そんなわけで朝比奈さん(なぜか制服姿だぜ)と俺は鶴屋さん邸に戻ったわけだが、門の前で三人が待っていた。  
「やぁ、待ってましたよ」  
古泉が手を上げて出迎えてきた。 こっそり出たつもりだったんだがな…  
「あたしが言ったんだよっ 2人だけで会うなんて怪しいからねぇ! あとみくるっ、おかえりっ! お、何かおっきくなってないかい? いろんなところがさっ!」  
先ほどのことが嘘のような笑顔で鶴屋さんが手を振っていた。  
朝倉(IN喜緑さん)もニコリと笑って、  
「はじめまして。 になるのかな?」  
「え、喜緑さん… ですよね?」  
そういや同じクラスだっけ? こりゃ少し説明しといた方がいいな。  
俺は4月の夜空の中、朝比奈さんに、おそらく世界改変が起こって俺も含めSOS団関係者全員の記憶操作が行われ、  
俺の頭の中にいた朝倉の力を借りて何とか記憶を取り戻し、古泉を元に戻したところまでは良かったが、生徒会もとい喜緑さんに呼び出され、  
すったもんだで朝倉が喜緑さんを乗っ取って、鶴屋さんの家に泊まることになった…という例によって訳の分からない説明をし、  
「えぇっと、つまり見た目は喜緑さんでも中の人は違うという事ですかぁ?」  
何とか理解してくれた。 よくあんな説明で理解してたものだ。 というか中の人って…  
「そういう事ね」  
まぁ、確かに事情を知ってる俺たちも一瞬混乱するからな。 いい加減姿を変えて欲しいものだ。  
「とりあえず中に入りましょう。 このまま立ち話でも何ですし」  
古泉が雑談ともいえる俺たちの会話をさえぎってお得意の提案してきた。 いい加減寒くなってきたし。   
「了解さねっ。 みくるも御疲れのようだから暖かいお茶でも用意するからさっ」  
 
俺たちは再度離れに集まって、宇宙人と未来人と超能力者との作戦会議を開始した。 ちなみに鶴屋さんは席を外してもらってる。  
俺たちは座布団に座り鶴屋さんが持ってきたお茶を頂いている訳だ。  
「まず聞きたい事があるのですが…」  
いきなり古泉が気持ち一つ強きで話し出した。 どうしたんだ?  
「僕はいつもこんな感じですが、何か違って見えますか?」  
いや、心なしか… なんでもない。  
「そうですか。 で、質問ですが朝比奈さん、時間の歪みも消えた今、あなたはどんな理由でここにきたんですか?」  
古泉が確信をついたな。 ってか『機関』の人間は未来人の事をどれだけ知ってるんだ?  
「それは…」  
朝比奈さんは少しためらうような表情を見せた後、何かを一大決心したような表情をした。  
「わたしがSOS団をあんなかたちで終わらせたくないからです」  
「それは時代改変を行うと見てもよろしいんでしょうか?」  
朝比奈さんはゆっくりと一度うなずいた。  
 
「でもあなたが来たくても上司が許すはずが無いと思うんだけど?」  
朝倉(IN喜緑さん)も朝比奈さんを問いただし始めた。 それでも朝比奈さんはたじろぎもせず、朝倉(IN喜緑さん)を見た。 まるで朝比奈さん(大)のような雰囲気だな。  
「ホントは申請とかが要るんですけど、少しづつ乗っ取りをかけて無理矢理飛んできました」  
乗っ取りですか!? と声に出す前に俺は改めて朝比奈さんを見た。  
心なしか大きくなった背と胸、いつもの朝比奈さんらしからぬ落ち着き。 恐らくだがあの朝比奈さんは未来に戻ってから歳月が経ってる。 いくらなんでも今までの朝比奈さんに時代改変なんて勇気は無い… と思う。  
朝比奈さんは俺の考えに気付いたのか、こちらにも視線を向けて、「ふふ、秘密です」とヴァルハラの神々も魅了しそうな笑顔を見せた。  
そしてターンが回ってきたかのように古泉。  
「ですがどうやって改変するおつもりだったんですか? 長門さんを抑えるにしてもこの人員では…」  
古泉がまわりを見渡した。 確かにこれではな。 少し前に喜緑さんを抑えれたのも偶然に偶然を掛け合わせてさらに奇跡を陪乗したようなものだからな。  
「実はそれを考えてなくって…」  
朝比奈さんは肩を落として前のめりになった。  
「でもあの日に戻ればどうにかなるかもね」  
俺はその発言の主を確認した。 朝倉(IN喜緑さん)なんだがな。 で、なんて言った朝倉?  
