数学Uという暇な(全然分からなくて)授業を右耳で受け止め、左耳から受け流しながら窓の外に広がるグランドを見ていた。  
 後三日でこの俺が俺で無くなり、記憶も体も時間も全てが五年前のアノ日に戻る。  
長門が言っていたのだから間違いは無いだろう。  
 長門が言うにはこの時間軸の未来は後三日で無くなる(本当は直にでも終わるのだが、長門の力で伸ばしてもらっている)らしい。  
もっと正確には後三日で無くなるのではなく五年前の七月七日、そう俺とハルヒが初めて会った時間に全てが戻ると聞いた。  
 その戻った時間軸では、情報爆発も時間の歪みが発生しない世界らしく、  
当然のことだがハルヒはただの怪奇電波を飛ばしまくる美少女でしかなくなるみたいだ。  
 俺とハルヒの接点は無くなり、恐らくその時間軸の未来にはSOS団ができることは無いし、  
古泉が転校してくることも長門が奇妙な魔法を使うことも無いだろう。  
無論、長門も朝比奈さんの存在自体が無いかもしれない。  
 もしあの七夕の日の俺の発言でハルヒが北高に来ると決めたならば、この学校にはハルヒは来ないだろう。  
一年の冬休みの時、長門が改築した世界みたいになるのだろうか。  
 
「キョン……ちょっとキョン、聞いてるの?」  
「すまん、少し考え事をしていた」  
 こいつは二年生になってから急に大人しくなったな。  
 少しばかりだが他のクラスメイトより異質な雰囲気をいまだに発してはいるが、  
クラスにとっては無くてはならない存在となりつつある。  
   
 この高校に入ってから初めての席替えの時とクラスは違うが同じポジションに座っている俺は、  
視線を窓の下に広がるグランドへと移した。  
別のクラスとなった谷口が体育の授業中にへまをやらかしたみたいで、  
叱られているのが微かだが見える。  
 
 
 初夏、ミンミンゼミの求愛コールが町中に響き渡り、入道雲が地平線を包み込んでいた。  
 
「キョン、あんた最近ボケーッとしすぎじゃない? 熱でもあるんじゃないの?」  
 こいつが心配をしてくれるなんて入学当初は考えもしてなかったな。  
 そう思いながら誰にも見られないように微かに微笑んだ。  
「……なにブツブツ言っているのよ、頭大丈夫?」  
 前言撤回。やっぱ変わってない  
「まぁどうでもいいわ、今日の放課後は部室に集合だからねっ」  
 いつの間にか始まっていた昼休みをつぶすためにか、ハルヒはいつもの通りに何処かへと猛スピードで消えていった。  
 こういうところも相変わらずってやつだな。  
「ふぁ〜……飯でも食うか」  
 大きく欠伸をしながら通学鞄から弁当を取り出すと、窓の外の景色を眺めながら弁当を口に運び出した。  
 
「キョンが一人で弁当を食べるとは、珍しいね」  
 近くに寄ってきたのは中学生時代からの友人の国木田だった。  
「俺でもこういう気分はあるさ」  
 「へぇ〜そうなんだー」と言いながら国木田は徐に弁当を取り出し、広げだしていた。  
「涼宮さんと、何かあったのかい?」  
 なかなか鋭い所を突いてくるが残念ながら今回はハズレさ。  
 俺が的外れな答えを言おうとしたら、教室の扉が勢いよく開いた。  
「キョン!! 国木田ぁぁああ。俺を一人にして置いて二人で弁当とは、酷い奴等だ!」  
 奇声を上げながら教室に乱入してきたのは谷口だった。やけにハイテンションだな。  
「うるさいなぁ、自分のクラスで食べてきなよ」  
 国木田はそういいながらも笑いながら、弁当箱の中に入っていたサンドウィッチを口に運んでいる。  
器用なやつだ、俺だと口に入れたご飯をすぐさま噴出するだろう。  
 いや、ちょっと待て、そのサンドウィッチ俺のじゃないか!?  
「今回は報告ついでに来てやったんだ」  
 ほう、報告ねぇどうせまともな物では無いと予想できるがな。  
しかも、来てやったとか何か威張り臭い。  
 谷口もまた徐に弁当を広げ始めていた。  
 自分のクラスで食べて来いよ。  
っつかハルヒの椅子を拝借しているようだがバレた後にどうなっても知らないぞ。  
「へぇーどんな報告だい?」  
 聞かなくても良いのに国木田は興味を持った振りをしながら尋ねていた。  
「なんと!! 俺にまた彼女ができましたー!! ハッハッハッ、国木田ぁどんなもんだ!!」  
 どうやったらここまでハイテンションを維持できるのか、  
いつもナンパばかりしているお前にとっては別に珍しいことでも凄い事でも無いだろう。  
「しかもだな、その子がまためっちゃくちゃに可愛いんだよ」  
「へー、それは凄いなぁ」  
 国木田は心の篭ってない返事をしていた。  
「だけど残念だね、僕は一年生の中盤から宮下さんと付き合ってるよ」  
 それは驚きだ。宮下さんとは谷口曰くAランク+の生徒というのを聞いたことがあった。  
 この二人いつの間にか彼女とやらを持っていたのか……  
 俺は白飯を口につぎ込みながら国木田と谷口のコントの様な会話を笑いながら聞いている。  
きっとこれが普通な毎日なのだろう。  
 
