俺がそれを思い立ったのは、ちょっとばかり暇を持て余していた春先の日曜日のことだ  
った。  
 ハルヒ立案のお騒がせでハタ迷惑なイベントや、殆どの場合においてただの市内散策で  
終わる不思議探索パトロールなんかが一段落して、冬眠から覚めそうで覚めない熊みたい  
な静けさをあいつがみせていた時分さ。  
 ベッドに転がってシャミセンと一緒に自堕落という言葉を体現している最中、ふと、本  
当に何の前触れもなく考えついていた。  
 長門を図書館にでも誘ってみようか、と。  
 
 
 
 率直に言って、自分自身どうしてそんなことをしようとしたのか理解できなかった。  
 そもそもからして何もないところから長門のことを思い浮かべた理由が、我ながら分か  
らん。心に潤いを満たすのなら朝比奈さんの豊満かつ可憐かつ愛らしい御姿を想像するの  
が当然のはずで、長門の小ぢんまりとした無表情など……いや、まあ、あれはあれで悪く  
ないのは確かだが。しかし、長門の姿は俺の心に潤いよりもむしろ平静や平穏をもたらす  
のが常だ。こんな穏やか極まりない時にあいつのことを考えても仕様が無いという感じが  
する。  
 だのに、長門を図書館に誘うということが、今の俺には途轍も無い魅力的な計画に思え  
てならなかった。というより、そうしなければいけないような気さえした。  
 何しろ長門と出会ってからこの一年、事件が起きるたびにあいつの世話になっていた。  
考えなしに頼りにしていた結果、ぶち切れて世界を改変してしまったこともあった。まあ  
今となっては笑え――はしないが、とにかくそれも過ぎた話だし、その際に俺は長門に対  
してある種の責任のようなものを負ったのだと勝手に考えている。  
 つまり、極力あいつに負担をかけないようにしてやること。なるべく普通の人間的な生  
活をさせてやることだ。  
 そうか、と俺はようやく合点がいった。  
 これはそうしたことの一環みたいなものなのだ。あいつだって殆ど何もない家で漫然と  
引きこもっているよりは、図書館で本を読んでいる方が楽しいだろう。  
 そうして俺は思考を自己完結させ、携帯電話で長門の家の番号を呼び出した。  
 きっちり三コール目で繋がる。  
『…………』  
 山奥の湧き水みたいな、お馴染みの長門的沈黙。  
「俺だ」  
 などと名乗らなくても、もしかしたら長門には分かっているのかもしれないが。いや、  
あいつのことだ。分かっているんだろうな。きっと。  
「別に急な話ってわけじゃないんだが、お前いま暇――」  
 そこまで言って、ふと、唐突に。今更なことを考えてしまい、俺は言葉を切っていた。  
 これってデートのお誘いに他ならないんじゃないか。一般論としてデートの行き先が図  
書館ってのがアリかナシかは置いといて、余暇を異性と一緒に過ごすって行為は世間一般  
じゃデートとしか呼ばんよな。  
 そして自慢にも何にもならないが、俺は異性をデートに誘ったことなど生まれてからこ  
の方一度たりともない。誘われたことなら数える程度には(まあ数えるには躊躇われる内  
容だった気もするが)あったが。  
 結局何が言いたいのかというと、一旦そういう風に意識すると妙に気恥ずかしくなって  
しまうってことだ。笑うなよ、そこ。誰にだってそういうことはあるもんだろうが。  
『…………』  
 相変わらず長門は一言も発しないが、それでもその沈黙の質が怪訝そうなものになった。  
相手に急に黙られればそれは長門でなくても不審に思うだろう。  
「あー、いや……」  
 俺は少しの間もごもごと口ごもってから、  
「お前、今日は暇か?」  
『…………』  
「実はな、ちょっとした調べ物があって、これから図書館に行こうと思っているんだ。で、  
まあ……一人でってのも味気ないから、お前もどうかと思ったんだが」  
 我ながら苦しい方便に思える。今時中学生でももっとマシな言い回しをするかもしれん。  
『…………』  
 というか長門、うんとかすんとか言ってくれよ。顔が見えるなら表情を読み取る自信が  
あるが、俺はまだお前の沈黙から機微を知るスキルは体得していないんだからな。  
 そんな心の訴えを聞き入れてくれたのかどうかは分からないが、長門はたっぷりと数十  
秒ほど置いてからぽつりと言った。  
『そう』  
「ってことは、いいんだな」  
