「ポッギーゲームやりましょうっ!」  
 
さて、今日も今日とてSOS団アジト、つまり文芸室に集まった拉致被害者たる我々であったが、  
本日の涼宮ハルヒ将軍様は何やらゲームをやりたいご様子。して、ポッギーゲームとな。  
 
ハルヒはカバンからコンビニの袋を取り出すと、その袋の中から更にお菓子の箱を取り出した。  
現代日本人なら誰もが一度は食べた事があるであろうお菓子、つまりポッギーそれである。  
 
普段ハルヒは俺より早く学校に来ている。が、今日に限って遅刻ギリギリだった。  
察するにアレを登校中に買って来たのだろうが、しかしハルヒの行動力は知っての通りである。  
それだけなら遅刻するはずもない。コンビニでひとつの商品を買うだけなら1分どころか30秒だ。  
 
「ポッギーゲームですか?」とは朝比奈さん。今日もメイド服が麗しい。  
俺はそれを見ながら一日分のエネルギーを補充しつつ、説明はいつもの奴に任せておく。  
 
「なるほど、面白そうですね。朝比奈さん、ポッギーは分かりますね?  
 ポッギーゲームというのは2人でそれを両端から咥え、少しずつ食べていくゲームです。  
 当然2人の距離、つまり唇は近づいていきます。心にせよポッギーにせよ、  
 先に折れた方が負けとなる…そういうゲームです」はい古泉君100点。誰が上手い事を言えと。   
 
相変わらず胡散臭さ全開の古泉の声をBGMに俺の推察は進む。  
ハルヒは登校中、それも学校に着く寸前にこれを思いついたんだと考える。  
そしてそのままUターン&ダッシュ買出し。あの坂道をそれだけの為に往復したのだろう、あいつは。  
 
これは推察である。しかし根拠もある。チャイムが鳴る直前に教室へ飛び込んで来たハルヒは息も荒く、  
しかし楽しそうに目を輝かせていた。決まってハルヒが楽しそうな時、俺は楽しくない事態に陥る。  
故にその時俺は視線を合わせなかった。母から習ったのだ、危ない人とは目を合わせちゃいけないと。  
 
「そういう事! という訳で有希、くじ引き作ってちょうだい」  
「……」  
 
この推察に少なからず確信を持てるのは、不本意ながらハルヒと俺の付き合いが長いからだろう。  
嫌なら何故ハルヒとの付き合いを絶たないのかって? そりゃお前、台風は避けられるもんじゃない。  
凡人たる俺に出来ることは、ただ早く通り過ぎるかその被害が少ない事を黙って祈るだけなのだ。  
 
しかし更に性質の悪い事に、その竜巻一歩手前の超怒級宇宙規模大災害の被害を抑える要員さえ  
俺、あるいは俺達に任命されていると来た。素直に祈らせる事すら許しちゃくれない。  
 
「こぉらキョンっ!アンタも参加するのよ!」  
 
そう、いつだって涼宮ハリケーンはSOS団直撃コースである。  
そして直撃コースじゃなければ今度はそのハリケーンに飛び込んでいかなければならない。  
こいつとの縁が切れる頃には、俺は救助隊か自衛隊にでもなれるんじゃないかとしみじみ思った。  
 
長門がノートを取り出して、白紙のページを切り取る。そのまた切り取ったページを更に細く裂き、  
今度はラインマーカーで色分けしていく。くじを引き、色が一致した人同士が相手になる訳だ。  
 
「……」  
 
ふと、長門と俺の視線が合った。言外に「どうするの?」と尋ねられている。  
どうするもこうするも、どうしようもないだろう。細工は施しようがないし、施す理由もない。  
別に誰かとポッギーゲームがしたいという訳でもないし、好きにすれば良いんじゃないか。  
いや、強いて言うなら朝比奈さんとやりたいが。  
 
古泉のように軽く肩をすくめてやると、どうやら長門はこちらの意図を理解してくれたらしい。  
同じように軽く頷くと、何事もなかったかのように視線を戻してくじ引き作りを再開させた。  
然る後完成したくじ引きを各々が引き、そして出た結果は以下の通りである。  
 