「キョンは」  
 谷口が手を止めて俺のほうをゆっくりと向いてくる。  
「涼宮とドコまでイッたんだ?」  
「ブッ」  
 俺はせっかく口にふくみかけていたお茶を少し噴出してしまった。  
 あれか? 他人の目から見ると俺とハルヒは付き合っているように見えるのか?  
「ハルヒとは付き合ってないのだが」  
 谷口と国木田は心底意外そうに、へー、と語尾を延ばし続けていた。  
「俺は、もうってっきりイク所までいっているのかと思っていたぞ」  
「悔しいけど僕も左に同じかな、どこからどう見ても涼宮さんとキョンは付き合っているようにしか見えないんだよね。  
だって涼宮さんさキョン意外とほとんどと言っていいほど口を開かないからさ」  
 言われてみればそうかもしれない。  
 別時間に飛ばされた時、ハルヒに心底会いたいと願っていたのは確かで、  
それ以降にも色々とあったがハルヒの事を真剣にどう思っているのか?  
って考えるとモヤモヤと曇っている。  
 
 ふと視線を別の方向から感じ、そちらへと顔を向けてみると、長門が教室の扉で立っていた。  
 俺は横に首を傾げると、長門は首をカクンッと前に倒した。  
「すまんな、何か用事があるようだ」  
 と俺は二人に向かって言うと、弁当を残したまま席を立つ。  
「もしかして、キョンって長門さんと付き合っていたり?」  
 と、背中から国木田が呟いているのが聞こえた。  
 そんなことは無い、と言い切れる、かも?  
 谷口は素早く俺の開きっぱなしの弁当を睨むと  
「俺は弁当をもらっておくぞ」  
 と言った。  
 好きにしろ……  
 
 長門に誘導されるままに歩いていくと部室の扉の前に出た。  
 部室の中からは、何人かの人の気配をはっきりと感じる。  
色々な場面と遭遇してきたからこういう気配とかは感じるようになったんだよな、嫌な位に。  
「入って」  
 長門は俺に静かに言った。  
 扉を開けるとそこには制服姿の朝比奈さんと古泉が座っていた。  
 古泉は相変わらずの変スマイルで、朝比奈さんは今にも泣き出しそうに瞳を潤ませ、  
手を必死に握りながらちょこんと椅子に座っていた。  
「遅かったですね」  
 そのうっとうしくなる笑顔をこちらに向けるな。  
「そう言われると困ってしまいますね、一応このキャラで通してきているので」  
 その前に顔が近すぎるっ!  
「きょ、キョン君、こんにちは……」  
 あ……朝比奈さん、泣かないでください。  
貴方の天使の微笑を私に向けてくれるだけで救われるのですから。  
「そういえば、一年前もこんな感じの事起きたっけ、  
朝比奈さんが未来に帰れなくなって駅前に集合し、色々と相談しあった事あったよな、  
今回もあれと同じ状態で何か鍵を見つければ次へ進めるのではないだろうか」  
「残念ながらそれは無い、  
朝比奈みくるの本来の時代の人々は特殊な装置を使って断続的な時間の流れの中に入ってきているが、  
今回はそれとはまったく別。これが私たちの生きる時間の流れ」  
 どういう意味だ、まったく意味が分からないのだが。  
「言葉で表現するのは難しい、しかし人間の言葉であえて言い表そうとすると『運命』  
という表現が正しいかもしれない」  
 古泉は少し唸った後に、人差し指を立てながら口を開く。  
「なるほど、意味が分かった気がします、ようは一本道って事ですね」  
「そう」  
 だめだ、まったく分からない、  
こういう所に詳しいかもしれない朝比奈さんはついに泣き出しちゃっているし、  
どういう意味だか分かる奴は俺の目の前に来て、今すぐ解りやすくやすく説明してくれ。  
「簡単に言うと今現在から見ると過去へ戻る、  
という逆走をするようなイメージがありますが、  
過去に戻った後にもし、記憶があるとすれば、  
未来に居たのも過去となるんですよ。」  
 なんとなく意味が分かるような分からないような、  
「だとしても、本当は未来がいくつも在るんだろ?   
ならこの未来を回避する方法は無いのか?」  
「無い」  
 長門は即座に言い切った。  
 
「地球は長い間、地球には在ってはならない不確定要素の存在、  
つまり私や朝比奈みくるの様な存在が居たことや、  
特殊な力を持った人たちがいたり、  
何度も過去へもどったりしていた事実をなくそうとしている」  
 またよく訳の分からないことを。  
「古泉一樹の所属している機関の涼宮ハルヒへのイメージをそのまま地球にしたようなもの」  
 またもや古泉は、うーん、と唸った後に再度人差し指を立て、  
ぐるぐると回しながら謎を解き明かしたシャーロックホームズ見たいな口調をで発言を始めた。  
「本当の神は地球であって、地球が世界規模で再構築しようとしている、と?」  
「間違っていない」  
 俺は再構築と聞いて、あの閉鎖空間を思い出した。灰色の世界と青白い巨人、  
いつ思い出してもゾクッとする。  
「よく意味が分からないのだが、  
地球は神様でその地球が何らかの事情でこの世界消してもう一度やり直そうとしている、で良いのか?」  
「そう」  
 長門は頭を前にカクッと傾けた、その一方で朝比奈さんは顔を真っ赤にして泣いている。  
「で、朝比奈さんの居た未来は無くなってしまったと」  
 なんと表現すればいいのか分からないが、あまりに話が飛びすぎていて、モヤッとしか分からない。  
「違う、朝比奈みくるの居た未来は存在している、ただ、ここに居る朝日みくるがその未来へと戻る道を失っただけ」  
 よく、そう難しいことをサラッと言えるな、そしてそれを分かったかのように頷く古泉もあれだな。  
「でもそうなると朝比奈さんの成長した姿はどうやってきたんだ?」  
「今、ここに居る朝比奈みくるではなく、別の時間を選んだ朝比奈みくるの大人の可能性がある」  
 