『了解した』  
「それじゃあいつもの場所で会おう。時間は、そうだな……一時間後くらいでどうだ」  
『それでいい』  
「ん。じゃあ、また後で会おう」  
 俺は電話を切ると、何故だか落ち着かない気分で身支度をして、家を後にした。  
 
 
 
 かくして駅前に着くと、やはりと言うべきか制服姿の長門が陸に打ち上げられた氷山の  
ように佇んでいた。うーむ、色んな意味で目立つやつだ。  
 長門は俺の姿を捉えると、ほんの僅かに目を伏せ、それからまた俺を見た。どうやら挨  
拶の積もりらしい、と勝手に解釈して俺も軽く片手を上げてやった。  
「よ、待ったか」  
「少し」  
「そうか。悪かったな、誘っておいて」  
「いい」  
 長門は最小音節で済ませようと考えて喋っているみたいに簡潔に答えた。  
 しかし今でさえ約束した時間の十分前なんだがな。こいつの言う「少し」ってのはどれ  
くらいのもんなんだろうね。訊けば秒単位で正確に教えてくれること請け合いだが、それ  
は止めておこう。一層申し訳ない気持ちになりそうだ。  
「…………」  
 長門が真っ暗な海の深淵を覗き込むような瞳を向けてくる。  
 俺は何でもないと小さく肩を竦めてみせた。  
「行こうぜ」  
 長門が可視ぎりぎりの動作で顎を引いたのを確認して、俺は歩き出した。  
 長門は俺の後を一、二歩ほど遅れてひっそりとついてきた。足音さえ立てない隠密ぶり  
だが、猫並みの気配は感じられる。しかしあれだな。改めて思い起こすと、こいつと並ん  
で歩いたことって一度もないんだよな。俺がついて行くか、長門がついて来るかのどっち  
かだけだ。朝比奈さんとは最初から並んで歩けたってのに。  
 何となく俺は歩調を緩めてみた。長門もそれに合わせて俺との距離を等間隔に保つ。見  
て確かめたわけじゃないがそういう気配がした。  
 おもむろに立ち止まり、振り返ってみる。  
 定期試験で奇問だらけの問題用紙を前にしたかのような無表情と出会った。  
「なに」  
「……いや」  
 何やってるんだろうね、俺。  
 そりゃ長門と仲睦まじく歩ければ嬉しい。こいつだって見てくれは可愛いしな。だけど、  
長門がそんなことをする姿なんて想像もできないし、するはずがないのも分かっている。  
 それでも、なあ。何かこう切ないぞ、正直。  
 俺は再び前方に向き直り、図書館へと歩き出した。やはり長門は俺の後ろを一歩か二歩  
遅れてついてくる。勿論その間会話は一切ない。いつものようにその沈黙を気詰まりに感  
じることはなく、むしろいつものように安心感があったのだけれど、一方でどこか物寂し  
さを覚えたのは……やっぱり変なことを考えてしまったせいなのか。ちょっとおかしいか  
もな、今日の俺は。  
 そんな風に感傷気味になっていたのがいけなかった。図書館に入ったところで、俺はよ  
うやく重大なことに気がついた。  
 ――こんな所に来たって何の用事もないっての。  
 しかし調べ物があるなどと言っている手前、空いた席を探してだらけてしまうわけにも  
いかない。  
 案内板の前で茫然としていると、不意に長門が呟いた。  
「調べ物……」  
 首を捻って長門を見やる。  
 長門は白い顔を二ミリくらい傾けてまっすぐに俺に視線を向けていた。  
「なに」  
 なにって、何がだ?  
「あなたは調べ物があると言っていた。それはなに」  
 それをたったいま考えていたんだ、とは言えない。だから俺は胸中でだけそう答えて、  
必死に自分の知らない事物を思い浮かべた。いっぱいあった。むしろいっぱいあり過ぎて  
困った。この世界は俺の知らないことで満ち溢れているんだな。というか俺が無知なだけ  
か。まあいい。ソクラテスだかプラトンだかも無知だと自覚することが大事だって言って  
たみたいだしな。  
「ええっと、そうだな。数学……そう、数学だ」  
 俺はとりあえず無知の山をあさり、もっともらしい疑問を引っ張り出した。  
「ほら、冬の合宿で変な館に閉じ込められただろ。あの時お前が脱出のために用意してく  
れた問題。オイラーの多面体定理、だったか。解いたのは古泉だったんだが俺には何やら  
さっぱりでな。今後ああいうことがそうそうあるなんて考えたくないが、それでも無学の  
ままでいるのはよくないと思ったんだ」  