長門×キョン  
みくる×キョン  
古泉×キョン  
ハルヒ×キョン  
 
いや、待ってくれ長門。ちょっと待ってくれ長門。頼むから考え直してくれ長門。  
全然意図が伝わっていない。いや、伝わっていないだけならまだいい。一体どう解釈したんだこれは。  
さっき頷いたのは何だったんだ。違うんだ。好きにしろってそういう意味じゃないんだ。  
 
引きつった顔で再び長門を見る。睨むと言っても良い。すると長門は3mmほど首を傾げてみせた。  
いや、こいつは分かっている。分かっていてやってるのだ。つまりすっとぼけられた。  
本当に分かっていないなら視線が合った直後に首を傾げたりしない。暫く考えてからやるはずだ。  
冗談が言えるようになったのは真に良い事ではあるが、頼むから空気読んでくれ。  
 
このジョークがマイブームな宇宙人の成長を祝う為に頬をつねってやろうとにじり寄り、  
そしてハルヒの「何やってるの?」の一声で我に返った。止めないでくれ、これは教育なんだ。  
 
「お前はこのくじ引きを見て何か思う所はないのか」  
「何かって? 面白いじゃない、アンタだけハズレくじって。私は好きよ、こういう冗談」  
 
どこが面白いんだ。朝比奈さんはいい。長門もまぁいい。ハルヒ、お前も100歩譲って良しとしよう。  
だが古泉、お前だけは無視できん。ある意味楽かも知れんがそれもマトモな男子の間柄だけの話だ。  
これが谷口なら軽口を叩き合いながら何だかんだふざけてやる事も出来る。国木田でも同じだ。  
だが古泉、お前だけは無視できん。レッドアラートだ。その薄気味悪い微笑みオブラートを近づけるな。  
 
俺の言いたい事を察したのか、古泉は「おやおや」と小さく笑って肩をすくめた。  
 
「確かに、あなたが不愉快に思うのも致し方ないでしょう。しかし一つ失念してはいませんか?」  
何をだ、と聞くと、古泉は「そのくじ引きを見せてください」と言って手を出して来た。  
 
ラインマーカーで色分けされたくじ引きの中、こいつだけが異彩を放っている。  
そのくじ引きは本来1本につき1色のはずが、何故か4色ものラインが引かれていた。  
これを引いた奴は該当する色を持つ人の相手になる、というか全員の相手となる寸法だ。  
それを受け取り一しきり眺めると、古泉は再び言葉を継いだ。  
 
「これが長門さんの手によって作られたのは疑いようがありません。実際目の前にしてた訳ですからね」  
そんな事はどうでもいい。聞きたいのは、俺が何を失念しているかだ。  
 
「そうですか。では、あえてもう一度言いましょう。これを作ったのは長門さん。そうですね?」  
しつこい。ああ、そうだともさ。そうだってばよ。  
 
「その通りです。しかし、これを誰が引くかまでは長門さんは操作しようがありません。  
 何らかの呪文を使ったとして、この短時間では呪文がどれほど短くても、気付かれずには不可能です」  
 
「呪文は口を動かして行うものですからね」と付け加える古泉。確かに長門の口は動いてなかった。  
単に俺が見ていなかっただけだとしても、他の人まで見ていないというのは不自然過ぎる話だ。  
勘の鋭いハルヒ、呪文に関してある程度の知識がある朝比奈さん、あるいは古泉。  
気付いたなら誰にせよ何かしらのリアクションは起こすだろう。が、何も起きはしなかった。  
 
「つまり古泉。俺がこのくじを引いたのは長門のせいではない。で、じゃあ誰のせいかって言うと…」  
「お察しの通りです。例によって『涼宮さんがそう望んだから』という事になりますね」  
 
もう「偶然引いたのが俺だった」という希望的観測すら持てやしない。  
SOS団に、ひいてはハルヒに偶然はないのだ。あるのは未来人と宇宙人と超能力者と変態パワーだけだ。  
それだけあれば十分なのに、まだ足りんとばかりにハルヒは厄介ごとを持って来る。それも無自覚だ。  
例え持って来なくても向こうからやって来るのだから始末に終えない。平和って何だ。自由って何だ。  
 