 
 空は青い、木の葉も緑だし土は茶色い。  
 セミの声はちゃんと俺の耳に届くし、木の肌を触るとザラザラしているし、頬をつねると痛い。  
 過去に世界はどうやって戻るんだろうか、ビデオを巻き戻ししているようになるのか。  
それとも、いつしか見た朝倉と長門の戦いが終わった後に教室が元に戻ったようになるのか。  
 
 芝生に寝転がりながら10分前に始業のチャイムを聞いていた。  
 きっと他のクラスメイトはよく分からない英語に頭を悩ませているのだろう。  
 どうせ、全て戻るんだ何をしたって変わらないしな。  
「何がどうせだって?」  
「あghんしえhf!?」  
 反射的に身をよじり、起き上がる。  
 黄色いカチューシャを付け、  
肩まで伸びた黒い髪にこの上なく整った目と鼻、大きくて黒い目に異常に長いまつ毛、  
言うまでも無い、ハルヒがそこに居た。  
「教室に居なかったから保健室に行ってみたけど誰も居ないし……」  
「素直に探していた、と言えばいいだろ」  
「べ、別にそんな訳じゃ……」  
 照りつける太陽のせいかハルヒの頬が微かに赤くなっていたように見えた。  
 こういう所は可愛いんだけどね。と、いうか何時もこうだと絶対いいと思うぞ、ハルヒ。  
「どっちにしろお互いに授業はさぼりってこった」  
 もう一度、木の下の芝生に寝転がると空を眺めた。  
「何を考えてるの?」  
 と、言いながらハルヒは俺の横に寝そべった。  
「ちょっとね」  
「ちょっとって何よ、言いなさい! これは団長命令よ!」  
 何が団長命令だ、言っても何も信じないと思うし、いう必要が無い。  
その前に言いたくてもどういう風に表現すればいいのか分からない。  
 そうだな、言うならば……  
「なぁハルヒ、もし俺達が出会わなくてSOS団が無かったら、どうだったと思う?」  
「どうって?」  
「ようはだなぁ、SOS団が無くて、長門とも古泉とも朝比奈さんや俺と出会わなかったら、ハルヒはどうしたかって事」  
「そんなの知らないわよ、今現に存在しているんだし、IFを考える必要なんて無いじゃない」  
 やっぱり根っから完全なポジティブ思考な奴に言っても通じないか。  
 でも、そういう風な答えが欲しいんじゃないんだよ。  
「俺は、寂しかったと思う。きっと今とほとんど変わらない生活をしていたかもしれない、  
でも何処か発散されない気持ちがあって苦しかったと思うな」  
「へー」  
 心の篭ってない返答だな。  
「あんたが望むような答えが欲しいのだとしたら、あたしは別の団を作っていたかも」  
「どうやって作るって事を発想させるんだ? あれは俺の言葉をヒントにしたんだろう?」  
「そんなの自分で考えれるわよ!」  
 はぁ、そうですか。何だろうね、この晴れない心は。  
 俺はハルヒの顔をもう一度見た後に再度空を見上げる。  
 あの空もきっと……。  
 
 それにしても気持ち良いな。  
 校舎と校舎とに挟まれていて風の通り道となっているのか、  
いい具合に風が吹いていて暑すぎずポカポカな春のような感じで眠気を誘われる。  
「すーすー」  
「ん?」  
 横を見るとハルヒの寝顔がこちらを向き、可愛らしい寝息を立てていた。  
 いつ以来だったっけなこいつの寝顔を見るのは、寝顔は柔らかかくて良いね。  
襲いたくなりそうだ、後が怖いけど。  
 