 咄嗟に捻り出したにしては不自然のない言い分だ。俺って追い込まれると存外に冴える  
タイプなのかもな。  
「そう」  
 長門はごく小さく頷いて、黙然と歩き出した。俺の前を通り過ぎたところで一旦足を止  
めて横顔を見せると、  
「こっち」  
 とだけ言って書架の間を縫っていく。  
 案内してくれる積もりなのか。ありがたいけど、ありがたくない。  
 長門はある一角まで俺を導いて、そこで立ち止まった。傍らの棚にぎっしりと収められ  
ている分厚い本の背表紙を見てみれば、なるほどそれっぽい書名のものが並んでいる。ま  
あ、『実践的複素関数論』とか『バナッハ空間とヒルベルト空間の研究』なんて題目から  
じゃ、その中身がどんな内容なのかまるで見当がつけられないけどな。  
 そんなわけで、恥を忍んで訊いてみる。  
「なあ長門。初心者というか、専門知識がないやつでも読めるような易しい本はないか?」  
「…………」  
 長門は少しだけ考えるような沈黙を置き、それから本棚と向かい合った。ずらりと並ん  
だ背表紙に目を走らせていたが、やがて上段の方で視線を止めた。爪先立って手を伸ばし、  
他のものと比べて心なし薄い本を引き抜いた。  
「これ」  
 と、『初等関数概論』という表題の入ったその本を差し出してくる。  
 すまん、長門。お前にとっては足し算引き算の解説書みたいなものなんだろうが、俺は  
サイン・コサイン・タンジェントと聞いただけでも頭が痛くなる性質の人間なんだ。  
 それでも俺は礼を言って本を受け取った。お前はどうするんだ、と尋ねるまでもなく長  
門は棚から人を撲殺できそうなほど分厚い本を無造作に引っ張り出し、立ったまま黙々と  
読み始めた。  
 相も変らぬ長門っぷりだ。  
 その様子に何となく安堵し、そして落胆もしながら、俺は長門から手渡された本を片手  
に閲覧席へと向かった。椅子は四割ほどが埋まっていた。適当に席に着いて本を机の上に  
置き、その無愛想な装丁に目を落とす。はっきり言って俺は関数なんかに興味はない。関  
数よりは明日の天気の方が遥かに興味をそそられる。  
 しかし、まあ。せっかく長門が薦めてくれたのだ。表紙さえ捲らずに放り出してしまう  
のは罪悪感がある。あまつさえ俺は嘘をついているしな。  
 というわけで、無作為的に本を開いてみる。  
 ああ、ダメだ。何が書いてあるのかさっぱり分からん。殆ど未知の記号にしか――いや、  
待て。  
 俺はそこはかとなく嫌な感じがして、それが杞憂であることを切に祈りながら、一つだ  
けページを捲った。思わず深い溜息が漏れた。そこには前のページ同様、未知の記号の羅  
列があるばかりだった。そう、比喩ではない。幾何学的としか喩えようのない、文字とも  
記号とも模様ともつかない、曲がりくねった線がびっしりと書き連ねられていたのだ。  
 いったい何なんだ、この宇宙語は。宇宙的グローバリゼーションにはまだまだ早いと俺  
は思うぞ。宇宙人の存在は極々狭い範囲でしか知られていないんだからな。  
 そんなことを考えてから、ふと気がついた。  
 視界が薄暗くなっている。顔を上げてみても、首を左右に捻ってみても、そこには誰も  
いない。ついさっきまで読書に耽っていた人たちの姿は影も形も無くなり、天井の蛍光灯  
は光を失い、窓の外はペンキで塗りたくったような灰色で満ちてかすかな光明を放ってい  
る。  
 考えるまでもない。異常事態だ。おそらくいつかの閉鎖空間やカマドウマ空間みたいな  
ものなのだろうが、どうして突然こんなことになったのか。  
 俺はやや混乱してはいたものの、しかし動転はしていなかった。  
 何故かといえば、それは勿論、あの万能ヒューマノイドインターフェースこと長門有希  
が一緒に居たからである。長門がこのことに気づかないはずはない。そして、あいつが姿  
を見せてくれれば問題は解決したも同然なのだ。  
 とはいえ、それをただ座して待つほど俺は厚顔ではない。長門にばかり苦労をかけさせ  
るのは、殆ど毎度のこととはいえ気が引けるからな。もっとも、古泉みたいに妙ちくりん  
な超能力もなければ、頭の程度も人並みな俺にできそうなことなんて高が知れてるが。  
 俺は本を閉じて立ち上がった。空気が妙に重苦しく思えるのは気のせいだろうか。超常  
現象に対する耐性はそれなりにある積もりだったが、考えてみれば今まではハルヒなり古  
