涼宮ハルヒの抹消  
 
プロローグ  
 
2月にあれだけ盛大なイベントや事件があったにもかかわらず、3月には敵対組織が襲ってくるなどというスリリングなことはなかった訳だ。  
球技大会など細々したイベントはあったわけだし、他にも阪中から相談を持ち掛けられたりしたわけだが、他にも思い出したくもないイベントはあったわけだ。  
 
ひな祭りには宣言どおり雛あられを撒いた訳だ。 まさか全員が(長門もだぜ)お雛様の姿でするとは予想外だったがな。  
おまけに  
「5人ばやしがいないわよ!」  
というハルヒの号令により俺と古泉はあわてて着替え直し谷口、国木田を召集し、それでも数が足りないため鶴屋さんを代役に呼び出した。  
 
「おい、キョン。 これどうやって着るんだ?」  
知らん、俺に聞くな。  
「これはこうやって帯をまわしてさっ、ここでこうやって縛るんだよっ。 うん、めがっさ似合ってるよっ」  
鶴屋さんが着せ替え人形の着せ替えをするかのように谷口の着付けをしていく。 この人にもお雛様をやって貰いたかったな。 髪が長いからピッタリだと思う。  
このままだと牛車まで出てきそうなので、ハルヒを何とか落ち着かせて8人で雛あられを撒いたわけだ。  
後で全員で指導室に連行されたのは言うまでもないがな。 ハルヒだけが何故? って顔をしてたのをはっきり憶えている。  
 
 
そして誰が決めたんだか、ホワイトデーだ。 これを決めた奴は恐らく全国の男性の恨みを買っているだろう。  
バレンタイン後に俺が口を滑らせてしまったせいで古泉と2人で考えたわけだが、あれこれ考えた末に学校内に隠すことにした。  
とりあえず放課後各々に手紙を渡し、それで学校内を探してもらう… という構想だ。 苦肉の策としか思えないがな。  
ハルヒは手紙を見て少し考えた後、頭上に電球が出てきそうな古典的なリアクションを取り、すこし視点を谷口に向けた瞬間にいなくなっていた。 早すぎだろ。  
その後部室に行き、朝比奈さんと長門にも手紙を渡す。  
長門は手紙を受け取った後、中身を見ずに移動し始めた。 もう場所分かってんのか?  
朝比奈さんはというと、しばらく「うーん」とか「えーっと」とかうなりながらしばらく考えた後、「あそこかな?」と言って部屋を出て行った。 朝比奈さん、メイド服で探しに行くんですか?  
 
ちなみにプレゼントの内容を言うと、ハルヒには本屋で偶然見つけた『空想科学何とかという本』長門には『非日常学園物ライトノベル』朝比奈さんには『ワンピース』(マンガじゃないぞ)という無難な組み合わせである。  
 
真っ先に長門が戻ってきた。 やっぱ最初から場所分かってたな。  
「…」  
と三点リーダーと一緒に取り出したのは、空想… ってそれハルヒ宛てじゃなかったか?  
まるで俺の考えを把握してるかのように、紙包みを取り出す。 うん、長門宛てになってるな。 という事は…  
その直後、ハルヒがBボタン押しっぱなしのスピードで突入してきた。  
「ちょっとキョン! これってどういう事?」  
ハルヒが持っていたのはこれまた可愛いワンピースだ。 完全にアベコベになってる…  
「まぁ、プレゼントなら着てあげない事もないわね」  
目線を逸らして言われてもなぁ…  
 
いまさら「間違えでした」などと言えるわけもなく、なし崩し的にプレゼントをした俺。 古泉と目線が合うと、古泉が肩をすくめていた。 俺だってそうしたい気分だ。  
ハルヒがワンピースを自分の椅子にかけて、辺りを見渡した。  
「で、みくるちゃんは?」  
たしかにまだ戻ってきてないな。 たしか一番近くて分かりやすい所にしておいたはずだが…  
 