 
 扉を開けると、そこには何時もの様に律儀にメイド服を着こなした朝比奈さんがかなり暗めな表情をして座っていた。  
 未来へ帰れなくなったことが相当深手のダメージとなっているらしい。  
それでも着替える根性があるのだから色々な意味で朝比奈さんはすごいのかもしれない。  
「大丈夫、ですか?」  
「ふぇ? えぇ、何とか……」  
 苦笑にしか見えない笑顔を俺に向けてくれた。  
 困っている顔も可愛いね。そんなことを考える俺は鬼か。  
「それにしても、大変ですね、過去へ溯ると朝比奈さんや長門はどうなるのだろう」  
「きっと消……いえ、なんでもないです」  
 しまったと毒づいたものの既に後の祭り、朝比奈さんは再度泣き出してしまった。  
「ふえぇぇ」  
 俺の膝を泣き所としてくれるのは嬉しいのだが、このシチュエーションはどう考えても俺が泣かしたようにしか見えない。  
 ここをハルヒに見られると恐ろしい結末が待っている予感……。  
 そんな予感に体を震わせているところに、ガチャッという音を立てながら部室に入って来たのは長門だった。  
 無表情な顔に少し深刻そうな感情が映りだされているように気がするのは気のせいだろうか。  
「時間の再構成まであと二時間を切った」  
 二時間!? どういう事だ、あと三日間在るはずだろ!?  
「このインターフェイスと情報統合思念体を繋ぐ物が切れ、力を失った。  
よって再構成までの時間が残り一時間五十七分三十四秒となった。  
残り一時間五十七分三十秒後に地球上の全ての物質が原子以下に崩壊し、その後にその原子を元に再構成される。  
再構成され再現される時間は五年前の七月七日。  
涼宮ハルヒが貴方という存在を始めて認識した時間、  
しかし再構成された世界では涼宮ハルヒと貴方は会うことは無い」  
 頼むからそう一気に喋らないでくれ、唯でさえ意味がほとんど理解できてないのに、  
そこに新しい情報を新型機関銃の連射力並に入れられると頭が混乱しそうになる。  
「えっと、つまり長門は力を失って後三日間まで延長できる筈がコントロールできなくて残り二時間を切っているって事だな?」  
「……」  
 この三転リーダーは肯定を表しているのだろう。  
「長門、怖くないのか? 地球がお前のことを不確定要素と認めたって事は  
再構成された時間に自分の存在が無いのかもしれないんだぞ」  
「怖くはない、このインターフェイスが無くなるだけで私の存在はなくならない。  
しかし、言葉で表現できないエラーが存在している」  
 それはだな、寂しい、という感情だと思うぞ。  
きっとお前は原子以下に崩壊しても意識はあるだろう、  
自分は相手のことを知っているのに、相手は忘れているだろうし、  
気づいてくれないってのは地獄以上の苦しみと悲しみで満ちているかもしれない。  
 
 
「皆、揃ってる?」  
 そんなシリアスな状況と知りも知らずに、ハイテンションで勢いよく入って来たのはハルヒだった。  
 古泉以外は揃ってるさ。  
「あら、古泉君はいないのかー、まぁいいわ」  
 いいのかよ  
 と内心で呟きながらもハルヒの言葉に耳を傾ける。  
「じゃーん!!」  
 と、言いながらハルヒが出したのは市内でやる夏祭りへの出店申請書かそれらの類の物だった。  
 それをどうするんだ? ハルヒ  
「どうするんだ? って決まってるじゃない、SOS団で夜店を開くのよ!」  
「何をするんだ?」  
「そうねぇ……」  
 と、言いながらハルヒは閃いたかの様に、空気の重みで今にも沈んでしまいそうな朝比奈さんを、  
獲物を見つけたライオンの様な鋭く、どことなく嫌らしい雰囲気を持った目で捉えていた。  
「みくるちゃんの撮影会なんかどう? 一枚500円できっと儲かるわよ。ね、みくるちゃん♪」  
 一方の朝比奈さんは、そんなことも馬耳東風状態でものすごーく重いオーラを纏った状態だった。  
 そんな事を仕出かしたら朝比奈さんは映画のとき以上に精神が参ってしまうんじゃないだろうか?  
 もっとも、明日が来たらの計画だがな。  
「その話は横に置いておく、その夏祭りはいつなんだ?」  
「七月三十日よ!」  
 後三週間か……、果たして世界はあるのだろうか。  
「あと一時間」  
 長門がボソッと呟いたので、振り向くと相変わらずの定位置でハードブックのカバーを読んでいた。  
 あと少しで全てが変わるのに暢気というのか何と言うのか……。  
「さぁキョン! そんな湿気た顔をしてないで、何をするのか考えるの!」  
 あと一時間か、ここに居ると憎たらしいほどに時間の流れが速いね。  
 俺が苦笑じみた顔をしていると扉が大きな音を立てながら開いた。  
「遅れてすみません、バイト仲間と連絡を取り合っていたので」  
 入ってきたのは古泉だった。  
 遅れた時間は約三十分というところか、こいつにしては珍しい。  
「続けてください」  
 と、言いながら古泉はいつもの席へと腰を落ち着かせた。  
 荷物を置きながらもその目はチラチラと落ち着きはなく、ハルヒを監視しているかのような感じが離れなかった。  
「あたしが考える夜店は、無難にいくならカキ氷ね、もちろん最高級の氷とシロップを使うの! それで500円ぐらい」  
 おいおいそれってちょっと無理がないか?  
 