泉なりSOS団の仲間が傍にいた。一人きりでこういう場所に放り込まれたことはなかっ  
た。ただ一度だけ、暴走した長門が作り直した平々凡々な世界に取り残されたとき以外は。  
「……俺は普通の人間なんだぞ」  
 もし何かあったら非常に困る。  
「頼むぜ、長門」  
 せめて取り返しがつかなくなるようなことが起こる前には、な。  
 俺はひとまず外に出られるかどうか確かめてみようと出入り口に向かった。すぐに無駄  
だと分かった。何しろ扉の代わりに白い壁があるだけだったのだから。勿論、窓も開かな  
い。  
 やはり長門がどうにかしてくれるのを待つしかないのだろうか。せめてこっちからあい  
つが気づいてくれるような合図を送る術があればいいんだが。  
 ……何も考え付かん。  
 仕方なく俺は長門が本を立ち読みしていた場所へ向かった。案の定と言うべきか、そこ  
にあのひっそりとした小さい姿はなかった。  
 万策尽きたってことかね。元々たいした策なんぞなかったが。  
 溜息をつき、踵を返そうとしたその瞬間――  
 本(ちなみに『バナッハ空間とヒルベルト空間の研究』だった。どうでもいいが)が、  
やにわに棚から抜け出して宙空に浮かんだ。  
「……」  
 声を呑んだね、流石に。  
 空飛ぶ本だなんてどこのファンタジーだよ? そういや昔ちょっとやってみたRPGに  
こんなモンスターが登場していたな。だけど俺の手に怪物を倒すための武器はない。もし  
くれるならすぐにでもくれ。何でもいいから。早急に。  
 何たって、おもむろに開いた本の内側には、ゲームの怪物もかくやと思われる鋭い牙が  
みっしりと生え揃っていたのだ。おまけにその凶悪な口はこっちに向けられている。  
 まるでバナッハ空間やヒルベルト空間にトラウマのあるやつが見る夢のような状況だ。  
俺にはそんなものないってのに。そもそもバナッハ空間もヒルベルト空間も知らん。  
 俺は山菜採りの最中に熊と遭遇してしまった爺さんのような心地でじりじりと後退った。  
おそらく無駄だろうなと思いつつも、できるだけ刺激しないように……  
 本が動いた。俺に向かって一直線に。  
 目に留まらぬ、というほどではないが、躱すことなどかないそうもない速度。実際、俺  
は瞼を下ろすことさえできないまま、飛びかかってくる牙の群れを見つめていた。  
 ――がり。  
 そんな感じの音がしたと思う。  
 音が聞こえたということは俺は生きているわけで、俺が無事に生きているということは  
俺の代わりに何かが喰われたということになる。  
 今更言うまでも無いかもしれない。だが、俺は反射的にそいつの名前を口にしていた。  
「長門……」  
 元からそこに居たかのように俺の前に立つ長門は、その細い腕を突き出していた。肘の  
辺りにまで本が喰いついている。今この瞬間にも閉じた本の内側から何かを削るようなが  
りがりという音して、おびただしい量の血が滴っていた。  
 俺が口を開くよりも早く長門の唇が動く。早口に何かを呟くような声がした直後、長門  
の腕に噛み付いていた本が瞬く間にきらめく粒子と化し、跡形も無く消え去った。  
 長門がゆっくりと振り返った。  
「情報異常の感知が遅れた」  
 そう言って、俺を見上げていた視線をかすかに下げる。  
「ごめんなさい」  
 何を謝っているんだ?  
「空間情報の探知においてわたしに油断があった」  
「……よく分からんが、助けてもらった俺が謝られてもな。つーか、俺の方がごめんなさ  
いだ」  
 長門が相変わらずの無表情で首を傾げる。  
「腕、大丈夫なのか」  
「へいき」  
 見れば既に血が消えているばかりか、制服にも傷一つ残っていなかった。  
「ここはいったい何なんだ」  
「わたしたちの居た時空間に隣接する限定的位相空間。あなたは元の時空間とこの空間と  
に生じた断層を滑り落ちてしまった」  
「滑り落ちた、ねえ。冬合宿のときみたく変な連中の仕業じゃないってことか?」  
「違う。ごく稀に起こり得る現象。特定の時間と位置における行動によって引き起こされ  
る時空間の情報的欠損を補正する際に、こうした異空間と接続してしまうことがある。作  
為的な情報改変ではないから感知することが困難」  
 分かるような、分からんような。  
 じゃあ、あの人喰い本はどうなんだ?  
