「長門、この問題はどうやって解くんだ?」
「……フックの法則と運動量保存の法則を連立させて解くのが一般。それか微分方程式を立てる」
「フックの法則な」
「そう」
微分方程式ってのがなんなのかわからなかったので、前半を採用することにした。
昼休みの文芸部室は、昼休み独特の喧騒も遠くに聞こえ、静かなものである。
定期試験を2週間後に控え、俺は休み時間も勉強に励んでいるのだが……
『ホントあんたってバカ。なんでこんなのもわかんないの? バカバカバカバカ』
回想シーンはいらないな。例によって俺は試験対策としてハルヒに勉強を教えてもらっていたのだが、
あまりにひどい暴言と俺の頭を叩く手ににいささか辟易した俺は、ハルヒの目の届かない場所、
すなわち昼休みの文芸部室に陣取って長門に勉強を教えてもらっている。
長門に聞けばそっくりそのまま試験問題を教えてもらえそうだが、
そこはフェアプレー精神を大事にする俺としては遠慮するところである。
いつかハルヒも言ってたしな。そんなんじゃ意味ないって。
俺もそれなりに大学受験を視野に入れてるわけで、一夜漬けやカンニングなど正攻法以外で試験をパスしても
実力がつかないことは過去に経験済みで、一歩間違えると爆弾に早変わりしかねない長門との勉強も、
「これはどうするんだ?」「これはこうする」の質疑応答に留めればとてつもなくわかりやすいのである。
よって、何かと俺の集中力を乱しに掛かっては「この程度で集中力を乱すなっ」などと無茶を言うハルヒより、
長門のそばのほうが勉強がはかどるってもんだ。
物理や数学ははっきり言って暗号かパズルのようであるが、解法を覚えて自力で解けるようになると、
嘘のように楽しくなるから不思議だ。
物理も数学もどの公式を使って解けば解が導けるかを問われてるのと同じで、計算そのものは意外と大したことはない。
パターン化された問題を解くのは楽しい。頭がよくなった気分に浸れるからだ。
最近気づいたのだが、結局勉強ってのは暗記だな。文系科目も理系科目も。
「そう。天才的な閃きも、それを産み出す温床を作るところから始まる」
長門の言葉は重いな。どんな天才であっても加減乗除を知らずに方程式を解けるわけが無い。
知識が蓄えられてなければ、知恵を発揮する機会が減るってことだな。
つまり、今の俺は知識を蓄えている段階な訳で……要するに単純作業なのである。
不慣れな単純作業というのは、変化の多い作業に比べて疲労が溜まりやすい。
慣れたら単純作業のほうが楽なんだろうけどな……そうか、だから勉強を日常的にやってる奴は勉強が辛くないのか。
腰と背中と肩がピリピリと痛む。ここ数日慣れない姿勢を維持し続け、慣れない作業を続けたせいで、
精神的よりも先に肉体的にガタがきている。情けねぇ。
「あー」
シャーペンを一旦置き、背筋を伸ばしたり横に曲げたり腰を捻ったりすると、ばきばきと音が鳴った。
肩をグルグル回す。肩コリが一番辛いんだよな。
そういえば長門も、肉体を酷使したら肩コリや筋肉痛になるんだろうかなどと考えつつ長門の指定席を見やると、
あれ? いない。と、突然何者かが椅子越しに背中に覆いかぶさってきた。
「うおっ」
「動かないで」
鈴の音のような声。確認するまでもなく、長門であった。
あのー……何をしてらっしゃるのでしょうか。
「治療」
なんの。
「肩こり」
……あぁ、なるほど。確かに長門の身体からじわじわと熱が伝わってくるような感覚と共に、
筋肉の緊張がほぐれ、血行が良くなっているのが体感として分かる。
「ありがとよ。長門」
「別にいい」
…………。
…………。
…………。
…………。
もう大分前に肩のや腰の痛みは感じなくなったのだが、長門はまだ抱きついたままだ。
「……なぁ、長門?」
「なに」
「その……まだでしょうか。」
なぜか敬語になる俺。
「まだ」
そうか。長門がそういうのならそうなのだろう。
…………。
…………。
…………。
…………。
「……まだか?」
「もうちょっとだけ」