 こんな会話が  
 何時までも続くと良いって思っている。  
 知らなければ良い事がこの世界には必ずあるのだと思う。  
 知らなければ何も感じない出来事がこの世界ではひっそりと息づいているのだろう。  
 だが俺は知ってしまった。  
 
ズンッ  
 
地面に長い突起物を突き刺すような音が響き渡った。  
「始まった」  
長門が試合開始を告げるのように、小さく呟く。  
「い、今のは何!?」  
 座っていた団長席から飛び立っていた。珍しくハルヒの言葉や動作に慌てを感じられる。  
 地震かそれの類と間違えたのだろうか。  
「始まったんですよ」  
古泉は仮面の様な笑顔ではなく、不気味なほどに真面目顔になっている。  
「涼宮さん、この世界には超能力者、宇宙人、未来人は数多く居ます」  
「い、いきなり何よ」  
古泉は席を立ち上がるとゆっくりと歩き出した。  
「長門さんは涼宮さんを監視するためにやって来た宇宙人。朝比奈さんも、涼宮さんを監視するためにやって来た未来人」  
ゆっくりと古泉は団長席、すなわちハルヒの方に歩いていく。  
 何をする気なんだ? 何をあいつは考えているんだ。  
長門は押し黙り、朝比奈さんは泣きすぎたためにか眠っていた。  
「そして、私は超能力者です」  
 表情は笑顔だが感情の無い笑顔をハルヒに向けていた。  
ハルヒは押し黙っている。少し考えたように間を空けると俺に人差し指を向けながら  
「キョンは?」  
と団長席から言いはなった。  
「彼は凡人ですよ」  
何故か古泉は笑っている。  
「ん〜何と言うのか、薄々気がついていたわね、長門ちゃんやみくるちゃんの事ね。古泉君の事はわからなかったけど……」  
ハルヒは相変わらず俺に視線を合わしていた、俺に何も属性がなかった事が悲しいのか?  
「ならば話がはやい。この世界は今崩壊へと向かっています。  
崩壊というより、いったんこの世界統べてが分子以下に分裂し五年前の七月七日の午後十時で、  
長門さんや朝比奈さんが居ない世界が再構成されます」  
「何のために?」  
「この地球が本来存在してはならない異分子を消そうとしているのですよ」  
古泉、それを言ってどうするんだ。  
俺は古泉を止めようと席を立ち、歩きだそうとするが、体が何者かに捕らえられたように動かなくなる。  
 何だ!? この馬鹿力は。  
「少し大人しくしていただけませぬか」  
振り返ると、執事役だった荒川さんがサラリーマンが着るような制服を着て立っていた。  
そして、俺の体をその強靭そうな腕で押さえてる。  
「何言っているんだ、ハルヒが力を自覚したら!!」  
 あの閉鎖空間が自分の作った物と時間をしたら、あの巨人も……  
「貴方様もこの方々たちとの関係が無くなるのは嫌でしょう?」  
もしかして閉鎖空間に意図的に入ろうとしているのか?  
「涼宮さん、貴女には神の力と呼ぶに均しい力が備わっている」  
古泉はハルヒと部室の窓ガラスをバックにして二人して立っていた。  
 悲しいのか悔しいのか解らないが、それは"似合い"のカップルのようだ。  
「望んだことを実現する力。その力によって、現実に超能力者、宇宙人、未来人がこの場に集められた」  
「ですが、その力でも地球の再構成の力には勝てません。  
だから、涼宮さんにあの灰色の世界を作ってもらい、そこに逃げ込みたいのです、  
出来ますよね? 長門さん」  
 灰色の世界、閉鎖空間のことだな。  
 予想はしていたが、実際に古泉の口から聞くと覚悟を感じる。  
 古泉は長門の方へと顔を動かす、長門は今にも崩壊してしまう世界でマイペースにも本を読んでいた。  
「出来ないことは無い、ただし閉鎖空間に入ったらもう二度と出てこれない」  
朝比奈さんの方はというと、相変わらず寝ていた、なんてマイペースな二人なんだ、  
この世界が消えるのは他人事なのだろうか。  
「じゃ、じゃぁあの灰色の世界も、巨人もあたしが創ったの……?」  
「そうです」  
ハルヒはそう呟くと何かを思い出したのか、人差し指と中指をそっと唇に触れる。  
顔が赤くなるのを感じた、思い出したくなかったね。  
 
 
「……キョンはあの世界に行きたい?」  
何で俺に振ってくるのやら。  
「分からない」  
古泉は俺の方をじっと向いていた。まるで神官に祈る人のようだ。  
「俺は……」  
判断が出来ない、まるで俺が全ての運命を握っているみたいじゃないか。  
こいつらといつまでも居たいけど、閉鎖空間に逃げ込んだら全ての可能性が潰えてしまう。  
「涼宮さん、あの世界を再度想像して実際にあると願ってください。時間がないんです!!」  
古泉はなぜかハルヒに手を差し延べていた。  
クソッ  
「荒川さん腕を放してくれ!! 俺は、俺はあいつを殴らなきゃ気が済まないっ」  
俺は長門の方を助けを求めよう、と……?  
「長門!!」  
なぜか体から青白い粒子みたいなものがあふれ出し、服や皮膚など全てが透けている。  
反射的に荒川さんに後ろ蹴りをかますと、俺のとっさの行動に荒川さんは防ぎ切れずに腹を押さえながらしゃがみ込んだ。  
 火事場の馬鹿力というやつか。  
 俺は床に音もなく倒れていた長戸の体を抱え込んだ。  
「長門、体が……」  
気がつかない内に長門の体は半分以上の色を失っていた。  
「大丈夫、今この部屋に作用している崩壊の力は統べて私に作用させている」  
全ての長門に作用させているだと?  
 こいつ、こういう場になっても他の人のことが第一なんだな。  
「ふざけんな! いつお前消えていいって決まったんだ!」  
 粒子に崩壊するスピードは速く、すでに肌の色と床の色は区別ができないほどまでも透けてきている。  
 俺は言葉を失っていた。  
「この部屋に作用する力の一部を吸収した。少しの間だけれどこの部屋にいる限り他よりは大丈夫」  
 そういう問題じゃない……  
 と言おうとしたが、俺は長門の表情を見て言葉を再度失っていた。  
 あふれんばかりの決意の視線。  
「言葉を紡いで」  
言葉を紡ぐ? どういう意味だ。  
 言葉をつむぐ前に自分のことを考えろ!  
「貴方という有機生命体に会えて良かった……。キョン……」  
今にも消えそうな声で笑いながら言っていた。  
 その笑顔は朝比奈さんの微笑にも匹敵する可愛さだ。  
 長門笑ったらめちゃくちゃに可愛いじゃないか。  
「バカ野郎……」  
 長門の体は青白い粒子となり、開いている窓から外に舞い出て、飛んでいく。  
 俺は今まで俺の膝上に横たわっていた、長門の体を思い出し、手を握り締めた。  
 ここまで自分が情けないと思ったことはない。ここまで自分に何の属性がないことを悔しがった事はない。  
 