「あの時間平面の情報統合思念体に接続できれば何か得られるかもしれないしね」  
「大丈夫なのか? まさか逆に乗っ取られるとかはカンベンしてくれよ」  
本当にそれだけは勘弁して欲しい。 狂ってまたナイフを刺された日にゃどうしようもないぞ。  
「うん、それは大丈夫」  
なにをして大丈夫なのかは知らんがまぁ信用してやろう。  
「で、朝比奈さん。 いつ行くんですか?」  
「できれば今すぐに…」  
今すぐですか!? まだ心も何も準備できてないんですけど…  
「ごめんなさい、いつこの時間平面上から移動させられるか分からないから…」  
そんな真横でバルサンを炊かれたヒマラヤンみたいな顔をしないでください。 あなたとなら過去だろうと未来だろうと西部開拓時代だろうと行きますよ。  
そんな事を思っていると古泉が考え込むようなポーズをとって、  
「それは分かりましたがどうやって移動するのですか? ここにはラベンダーもありませんよ」  
だそうだ。 そういや古泉は時間遡行した事が無かったな。 まぁ朝倉の方は長門も知ってたし大丈夫だろう。  
「ラベンダーですか? よく分かりませんが、そんなんじゃないんです」  
「そうですか。 僕としてはもっと大掛かりなものかと考えてたのですが…」  
先に言っとくと、机の引き出しや空とぶ機関車や後付けで空を飛ぶようになった某ギョクーザも使わんし、落雷のエネルギーも使わん。  
「そうですか」と古泉が肩をすくめた。 本当にそういうのを期待してたのか? 俺は朝比奈さんに時速88マイルまで加速なんてして欲しくないぞ。  
「ではわたしの肩に手を置いて目をつぶってください」  
俺は朝比奈さんに近づくと右肩に手を置いて目をつぶった。 そのまま朝比奈さんの体温を感じていると、  
「では行きます!」  
そう朝比奈さんが言った途端に地面の接地感が無くなった気がした。 すべての感覚が消え去ったといいたい所だが、朝比奈さんの感触だけはしっかりと感じていた。  
 
「……着きました」  
やっとまともに戻った感覚に目を開けてみるとそこは校舎が見えていた。 言うまでも無く北高だ。 北高なんだがな…  
「屋上… ですね」  
「そうね」  
2人が言うように北高の屋上である。 前に映画撮影した時もここ使ったよな。 朝比奈さんの時計で確認すると、ちょうど俺が教室を出たころだ。  
「ごめんなさい、今の状態だと細かい場所指定までは…」  
そんなに深々と頭を下げなくてもいいですよ。 俺の方が困ってしまいます。  
「うーん、とりあえずインターフェースを再構成して情報統合思念体に接続してみるわ」  
そう言って朝倉(IN喜緑さん)は手を地面の方にかざすとそこにホタルよろしくどんどん光が集まってきた。  
しばらく静観しているとどんどん光は人型になっていき、光が薄らいできたと同時に朝倉(IN喜緑さん)が頭から倒れた。 ゴンッという擬音が聞こえてくる感じだ。  
「ど、どうしましたぁ…」  
朝比奈さんは喜緑さんに駆け寄り必死に肩をゆすった。 俺と古泉は似た状況を生徒会室で体験済みだから驚いたりはしない。  あと朝比奈さん、口調が元に戻ってますよ。  
まぁお約束の通り、人型の光が朝倉になって目を覚ましたと思えば「おまたせ」などとさらっと言う訳だ。 何とまぁベタだな。 …ってちょっと待て、喜緑さんはどうなるんだ? というか何で今さら変身するんだよ。  
「この時間平面上ならいちいち喜緑さんを介さなくても大丈夫なの。 あと喜緑さんにはロックをかけてるからおきないわよ」  
そうかい。  
「反応が薄いわね。 まぁいいわ、じゃあちょっと調べてみるわね」  
朝倉は少し上を向いてしばらく虚空を見つめていた。  
ふと部室棟の方を見ると部室にちょうど俺が入って… ってヤバイ! 朝倉、まだなのか?  
