さて,今日は朝からハルヒと俺の2人で出向く不思議探索……のはずだったが,気が付けば
夕方で,しかも観覧車の中にいる。皆さんご存知であろう,都会に咲く大輪の花である。
ここに至るまでの経緯を簡単におさらいしておこう。
いつものようにハルヒの一声により不思議探索に行くことが決まったのだが,なぜだか
知らないが長門,古泉,朝比奈さんが揃いも揃って急用があるとかで,俺はハルヒのため
だけに朝早く起床しなければならないこととなったのであった。最近やけに2人きりになる
機会が増えている気がするが,まあ偶然だろう。
それはさておき,午前中いっぱい市内を探索したものの,これまたいつものように何も
見つからず,またまたいつものように俺の奢りで昼飯を食べたのだった。何せハルヒの
求める不思議は今日は欠席だ。いつも右手に超能力者,左手に宇宙人を従えてお前は一体
何を探しているんだい,ハルヒさんよ。
話を戻そう。
昼飯を食べているときに,そういえばセールの季節が到来していたことに気づいた俺は,
せっかくだから午後はバーゲンセール探索をしようじゃないかと提案してみた。
ハルヒは,
「あんたにブランドものなんて似合わないわ。駅前のデパートのワゴンセールがいいとこね」
などと言っていたのだが,かといって特に嫌がる素振りも見せず,俺たちは電車を乗り継いで
戦場に身を投じたのであった。
それから先のことは割愛させていただこう。思い出したくもない。ハルヒよ,頼むから
フィッティングルームから大声で俺を呼ぶのだけはやめてくれ。俺は店内を物色する女性たちの
邪魔にならぬよう注意深く立ち回っていたんだ。突き刺さる視線には耐えられなかったね。
その上俺の意見は無視だ。こんなのが神様なら,俺は誰に祈ればいいんだい?
そろそろ帰る時間だろうかと思いながら出口に向かっていると,突然ハルヒが上を指差した。
ちなみにハルヒは手ぶらで,俺が両手に袋を提げているのは言うまでもない。仕方がないので
首だけを上に向けると,そこには観覧車があった。視線を戻すと,黙ったままのハルヒの顔。
「……やれやれ」
「ちょっとキョン。まだ何も言ってないわよ」
何とかは口ほどに物を言うとはよく言ったものだ。
「こ,こらっ。私は乗りたいだなんて別にっ……」
わかったわかった。ちょうど俺も乗ってみたいと思っていたんだよ。な,これでいいだろ。
「まったく……キョンがどうしても乗りたいって言うから仕方なく乗ってあげるんだからね」
さて,ようやく現在に戻って観覧車の中である。
何故だろう,本当にありがとうございました,と言いたくなったのは。
ずっと歩き回っていたのでこれ幸いと腰を下ろし,やっとの思いで荷物から解放された俺に
背を向けて,ハルヒの奴は外の景色に見入っているようだった。1周およそ15分の旅行だ。
俺はハルヒの後ろ姿を眺めていたのだが,今ハルヒがどんな表情をしているかは想像に難くない。
無邪気を絵に描いて,天真爛漫を写真に撮ったらこんな風になるだろうね,っていうあの顔だ。
その顔をしているときが,やっぱり一番お前らしいよ。塞ぎ込んだりさ,苛立ったりしてる
顔よりも輝いてる。何だかんだ言ってお前はいつも最後にはいい顔をしてくれるよな。
あいつらがお前の周りにいるのも,決して仕事だからという理由だけじゃないと,俺は思う。
でもな,ハルヒ。さっきもそうだったけど,もう少し素直になってもいいんじゃないか。
行動で示すだけなら,わかってくれない奴も出てくるだろう。乗りたい時は,そう言えば
いいんだよ。500円で15分間,お前の笑顔が買えるんだ。嫌がる奴は,そうはいないぞ。
なあ,ハルヒ。お前も今日,楽しかったんだろ?俺と2人だったとはいえ,さ。
「何よキョン。遠足は家に帰るまでよ。自分だけ終わった気になっちゃって。相変わらず
詰めが甘いわね……ま,でも今日は楽しかったわ。じゃない,今も楽しいのよ。あんたは
楽しくないの」
何を言ってるんだハルヒ。そんな当たり前のことを聞くな。ああ,そういえばこの前古泉の奴が,
「あなたは本当に自分のことがわかっていらっしゃらないんですね」
とか何とか言ってたな。珍しく真面目な顔をするかと思ったら,全く失礼な奴だ。
そうこうしているうちに終点が近づき,これにて本日のバーゲンセール探索は無事終了と
いうわけだ。思っていたより15分は短かったようにも感じたが,それはまあ,気のせいだろうね。