 
「涼宮さん見たでしょう? ああやって消えていくんです」  
あの野郎!  
 長門の消失をダシにしやがって。  
「うわぁぁぁぁあ!」  
血走った拳で殴り掛かる。  
 思いっきり手を降った位置には避けようともせず、俺の強襲に気が付いていない古泉の奇妙なスマイルがあった。  
そして、拳に柔らかいのか分からない感覚を感じた。  
 回転するようにしながら古泉は吹き飛ぶ。  
「古泉! お前、いいかげんにしろ!」  
床に勢いよく吹き飛び、倒れこんだ古泉の顔には赤く少しだが腫れかけている俺の拳の痕があった。  
「私は、いや俺は、俺の考えで動く。何と言おうが関係ないだろう?」  
 それがお前の本心かよ、だがお前の意見、それは自己中っていうんだぞ。  
「それでも言っていいことと言ってはならない事があるだろ! お前はその一線を越えたんだ!」  
 ハルヒは黙りこくって何時の間にか俺の後ろに隠れるようにして立っていた。  
「それがお前たち達の答えか……、いいだろう荒川、朝比奈みくるを捕らえろ」  
 な、朝比奈さん!!  
 よくみると朝比奈さんは俺たちに視線をぶつけていた。  
 それは生きる覚悟を決めたウサギのように、まだまだか弱そうだが、長門と同じような覚悟を感じた。  
「すいません朝比奈さん、これは長の命令なもので」  
 済まなさそうに荒川さんは捕らえ、朝比奈さんの腕を後ろでクロスさせてそこを掴んでいた。  
 長……?  
「長って……お前が例の機関のリーダーだったのか?」  
 この部室内の奇妙な状況を第三者が見たら奇妙に思うだろう。  
 教室の中央にある長テーブルを境目として、俺とハルヒと、古泉と荒川さん朝比奈さん(捕らえられた)が対立している。  
 の、前にさハルヒ、その背中を掴んでいる手を離してくれないかな、  
「動きにくくてしょうがないのだが」  
「ば、バカな事言わないで! あんたが、すぐ何処かに行っちゃい……そう……で」  
 語尾はいつものハルヒらしくなく弱弱しくなっていた。  
「信用しろハルヒ、俺はどこにも行きやしないさ、か弱い朝比奈さんを助けてくるだけさ」  
「で、でも……」  
 そういう風に言いながらもこいつは躊躇いがちに手を離す。背中の方が握られたせいでクシャクシャになっていた。  
「キョン君!」  
 朝比奈さんの決意に満ちたようなシャウトが部室に響く。  
「あたしは、キョン君の……です。この時間軸の未来は失われていません! この時間軸の未来は必ず……」  
 俺の、何だって?   
 大切な部分が聞こえなくて少し、自分の集中力の無さが恨めしく思える。  
「たとえ過去に再構成されたとしても、未来は一点のみです。」  
 いきなりどうしんですか、朝比奈さん。  
 何かエンジェル朝比奈さんらしくないような……  
「未来と今がつながったんです。今帰らないともう帰れないかもしれない」  
「今の世界の終焉はわかりません、ただこの時間軸と未来が繋がったということは分かります」  
 えっと、ようはこの世界の未来が開けたと?  
「必ず、涼宮さんと……」  
「また未来で、この結末をお話してもらえるのを楽しみしてに待っています」  
 そう言うと朝比奈さんの体は瞬くまに消滅した。  
 最後、何が言いたかったんだ。  
 何を言いたかったのかを頭の中妄想していると終止無言だったハルヒがまた背中を掴もうと、  
ゆっくりと手を伸ばしているのが横目で見えた。  
 この状況で背中をそこまで掴みたいのか? 馬鹿馬鹿しい。  
 
