアなら変わらんぞ。  
「そ、そうよね」  
ハルヒは少し慌てたようなそぶりを見せた後、納得といった表情を見せる。  
「じゃあ、またあとで集合!花火は皆で見るんだから」  
ハルヒはニヤリと笑うと駆け出していった。  
その後を古泉が追う。  
残ったのは朝比奈さんと、長門、それに俺。両手に花だ。  
いや、北高男子憧れの的、朝比奈さんが右に、谷口的美的ランクAマイナーの長門有希が左に控えている。  
両手に花どころか、両手に花束。いや、両手に花壇かも知れない。  
 
一方、長門は、髭のおっちゃんの操る綿菓子機を穴が開くんじゃないかという勢いで覗いていた。  
回転釜の中に入れられるザラメは、まるで舞い散る雪ののように姿を変え、細かく白くなって世界に現れる。  
釜に挿された割り箸に、真綿は巻きつき俺達のよく知っている姿へと変わる。綿菓子だ。  
「食いたいのか?」  
長門はほんの微細にこちらを向く。  
少なくともそこに否定のサインはなかった。  
 
俺は店の親父に、箸付きの──袋入りは邪道だ──を一つ注文して、長門に手渡してやる。  
「ほれ」  
「…………」  
続く3点リーダ。  
安心しろ。食えるものだ、毒も入ってないし、むしろ美味いはずだ。  
 
 
「似ていた」  
おそるおそるといった表情で、綿菓子に口をつけたあと長門は言った。  
「何にだ?」  
「…………」  
無表情な眼で、こちらを見る。  
何にだろうな。綿菓子に似てるもの……綿、真綿、毛もじゃの白犬……  
俺は長門有希の方に向き直る。  
答えは見つからなかった。  
 
 
「境内に行くわよ!」  
左手には薄紫の水風船、巻かれたレモン色の帯には団扇が刺さっている。  
ポニーテールには足りない長さの黒髪、見なれた黄色いカチューシャ。  
 
俺達は神社の境内目指してひたすらに長い階段を昇っていた。  
左手には金属性の手すり、右手には……  
 
 
 
 
 
 
 
「あら?」  
「おや?」  
 
光の巨人のお面をつけて歩く長門。  
左手から涼やかな陶器の音を響かせ、右手にリンゴ飴を持った朝比奈さん。  
どこかの神様が望んだんじゃないとすれば、珍しいこともあったものだ。  
この花火大会というのは結構な盛況で、先日訪れたプール以上の人ごみだったのだが、俺達3人の前に現れたのは、金魚のはいったビニールを片手に、何かの箱を持った古泉。  
それに、さっきは持っていなかった団扇を帯に指し、クレープをかじっているハルヒだった。  
「あれ、有希。そのお面どうしたの?」  
「買った」  
こちらに気付くと、すぐに駆け寄ってきたハルヒが長門に聞く。  
「みくるちゃん。その風鈴はどうしたの?」  
「ふえ。……かっ、買ったんですよ」  
ハルヒの表情が変わった気がした。どこまでも鋭い奴だ。  
 
「あなたは何かやらないんですか」  
いつのまにか隣に来ていた古泉が話し掛けてくる。その手には何かの景品らしい箱が握られている  
「あんま気が進まん。ところで、それは何の景品だ」  
「射的ですよ」  
お前、ゲーム下手なのに良く取れたな。  
「訓練してますから」  
古泉は怪しく笑った。  
えーっと、そりゃ小さい頃から縁日で何度も射的をやったってことだよな。そうじゃなければ笑えんぞ。  
 
「しかし、ハルヒは意外と大人しいな。もっと色々出店荒らしでもしてるかと思ったが」  
「おそらく、僕では役者が不足しているんですよ」  
古泉は肩をすくめて笑った。  
じゃあ、誰なら良いんだろうな。俺には分からん。  
 
