「ちょっとキョン、あんた手伝いなさい」  
 振り返ると、ハルヒが陽光にも負けないほどの満面の笑みを俺に向かって照らしている。  
「何をだ」  
「ちょっとね〜」  
 満面の笑みから変わり、明らかに何か企んでそうな怪しげな笑みに変化していく……  
 決定。今日もまた変な事に巻き込まれそうだ。  
 
 俺は部室に向かおうと学生かばんを担いで教室から出ようとしたところを、ハルヒに背中を掴まれ捕獲されている。  
「ちょっとって何だ?」  
「そうね、強いて言うのなら頼みごと」  
 頼みごと? 俺にか?  
「頼みごとよ、た・の・み・ご・と!」  
「それはどんなんだ?」  
 俺はさっきから教室を出ようと必死に前に進もうとしているのだが、体が全くといっていいが動かない。  
ハルヒの片手で俺の体が動かなくなるとか……   
 そんなことより俺がさっさと教室から退散したいのは、この状況だと他のクラスメイトからの視線が痛いのだ。  
ハルヒは奇人だからなんとも思わないだろう。  
だが、俺は古泉と長門の保障つきの至って平凡で何処からどー見ても一般人なんだよ。  
クラスメイトからの視線の痛さがわかるかい? ハルヒ。  
「肝試しの準備」  
 あぁ、何故か俺の中のパズルのピースがはまって、気持ちいいようなガッカリの様な感じが頭の中で瞬間的に渦巻いた。  
 
 初夏、空がとっても高くなるころ、あぶらゼミのやかましい声が空に浸透していく……  
 
 いやいや、なんでパンアップしていくんだ。というよりこのネタ古いぞっ!  
 と、まぁ自分でも良くわからない事を思いながらも口を開いた。  
「なんで俺なんだ? というより肝試しの準備って何だ?」  
「肝試しの準備は肝試しの準備に決まってるじゃない!」  
「その肝試しとやらはいつ、どこで、だれとやるんだ? 俺はそんなの聞いたこと無いぞ」  
「明日、****墓地、SOS団でやるに決まってるじゃない!」  
 予想していた通りだ、ハッハッハッ、呆れてものが言えない。たぶん何時もの通り思い付きの行動だろう。  
そして、NOと返事をしてもこの強靭な手に掴まっていたら逃げれないだろうし、  
NOと言ったらこのまま食べられてしまうかも知れない。死ぬのは簡便だからな。  
 しかし……。****墓地といったら無縁仏のお墓とかあるところだ。  
超能力者や未来人、宇宙人を探すための団のはず、幽霊を見つける事なんか書いてなかったぞ……  
「……で、何を手伝えばいいんだ?」  
「さすがキョンね、物分りが早い」  
 べつにお前に褒められても嬉しくない。  
 ハルヒ以外のクラスメイトに視線を移してみると、明らかに全ての視線が俺の方向へと向けられていた。  
特に国木田と谷口は、いや特に谷口は、次の標的を見つけたいやらしいストーカーの様なちょっとじゃないほどのエロい目つきをしている。  
「****墓地の奥にある寺みたいなところの裏にお札を置いて来るのよ」  
「俺一人でか?」  
「もちろん、あたしと!」  
 最初は俺一人で行くのは心細かったがこいつと居ると、幽霊やらゾンビやら妖怪やらと良からぬことに遭遇しそうな気がしてきた。  
 
 さて、場所は変わり、****墓地前。  
 俺はハルヒに半分以上強制的に****墓地前に引っ張られてきていた。  
 俺は宇宙人とかゾンビなど西洋風のホラーは大丈夫なんだが、和製のホラー、すなわち、悪霊やら自縛霊やらそういう類のものは、絶対的に無理というのは、こいつに伝えるべきか伝えないべきか迷っていた。  
 信じてるわけでもないが信じてるわけでもなく、怖いものは何故か怖いのだからどうしようもない。  
 そして、伝えると悪い方向に向かっていきそうだし、使えなかったら色々と厄介ごとを押し付けられて途方にくれそうだしな。  
 そして、伝えるチャンスを何回と逃しながらここに至る。  
「部室には行かなかったけどいいのか?」  
「明日の肝試しは機密事項だから」  
「はぁ……」  
「はぁって何? その気の抜けた返事、何で機密事項なのかわからないの?」  
 さっぱり  
「解らないようだから教えてあげるわ。こういう物はねぇ、心の準備期間を与えたら駄目なのよ」  
「……」  
「やっぱりあんたはバカキョンね、こんなこともわからないの?  
つまりねぇ、心に準備期間ができると小さな風にもビクッとこないわけ。  
あんたもみくるちゃんが驚く姿みたいでしょ?」  
 心の準備期間がどうやらってのは意味が解ったが。  
最後のが意味が解らないな。  
朝比奈さんなら心の準備期間とやらがあっても無くてもショック死してしまうに違いない。  
「まぁそんなことはいいわ。空が赤くなってきたし、さっさと裏に置いて来ましょ」  
 その意見には異議は無いな。  
 暗くなると寺の近くにある無縁仏のお墓から幽霊が出てきそうだ。  
 ここの墓地は心霊スポットとしてよくテレビや心霊特集などの雑誌に取り上げられているのは知っている。  
しかも、その心霊スポットが家から自転車で30分ほどの場所にあるのも知っていた。  
 夏の夜になると怖いもの見たさの、アベックがよく来るらしい。  
 さて、どうしよう。  
 