それから朝比奈さんが戻ってきたのは、夕日が傾いてきた午後5時の事だった。 朝比奈さんは憂鬱な顔をしていた。  
 
そんなふうに3月は去り、俺たちは4月に移行するわけだ。 当然終了式や春休みにも色々あったが、割愛させてもらおう。 言い出すとキリがない。  
 
 
1  
そして、待ちかねてたわけでもないのに始業式が来てしまった。 かといって出ないわけにはいかないんだが。  
何とか俺は2年になった。 成績がかろうじてセーフだったのはハルヒのおかげだな。 後で祝電でも送ってやろう。  
2年になるに伴ってクラス替えと席替えも行った… んだが、ハルヒが後ろにいるのはどういう訳だ? しかも長門もセットでだ。  
ちなみに俺は一年の時と変わらず窓側後方2番目という位置である。 あと長門は右後ろ、つまりハルヒの右だ。  
俺は後ろに身体を向けてハルヒを見た。 クラスの編成にかなり満足そうな笑顔だ。  
「またお前と同じクラスか…」  
ハルヒがアヒルのような口でこっちを見て、  
「何よ、私と一緒じゃ面白くないみたいな言い方ね」  
「そうじゃなくて新鮮味が無いって意味だ。 ほとんど1年と同じじゃないか」  
「でも有希もいるじゃない。 これで体育祭はいただいたも同然ね」  
俺が長門を見ると、まるで何かを感じてるように少し上を向いていた。  
大方ハルヒが望んだ結果だろうが、担任は変わらず岡部だし、谷口や国木田や阪中もいる。 他にも元のクラスの奴がいる。 ハルヒ、そこまで望まなくてもいいんじゃないか?  
だがさすがに朝比奈さんや古泉は同じクラスにならないか。 なったらなったで、色々問題なんだがな。  
 
さて、ホームルームが終わりいつもの部室に移動するわけだが、  
「キョン、ちょっと先に行ってて。 ちょっと有希が話があるらしいの」  
「部室じゃ話せないことなのか?」  
「そうみたいね。 有希がここでって言ったのよ。 一体何なのかしら」  
「そうか。 じゃあ先に行って待ってるぞ」  
そう言って俺は教室を後にする。 俺もいればよかったと思うのはかなり後になってからであった。 いや、俺がいても止められなかったかもしれん。  
 
 
俺は部室で朝比奈さんの入れた最高のお茶を啜っていた。 古泉がまだ来てないな…  
なにやらすさまじい足音が聞こえるな。 まぁ、ハルヒだろう。  
いきなりドアが勢いよく開き、反動でまた閉まろうとしたところでハルヒが入ってきた。  
入って俺を見るなり、いきなり掴みかかってきた。 痛ぇなこの野郎。  
「キョン、アンタどこまで知ってたの!」  
「何のことだ?」  
「す、涼宮さん、暴力はいけませんよぉ…」  
「とぼけないで! 私とSOS団の事よ! 全部有希から聞いたわ」  
俺は目の前が真っ白になったね。 今まで隠してきた苦労はなんだったんだ…  
「1週間おくれのエイプリルフールだろ? そんな物真に受けるなよ」  
いつの間にか言い訳を紡いでいた。 流石だ、無意識の俺。  
「有希からしっかりと証拠も見せてもらってきたわよ。 まさかあの時にアンタが言った通りだとは思わなかったわ」  
俺と朝比奈さんが同時に青ざめる。 長門、なんて事してくれたんだ。  
「あの夢だと思ってた学校のことも本当だったなんて…」  
なに顔を赤くしてるんだ。 とりあえず落ち着いてくれ。  
「と、とにかく、よくも騙してくれたわね!」  
「だましてないだろ。 俺はあの時に言ったはずだぞ」  
「うるさいうるさいうるさーーい」  
 
長門がドアから音もなく入ってくる。 俺は長門に詰め寄ろうとしたが、ハルヒに襟首を掴まれてるため動けない。  
「な、長門… お前は主流派じゃなかったのか?」  
長門は視線をこちらに向け、  
「主流派も現状維持のままでは新たな展開がない物と判断した。 これには他の派閥も同意している」  
そんな馬鹿な。 最近敵の動きがないと思ったらそういう事か。 動く必要が無くなったと…  
「みくるちゃんゴメンね、時間の流れは戻したわ。 安心して戻って頂戴」  
「そ、そんあ、いきなり言われても… え、最優先強制コードで帰還指令が?」  
どうやら朝比奈さんの反応を見ると、本当に時間が元に戻ったようだ。  
「え、でも、そんな…」  
朝比奈さんがオロオロしていると、またハルヒが、  
「いいから早く戻って、さぁ!」  
振り返った時にはもう朝比奈さんはいなくなっていた。  
 