「この空間を構成する情報はとても稚拙で不安定。発生したバグがあのような形で顕現し  
ただけ。偶発的なもの」  
「バグって……大丈夫なのか、ここ」  
 にわかにこの無数の本が牙を剥いて襲いかかってきそうな気がして、俺は落ち着かない  
思いで辺りを見回した。  
「問題ない。すでに修正した。今は元の時空間とほぼ同等の環境になっている」  
 そうか。長門が言うならそうなんだろう。  
 俺は溜め込んでいた息を細長く吐き出した。書架に背中を預け、そのままずるずると床  
に腰を落とした。今回の不思議事件は起こってから終わるまでが短かったが、分かりやす  
い危険に瀕したからか、存外に気が張っていたのかもしれない。  
 まあそれはもういい。過ぎたことだ。  
 ただ、こいつに無駄な苦労をかけさせてしまったこと。それがひどく申し訳なかった。  
俺の考えたことが裏目になってしまっただけに、余計に沈鬱な気分だった。  
「すまん、長門」  
 お前にしてみれば、俺は、俺にとってのハルヒみたいなものなんだろうな。  
「あなたにとっての涼宮ハルヒ……」  
 静かな声音で、それでもどこか物問いたげに長門が呟く。  
「ハタ迷惑なトラブルメーカーってことだよ。俺が図書館に来なければ、こんなことには  
ならなかった」  
「この件に関してはわたしにも問題があった。あの書籍を薦めたことも、おそらくは引き  
金になっていた」  
「だけど根本的なところで下手を打ったのは俺だろ」  
 俺は長門を図書館に誘ったいきさつ(と言えるほどたいしたいきさつなどないが)を話  
そうかと迷って、止めておくことにした。お前のことが気になって誘ってみたんだ、なん  
て言うのはこんな状況でも恥ずかしすぎる。  
「せめて俺一人で来るべきだったよ」  
「あなた一人では対応し得なかった」  
 不意に長門の口調が変わった……気がする。いまいち信じがたいのだが、苛立たしげな  
響きが混じったように感じられたのだ。  
「長門……?」  
「仮にあなたが誰にも察知されないままここに転移していた場合、或いは最悪の事態にも  
なり得る可能性があった。そのようになることを決してわたしは望んでいない」  
 ここまで強い口調で饒舌になる長門は珍しい。俺は殆ど呆気に取られていつもより硬い  
無表情を見つめた。  
「わたしの関知し得ない場所であなたに何かがあれば、わたしは――」  
 そこまで言って、長門は唇を薄く開いたまま言葉を切った。朝比奈さんがそうするよう  
に何かを言いかけて躊躇した末に止めるといった風ではなく、何かを表現するのに適当な  
言葉を見つけられなかったという様子だ。  
「わたしは……」  
 と長門は繰り返す。だがやはりそこから先は語彙を失ってしまったかのように言葉が出  
てこなかった。やがて、無表情のままに、諦めてしまったみたいに口を閉ざした。いつも  
より鋭く見える静謐な瞳だけが変わらずに俺を射ている。  
 長門が何を伝えようとしたのか。何となくだが、分かる気がする。同時に、それは俺の  
自惚れじゃないかとも思う。  
 ただ、確信していることもある。それは、もうだいぶ以前からお互いに分かっていた結  
びつきなのだが。あえて名状するなら、つまり、それは親愛感だった。そしてたったいま  
俺が想像したのは、それ以上のものだ。  
 もしかして本当にそうなのだろうか? 長門の無表情からは、今は何も読み取れない。  
 俺はそっと手を伸ばし、長門の腕を触れるようにして掴んだ。  
「長門」  
 揺るぎの無い瞳が緩やかに降りてくる。俺に促されるままに長門は膝を折っていた。  
「俺が何をしようとしているか、分かるか?」  
「…………」  
 長門は、少なくとも表面上は無感動な面持ちで、かすかに頷いた。  
「嫌なら好きに抵抗してくれ。蹴り飛ばすなり殴りつけるなりな。そうしてくれれば俺も  
ちょっとは目が覚めると思う」  
「目が覚めて夢が終わるのなら、このままで構わない」  
 長門らしからぬ言葉だ。ロマンチシズム的すぎるぜ。感情がこもっていればなお響きが  
良さそうだ。  
 そういやこいつが恋愛小説も読んでいることを知ったのはつい最近のことだ。小難しい  
学術書みたいなのや、設定だけでお腹いっぱいになりそうな本格SFが専門分野なのだと  
勝手に信じこんでいたから、意外に思った覚えがある。その影響なのか? だとしたら可  
愛いもんだ。  
「……なに」  
 長門が二足立ちするカバを眺めるような目で俺を見ていた。  
 いかん。知らず知らず薄笑いを浮かべていたみたいだ。咄嗟に真面目な顔を作って首を  
振ってみせる。やれやれ、雰囲気なかったな。  
 俺はそれ以上余計なことを考えるのは止めにして、長門のうなじに手を回した。力加減  
を間違えると容易く折れてしまいそうな感触だ。だからというわけではないが、長門を引  
き寄せながらえらく緊張してしまった。  
