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(キョン君朝よ)
「キョンくん朝だよーー!」
妹と同級生(ではないか)からのステレオ音声ですぐに目がさめた。 どんな目覚ましよりも効くぞ、これは。
「ねーキョンくん、どうしたのー?」
見事な起こされっぷりにテンションが上がりきった俺を見て妹が心配してきた。 大丈夫だ、妹よ。
俺は朝のままの勢いで全力で走って北高まで来た。 正直言うとあの坂をダッシュで上ってきた俺が馬鹿だった。
スタミナの無い俺は息も絶え絶えな状態で教室に入った。 心なしか昨日よりか俺を見る視線が増えてる気がする。 ってか増えてる。
俺は真っ先に真後ろの谷口の席に向かった訳で。 理由は分かるよな。
「よう、キョ…」
「またチェーンメールか?」
谷口はゴムボールをいきなり投げつけられたようにたじろいで、
「よく分かったな。 今度はお前が超能力者とか変人だとかいう訳の分からん内容だがな」
酷い言われようだなオイ。 大方昨日の古泉のやり取りでも聞いてたのだろう。 あれを聞いてまともと思う奴は一度MRIで脳を診てもらった方がいい。
「気にするなキョン、それでも俺たちは友達だ。 なぁ、国木田」
いきなり話を振られた国木田は瞬間接着剤を全身にかけられたようにしばらく固まって、
「あ… うん、そうだよキョン」
何も聞いてなかったなコイツ。
「あー、授業始めるぞ」
岡部が入ってきた。 今日は早いな。
「あとそれと…」
俺は手渡しでプリントを手渡された。 内容を要約すると、
『放課後球技大会の内容決議をするので、生徒会室まで来てください』
との事だ。 俺はいつの間に役員になったんだ?
「何言ってるんだキョン、始業式のときに体育委員になったじゃねえか」
という谷口が後ろからの華麗なツッコミを聞き流した。
俺はなった憶えは無いけどな… と言っても無駄だろう。 恐らく長門がそういう風に改変したんだろうさ。 俺はそんなガラじゃない。
(これからどうするの?)
いきなり話しかけるな。 とはいえ実はもうやる事は決まってる。
今の状況に対して俺たちの状況を把握し、なおかつ俺の味方になってくれる奴は一人しかいない。
正直あいつに頼るのは肉をぶら下げてサバンナを走りぬけるよりイヤだ。 だがそんなことも言ってられん。
俺は昼休みになったとたんに俺は猛ダッシュで廊下を走った。 途中で先生に止められそうになったが、そんな時間もない。
ホント俺は学習能力が無いな。 と思ったのは九組の前で息を切らした時だった。
どうやら九組は体育らしく、ちょうど古泉が体操服姿で廊下を歩いていた。
「古泉!」
俺はあわてて呼び止めた。 俺の体裁がどうなろうと知ったことじゃない。
古泉は俺の姿を確認し、苦笑を浮かべながら肩をすくめた。
「おやおや、またあなたですか…」
完全に馬鹿にされてるな。 まぁそんな事はどうでもいい。
俺はブレザーのポケットから短針銃を取り出し、周りから見えないように古泉に向けた。
古泉は俺を再度見て、さらに苦笑を広げた。 いや、これは嘲笑か。
「何の真似ですか? そんなおも…」
俺は古泉が言い切る前に俺は短針銃を発射した。 昨日と同じく音は無かったが、銃口は古泉に向かっていた事で当たったことを証明していた。
古泉はそのまま俺にもたれかかるように倒れた。
(なるほどね。 でもそんな風にして勘違いされないかしら?)
その言葉に俺はヤバイと感じた。 …時には遅かった。
「キャアアアアアアッ」
女子のガラスを割りそうな叫び声とともに周りがざわめきだした。 周りを見ると何か女子が殺気立ってる。
「おい、古泉大丈夫か?」
俺はあわてて古泉を背負って保健室に運んだ。(まぁ、俺がやったんだが) そこのお前、変な目で見るなよ。
保健室のベッドに寝かせて目を覚ますのを待ってたんだが、一向に目を覚まさない。 鶴屋さんの時は10分ほどだったんだが…
(どういう訳なんだ?)
