あっという間に春休みも過ぎ、今日から新学年、新学期である。  
俺もついに二年生になっちまったらしい。春休み中ずっとSOS団の活動があったから、実感はない。  
まあ、なんにせよ、二年生になってもハルヒに振り回され続ける日々になるにちがいない。  
はっきりと変わる可能性があるのは、これから確かめるクラス分けぐらいだろうな。  
 
新しいクラス名簿が張られている紙の前には、人だかりが出来ていた。  
後ろからじゃ全然見えん。もう少し大きな紙を用意しようと思わなかったのか。  
人の山がはけるのを待つか、それとも割り込んでさっさと確認するか考えていると、  
「おっ、キョン」  
押し合い圧し合いしながら、中から谷口が出てきた。ちょうどいい。  
「よう谷口。俺がどのクラスか見たか?」  
「僕たちと同じクラスだったよ」  
谷口のすぐ後ろから出てきた国木田が代わりに答えてくれた。  
今年もこの二人といっしょか。そりゃすごい偶然だな。不安がちらりとよぎったが、ここは素直に喜んでおこう。  
「そりゃよかった。何組だ?」  
「五組だ、二年五組」  
谷口の答えに、俺はかばんを肩に提げ二人に声をかけた。  
「じゃ、行くか」  
 
五組に向かう途中、俺はあえて他のクラスメイトのことは質問しなかった。  
谷口や国木田のことだ、真っ先にハルヒについて触れるに決まってる。  
俺はそれだけは先に知りたくなかった。この目で確かめたかったのさ。  
それに、春休み中こいつらとは会ってなかったんだ。すぐに分かることより積もる話もあるだろうよ。  
 
谷口のアホな失敗談を笑ったりしているうちに、教室の前に着いていた。  
内心少し緊張しながらも、まったくの自然体を装って、俺は教室の扉を開けた。  
「あら、久しぶり」  
だが、いきなり飛び込んできた声に、俺は完全に硬直した。  
 
「あれ、外国から戻ってきたんだ?」  
「うん、お父さんの仕事が済んで。国木田くんに、谷口くんだよね」  
扉側先頭の席に座り、国木田の質問ににっこり笑って答えた女子生徒は、  
「どうしたの? 幽霊でも見たような顔をして。それとも、わたしの顔になにかついてる?」  
朝倉涼子だった。一年五組の元委員長で、俺を二度も襲ったインターフェースだ。  
新学年気分も吹き飛び、あのときの恐怖を思い出した俺は、硬直が解けるや否や、下がりながら詰問していた。  
「なぜお前がここにいるんだ?」  
「さあ?」  
楽しそうにくすくす笑い声を上げる朝倉。  
「涼宮さんに不可能の文字はないってことかしら」  
「ハルヒ?」  
どういう意味なんだ、それは。  
「自分の目で確かめるんでしょ? どうぞ」  
俺の質問をはぐらかしつつ、含み笑いとともに、朝倉は手の平を上向け、教室の中へ差し伸べた。  
拒否権を発動したかったが、谷口や国木田が先に入ってしまったため、俺も飛び込む。  
そして、唖然となった。  
 
『あっ、キョンくん』  
甘い声とともに、俺に近寄ってきたのは、  
『今年はいっしょのクラスですね。よろしくお願いします』  
朝比奈さんだった。それにしても、二人いるように見えるんですが、俺の目の錯覚でしょうか。  
「うふ。わたしは、朝比奈みくるです」  
「朝比奈みちるです。バレンタインのときはお世話になりました」  
え? みちるさんは朝比奈さんと同一人物のはずで、しかも今年は三年生のはずでは。  
『それは禁則事項です』  
二人で声を合わせて、そうおっしゃった。  
さらに二人の朝比奈さんの間から、ひょっこり女子生徒が顔を出してくる。  
「あははっ、なんだかよくわかんないけど、キョンくん、よろしくっさ!」  
鶴屋さん、あなたもですか。  
 
何がなんだかわからず混乱しまくる俺だったが、まだ甘かった。  
朝比奈さんたちと入れ替わるように顔を見せたのは、  
「おはよう。これで正式に挨拶できそうね」  
「なっ!?」  
誘拐女だった。どういうことなのか、誰か俺に説明しろ!  
「僕は別に目的があって潜入しただけだ。これ以上は、ふん、禁則だ」  
邪悪そうな未来人までいやがる。もう何がなんだか。  
俺の理解の範疇からはるかにすっ飛んだ事態に、考えるのもバカバカしくなる。  
 