 そんなことを考えている間は気がつかなかったが、なにやら白い粉みたいな物がパラパラと降り注いできていた。  
「雪?」  
 雪というよりもっと硬く……しょっぱい。  
「いや、塩か」  
 瞬間的に、振り向くとハルヒが塩を辺りにまいたり、体に降りかけていた。  
 えっと、あれか……お払い? 清め?  
「ちょっと質問したい。何やっているんだ?」  
「見て解らない?」  
 解るけど。解るんだけれど、何でそれをしているのかが知りたい。  
「お払いよ、清めたりしているの」  
 その理由を聞いているんだよ。  
「もしかして、お化けが怖いとか?」  
「ぅ……そ、そんなわけ無いわよ、墓地で肝試しや何かするにはお払いが基本でしょ?」  
 ハルヒは、一瞬、小さく言葉を詰まらせた。  
 こいつ、お化けが怖いんだな。  
 俺も怖いんだが……。  
 
 俺はハルヒが既に用意をしてあった懐中電灯を片手に持ちながら墓地をお寺に向かって真っ直ぐに突き進んでいく。  
 ハルヒは勿論、俺があの時みたいに手を握って引っ張っている。  
 そうでもないと、背中を掴まれて正直歩きにくい。  
こんなところさっさと出て行きたいんだが、そうも行かず。  
そして、今ハルヒの居るポジションに明日朝比奈さんが居る可能性があるのなら、今は目をつぶることにした。  
 きっと、可愛らしい声で「きゃっ」とか言いながら抱きついてくれるのかもしれない、もしくは俺が抱きつくに行くかな。  
「鼻の下が長いわよ」  
 ハルヒがいつの間にか真横に居て冷たい視線をぶつけてきていた。  
 勘の鋭いやつだ。  
夕焼け時だと、"少し影の当たらないところに何かありそうな雰囲気"で特に何も変わりは無い墓地だが、  
夜(夜中?)になると、辺りがかなり真っ暗になるだろう。しかも、この墓地には何故か電柱がなく、本当に真っ暗になるのだ。  
 なぜ知っているかって? それは勿論、小学校のときに友達と来たことがあるからだ、あの時は風音で皆、逃げ帰ったけどな。  
 
 周囲にひっそり佇む墓石は夕暮れ時の日が傾くときであってか、赤く染まる部分と影に包まれ、徐々にその影を伸ばしていっている。  
 風は時折吹くが、木々が大きな音を立てながら揺れるというほど強いというわけではなく、ザザーッとゆれるぐらいであった。  
 
 さて話は戻ろう。  
 俺たちが寺の裏側に着いたときには夏なのに何故か釣る瓶落としのごとく日は素早く沈んでいき、  
太陽の余韻が西の空に響き渡っているぐらいで、懐中電灯の光を点けなくてはほとんど足元が見えないぐらいまでになっていた。  
 道なりに進んで行き、墓地の一番奥にあるお寺にたどり着くと、お寺の裏側に回りこんだ。  
お寺の裏側には、竹林というのか普通の林というのかそういうものが広がっていて、  
小さな風が吹くごとに葉と葉が擦れあって、いやでも俺の中の恐怖心というものを煽り立てている。  
「おフダ」  
 と、短くハルヒは言うとこちらに向かって手を広げた状態で伸ばしてきたので、ポケットからお札(紙)を取り出すと、  
その開かれている手の上に乗っけてやった。  
 ハルヒは黙ったままその札を、何故か持っていたクリアファイルケースに入れ、  
お寺の外側廊下みたいなところに置くと、立ち上がる。  
「そのクリアファイルケース、このお寺の人に回収されたりとかはされないのか?」  
 少し考えたように顔を傾げると、  
「きっと大丈夫よ」  
 と言い切った。こいつが言ったんだから、きっとじゃなくて『必ず』な筈だ。  
「用事も終わったし帰ろう。もう真っ暗だ」  
 墓地の一番奥に小さなお寺があるのかというと、お寺の裏手、  
すなわち今俺たちが居るところの少し離れた林の中に無縁仏と呼ばれる者のお墓があるからだ。  
 無縁仏というのは、弔ったり供養したりする縁者がいない死者。またその霊魂。  
その代で家系が途切れたり、一人身で死んでしまって、誰が家族や家系の者かわからない状態の死者、  
もう誰も弔いにこない者の死者が眠っているお墓だ。  
 こういうのはよく幽霊のお話とかに使われるから、ご簡便ねがいたい……。  
「まぁここに長く居てもしょうがないし、さっさと帰りましょ」  
 