ハルヒは団員だけが見ることのできる100%のスマイルを浮かべていた。  
夏の風が黄色いリボンを揺らし、晴れ渡った夜空にその色がやたらに映えていた。  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「せっかく会ったんだし、もう一回組み分けするわよ」  
再びくじ引きを取り出したハルヒは、いまだに朝比奈さんの持つ風鈴を訝しげに見つづけていた。  
言うまでもない、俺は今の組み合わせが理想だと感じているのだが、そんな意見は海辺に作られた砂の城のごとく大きな力にかき消されるのだった。  
「しかし、そろそろ花火大会が始まりますよ」  
古泉が腕時計を見ながら言う。  
そういえばさっき花火は皆で見ようと言っていたな。  
「むー……」  
ハルヒは金の斧と、銀の斧どちらが自分の斧か問われた樵のような表情を顔に浮かべて悩んでいる。  
そのお話しで、樵はどちらを選んだかは知っての通りだ。  
「良いこと思いついた!」  
第三の解答。ハルヒは何かけったいな案を思いついたらしい。  
「組み分けして、それぞれの場所で花火を見て、どっちがより綺麗な花火を見れたか競うのよ!」  
どうやってだよ。  
「安心しなさい、あたしの判断は公正だから」  
いやいや、どっちが綺麗なんてどう判断するんだよ。  
「そうね。途中で携帯で連絡しあって、お互い別の組の見つけた場所に見に行くってのはどう?」  
それはそれは名案だな。別の組が見つけた場所が遠かったら、わざわざ歩く手間が発生する。本当に名案だ。  
「ね。名案でしょ。古泉君時間はまだあるのよね?」  
一応言っておこう、さっきの発言は全て皮肉だ。  
 
「花火ってどこからみたら綺麗に見えるかしらね?」  
「さあな。高いところじゃないのか?」  
適当に答える。  
両手に花壇、さっきまでの俺は人生でも絶頂の部類に入っていたと思う。  
今や、残ったのは片手に薔薇一輪。それも棘だらけの茨だ。  
俺の隣にはハルヒがいた。何故か俺の奢りだったたこ焼きをほお張っている。  
 
 
 
 
 
 
俺の引いたくじには赤い印がついていた。  
古泉が、印のないくじを手に持ちながら、ニヤケ面でこちらに言う。  
「いやいや、やっと役者の登場ですね」  
朝比奈さんの手に握られたくじのどこを探しても印は見つからなかった。  
運命の女神は非常に気まぐれらしい。  
ハルヒは、通知表を返される前の小学生のような表情で長門にくじを手渡していた。  
 
 
 
 
 
人ごみのせいだろうか、親子、カップル。すれ違う人々はやたらと手をつないでいた。  
「見つけた!」  
俺の少し前を歩くハルヒが突然、声を上げる。  
そこには、神社の名前が彫られた石碑があった。どうやら、ここを上ったところに御宮があるらしい。  
「境内に行くわよ!」  
おいおい、冗談だろう?  
ハルヒが指差したのは、まるで天まで続くんじゃないかと思う程続く境内への階段だった。  
こんなのを上るなら北高の坂を3往復したほうがマシだと思った。  
「さ、行くわよ!」  
俺の思いを全く無視して、ハルヒは死ぬ程生き生きとしていた。  
 
 
 
空気を切る音、響き渡る轟音。  
空に炎が大輪の花を咲かせていた。  
ハルヒの顔が照らされる。  
赤い花火が夜空を染めていた。  
 
 
 
境内に人の姿は見られなかった。  
途中の石段に座っている人々を何人か見かけたが、頂上まで上る物好きというのは俺達くらいのものらしい。  
あの時みたいだな……  
見渡す限りの暗闇の世界。夜の街に二人きり……違うのは、空に輝く星と、まばらに見える下界の光。  
気がつけば俺はハルヒの手を握っていた。  
 
「ねえ、キョン」  
ハルヒはどこか不安げな顔をしてこちらを見ている。  
遠くでセミがなく声が聞こえた。  
夏の風が御宮を吹き抜ける。雑木林がざわざわと音を立てる。  
「聞いてほしいことがあるの」  
右手がつかんだ手が強く握ってくる。まるで何か確認するかのように。  
どこかで涼やかな音色が聞こえた気がした。  
「あたし……」  
 
 
 
 
 
 
 
 
ハルヒの言葉は最後まで聞こえなかった。  
風を切って、空に開く真っ赤な花。  
花火の破裂する轟音が、消えいりそうな小さな声を掻き消していた。  
ハルヒの顔は花火色に染まっていた。  
 
 
ハルヒは何と言ったんだろうか。  
うっすらと聞こえたその声は俺の幻聴だろうか。  
こんな展開はベタ過ぎた。  
ありえない。  
俺の脳みそは必死に否定の言葉を探していた。  
 
 
「……きこ……えた?」  
「すまん、聞こえなかった」  
 
 
 