朝倉は寝起きを害された猫のような顔になり、  
「分かったわ、やけに急すぎると思ったらそういう訳だったのね」  
と一言。  
「お前一人で納得してないで俺たちにも説明しろ」  
俺もすかさず突っ込む。 『俺』が部室に入ったって事は、もうすぐハルヒたちが突撃してくるはずだ。  
長門たちがいつ改変を行ったかは分からないが、早いに越した事はない。  
「どうやら長門さんは情報生命体亜種に乗っ取られたようね」  
それだけを言われても困るんだが…  
「なるほど、あのカマドウマのお仲間というわけですか… つまりは長門さん経由で情報統合思念体が乗っ取られたという事ですか?」  
「そういう事。 でもアレよりもずっと力を持ってるようね。 長門さんですら乗っ取られたようだもの」  
なんつーか以心伝心って感じだな。 もういっそくっついちまえ。  
「その言葉、そっくりそのままお返ししますよ」  
と古泉。 どういうことかさっぱり分からんが?  
 
「まぁ、今はそういう事にしておきましょう。 それよりも、どのような経路で長門さんに感染したのでしょうか? 分かりますか?」  
「分からないわ。 こっちも感染しないように最低限の情報しか取り入れてないから…」  
古泉と朝倉の討論を方耳に聞き、俺は部室に入るハルヒを確認した。  
「朝倉、急いでナノマシンを注入してくれ。 ハルヒが部室に入った。」  
振り返ると朝倉はすでに古泉の腕に噛み付いていた。 お前、俺の心でも読んでるのか?  
5秒ほど見ていると注入が終わったらしく、古泉の腕から離れていく。  
「次はあなたね。 あとキョン君はもう中にいるから必要ないから」  
と朝比奈さんを呼び寄せる。 俺は無しなのか… ちょっぴり残念だ。  
って言ってる間に長門が部室入り。 間に合うのか?  
「ひあぁ」  
悲鳴に振り返ると朝倉が今度は朝比奈さんの腕に噛み付いていた。 とりあえず彼女たちには後で百合の花でも捧げよう。  
ふと朝比奈さんと目が合い、彼女は思い出したかのように言葉を紡いだ。  
「そんな事よりもキョン君、長門さんを止めるのは改変が終わってからでお願いします」  
「分かってます。 改変後に直さないと俺がここに遡行する未来がなくなってしまうって事なんでしょう?」  
「え!? そ、そうなんですがなぜそれをキョン君が?」  
経験済みというのは黙っておこう。 あとで説明が大変そうだし。  
「おひ、ほうはいひょうふ」  
言いたい事は分かるが朝倉、朝比奈さんの腕から口を離せ。  
朝倉はなぜか名残惜しそうに口を離した。  
「これで改変に巻き込まれる事はないわ」  
少し自信ありげに朝倉が言った。 まぁ、ここは信じるしかないからな。  
「ひゃあぁ」  
朝比奈さんの悲鳴に再度振り向くと、彼女は風で麦藁帽が飛ばされそうになった少女のような顔をしていた。  
俺の視線に気付いたようで、朝比奈さんは少し頬を赤らめて、  
「すごい時空震を感じたので… キョン君大丈夫ですか?」  
大丈夫もなにも俺には何も分からんのだが…  
「とりあえず部室棟に向かいましょう。 ここでいつまでも居る訳にはいきませんし」  
と言いつつ扉を開ける古泉。 それは確かだがお前が仕切るな。  
 
とりあえず生徒指導の先生の出現や恋愛フラグ的出会い頭の衝突も無く部室の前に到着。 全力で走ってきたはずなのに朝比奈さんが全く息切れしていない。 未来の道具でも使ってるんですか?  