「長、時間が」  
 荒川さんは部室のほとんど見られていない壁掛け時計を指差すと何かしぐさをしていた。  
「ここまで、か」  
 古泉は意味ありげなため息を一つついた。  
「荒川、お前はもうクビだ」  
 古泉はすべてを投げ出すかのように床に座り込んだ。  
「好きな人のところや風景の場所に行ってしまえ」  
 小泉は手で仰ぐようにして荒川さんを追い払う。  
 行ってくれ、と懇願しているように聞こえるのは気のせいではないだろう。  
「……長はどうするんですか?」  
「いいからさっさと行け!!」  
 荒川さんは諦めた様に立ち上がる。教室を出るときに一礼をすると素早く廊下を駆けていった。  
 古泉の方へ視線を移すとまたいつものフェイクスマイルへと戻っていた。  
「何で人質をとろうとしてまで閉鎖空間に行こうとしたんだ」  
 負けた悪役が最後に全てを語りだすように、苦笑を洩らしながら古泉は口を開けた。  
「この関係を失いたくなかったんです。このSOS団、という関係をね」  
 なるほどな、素直じゃない選択だったけどなんとなくその気持ちがわかる気がしないでもない。  
 いまさらだが、先ほどの選択を選んでよかったのかと俺は自分に疑問を持っている。  
「だけど、もう時間は無くなった。しょうがないですね、お別れです、お二人さん。仲良くお願いしますよ」  
 そういうとゆっくりと立ち上がり、教室からふら付きながら出て行った。  
「また会えたら……そのときはお願いします」  
 古泉は手を軽く振るとふら付く足取りで扉から消えていった。  
 その体は透けていた。  
 
 少したった後に青白い粒子が教室の扉から大量に入ってきて、窓の外へと消えていった。  
 
 
 SOS団の部室には俺とハルヒだけが残されることとなった。  
 部屋は俺とハルヒで二人っきり。  
 寂しい空気が部屋内を包み込んでいる。  
「二人だけになっちまったな」  
「そうね……」  
 どうすればいい、どうすればいいんだ? 誰か教えてくれ。  
 長門の言っていた言葉をつむぐってどういう意味だ?  
「いつから、朝比奈さんや長門が普通じゃないって気がついたんだ?」  
「そうね……長門ちゃんはあの野球の時かな、あんたがあんな変な球を投げれる筈ないもの」  
 何だ、ばれてたのか。どうりであの時ハルヒがあっさりとリーグを進むのを諦めたわけだ。  
「みくるちゃんは一種の勘ってやつかな」  
「勘か、お前の勘が鋭いのはお墨付きだからな、別に疑いやしないけど」  
 鋭いというより勘=現実になりやすいからな……  
「あたしたち、どうすればいいと思う?」  
「さぁね」  
「長門ちゃんとかの見てて、あぁこれは現実なんだなって思ったけど、キョンは遣り残したこととかないの?」  
 そう言ったハルヒは団長席に座ると定位置に腰を下ろしている俺のほうを見つめた。  
「遣り残したことがあり過ぎて覚えてないね」  
 俺は苦笑交じりに答えた。  
「あたしは……一つだけあるかな」  
 異世界人に会ってないとか? そんなものだろう  
「それは……」  
 連鎖的な爆発音が部屋を揺るがした、それは最初こそは遠くのほうから聞こえていたが、やがて近づいてきていた。  
「いったい何だ?」  
 ハルヒはいうことをいい損ねて、苦虫をかんだような複雑な顔をしていた。  
 いや、そんな事今はどうでもいい。  
「っ!?」  
「な、何これ!? 耳が……」  
 爆発が徐々に近づいてきたかと思ったら、部屋にある窓の外で爆発がおき、青白い粒子となり空に舞い上がっていく。  
 爆発の重低音から甲高い全音まで混ざったような音が耳を劈き、鼓膜を激しくゆるがせる。  
 俺とハルヒはほぼ同時に耳を両手塞ぎ、身を屈め目を閉じた。  
 どうなったんだよ、この世界はっ!?  
 
 
……  
 
 
 音はどれぐらい鳴り響いたのだろうか、ふと耳を塞ぐのをやめ、目を開けると、青白い砂漠が広がっていた。  
「ここは何処だ」  
 空を見上げると真っ青で雲ひとつ無い快晴と呼ぶにふさわしいだろう。  
 青白い砂丘が何処までも続いていくのが見える。  
 セミの声は何処からも聞こえない、車の音も人のしゃべり声も聞こえずただ風が何処からともなく体に吹き付けてきていた。  
 俺は朦朧とする頭で世界は本当に動いているのだろうか、とうっすらと考えた。  
 そして、これこそが『無』というのにふさわしい。  
「何も無い……」  
 大気の流れの変化を僅かに頬で感じ、振り返るとそこには俺と同様に状況が飲み込めていないハルヒが立っていた。  
「ここ何処?」  
「さぁな」  
「またあの時みたいに変な空間に迷い込んだわけ?」  
 迷い込んだというよりもお前が作ったんだろうが。  
 俺はハルヒの姿をもう一度見つめた。  
 黄色いカチューシャを付け、肩まで伸びた黒い髪にこの上なく整った目と鼻、大きくて黒い目に異常に長いまつ毛。  
 だけどその姿は透けかけていた。  
「ハルヒ、長門の力も限界みたいだな」  
「そうね……」  
 長門の言葉もわからないし、朝比奈さんの言葉の真意も解らない、いや理解しようとしないまま俺は突っ立っていた。  
 ハルヒはまだ考えているかのように空を見ている。  
 やれやれ、言葉を紡ぐ? どうやってだ、何をだ?  
「あたしさ、何かあんたの事が気にかかってたのよね」  
「気にかかっていたとは?」  
「その、なんというんだろう。えっと……」  
 頬を桃みたいに染めていた。  
 そういう事か……  
 俺は自分の手を見ると、既に半分以上も消えていることが解った。  
 頼むから、もう少しもってくれ。  
 二人の体から青白く雪みたいなものが出てきて、空へと吸い込まれていっている。  
「やっと全てがわかったわ」  
 先に口を開いたのはハルヒの方だった。  
「いつの日のジョン・スミスは過去に戻ってもあたしたちを北高へと導いてくれるかな?」  
「そうか……」  
 ハルヒは去年の初夏頃のマンションの帰り道に見た訴えるような瞳を静かにこちらに向けてきていた。  
 この返事でよかったのか? 俺は何の変化もしてないじゃないか。  
ハルヒも長門も小泉も朝比奈さんも皆、あの結成時から確実に変わっている。  
俺はこれでいいのか? 俺の答えはこれなのか? 答えるんだ!  
 