「これであなただけ」  
長門が淡々と口を開く。 何かに操られてるのか?  
「操られていない」  
「なぁ長門、俺を一体どうする気だ?」  
恐る恐る聞いてみた。  
「あなたの涼宮ハルヒ、およびSOS団に関する記憶をすべて抹消する。 同時に他の人間についても同じ情報操作を行う」  
それはまずい。 いや、ダメなんだ。  
「涼宮ハルヒについては、あなたの記憶を抹消した後しばらく様子を見る」  
「え? 嘘…」  
「嘘ではない。 彼のことを覚えていると、後の行動に弊害が出る」  
「だ、だめよ。 そんな、キョンの事…」  
そこまで口に出してハルヒは糸の切れた人形のように地面に倒れた。  
「眠らせた」  
俺が長門を止めるしかないようだな。 このまま引き下がれるか。  
そんな俺の考えもむなしく長門が言い放った。  
「情報操作開始」  
くっ、頭が重い… 眠らせる気か。 俺はこの非日常を受け入れたんだ。 今さら…  
「ごめんなさい」  
 
長門の目に見えたのは涙だったのだろうか… その長門の言葉を最後に、俺の意識は暗転していった。  
 
 
2  
 
「キョンくーん、朝ー!」  
妹のダイビングプレスを受けて目を覚ます。 流石に痛いから普通に起こしてくれ。  
「だってー、こうしないと起きないんだもん」  
とは妹の弁。 何かペットでもいれば身代わりに出来そうなんだが…。  
何か長い夢を見てた気がするな。 いまいち憶えてないが、たしかいい夢だ。  
時計を見ると長針と短針で直角を作りかけてたことに気付き、あわてて家を出た。  
 
とりあえず作ってもらった弁当を持って2年生2日目の通学をする訳だ。 始業式の次の日くらい短縮授業でもいいと思うが。  
一年の時は何も面白いことがなかったからな… 2年くらいは何かあってもいいとは思うが。  
そんなとりとめない事を思いながら強制ハイキングコースを歩く。 流石に2年目となると普通に感じるがな。  
学校に到着して、ラブレターのひとつでも入ってないものかと開けてみて下駄箱を開けてとする。 。  
教室に入って席につくと、谷口と国木田が話しかけてきた。 しかしうまい具合に俺をはさんで右と後ろに陣取ったもんだ。  
「よう、キョン。 何か面白いことでもあったか?」  
「いや、別に。 それよりお前はどうなんだ? 彼女がまたできたと聞いたが…」  
「あぁ、それはな…」  
と悲愴めいた表情で言った時点で分かってしまった。 男の悲しき性だ。 もう何も言うな、谷口…  
「谷口フラれちゃったんだよ」  
国木田… 傷をほじくり返すな。 見てみろ、谷口が泣きかけだぞ。  
「あ、ゴメン谷口。 傷つけるつもりはなかったんだ」  
「いや、いいよ… キョン、お前みたいにモテる奴はいいよなぁ…」  
俺がいつモテた? クリスマスもバレンタインも何もない1日で過ごしたんだぞ。  
「あれ? そういやそうだったな。 何でそんなこと言ったんだろう、おかしいなぁ…」  
そこで岡部が入ってきて雑談終了。 色恋話は昼休みに持ち越された。  
 
昼休みも谷口の失恋話や弁当のおかずの話で潰し、いつの間にか放課後になっていた。  
 
とくにクラブにも入ってない俺は、足早に帰ろうとした。 居たって何もないしな。  
靴を履き替え、校門を出ようとしたその時、後方からクロスチョップが飛んでくる。 って痛ぇな。  
「やぁ、少年お帰りかい!」  
振り返ると、髪の長い女生徒… あぁ、2年の鶴屋さんだな。 いや、もう3年か。 それにしても元気だな。  
「はい、特に何もないですし…」  
「そうかっ! じゃあまたウチにくるかい?」  
「そうですね。 ちょっと寄らせてもらいます」  
谷口には黙ってたが2月に少しお世話になってから、俺はちょくちょく遊びに行ってたりした。 異性としてではなくあくまで友達としてだ。  
あれ? 2月に何をしたっけ? と思った瞬間脳をねじるような激痛が走った。 痛たたた…  
「あぁ、キョンくん大丈夫かい?」  
鶴やさんが俺の顔を覗いてきた。  
「だ、大丈夫です。 少し頭が痛んだだけです」  
「そりゃきっと難しいことを考えすぎなのさっ!」  
「そうですね」  
俺と鶴屋さんはお互いの顔を見合って笑った。 鶴屋さん、笑いすぎです。  
「はっはっは、でもあんまりひどいんなら、休んだほうがいいっさ。 無理に来る事も無いにょろよ」  
(どこで出会った…)  
頭の中で声が聞こえた。 俺はそれにつられるように、  
「鶴屋さん、俺たちどこで最初に出会いましたっけ?」  
なんて失礼なことを聞くんだ俺。 しかし鶴屋さんには自分を試したように取られたようで、  
「もう、それくらい憶えてるさっ。 たしか野球大会の時だったねっ!」  
たしかそうだったな。 たしか野球大会に出て、数合わせで誰かの紹介で鶴屋さんが来たんだっけ。 誰だったかな…  
(…)  
「!!!」  
再度頭に激痛が走る。 何なんだ、この偏頭痛は…  
「キョンくん大丈夫かい?」  
さすがに鶴屋さんも100ワットの笑顔を消して心配してきた。  
「もうこれは家で休んだほうがいいっさ。 歩けるかい?」  
「何とか…」  
多少残念、というような感じだが、流石にこれだけ痛いと家で休むのがいいと思う。 向こうで倒れたら恥さらしもいいところだ。  
「すみません、この埋め合わせはいつか…」  
申し訳なさそうに謝った。 実際申し訳ないんだが。  
「いやいや、いいっさ。 人間そういう時もあるよっ それじゃまた明日にねっ」  
そう言って鶴屋さんと別れた。 彼女の笑顔も夕焼け色に染まっていた。  
 