ようするに、ハルヒが俺の相手となるにはそのくじしかなかった訳である。  
それ以外の組み合わせはないし、そもそも俺の持つ色しか誰かの相手になる事は有り得ない。  
これが古泉なら古泉は皆とポッギーゲームだし、朝比奈さんでもまた同じ事だ。  
だが俺が選ばれた。そして、あろう事か長門のイタズラが便乗されてしまった。  
 
だがなハルヒ。それならどうしてお前がこの奇天烈奇妙なカラフル外れくじを引かなかったんだ。  
朝比奈さんとだぞ。長門だぞ。ついでに古泉…はいいとしよう。  
とにかく、俺じゃなくてお前でも良かった。それを何故俺が、と問い詰めたいがそこで思考を打ち切る。  
それを聞いたらSOS団の山ほどある秘密もおじゃんだ。それに、何よりもっと決定的な確信があった。  
 
こいつは「その方が面白いから」と答えるに決まってる。  
 
 
さて、ポッギーを咥えて仁王立ちする何やら間抜けな俺に正対するのは、かの長門有希その人である。  
ジャンケンをして、勝った方がポッギーを咥えるかポッギーに噛み付くかの選択権を得られるのだが、  
こういう確率勝負で俺が長門に敵うはずもなく1発目で負けた。そして、長門が噛み付く権利を得る。  
 
しかし、小さい。改めて思うが長門は小さい。頭ひとつ分かそれ以上に身長の差がある。  
長門もまた同じ事を考えていたようで、暫く俺の目とポッギーを交互に見比べた後、ハルヒに向かって  
「椅子の使用を許可して欲しい」と頼んだ。まぁ使うのは俺であり、ようするに座れ、って事だ。  
 
パイプ椅子に腰掛ける。ちなみにポッギーはチョコ味だ。  
俺はチョコの方を咥えているので既に溶け始めている。甘いのは嫌いじゃないのでそう不愉快でもない。  
問題はそれよりも長門の出方ではないだろうか。身長差はたった今解決した。では、長門はどうする?  
 
えっちらおっちらと俺に歩み寄って来る。やる事もないので長門の表情を伺ってみた。  
ぎこちない顔をしていた。緊張しているというか戸惑っているというか、およそ長門らしくない。  
「いいの?」と聞かれたような気がしたので、笑い返してやる。それだけで伝わったようだった。  
 
「……」  
 
これもまた、長門にしては珍しい表情だった。小さく口を開けてパクパクとしている。  
長門を知らない人なら独り言、長門を知っている人なら呪文だと思っただろう。  
が、俺にはそのどれもが当てはまらない。長門は今、小さく深呼吸をしたのだ。  
 
っていうか、そんなに緊張されると俺も困る。いやそれ以前になんで緊張しているんだ長門。てっきり、  
いつも通り氷河期も裸足で逃げ出すような目をしながら淡々とこなすものだとばかり思っていた。  
 
長門の唇がゆっくり近づいて来る。向こうで朝比奈さんが息を呑む声が聞こえた。顔赤いんだろうなぁ。  
古泉、もしもの時はハルヒを頼むぞ。正直この後あいつに何を言われるか分かったもんじゃない。  
 
「ぱく」とも「かぷ」ともつかない可愛らしい音を立てながら、長門が噛み付いて来た。  
交互にポッギーを食べていくルールなので、今度は俺からポッギーを短くしてやる。  
すると即座に長門も噛み付き返して来た。じーっと俺の目を見つめて来るから中々に居心地が悪い。  
2、3度そんなことを繰り返す。俺と長門の距離は約3cm。朝比奈さんの「きゃーっきゃーっ」  
という黄色い悲鳴が耳を突く。むしろそれ以外聞こえない辺り一番怖い。ハルヒ、何か言えよ。  
 
「……何よ、楽しめば良いじゃない。私が考えたゲームなんだから」  
 
視線をハルヒに向けると、そろそろ目つきの角度は45度を指そうとしていた。  
どうやらハルヒは引っ込みが付かなくなっているらしい。今の状況は面白くないが、  
自分が言い出しっぺなので中止する事も出来ないのだ。これ、大丈夫なんだろうな? 閉鎖空間は?  
同じように古泉に視線を向けると、奴は苦笑いして肩をすくめていた。引きつった頬が痛々しい。  
 