ドアのノブに手をかけようとしたところで古泉が声をかけてきた。  
「さて、ここをあければあなたは長門さんと戦わなければなりません。 それでも行きますか?」  
古泉、それこそ何を今さらって奴だ。 その質問に対する選択肢はイエスしかないぜ。  
「それを聞いて安心しましたよ」  
「正直言うとだな、できれば長門とやり合わないですむ方法があればいいんだがな…」  
「それについても同感です。 長門さんは僕たちの仲間ですからね。 それにまともにやって勝てる見込みもありませんよ」  
仲間か… 長門にはいろいろしてもらったからかな。 今度は俺たちが助ける番だな。  
 
俺はハルヒにも負けない位の勢いでドアを開け、すぐに長門の後姿を視界に捉えた。 ドアは旨い具合に開きっぱなしの状態で静止。  
奥には俺が無様な姿で倒れており、入り口側ではハルヒが倒れていてすうすうと寝息を立てていた。 こうやってみるとやっぱかわい… じゃなくてぇ!  
「長門!」  
俺の声に長門はゆっくりと体ごと振り向いた。  
「………」  
しばらく磨かれた黒曜石のような瞳でこちらを見ていたが、  
「…」  
長門の右手が電撃を飛ばしつつ大振りの刀のように鋭くなっていった。  
「痛いのは一瞬…」  
の言葉と共に長門が獲物を食べようとするタイワンコブラのように飛び掛ってきた。  
思わず俺は硬直し辞世の句を3つほど思い浮かべたが、それを口にする前に朝倉が俺の前に回りこんだ。  
「邪魔」  
「きゃっ」  
「のわっ」  
まるで扇風機の前の発泡スチロールのように朝倉は長門に跳ね飛ばされ、扉の前に立っていた俺にぶつかり、俺は朝倉の下敷きになった。 文字通り尻に敷かれてるわけだ。  
「それ以上は進ませませんよ!」  
「………」  
そんなフラグ的な事を言ったせいかは分からんが、更に上に古泉が追加。 マジで重い。  
多少パニくった頭をどうにか整理しつつ動かない朝倉と動こうとしない古泉をどかそうとすると、長門が俺の喉に切っ先を突きつけてきた。  
「これで終わり」  
俺の16年と数ヶ月の人生が本当に終りそうだ。  
「な、長門さんっ!」  
朝比奈さんの声だ。 長門が振り向いて、俺も視点をそのまま廊下側に向けた。 切っ先は相変わらず俺ののどにある。  
長門が朝比奈さんに気を取られている間に俺はポケットをまさぐっていた。 何かないのか? 何か…  
ふとブレザーの裏ポケットに何かが入っているのに気がついた。 俺はすぐさま手を突っ込んで取り出してみた。  
短針銃だ。 そういや後一発残ってるんだった。  
朝倉の作ってくれた情報復元プログラム。 長門に効くか分からんがやるしかないっ。  
「あの、それで… その…」  
朝比奈さんが何とか時間を稼いでくれている。 今のうちに…   
「動かないで」  
長門がいきなりこっちに振り向いた。   
それに驚いて俺は短針銃のトリガーを引いちまった。 もうだめだ、グッバイ青春、グッバイハ…  
「うかつ」  
いきなり長門は二回瞬きをしてひきつけを起こした子供のように倒れた。 どうしたんだ?  
「どうやらうまくいったようですね。 本当にあなたには感謝しますよ」  
古泉、それはいいからとにかくまずはどいてくれ。 重いんだよ。  
古泉と朝倉にどいてもらい、長門を観察してみる。 どこに刺さったんだ?  