ここは頭の中の妖精さん… もとい朝倉に聞いてみるとしよう。
(彼の場合は記憶情報だけじゃなく、他の能力も復元してるから時間がかかってるのよ)
(で、どれくらいで目を覚ますんだ?)
(分からないわ。 1時間、2時間、もしかしたら1日かかるかもね)
お前のプログラムだろーが。 とツッコミを入れたかったが、タイミングよくチャイムが鳴ったので急いで教室に戻るハメになった。
教室に戻ると全員(谷口と国木田もだぜ)の視線がかなりキツい物になっていた。 俺も必死なんだ、そんな立たないレッサーパンダを見るような目で見ないでくれ。
何か痛い視線をそこら中(特に女子辺り)から受け続けながら午後の授業を消化した俺は、その視線から逃げるために急いで生徒会室に向かった。 下手すると呪いでもかけられたかもな。
そのせいとは言いがたいが、俺は色々と忘却していた事があった。 まぁ、俺が覚えてたとしても強制イベントとして組み込まれたようで、まぁ後回しするよりかはいいと思う。 いや、思いたい。
俺は生徒会室の前に来ていた。 前ならあの会長の「入りたまえ」とでも聞こえたんだろうが、ノックをしても全く反応が無かった。 誰もいないのかと思って俺が振り返った途端、
「どうぞ…」
聞き覚えのある女性の声だった。 俺は再度振り返りドアを開けた。 もう何でも来い。 今ならアフリカ像が出てきても驚かないぜ。
生徒会室に入って俺は一瞬会長席に座っている笑顔の主が誰か分からなかった。 いや、思い出せなかったというのが正解か。
カマドウマとかの時に色々と関わったき、き…
(喜緑さん…)
それだ。 カマドウマがどうも印象強すぎて… じゃなかった。 何で彼女がいるんだ?
「どうしました?」
「いえ、何でもありません。 で、今日は喜緑さんしかいないみたいですが、会長はお休みですか?」
(馬鹿)
失言だった。
「今の会長は私です… ですがその発言で確信しました…」
立ち上がった。
(喜緑さんがここにいる理由は…)
あぁ、言わなくても分かってる。 俺の監視と記憶が戻った時の情報再操作役だ。 くそっ、生徒会から呼び出しの時点で気付くべきだった。
喜緑さんが笑顔をそのままに少しづつ近づいてくる。 まだドアは開いている。 今なら…
「逃がしません…」
喜緑さんがそう言った途端ドアだった場所が灰色の壁になり、俺は壁に激突し無様に尻餅をついた。 痛ぇ…
「どういう理由で記憶が戻ったかは知りませんが、再度記憶操作させてもらいます…」
喜緑さんが言ったと思ったら、頭がバーベルを乗せられたかのようにズンっときた。 あの時と同じように眠らせる気か…
「ど、どうして俺の記憶を消そうとするんだ?」
「情報統合思念体は状況の打開を求めています… 涼宮ハルヒの力が弱まってきた以上自律進化の可能性を逃すことになります… だからこれ以上あなたに委ねておくわけにはいきません…」
さらに頭が重くなってきた。 力が入らない、やばい…
(封鎖コード解析完了。空間閉鎖解除)
かろうじて聞き取れた。 何をやってるんだ朝倉?
(ドアから離れて)
いつの間にか復活していたドアを確認して俺は身体をよじった。 と同時にドアが勢いよく開いて体操服の男が入ってきた。
「やあ、お待たせしました」
俺の目には古泉のニヤケ面がはっきりと見えた。 遅いぜまったく…
喜緑さんが警戒しながら、それでも表情を変えず、
「古泉一樹、あなたもですか…」
古泉は肩をすくめて、
「残念ながら緊急の用という事で彼に呼び出されましてね」
頭の重圧が消えたのを感じた。 そして同時に喜緑さんがこっちを見た。 いや、むしろ睨んだ。
「混在情報……認… 解析…」
おそらくそんな感じであろう言葉を高速詠唱した。
「なるほど… 朝倉涼子の構成情報の一部がありますね… それですべてが納得がいきます…」
納得されても困るんだがな…
「では…」
喜緑さんがまた高速詠唱を始めた。 が、周りに全く変化が無い。 何をしてるんだ?