 
「……」  
 
「なぁハルヒ、俺さ……ずっと自分の気持ちに嘘をついていたんだ」  
「そう」  
 ハルヒの素っ気無い返事。かまうものか、俺は言ってやる。  
 俺は薄れつつある体で青白い砂丘をゆっくりとハルヒの方へと歩いてく。  
 そうだ……この世界への未練……  
 できればもう一度、あいつらと笑って、悩んで、迷走して。  
 できればもう一度、ハルヒと歩いて、喋って……。  
 
 体から少しずつ上っていく粒子がいつの間にか無くなっていた。  
「俺、お前のことずっと好きだった、これからもずっと好きだ」  
 目の前にいるハルヒは泣いていた。顔を赤らめ、瞳から絶え間なく流れる涙。  
 もっと早く言えばよかった。  
 もっと早く素直になればよかった。  
 つまらないプライド何か捨てて。  
「あたしもよ、キョン」  
「キョン、あたし忘れたくない、皆のこと、キョンの事、SOS団のこと……なんでこうなったんだろう」  
「俺も同じ意見さ」  
 小さく呟くと、俺はハルヒを引き寄せてキスをした。  
 今回はハルヒは驚いた顔もせず、俺を受け入れている。  
 ああ、この世界に神がいるのならば、俺とハルヒをもう一度導いてくれ。  
「ぷはっ……」  
 ハルヒは更に顔を赤らめていた。  
「また会えるさ」  
「本当? 嘘だったら死刑だから!」  
 肝に銘じておくよ、死刑は嫌だからな。  
   
 どうか、また明日もハルヒやSOS団のメンバーに会えますように……  
 
 
 目が覚めると時計の針がちょうど8時30分をさしていた。  
「長い夢を見ていたな……でもどんな夢だったか覚えていないってのは不快感だな」  
 思い出そうとしても思い出せない。こういうのって変な感じがするよな。  
 えっとまぁなんだったっけ。  
 そうだそうだ、9時に東中だったような。  
「ってもう9時かよ」  
 俺はなんでいつの間にか寝ていたのか、そんな事は気にせず、机の上に置いてあった自転車の鍵を手に取ると家を飛び出した。  
 背後から妹の呼ぶ声が聞こえたような聞こえなかったような。  
 
 父親に新しく買ってもらった自転車を飛ばし、  
全力でこぎ続けること数十分、俺は何で東中に来なくてはいけないのか解らないまま東中の校門へとたどり着いた。  
 校門に何故か人影が見え、近づいていくとそこには今にも鉄門をよじ登り学校内に侵入しようとしていた。  
「何やってるんだよ」  
 俺は自転車を道端に止めるとその影に向かって近づいていった。  
「なによっ」  
 その影は俺に向かって振り返るとものすごーく鋭い目で睨んできていた。  
 これじゃぁどちらが注意しているのか解らなくなりそう。  
「何やってるんだって聞いてるんだよ」  
「見て解らない?」  
 いや、何処からどう見ても侵入だろ? その続きを聞いてるんだよ。  
 背は俺と同じぐらいで、黒い中途半端なストレートヘアーに黄色いカチューシャみたいのを付けている。  
 正直に言うと美人さんだ。  
 そういう人がTシャツに短パンというラフな格好でいるから俺は少しばかりだが戸惑った。  
「不法侵入というところまでしかわからないな」  
「ちょうどいいわ。だれだか知らないけどあんたも手伝いなさい」  
「いや、ちょっとまてよ……」  
 誰だかしないけど手伝いなさいって明らかにおかしいだろ。  
「俺は*******だ。きちんと名前はある」  
「じゃぁ*******、手伝いなさい」  
 そういうとこの美人だけれど性格が飛んでそうな人は鉄扉の内側に飛び降りて、閂を固定していた南京錠を開けた。  
「ちょっとまてよ、こっちが名乗ったんだからそっちも名乗るのが相場ってもんだろ?」  
「いちいち五月蝿いわね。あたしは涼宮ハルヒよ! 満足?」  
 そういう問題でもないのだが……。  
 
 
 その晩、夏だというのに青白い雪が全国に降り注いだ。  
 
 
 

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