 鼻先が触れ合うくらいの距離にまで近づいたところで、思い出したように長門が瞳を閉  
じた。どうやらそれが長門の流儀らしい。でも俺はそれに合わせることはしない。何故な  
らその時の長門がどんな顔をするのか見てみたいという下心があるからだ。実に素直な男  
性的欲求さ。  
 俺は穏やかに長門と唇を重ねた。  
 冷たくも温かくも無い。ただ柔らかくくすぐったい、心地の良い刺激がした。  
 もうずっとこうしているだけでもいいか、とさえ思えるね。長門もそうなら嬉しいんだ  
がな。眠っているみたいな無表情ではいまいち分からん。まあ、嫌そうな様子じゃないこ  
とだけは確かだ。抵抗も無いし。  
 ひとしきりそんな静かなキスをしてから、ゆっくりと口唇を離す。  
「…………」  
 長門は何も言わずに――溜息さえもつかずに――瞼を上げた。頬なんかが紅潮するとい  
うこともなく、凍てついた瞳が蕩けるというようなこともない。ただ、その表情がいつも  
と比べて不思索的に見えるのは、俺がそう期待しているからなのだろうか。  
 もう一度、その小さく整った顔を引き寄せ、今度は深く繋がりを求める。特に拒む素振  
りもなく長門は俺の舌を受け入れた。  
「ん……」  
 華奢な喉の奥からか細い喘ぎ声が上がる。その響きは意図したものとしか思えないほど  
に扇情的だった。もっとも、実際のところはそうじゃないだろう。何たってこの期に及ん  
でも長門は顔色一つ変えていないのだから。だが、まあ、強いて言うなら穏やか夢見をし  
ている寝顔のような無表情ではあった。  
 キスに関しては、長門はやはり受動的だったが、意外にも協力的だった。小さな舌を愛  
撫すれば控え目ながらもそれに応えてくれる。  
 そうしてほのかに甘い口内を隅から隅まで味わい、ようやく顔を離したときにも長門は  
あくまで表情を崩してくれなかったが、いささか目の焦点がぼんやりとしていた。分かり  
やすく言うなら、ぽうっとしたような雰囲気を醸し出している……ように見えた。確信は  
できないが。  
 何たって長門(に限ったことじゃないが)のこんな顔を見るのは初めてなのだ。雪山の  
謎の館でこれに近い様子の長門は見たが、やはりあれとも違う。もっとこう、色っぽいと  
表現すればいいんだろうか。唇がてらてらと濡れているのもかなり卑猥な感じだし。  
 それに――  
「長門……っ」  
 今のこいつを見ていると、ある種の暴力的な衝動が芽生えてしまう。そいつを抑え込む  
ためなのか、或いは抗えなかったからなのか、俺は花の茎のように細い長門の身体を強く  
掻き抱いた。  
 長門はおずおずと俺の背に手を回す。何かを確かめるように慎重に手探りをして、それ  
から軽く抱き返す。  
「あなたの、のぞむままに」  
 平淡な声が俺の耳元で囁く。  
「いいんだな、長門」  
「いい」  
 いつものように至極簡潔に答え、長門は己の全てを委ねるかのように、俺の腕の中で一  
切の力を抜いた。  
 
 
 
 床に俺の上着を敷いて、そこに一糸纏わぬ姿となった長門を横たえる。  
 その段になって、俺は不思議な思いを抱いていた。  
 それは今更なことではあるのだが――俺と長門が出会ってからこの方、俺が長門に惹か  
れるような出来事があっただろうか。長門が俺に惹かれるような出来事があっただろうか。  
俺は長門のことを殆ど何も知らない。こいつが人間ではなくて、情報統合思念体とやらが  
作り出したヒューマノイドインターフェースとやらであることと、読書好きであること以  
外は何も知らない。こいつがどれだけ俺のことを分かっているのかも知らない。なのに俺  
と長門はお互いに親愛感を持っていたし、そして今、それ以上の感情を持って交わろうと  
している。考えてみれば、不思議なことだ。  
「なに」  
 長門が曝け出された胸も下腹部も隠すことなく、いつも通りの無表情で問いかけてくる。  
どうやら複雑な思いがそのまま顔に出ていたらしい。  
 俺は小さく首を振った。まあ今は、あまりどうでもよくない気もするが、どうでもいい  
ことにしておこう。仮にこうなることが早すぎたり間違っているのだとしても、もう引き  
返せる地点はとっくの昔に通り過ぎてしまった。  
 長門に唇を合わせ、舌を絡ませながら、その白く流麗な肢体に手を伸ばす。  
 こいつはどうしてこんなに小さくて細いのだろう。伸びやかな手足にせよほっそりとし  
た腰回りにせよ、強く触れるのが憚られるほど儚い感じがする。俺は指先で辿るようにし  
ながら、半ば怖々と長門の薄い胸を撫でた。  
「あ……」  
 かすかに長門の唇から息が漏れる。  
 まさか痛かったなんてことはないよな?  
「ちがう」  
 長門は頭をもたげて何か不可解なものでも見るように自分の胸の辺りを眺め、それから  
また目線を天井へと向けた。  
 えーっと、続けていいのか?  