家に帰って誰もいないことを確認して、自分の部屋で寝ることにした。 くそっ、あの頭痛さえなければ…  
やはりあの頭痛が後を引いてたのか身体が睡眠を求めてたこともあり、すぐに眠りにつくことができた。  
 
……  
…  
…ここはどこだ?  
気づくと俺は暗闇の中にいた。 さっきまで俺が寝てたことを考えると、これは夢なんだろう。  
「思い出して…」  
夕方に聞こえた声だ。 誰だ?  
「あなたにはあの日常に戻る権利がある…」  
そんなのはどうでもいいから質問に答えてくれ。 お前は誰だ?  
「私は…」  
「キョンくんごはーーん」  
妹の声を聞いて目が覚めた。 時計を見ると短針が7と8の間を指していた。  
今のは一体なんだったんだ?  
 
 
次の日、あの夢のことで一杯になってた。  
「思い出しなさい… ってことは何かを忘れてるって事だよな…」  
とりあえず軽く1年を振り返ってみた。  
まず入学式でそつなく自己紹介を終えて、そこからダラダラと特に事件も無くすごしただけだな。  
恋人のいる奴らにとっては至福のひと時であろうクリスマスやバレンタインも何事もなかったし、って思い出したら鬱になるな。  
まぁ、鶴屋さんとはよく遊んだりしてるし、そういう意味では人並み以上ではあるかな。  
 
「やぁ、キョン」  
国木田が話しかけてきた。 谷口がいないな。  
「あぁ、谷口なら遅れるってさっきメールが来てたよ。 キョンの方にもきてるはずだけど」  
そういやバイブなしマナーモードで放置してたな。 確認してみると確かに来てる。 まぁ、どうでもいいが。  
 
そして3時間目の途中に谷口は到着。 みごとな重役出勤だ。  
「よう、キョン。 遅くなってスマン」  
別に待ってはいなかったんだが、こんな奴でも来てくれるとありがたいね。  
「なぁ、お前どこかクラブに入らないのか? 2年にもなったんだし、俺もどこかに入ってそこの女性部員と…」  
お前の魂胆は分かった。 そんなくだらない事で時間を無駄に過ごしたくない。  
「でもキョンなら文芸部とか似合ってるんじゃないかな?」  
大変だ、国木田が妄言を吐いた。  
「俺が原稿用紙に大量に文字を埋めることができる性格だと思うか?」  
「そうは思わないけどさ…」  
「けど何だ?」  
「この前文芸部の機関紙を見たんだけどさ、これがまた酷い出来で僕たちが書いたほうがまだいいんじゃないかって思ってさ」  
「機関紙ねぇ…」  
(……)  
「ぐおっ」  
またあの偏頭痛だ。 痛いっての…  
「キョン大丈夫か?」  
谷口が始めてのお使いでアセトンを指定された時の様な顔でこっちを見た。  
「あぁ、なんとかな。 最近よく頭が痛むんだ…」  
「キョン、俺のかかりつけの医者を紹介してやる。 悪いことは言わん、行って来い」  
心配はありがたいが、まぁ大丈夫だろう。  
「そういう奴が脳血栓とかで死ぬんだぞ。 お前に死なれたらどうすりゃいいんだ。」  
コイツが友達でホントよかったなと思うよ。  
 