「ここに刺さったみたいね」  
朝倉の指差す先をよく見ると、長門のデコに見事に刺さっている。 本当に神様がいるって信じたくなったよ。  
しかしコレ、実は某名探偵もびっくりの即効型麻酔銃じゃねえのか?   
とりあえず朝倉。 俺たちはこれからどうすればいいんだ? まさかハルヒが起きてハイおしまいなんてオチじゃないよな。  
「ちょっと待ってね、長門さんに一時的な独立支援プログラムを仕込むから」  
ウイルススキャンのみならず、分析してワクチンまでつくるのか。 ノートン先生も裸足で逃げ出すな。  
朝倉は長門の額に手を置き、何かを高速でつぶやいた。 パッと見介抱してるようにも見えるが、状況が状況だけに、笑えない。  
しばらく傍観を決め込んでいると、朝倉の口が止まり…   長門の目が開いた。  
「長門…」  
「……………」  
むくりと上半身を起こしてじっと俺を見た。  
「俺の言ってる事は解るよな」  
コクリと首を縦に一回。  
「えーっと長門、確認のため聞くがこいつは誰だ?」  
俺は古泉を指してみた。 記憶喪失にでもなってたらかなわん。  
「…赤坂衛」  
…なんだって?  
「待って。 今修正中」  
しばらくまばたきを多めに俺を見つめていた長門だったが、  
「古泉一樹」  
よかった… 俺は胸をなでおろした。  
 
「で、長門。 まずはこうなった原因を教えてもらおうか」  
俺達は部室の椅子に腰をかけて長門を問いただした。 なお、ハルヒは起こすとマズそうな感じがするので端のほうで、倒れてる方の『俺』のブレザーをかけて寝かせておく。  
「原因は私」  
長門は淡々と話し始めた。  
「始業式前日に私はここの情報処理端末である事を行っていた。 その隙を突かれて私の構成情報の一部を掌握された」  
情報処理端末ってパソコンのことだな。  
「後は抵抗もできずに簡単に内部情報を書き換えをされた。 うかつだった…」  
そう自分を責めるな、誰にだってミスはあるんだ。 そういう俺だってここまでくるのに色々とミスってるからな。  
「ありがとう」  
長門はじっとこちらを見て言った。  
「いや、礼ならいいさ。 それよりこれから俺達はどうすればいいんだ? まさかこのままという訳にもいかないだろう」  
俺たちが帰ったとしても情報生命体亜種とやらがまだ残ってる上に、長門の親玉は乗っ取られたまま。 このまま帰っても改変されたままだからな。  
「今の状態での改変修正は不可能。 情報生命体亜種を抹消し、情報統合思念体の意思を通常に戻す必要がある」  
「でもどうするんだ?」  
「朝倉涼子と協力して情報統合思念体から不要因子を取り除く。 その後一時的に別空間に移送する。 そこで削除して欲しい」  
そんな回りくどい方法を取らなくてもそのまま消せばいいんじゃないのか?  
「その方法で削除を行えば膨大な時間を要する事になる。 こちらのほうが得策。 あと平時と同じ情報処理能力を使えないため朝倉涼子が引き続きバックアップに付く」  
そして一呼吸間をおいて、  
「そして私も同行する」  
ちょっと待て、お前の代わりに朝倉が来るんじゃないのか?  