(マズイわ。 気付かれた)
(まずいのか?)
(あれは情報解除プログラム このままだと私の情報が削除されてしまうわ。 もって40秒って所ね)
(どうすればいいんだ?)
(噛んで)
一瞬情報伝達に齟齬が発生したのかと思った。
(もう一度言うわ。 喜緑さんを噛んで)
あっけらかんとすごいことを言うな。 女性を噛むなんて小学校低学年の時にキレた時以来だぞ。
(しかしどうやって噛むんだ? 相手は万能魔法使いみたいな奴だぞ)
(それはあなたが考えて。 今は情報削除を防ぐのが精一杯なの)
(そうか…)
俺は改めて喜緑さんを見定め、立ち上がった。
「古泉、何とかして彼女の動きを止めてくれ」
「ほう、何か策でもおありですか?」
古泉のスマイルが2割増しになる。
「一応な… でもやれるか自信はない」
「そうですか。 でも僕はあなたに賭けますよ」
そう言って古泉が喜緑さんに向かって行った。
「あまり手荒なことはしたくないんですよ… だから…」
気付けば身体が1ミリも動かなくなっていた。 古泉も走る動作の途中で止まっている。 しかし朝倉といい、何で最初に止めないんだ?
(あと20秒ね)
そんな事を言う余裕があるなら手伝え。
動けないまま刻々と時間だけ過ぎていく…
(あと5秒よ)
もうダメなのか? と思った瞬間、開きっぱなしのドアから猛ダッシュで誰かが入ってきた。
「会長、キョンくんに何やってんのさっ」
視界の端にロングヘアーが見えたと思ったらそのまま喜緑さんにフライングクロスチョップをかましていた。 あぁ、言うまでも無く鶴屋さんだ。
2人はそのまま鶴屋さんが押し倒した形で倒れた。 それでひるんだのか、身体が動く。 チャンスは今しかない!
「ぬおりゃ!」
情けない声を出しながら鼠を捕らえるベンガルトラのような動作で飛びついて、そのまま腕に噛み付いた。
長門のように甘噛みだったが、それでよかったんだろう。 朝倉が何か得体の知れないものを注入したらしく、喜緑さんはそのまま夢の住人となった。
その後、状況をあまり把握していない鶴屋さんに説教されている俺。
「だからキョンくん、いくらイジめられたからといっておいたはだめにょろ!」
というか鶴屋さんが最初に攻撃したんじゃ…
チラリと横を見ると古泉が残念そうに肩をすくめていた。 どうもほとんど役に立てずに終わったのが納得いかなかったらしい。
「…結局僕は不要でしたか?」
「いや古泉、正直に言うとあそこで着てくれなかったら本当にヤバかった。 感謝してるぜ」
「そう言って貰えて光栄ですね」
分かったからそのニヤケ面130%を別の方向に向けてくれ。
(朝倉、何か秘策が有ったんなら言っといてくれよ)
待てど暮らせど朝倉の反応が無い。
(おい、朝倉?)
いくら呼んでも返答が無い。 おい、どうしたんだ? まさかさっきので消されちまったのか?
朝倉の返答が無くあせっていると、黄緑さんが棺桶から出てくるゾンビのように起きた。
「ふう、手ごわかったわ」
これはマズイ。 これでは戦艦大和に縄文時代の武器で挑むようなものだぞ。
「大丈夫よ。 ナノマシンを使って喜緑さんの情報を私のに置き換えたから」
は?