沈黙だけが俺達の間を流れていた。  
俺は必死で答えを探していた。俺が納得できる答えを。  
しかし、見つかる答えを、俺はなかなか認めようとしなかった。  
ただひたすら混乱と、動揺が暴れまわる最中。  
俺に出来たのは握られた手を強く握り返すことくらいだった。  
 
 
今度はずっと近くで風鈴が音を立てた。  
「そこに誰か居るの?」  
ハルヒが俺の手を離して立ちあがった。  
何故だろうか?俺の右手は夏だっていうのに、さっきまでそこにあった熱を惜しむように開いていた。  
 
 
少しの沈黙が流れたあと  
「おや。考えることは同じでしたか」  
さも今登場したかのように、古泉のニヤケ面が姿をあらわす。  
「……迂闊」  
あいも変わらず無表情な長門。気のせいか朝比奈さんを睨んでいる気がする。  
「あの、す、すいません。あたしのせいで」  
朝比奈さんが慌てている。その手には風鈴が握られていた。  
 
「あれ?そっちの組もここに来ちゃったってこと?」  
ハルヒはきょとんとした表情でに3人を見ている。  
心持残念そうに見えるのは、多分、二組の見つけた場所がかぶっちまったせいだろうよ。  
 
 
 
 
 
 
 
 
終焉を惜しむように、何発もの青い花火が空に舞い、花火大会は終了した。  
 
古泉は団扇をあおぎつつ花火を見ていた。その行動もどこか如才がないと感じさせられた。  
朝比奈さんは、「綺麗ですね」と月並みな感想を述べながら、子供のように真剣に花火を見ていた。  
長門は始終、無言無表情のまま花火を見つづけていた。でも、俺はその目が一回も花火のほうから離れなかったことを知っている。  
 
「玉屋〜!」  
ハルヒはさっきの出来事がまるで俺の見た夢だったかのように、花火を見ながらはしゃいでいた。  
 
あれは俺が見た夢だったのだろうか。  
ふと考える。いや、違う。  
あの日の閉鎖空間での出来事も、今回のことも、ハルヒが伝えたかった思いも全て夢なんかじゃないはずだ。  
 
 
花火の終りを確認すると、ハルヒがいきなり宣言した。  
「下まで競争するわよ!」  
ハルヒは言うが早いか、もう駆け出していた。  
「一番最後のやつは皆にかき氷を奢ること、いいわね」  
「ま、まってください」  
朝比奈さんが走り出す。転ばないで下さいよ  
「………」  
長門がゆっくりと走り出す。すぐにその姿は見えなくなった。  
「先程は良い雰囲気のところを、本当に失礼しましたね」  
古泉がスマイルを浮かべながら駆け出す。いちいちムカツク野郎だ。  
 
 
「キョン!何やってるの、早く来なさい!夏休みはこれからなんだから。まだまだ遊ぶわよ」  
ハルヒは団員だけが見ることのできる100%のスマイルを浮かべていた。  
夏の風が黄色いリボンを揺らし、晴れ渡った夜空にその色がやたらに映えていた。  
 
 
 
 
そうだな。俺達の夏休みはまだまだこれからだ。  
 
 
 
 
──俺は、俺達は祭りの終わりの夜道を走っていた。  
 
 
 
 
夕暮れの部室。新学期が始まって暫くのこと。  
部室には、俺と朝比奈さんと、古泉、長門の4人。ハルヒは掃除当番のはずだ。  
 
 
ポーカーの最中。古泉が突然、何かに気付いたように手を叩くと話を切り出してきた。  
「あの時、あなたがちゃんと聞いていれば我々はあと15497回も夏休みを繰り返すことはなかったのかも知れませんね」  
何をいきなり言い出すんだろうな、こいつは。  
長門の方を見る。  
「その意見には私も同意」  
長門までか、俺は何を聞いてなかったというんだ。  
朝比奈さんの方を見る。  
何の話しだろうといった表情で、こちらを見るメイドさんがいた。  
 
 
「じゃーん!!!」  
遅れてきた団長が勢い良くドアを開く、その声はいつも以上に元気だ。また、何か企んでるのかもしれない。  
 
 
 
しかしだ、本当に、何の話なんだ?  
 
 
 
答えは帰ってくる来ない。  
ただ窓際に吊るされた風鈴が涼やかな音を奏でただけだった。  
 
 
 
〜The end〜  
 

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