長門は少し沈黙した後、長門が口を開いた。  
「あくまで平時と同じ情報処理能力が使えないだけ。 制限があるとはいえ私もついていくのがいい」  
長門がそう言うんだったらそうなんだろう。  
「で、その空間とやらはどうやって行くんだ?」  
「あの情報端末内のフォルダ内の『キャプテンスクウェア』をクリックすれば、自動的にプログラムが起動し、空間を作成するようになっている。 あとはそこに入るだけ」  
いつの間にそんなプログラムを組んでたんだ? しかも何のために… ってか何だそのネーミングは。  
「今はそれどころじゃない」  
まぁ、そうなんだがな。 ちょっと気になったもんで…  
「でもそれは空間を作成するだけなんだろう」  
「空間が固定されれば私達の力で介入できるわ。 その時は任せて」  
朝倉が締め切り直前でネームを大量に思いついた漫画家のように言い切った。  
言われるがままパソコンの電源を入れ、キャプテンスクウェアとやらをダブルクリック。  
別ウィンドウが開き、しばらく謎の文字列が流れた。 しばらく傍観しているといきなり文字列が止まった。  
「準備OKみたいね,行くわよ」  
 
朝倉の声がして、気がつけば宇宙空間のようなところに透明な床があるだけのだだっ広い空間に立っていた。  
あたりを見渡す。 全くといっていいほど何も無い。  
「ここでも僕の能力は若干ながら使えるようですね」  
ふと横に立っていた古泉が赤い光球を出していた。  
「じゃあ集めるわよ」  
朝倉が早口になった。 それと同時に江戸末期の薩摩藩のような何か重苦しい空気が流れた。  
朝比奈さん、さすがに武器とかは持ってきてませんよね?  
「たしか持って来たはずなんですが… あれ?」  
どうやらどこかに置き忘れてしまったようで。  
「どうやらおでましのようですね」  
と古泉。  
天保時代後期の農民のような目で古泉の指した先を見ていると、黒い物体が現れ、それは俺達もよく知ってるアレの姿になった。  
まぁ何といえばいいのだろうか。 ここは黒くてテカテカしててじめじめしたところが好きな割にはやたらめった速い生物とでもいっておくか。  
まあ、いわゆるアレだ。 種類は解らんが、若干茶色いのでチャバネだろう。 多分。  
「まぁ、さっさと終らせますか」  
そう言って古泉が手に光球を出して、それをバレーボールよろしくアレに向けて飛ばした。  
古泉の放った赤い光球がアレに当たり、ニトログリセリンのように爆発。 アレは跡形も無く消えていた。 爆風がこちらまで吹いてきて、俺達の髪を揺らした。  
「まだ終ってない」  
と言って長門が上を見る。 げえ、うじゃうじゃいる。  
しかし1匹見れば数千匹と言ったものだ。 上を見上げると、黒い固まりが顕微鏡で見た微生物のように動いているのが見て取れた。  
アレってマツゲが邪魔で見辛かったな、などと思っていると上で飛んでいたアレは降下を開始。 あまりにも多すぎて羽音がヘリコプターのように聞える。  
「ひえええええ」と朝比奈さんはその場でしゃがみこみ頭を抱えた。   
朝倉が縄文式土器を作るかのようにしゃがんだかと思うと、水をいれると煙が出そうな物体を手に持っていた。 何だそれは?  
「何って、見れば解るじゃない。 こういうのはまとめて倒すのがいいのよ」  
そう言って朝倉はそれを地面に設置、その途端に水も入れてないのに煙が出始めた。  
「これは息を止めた方がよさそうですね」  
と古泉。  
当たり前だ。 あんなデカブツを落とすための煙だ。 吸った途端俺らまで退治されかねん。  
息を止めた途端、完全に視界が奪われた。 そしてそのまま息を止めている事30秒、緊張もあってかそろそろ限界が近づいてきた。  
「もういいわよ」  
朝倉の声とともに一気に煙が晴れた。 煙が無害だったのか情報操作をしたのか長門も朝倉も平然としてやがる。  
頭上を飛んでいたゴキ集団は跡形もなく消え去って、満天の星が広がっていた。 もうベテルギウスまではっきりと見えそうだ。  
「終わりましたぁ?」  