 
さてここで俺は二つの選択肢がある訳で。  
[>怖いので夜が明けるのをどうにかして待つ:a  
[>全力で駆け抜ける:b  
 
どっちも怖いのには代わりが無いな  
   
 
 
[>a  
 俺はどうすればいいのか良くわからず墓石と同じように佇んでいた。  
 勿論、もったいないが懐中電灯の明かりは点けっぱなしだ。  
「この暗さは反則だ……」  
「……」  
 あの元気のよさは何処に行ったのかハルヒは先ほどから黙りっぱなしだ。  
頼むから返事とかしてくれ、この墓地の中で一人っきり見たいで怖いだろうが。  
 そうだ、思い込めばいいのか。  
お化けは居ない、お化けは居ない、お化けは居ない、お化けは居ない、お化けはいない? お化けはい……  
 逆に居そうな気がしてきた。  
 そのまま次の一歩を踏み出す勇気が無いまま、俺とハルヒは二人、墓地の奥で取り残されていた。  
 ちなみに墓地の入り口までは大体1.5kmぐらいって所だろうか。やけに広いんだよなこの墓地は。  
「帰るなら全力ダッシュで帰ろう、すまないが俺は幽霊とかそういう類は絶対的に苦手なんだ」  
 そして何故か雨が降り出してきた。  
 雨+真っ暗な墓地+二人っきり  
 =もう無理  
 雨のシトシトと降る感じが更に俺の恐怖具合を盛り上げていく。  
さっきまで全く雨が降る気配など無かったのにいきなり振り出したことに  
「雨だね、少しの間でいいからあのお寺に入らない?」  
 確かに、この雨の振る中を真っ暗な墓地を走りぬく根性は無い。  
 その前にお寺の鍵が開いているかどうかが問題なのにそこら辺はハルヒの事だから構わない事にした、心配するだけ無駄さ。  
 そして、予想していた通り、お寺の入り口には鍵があるのに鍵がついてない状態で、易々と中に入ることができた。  
 中に入って思ったのだが、造りは外見に似合わず洋風で少し違和感を覚えたがそこら辺は考えないことにしておいた、  
この場合、逆に和風とかだと涙が出るかもしれない。  
そういや、こういうのをクローズドサークルって言うんだって古泉から聞いたな。  
もっとも事件が起きる事など無いだろうが。  
 
 カチッというスイッチを押す音とともに蛍光灯の白い光で部屋が照らされた。  
「電気通ってるのか」  
 ここに来るまでに街柱を見なかった気がするのだが。  
「そう見たいね、ま、真っ暗よりましでしょ?」  
 それには異論は無いな。  
 俺は肩に学校を出た時からぶら下っていた通学かばんを下ろすと、ため息をついた。  
「参った」  
「確かに、そうね」  
 原因はお前だろ、他人事みたいに言うな、と突っ込みを入れたいところなのだが、入れると後が怖いのでやめておこうと思う。  
「何する?」  
 何するも何も、外の雨がやむまでここにいるしかないだろ?  
「雨がやむのを待つ」  
「そうじゃないのよ」  
「そうじゃないって?」  
 ハルヒは鞄を下ろすと俺が座っていた居間みたいなところに座り込んだ。  
「そうね、こんなのはどう?」  
「っ!?」  
 行き成りハルヒは俺に圧し掛かってきて、口を口で塞がれた。  
 床に押し倒され、仰向けの状態になったところにハルヒが上に乗っかる、  
騎乗乗体勢というのだろうか、その状態からキスをしてきていた。  
 くそっ、いきなり何だよっ。  
「意味解った?」  
 少し頬を赤らめながらハルヒはこちらを確実に見ていた。  
「解ったような解りたくないような、つまりピーーーだな」  
 何故か満足したような笑みをハルヒは浮かべていた。  
   
 そらみろ、俺の予感はハズレで無かったみたいだ。  
 まさか墓地で……  
 
 ハルヒはセーラー服を脱ぎ始めていた。  
 
 

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