「キョンくん、どうしたの?」  
「って、なんでお前がここにいるんだ!」  
だぶだぶの制服を着ているのは、四月から最高学年になった俺の妹だった。  
「しらなあい。シャミもいるんだにゃあ。ね、ミヨちゃん?」  
「うん。キョンお兄さん、よろしくお願いします」  
ぺこりと頭を下げたのは、妹の友達のミヨキチこと吉村美代子ちゃんだった。こっちは制服が似合っている。  
ってそうじゃねえ。小六が高二ってのは、無理があり過ぎだろ。  
シャミセンもなんで妹の机の上で寝そべってんだ。  
 
「わたしもダメなんですか?」  
いえ、よくお似合いですよ、森園生さん。  
車を運転できる高校生二年生というのは、日本の普通科ではあまり見かけませんが。  
「いやあ、懐かしいねえ」  
多丸裕さんが自分の着ている制服をしげしげと眺めていた。  
「このクラスを掌握するのは、手間がかかりそうだな。喜緑くん、手伝ってくれたまえ」  
「はい、会長」  
生徒会長氏と喜緑さんまでいた。ふんわりと微笑んでくれる喜緑さん。  
よく見ると、コンピ研部長やENOZの四人、榎本美夕紀さん、中西貴子さん、岡島瑞樹さん、財前舞さんもいた。  
げっ、中河までいるぞ。  
 
無茶苦茶だ。ああ無茶苦茶だ。  
 
「どうも」  
「古泉! どういうことなのか説明しやがれ今すぐにだ!」  
如才ない笑みを浮かべたそいつに、俺は思わずつかみかかる勢いで声を発する。  
「そう言われましても、僕にもさっぱりです」  
肩をすくめる古泉。  
「新川や森、多丸兄弟もいつの間にかこうなっていた、と言ってました」  
聞けば新川さんは教室付き執事、多丸圭一さん教室付き用務員だと言う。  
どんな職業なんだよ、それ。  
「長門さんに訊いてみてはいかがでしょう」  
あきらめきったにやけ面を浮かべながら、古泉は教室の端のほうを指した。  
望むところだ。長門がいるなら、長門に訊こう。  
「ただし、長門さんも二人いますが」  
「は?」  
思いっきりアホな声を出してしまった。  
古泉が指し示す先には、たしかに長門が二人座って読書をしている。  
片方には、メガネがかかっていて、もう片方はかかっていない。  
ってことはつまり……  
 
「長門」  
近寄った俺が声をかけると、二人とも顔を上げた。さっきの朝比奈さんといい、シンクロか。  
「いや、そっちの長門には声をかけたつもりじゃないんだが」  
メガネをかけたほうに言う。すると、悲しげにひっそりと顔を伏せた。  
うっ、失言だったか。  
「すまん、邪険にしたつもりはないんだ。ただ、その……」  
なぜかメガネをかけてないほうの長門の視線が痛い。  
「だあ! 二人とも聞いてくれればいい。長門、こりゃ一体どうなってんだ?」  
「不明」  
あっさり言いのけて、それで済んだとばかりに、長門は読書に戻った。  
もう一人の長門は、視線をせわしなく動かしてから、ぽつりと言った。  
「ごめんなさい」  
 
もうダメだ。俺は何もかもなかったことにして、自分の席に着いた。  
両腕を机に乗せて、顔を伏せる。  
「それにしても、すごいわね阪中さん。みんな同じクラスになるなんて」  
後ろから脳天気な声が聞こえてきた。  
「うん、わたしもまた涼宮さんとならいいなって思ってたのね」  
「ホントそうよ。こんな人ならいいな、って思ってたのがそのままなったみたい」  
俺が甘かった。甘かったよハルヒ。  
まさか、こんなことをやってのけるとはな。  
もしかしたら別のクラスになるんじゃないか、なんて思ってた俺の気持ちはどうなるんだ。  
なあ、ハルヒ。  
 
やがて、担任の岡部がやってきた。  
今年もよろしくな、岡部。  
岡部は新しいクラスの面々にやや面食らったあと、副担任がいることを告げてきた。  
扉の向こうで待機していたらしい副担任さんとやらは、岡部の声に扉を開けた。  
 
ああ、そうだよな。この人もいておかしくないよな。  
ハイヒールをカツンカツンと鳴らしながら、その女性は教室に入ってきた。  
チョークを手にとって、名前を書く。  
全部書き終わると、満開の笑みとともに、挨拶をした。  
「よろしくお願いします。このクラスの副担任をすることになった、朝比奈みくるです」  
 
大人バージョンの朝比奈さんは、きれいだった。  
 
(おわり)  
 

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