「なるほど、それでは安心ですね」
古泉、納得してるところ悪いがもっと俺に分かるように30文字以内で説明してくれ。
「喜緑さんの情報の上から私の情報を上書きしたのよ」
古泉が説明に入る前に朝倉(なのか?)がさらっと言った。 ナイスだ。
「つまり見た目は喜緑さん、中身は朝倉という事か?」
「その通りです」
古泉め、しっかりとシメはもって行きやがった。
「紛らわしいから朝倉の姿に出来ないのか?」
「それは無理ね。 一応カナダに転校した事になってるから居たら怪しいじゃない。 でもこれである程度のことは出来るようになったわ。 たとえば涼宮さんを探すとか」
何か一気に解決に近づいたな
「固体情報は喜緑さんだから騙し騙しで情報統合思念体に接続できるのよ。 それでも万全には程遠いわ」
それで十分だと思うが… とりあえずハルヒを探してくれ、そうすりゃ一気に片がつく。 もう自律進化の可能性なんて知るか。 もうハルヒに世界改変でもさせてやる。
「分かったわ、ちょっと待ってね…」
そういうと朝倉(IN喜緑さん)がまたなにやら高速詠唱を始めた。
「大体の場所は分かったわ。 意外と早く見つかったわね」
まだ4秒くらいしか経ってないのにそこまで探せるのか。 本当に青いタヌキロボよりも万能だな。
「で、ハルヒはどこにいるんだ?」
「ちょっと待ってね、絞り込む… あっ!」
「どうした朝倉?」
何かあったのか朝倉が再度高速詠唱を始めた。 かろうじて、
「…体…Dコー……… 情報統合思念体アクセス……範囲拡大…………」
とだけは聞こえた。
「まずいわね。 涼宮さんをロストしたわ…」
朝倉の顔が深刻そうな面持ちに変わった。
「それは情報統合思念体の影響ですか?」
古泉が真剣な表情になり、朝倉を問いただす。
「いいえ、涼宮さんが無意識のうちに感じ取って妨害してきたようね」
という事は…
「これから涼宮さんを探すのはかなり難しいわね… さっきの場所から移動してるかもしれないし…」
一瞬意識がブラックアウトした。 もうハルヒに会えないのか?
ふと気付けば鶴屋さんに後ろから支えられていた。
「えーっとキョン君、これはどういう状況っさ?」
鶴屋さんは状況が把握できてないようで頭に疑問符を浮かべている。
「つまりですね、喜緑さんが朝倉になって、ハルヒが見つからなくなって…」
「簡単に言うと今のままでは涼宮さんに会うことが出来ないという事です」
うまく伝えれない俺に代わり古泉の説明が入った。 今回ばかりは礼を言っとこう。
「じゃあ朝倉、俺たちはこれからどうしたらいいんだ?」
「今はどうしようもないわね。 今のところこちらの動きもバレてないみたいだし、明日まで様子を見るしかないわ」
「そうか…」
うなだれている俺を尻目に古泉が、
「でも念には念を押して一緒に行動したほうがいいのでは?」
という案を出した。
「そうね、万が一気付かれた場合その方が対応が取り易いわね」
ちょっと待て、学校内ならともかく家まで一緒にいるわけにもいかんだろ。
「それだったらウチに来るといいっさ! 離れの一つくらいなら貸してあげるにょろ!」
鶴屋さん、そこで焚き付けないでください。
「じゃあ決まりね。 とりあえず学校を出ましょう。 このまま生徒会室にいるのも怪しいし」
とりあえずゲタ箱まで来たんだが、どう見ても目立ってるな。
何せ生徒会長1、体操着姿1、片割れがおかしなカップル(もう違うが)1という変な組み合わせだ。 目立たない方がおかしい。
「とりあえず僕は制服を取ってきますよ。 このままだと結構恥ずかしいですからね」
狙ってやってたんじゃなかったのか。
そう思いながらゲタ箱を開けると可愛らしい便箋が落ちた。
俺はあわててそれを拾い上げ、中身を確かめた。 俺はこれを何回も見たことがある。
便箋の中の手紙には丸っこい字でこう書かれていた。
『今日の夜10時にあの公園のベンチで待っててください』