放課後になって、部活も無いので帰ろうとしたんだが、昨日と同じシチュエーションだな。  
お約束どおり後ろから駆け足が聞こえてきた。 鶴屋さんだ。  
流石に2日連続チョップを食らうのはいやなので、あわてて振り返る。  
「あらー、気付いちゃった…」  
奇襲に失敗したのがそんなにショックだったのか、鶴屋さんは名残惜しそうにチョップの体勢をといていく。  
「まぁ、鶴屋さんならいいですけどね」  
「なーにをいってるのさっ。 そんな事言っても何も出ないよっ」  
思いっきり背中をたたいてきた。 モミジの跡ができそうだな。  
「まぁ、いいっさ。 で、きょうは来るのかい?」  
昨日頭痛のせいで断った手前、今日は行かねばなるまい。  
「行きます、っていうか行かせてください」  
「よろしい、よく言った!」  
鶴屋さんが辺りを真昼にしそうな笑顔を見せた。 ホントいい笑顔だ。  
 
 
そんなわけで鶴屋さんの家に来たわけだが、相変わらずデカイ。 俺の家がいくつ入るんだ?  
鶴屋さんいわく、  
「家出して泊まる場所が無かったらウチにおいで。 離れのひとつ位は貸してあげるからさっ」  
だそうで。  
いつもの和風の部屋に通された俺は、出されたお茶を座って飲みながら待っていると、  
「おまたせっ」  
和服姿の鶴屋さんのお出ましだ。 この姿だと鶴屋さんの魅力が4割増しになるのは気のせいではなかろう。  
「今日は大事な話があるからさっ、どうしても来て欲しかったんだよね」  
「大事な話… ですか」  
「そっ!」  
 
顔を思いっきり近づけてきた。 俺がちょっと前に出ればキスしてしまいそうな…  
「実はねぇ…」  
いきなり後ろに引いていった。 つられて前にでそうになる。  
「うーん、いざ言うとなるとめがっさ恥ずかしいっさ」  
鶴屋さんは目線を外して照れくさそうに頭を掻いた。  
「一体何なんです?」  
鶴屋さんは大きく深呼吸をし、再度俺の目を見て、  
「キョンくん! あたしと付き合わないかい?」  
「え?」  
思わず俺は硬直してしまった。 突き合う? つつき合う? 頭突き合う? いや、違うな。  
「それはつまり恋人同士になるという事ですか?」  
「そうさっ! もしかして嫌にょろか?」  
鶴屋さんは目を太陽系第三惑星のように潤ませていた。 鶴屋さん、そんな顔で見ないでください。  
それ以前に俺はその質問に答えをひとつしか持ち合わせていなかったわけで。  
「嫌なわけが無いじゃないですか。 すぐにでも付き合いましょう!」  
「本当かい!?」  
これ以上の幸せが無いような顔で鶴屋さんが笑った。 もうこれだけでお腹一杯です。  
「じゃ、キョンくん、よろしくお願いしますっ」  
鶴屋さんは三つ指ついて深々と頭を下げた。 こちらこそよろしくお願いします。  
 
どうやら話はそれだけという事で、俺は帰ることになった。 あれからもう一段階進んでもよかったのだが鶴屋さんが、  
「今日はダメだよっ。 体のことも考えなきゃねっ」  
というのでしぶしぶ帰ることにした。  
意中の女性から告白という男なら誰でも喜ぶ状況で心躍る俺。 今なら隕石が落ちてきても、車に轢かれても、青い巨人が襲ってきても大丈夫。  
(情……理…始……)  
「痛い痛い痛い痛いって…」  
ホント何なんだこの偏頭痛は。 人がいい気分になってるってのに…  
何か本当にヤバそうだな。 谷口に医者を紹介してもらうか。  
生命の危機を微妙に感じてきた俺は、さっさと家に帰ることにした。  
家に帰るともうう夕食ができていた。 今日はすき焼きか。 めでたい日にはちょうどいいな。  
健康のために野菜を集中的に食っていると、  
「いつものキョンくんじゃなーい」  
などと妹に言われた。 俺だってそんな時はある。  
 
適当にテレビを見て気がつくと9時を回っていたので、俺は寝る準備を始めた。  
それを見ていた妹が、  
「やっぱりいつものキョンくんじゃなーい」  
と騒いでいた。 お前にもそのうち分かるときが来る。  
いろいろなことがあって(ほとんど鶴屋さんの事だが)眠れないと思っていたが、あんがいすんなり眠りに落ちた。  
 
…  
……  
また暗闇の中にいる。 うっすらと誰かが立っている事だけがわかる。  
「涼宮ハルヒ… 長門有希… 朝比奈みくる… 古泉一樹… 思い出して…」  
誰だよ。 お前もだけどそいつらは。  
かろうじてロングヘアーの女性だというのは確認できた。 あとあれはウチの制服だな。  
「あともう少し情報拡大すれば…」  
情報拡大? 何なんだよ…  
 
そこで目が覚めた。   
 

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