「…………」  
 無言の首肯が返ってきた。  
 気を取り直して、俺は再び指を動かす。思ったよりも硬さのない乳房の膨らみをなぞり、  
その先端にある小さな桜色の突起を爪先で弾く。その度に長門は鼻にかかったような声を  
短く漏らした。  
「ん……ぁ……」  
 白い喉頸に唇を寄せて軽く吸い上げる。そのまま唇で滑らかな肌を辿り、子供のそれの  
ような乳首を口に含む。と、その瞬間、  
「ん……っ」  
 華奢な肩がぴくりと震えた。快感のためというよりは、むしろ驚いたような反応だった。  
 俺は顔を上げて長門の表情を窺った。  
「嫌だったか」  
「……わからない」  
 わからない、ね。言葉は曖昧だが、口調には抵抗感のようなものがあった。  
 それは、実を言えば俺にも理解できた。決して長門の肌が汚いと思っているわけではな  
いのに、唇を付けたり舐めたりするのにはやや抵抗があったのだから。やっぱり初心者は  
初心者らしく余計なことはしない方がいいのかもな。  
 俺は一つだけ頷いてみせた。こういうのは今は止めてこう。  
「それじゃあ長門。えっと、こっちの方、触るけど……」  
 腿にそっと手を添えて、確認を取る。  
 長門は黙したまま平然と肯定の意を示すだけだ。こいつは恥じらうということを知らな  
いのか。それとも心の内ではまともに喋れないほどガチガチになっているのか。まあ、こ  
うして落ち着き払ったいつもの態度でいてくれるから、俺も冷静でいられるんだけどな。  
 俺は小さく息をついて、殆ど無毛の陰唇を指先で撫でた。柔らかくて、温かくて、そし  
てほのかに湿り気を帯びていた。綺麗なスリットに沿って何度か指を往復させると、少し  
ずつ長門の呼吸が浅く短くなっていく。  
「あ……はぁ……」  
 悩ましげな響きを伴った吐息につられて長門を見やると、薄く開いた目の縁がわずかに  
赤らんでいるのが分かった。些細な表情の変化だが、俺にはそれがひどく蠱惑的に感じら  
れた。  
 開きかけた陰唇の間に、ゆっくりと指を差し入れていく。  
 長門の中は、とても複雑な、何とも形容しがたい感触だった。濡れてはいるのだが、全  
体的にやや硬い。そして何よりとても狭くてきつい。指一本でさえこれほどとは。  
「ちゃんと入るかな」  
 思わずそう呟いた俺に、長門はぼんやりとした目を天井に向けたまま律儀に答えてくれ  
る。  
「問題ない。この固体は普通の人間と同様の生殖機能を有している」  
「そういうことじゃなくてだな……いや、まあいい。とにかく、もっと色々いじるぞ。普  
通の人間と同様ってんなら尚更不安だ」  
 俺は丁寧にそこをほぐすように指を動かした。奥の方からとろとろと流れてくる愛液を  
絡め、柔らかく精緻な粘膜を擦る。その最中に秘穴に指先をひっかけたりしてしまい、人  
知れず焦っていたのは秘密だ。  
 そんな感じで愛撫を続けていると、小さく自己主張しているクリトリスがふと目に留ま  
った。性的好奇心の赴くまま、その突起を指で押してみる。  
「あぅ……っ」  
 甘やかな吐息と共に、ぴくんと長門の身体が跳ねた。  
 これまで行為の中で最も顕著且つ良好な反応だ。弱いのかもしれないな、ここ。俺は時  
折クリトリスへの刺激も加えつつ、長門の中を解きほぐしていった。  
「もう――」  
 と、不意に長門が言う。  
「十分だと思う」  
「ん、そうか?」  
 確かにそこは既にかなり濡れていた。陰唇も愛液でぬるぬると滑ってしまうほどだ。で  
も俺としてはやっぱり不安なんだよなあ。  
「なあ、長門。あんまり痛いようなら言ってくれよ。無表情でだんまりは止めてくれ」  
「分かった」  
「約束してくれるな?」  
「約束する」  
 長門がいつもよりはっきりと頷いたのを見て、俺も覚悟を決めることにした。  
 時間をかけてベルトを外し、パンツと下着を脱ぐ。当然ペニスは完全に勃起している。  
それと長門の身体とを見比べ、早速俺はまた不安に駆られた(決して自分のナニの大きさ  
を自慢してるわけじゃない。比較観測してみての純然たる現実的憂慮だ)。だが長門はき  
ちんと意思表示をすると約束してくれているし、何より中断してしまうのは俺が辛い。若  
干の負い目を感じながらも、俺は亀頭を長門の陰唇に押し当てた。  
「入れるぞ」  
 首を揺するようにして長門が頷く。俺はゆっくりと、しかし確実に体を前へと押し進め  
た。考えていたほどの抵抗はなかった。純潔の証たる狭さは感じ取れたが、それもあっと  
いう間に押しのけていた。妙な言い方になるが、あまりの順調さにいささか拍子抜けした  
ほどですらあった。  
 だが、長門の膣の感触は、そんな苦労ともいえない苦労の対価としては不当なほど素晴  
らしいものだった。まるでそこにある襞の一枚一枚が意思を持って絡み付いて射精へと誘  
おうとしているかのような、そんな背筋が震えるほどの快感があった。  