朝比奈さんが顔を上げる。 そんなウツボ料理をはじめて出された時のような顔をしないで下さい。 もう終わりましたから。  
と、ここで俺はあたりを見渡す。 よくみてみるとちょうど最初のアレがいたところになにかある。  
近づいてみると携帯ほどの大きさの黒い箱があった。   
「なんだこりゃ?」  
俺は無用心にも拾い上げてしまった。 ひょいっとな。  
「危ないっ」  
朝倉が俺を後ろから突き飛ばした。 顔を地面に打ちつけ、痛えなと言おうとした瞬間だ。  
急に閃光が迸った。 それが朝倉に雷が落ちたと気付くのに少しの時間も要らなかった。 同時に俺の手の中の箱もボロボロと崩れ去った。  
「朝倉!」  
俺は起き上がって慌てて倒れていた朝倉に駆け寄った。 朝倉をみると足の方から砂のように崩れていってる。  
「無事なようね。 どうやら敵の悪あがきみたいだったけどもっと慎重に行動して欲しいな」  
そんな緊張感のかけらもない口調で言い、そして朝倉が完全に消えた。  
「だいじょうぶ。 一時的に有機結合を解除しただけ」  
長門が淡々と口を開いた。  
「ただ… 今の攻撃のダメージは深刻。 修復にしばらくかかる」  
「そうか…」  
「では元の空間に戻るとしますか。 長門さん、お願いします」  
だからお前が仕切るな。 そして顔が近い。  
「わかった」  
そう言った瞬間にはもういつもの部室に戻っていた。 某工務店以上に仕事が速いな。  
 
とりあえずハルヒを見てみる。 相変わらず幸せそうな寝顔だ。  
「ん、キョン… 幕張で… サボテン…」  
どんな夢をみてるんだこいつは。  
さて、後はどうしたらいいものか…  
「じゃあとりあえず… ふあぁ」  
かわいらしいあくびと共に朝比奈さんは床に横になった。  
と同時にドアが開き、朝比奈さん(大)がパラパラを踊ろうとして間違えて演歌をかけてしまったDJのように入ってきた。  
「あなたがでてきたという事は…」  
「えぇ、これも規定事項でした。 だからこそ『この』わたしは強制的に帰還させられなかったんです」  
朝比奈さん(大)は淡々と語り始めた。  
「この私はあなたといた私ではありません。 あの私よりも… 結構後の私です」  
どうやら時期については禁則らしい。  
「とりあえずこの時間軸の歪みを元に戻します。 長門さん、手伝ってください」  
「分かった」  
そう言って長門と朝比奈さん(大)が部室の外に出て、ドアが閉まった。 でも長門だけでも再改変はできたような…  
「ところで古泉、今のが誰か分かったのか?」  
魔がもたなくなってきたので古泉に話を振ってみる。 コイツは会うのは初めてなはずだからな。  
「見たのは初めてですが、話の内容で察するともっと未来の朝比奈みくるのようですね」  
さすが古泉だ。 説明がなくても何ともないぜ。  
しばらくすると、ドアが開き、  
「終りました」  
と朝比奈さん(大)と長門が入ってきた。  
「とりあえず改変による時間のズレは元に戻しました。 ですがキョン君達の記憶とほかの皆さんの記憶が違ってるので少し戸惑うかもしれませんので、その辺はごまかしてください」  
「分かりました。 こっちで何とか誤魔化しておきますよ。 ところで今回は送ってはもらえないんですか? こっちの朝比奈さんは眠ってますし」  
「ごめんなさい、わたしはこれ以上は留まれないんです。 すぐにわたしもおきますのでそれまで待っててください」  
そして朝比奈さんはドアの方に向きを変えた。  
「朝比奈さん」  
俺は朝比奈さん(大)を呼び止めた。 どうしてもひとつだけ聞きたいことがあったからだ。  
「この朝比奈さんは、未来に帰ったらどうなるんですか? まさか厳罰とか…」  
朝比奈さん(大)はナゾナゾを出題して誰も答えれなかったときのような笑顔で笑った。  
「ふふふ、わたしがここにいるという事が答えになる思いますが」  
あ、そうだ。  
「じゃあわたしは戻ります。 あとキョン君、その私は何かあったか聞くと思いますのでうまく言っておいてください」  
そう言って朝比奈さん(大)は部屋を出た。  