それにしてもこの体勢はきつい。身長差を考慮して座ったのだが、今度は俺の首が辛くなってきた。  
唇が近づく毎に角度は急になっていく。俺は猫のように喉を上げて何とか対応している。  
長門も長門で腰を折っているのだが、そのままでは前のめりに倒れてしまうような気がしてきた。  
そうでなくてもこのままではポッギーが勝手に折れてしまいそうだ。何とかしなきゃならん。  
 
さて、長門のアイコンタクトを察してやる事はできるが、果たして俺から長門には通じるだろうか?  
とにもかくにも目で「平気か?」と尋ねてみる。ちっとも自信がない。何気に凄い事やってたんだな俺。  
長門は動かない。そういや俺の順番か。いや、その前に気付いてくれ、頼むから気付いてくれ長門。  
 
「……」  
 
長門は腰を折ったまま、両手を俺の肩に載せて来た。良かった、通じたみたいだ。  
これで俺はともかく長門だけでも楽になる。肩にかかった僅かな重みが心地良い。  
丁度シャミセンが俺に乗っかって昼寝してる時と同じだ。  
長門はさっきと同じく「いいの?」と目で訴えて来る。だから俺もさっきと同じく笑い返してやった。  
 
「……これは勝ち負けに関わらずキョンに罰ゲームね……」  
「あーっ…きゃーっ…ひゃーっ…」  
「参りましたね。こうも見せ付けられてしまっては」  
 
外野が五月蝿い。寒いやら熱いやら温いやら色んな感情がダイレクトに叩き付けられて非常に気まずい。  
あらゆる感情を内外問わずシャットダウンして、俺は再びポッギーに噛み付いた。残り約1cm。  
この距離では否が応にも長門の息を感じてしまう。という事は、当然俺の息が長門にかかっている訳で。  
今更ながら無償に恥ずかしくなり、首を少しだけ横に傾けた。これで少なくとも息は頬に流れる。  
 
「――」  
 
ビクンと、揺れる。その反動でポッギーが折れてしまった。ってちょっと待て。何が起きた。  
俺じゃないぞ。俺が首を傾けたせいで折れたなら、その瞬間に折れたはずだ。が、今のは傾けた直後。  
つまり、俺ではなく長門が何かやって折れたということなのだが…  
 
「想定外の動きだった。私のミス」  
 
長門は短く答えた。表情に動揺は見られない。見られないのが、取り繕っているようで逆に気になった。  
辺りを見渡す。ジト目で睨んで来るハルヒ。顔を手で覆っているけど、耳まで真っ赤な朝比奈さん。  
そして何やらわざとらしく、天を仰いで両手を掲げる古泉。いつも通りの爽やかスマイルが腹ただしい。  
こいつに聞いても要領を得ない答えが返って来そうなので、危険度の低い朝比奈さんに聞いてみよう。  
 
「あのー…朝比奈さん?」  
「ふぇあひゃいっ!?なな、なんでしゅか!?」  
 
これは未来人語なのだろうか。まぁそれはいいとして、取り合えず何か変な事があったか聞いてみる。  
 
「想定外の動きって何ですかね?」  
「あー、あー…それはその…えーと……」  
 
わたわたと手を振り顔を振り、そしてモジモジしながらボソボソと語り出す。  
 
「キョンくんが首を傾けた時…その……キスするみたいで…」  
「――」  
 
これには参った。つまり何か? 長門は俺が首を傾けた事に動揺した訳だ。  
それで思わず動いてしまってポッギーは折れたと。そういう事か。ああ、そういう事か。  
 
「いや、見てるこちらまで焦ってしまいましたよ。ポッギーさえなければ立派なキスシーンでした」  
 
古泉が口を挟んで来る。だからポッギーがあったのにどうして焦ってるんだよお前は。  
にしてもな、長門。お前までどうして動揺するんだ。お前まで俺がキスすると思ったのか。  
 
「あなたがキスするとは思っていない」  
じゃあ何でさ。  
「息がかかってくすぐったかった」  
いや、だから首を動かしたんだって。  
「……」  
長門さん?  
 
長門は何も言わず、席に戻って本の続きを読み始めてしまった。  
 

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