 ともすれば猿のように本能的な行動を取ろうとする体を抑え留めて、俺は長門の目を覗  
き込む。  
「痛くないか」  
「…………」  
 長門は唇を結んだまま僅かに顎を引いた。  
 おいおい、だんまりは無しにすると言ってくれただろ。しっかりとそれなりに血が出て  
いることくらい、俺にだってちゃんと分かってるんだ。  
「……少し」  
 そう言って、長門は息をついた。  
 いいさ。自然なことだ。それならしばらくこうしていよう。こうしているだけでもある  
程度は満足できそうだ。  
 実際、いま動いたらものの数往復で限界を迎えかねない。早いとか言うな。俺だって初  
めてなんだし、何より長門の中は反則級なんだ。この時にもまるであつらえたみたいにぴ  
ったりとペニスを包んで緩やかに蠕動している。その感触がとても心地良く、そしてもど  
かしくもあった。  
「もう平気」  
 そんな俺の心情を汲み取ったかのようなタイミングで、長門がぽつりと言う。口調によ  
どみは無い。  
「動いて」  
「本当にもう大丈夫なのか?」  
 俺と目線を合わせながら長門は頷いた。  
 きっと嘘はついていない。そう判断して、俺は緩やかに体を動かした。浅い位置での前  
後運動を繰り返し、時折、深い所まで突き入れる。亀頭が子宮口を小突く度に長門は小さ  
な身体を震わせて艶やかな息をこぼした。  
「は……ん、あぁ……」  
 かすかに眉根を寄せ遠くを見るように目を細めている長門は、俺の勘違いでなければ少  
なからず快感を享受している様子だった。ただやはり苦痛もあるのだろう。吐息に呻くよ  
うな響きが混じることがある。  
 一方で俺は、温かく柔らかい長門の感触を貪っているだけだ。痛くも苦しくもない。で  
きることならもっと早く荒々しく腰を動かしたいとさえ思う。でもそうはしない。あくま  
でも緩やかに長門と同じ律動を刻むだけだ。  
 何故なら、こいつに負担をかけたくないからだ。それはつまり――  
「長門――」  
 とその言葉を言いかけて、俺は口を噤んだ。何となく語彙として形を持たせてしまうと、  
かえって虚ろなものになってしまいそうな気がした。  
 だから、その先は曖昧な原形のままに飲み込んで、俺は長門と唇を重ねることにした。  
 やがて緩やかに絶頂を迎えたその時まで、俺たちは何も言わずに唇を合わせていた。  
 
 
 
 長門と一緒に居て沈黙を決まり悪く感じたのは、もしかしたらこれが初めてではないだ  
ろうか。  
 図書館からの帰り道、俺の一歩か二歩くらい後ろを遅れてついてくる長門の気配を確か  
めながら、そんなことを思った。結局あの後は取るに足らないような会話を二つ三つ交わ  
しただけで、長門の力であっさりとこっちの世界に戻ってからはひたすら俺たちは無言だ  
った。  
 だって今更なにを話せばいいんだ。こうやって落ち着いてからは、クサい台詞はその一  
切を脳髄が考えることを拒否している状態だ。  
 長門の方から何か言ってくれる……ようなことは期待できないよなあ。  
 そうして俺が胸中に悶々としたものを孕みながら歩いていると、ふと長門の気配が遠ざ  
かった気がした。立ち止まり、振り返ってみる。  
 長門は黙然と立ち尽くしていた。  
 ああ、そうか。お前はここで曲がった方が早いんだったな。  
「…………」  
 俺を見据えたまま長門は頷いた。  
「ん……じゃあ、また明日、な」  
 今にも何か言いやしないかと注意深く揺るぎない無表情を見つめてみたが、俺が前に向  
き直ってもその唇が開くことは無かった。  
 こうもいつも通りだと、ついさっきのアレは何かの間違いだったんじゃないかという嫌  
な想像さえ過ぎってしまう。やはり俺が何かを言うべきなのだろうか。しかし何をどう言  
えばいいんだ?  
 俺は深く溜息をつき、いつまでも立ち止まっているわけにはいかないだろうからと、仕  
方なく長門から離れる一歩を踏み出した。その瞬間――  
「……あの――」  
 どうでもいい雑音にまぎれてしまいそうな、か細い声が耳に届いた。  
 再び足を止め、振り返る。  
 いつもと変わらない表情。いつもと変わらない双眸。しかしその視線を俺の胸の辺りに  
落として、長門は小さな声で口早に言った。  
「明日の昼休みに、部室で」  
 俺が口を開くよりも早く、長門は顔を逸らして振り向くことなく歩いていってしまった。  
 ――ああ、そうか。  
 その小さな後姿を消えてしまうまで見送って、俺は漠然と悟った。きっと俺はこいつの  
こういうところを好きになったんだろうな、と。  
 踵を返し、帰路を歩きながら、自然と笑みが浮かんでいた。  
 俺が何を考えているかって? そんなことは決まってるじゃないか。  
 明日の昼休みに部室を訪ねて、あいつに訊いてみるんだ。お前はいったい俺のどこに惚  
れてくれたんだ、ってな。  
 
 

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