「朝比奈さん、起きてください」  
いつハルヒが起きるか分からないので早速朝比奈さんを起こしにかかる。   
「あふ… あ、ご、ごめんなさいっ」  
寝ぼけ顔から一瞬で泣きそうな顔になった。 阿修羅でもこうは変えれまい。  
「いや、いいですよ。 とりあえずすべて片付きました。 ハルヒが起きる前に帰りましょう」  
「あ、はいぃ」  
半分あくびの混じった声で返事をする朝比奈さん。 なんともチャーミーです。  
「じゃあまたわたしの肩につかまってください」  
俺はすぐさま手を置き、続いて古泉が手を置いた。  
「あれ、長門は?」  
俺は長門の方に目をやる。 長門は定位置で椅子に座り広辞苑のような厚さの本を読んでいた。  
「私はこの時間平面状の存在。 またあとで」  
そうだったな。 すっかり忘れてた。  
「じゃあキョンくん、古泉くん。 目を閉じてください」  
言われるがまま目を閉じた。  
「じゃあ行きます」  
朝比奈さんの声がした。  
「じゃあハルヒ、長門、後でな…」  
そう心に思ったところでまた体の感覚がなくなった。  
 
 
「もういいですよぉ」  
朝比奈さんの声に俺は体の感覚が戻ってきた事を確認し、あたりを見渡した。  
鶴屋さんの家の離れにしっかりと戻ってきたようだ。 時間遡行する前となんら変わらないが、ただ1つ朝倉のいた場所には長門が座っていた。  
「おかえり」  
「あ、あぁ、ただいま長門」  
何かちょっと違う気がするが。  
「やっと帰ってこれましたね」  
そう言って古泉がお茶をすすった。  
「…とりあえずわたしは元の時代に戻ります」  
朝比奈さんはとてとてと出入り口の方に走って行き、襖を開けて外に出た。  
と思いきや襖の端からひょこっと顔を出し、  
「キョン君、わたしは元の次代に戻りますけど、またわたしが戻ってきます。 彼女は戻ってこれた理由が分からないと思いますのでうまく言っておいてください」  
そう言って朝比奈さんは襖の端から顔を引っ込めた。  
「帰る」  
長門はいつもと同じ口調で言い、開けっ放しの襖から退室。  
「では僕もこれで。 もう少しここに留まりたかったのですが、この一件を一応『機関』に報告しなければいけませんので…」  
そう言って古泉が立ち上がり、退室。  
「おやぁ、みんなお帰りにょろ?」  
入れ替わりで鶴屋さんが入ってきた。 お盆にお茶が乗ってるという事は誰も伝えずに帰ったようだ。  
「鶴屋さん、今日はなんで集まったんでしょうか?」  
改変された後がどうなってるのか知らないので、鶴屋さんが持ってきた2杯目のお茶をすすりながら聞いてみる。  
「キョン君、ついにアルツハイマーにでもなったのかい? ハルにゃんがウチで今後のSOS団についてを話し合うって事でウチに泊まりに来たんだよっ」  
「それで、どうなったんですか?」  
鶴屋さんは半ば苦笑いしながら頭をかいて  
「で、ハルにゃんが親が旅行に行くからーとかでドタキャンになって、結局残りで泊まる事になったんだよっ。 でもやっぱこういうのはハルにゃんがいないと盛り上がらないねっ」  
「すみませんね、みんな帰っちゃったみたいで」  
「いいっさいいっさ、またいつでも遊びにおいでよっ」  
そう言って俺の背中をバンバン叩く。 正直少し痛い。  
「あとハルにゃんに言っといておくれっ。 あんましあたしがキョン君をとっちゃうぞっ、てさっ!」  
思わず俺はドキッとした。 さすがにあの時の記憶はないはずだから冗談。 だと思う。  
 
その後一直線に俺は家に戻ったわけだが、なぜか妹が起きており、「キョン君おかえりー」などと大声で言うもんだから、オフクロに気付かれてそのまま説教を受けるハメになった。  
豚骨もダシガラになるくらいにこってりとオフクロに絞られて脳の7割がスポンジ体状態な俺は、3日間の事を部屋で思い返しながら、また夢の中で朝倉に出会わない事を祈りながら眠りについた。   
続く  
 

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