『長門有希の命名』  
 
 布団の中で裸で抱き合いながら長門の頭を撫でる。猫っ毛の髪が掌に心地いい。  
なんとも言いようが無い、安らぎの時間だ。  
 学校でも、文芸部室でも、家でも。こんなに穏やかな気分になれることはない。  
 教室やSOS団だとハルヒがいるし、家でも妹がキャンキャンうるさい。まあハルヒは  
ともかく妹ならなんとかあしらえるけれど、でもこんなに静かで落ち着けてなおかつ  
あったかい気持ちに浸れるのは、ここ長門のマンションの部屋でえっちの心地よい疲れに  
包まれながら動物が毛づくろいをするようにただ長門を撫でたり触ったり可愛がったりする  
この時間だけだ。  
 
 もちろん長門とのえっちは凄い気持ちがいい。脳が痺れそうなほどの締め付けや  
溢れる甘い喘ぎ声。滅多に見せない長門の紅潮した顔。そういう視覚聴覚触覚情報は全部、  
俺を死にそうなほど昂ぶらせ、長門の全身を貪り長門に全身で奉仕する、そんな気持ちの  
原動力に変換される。  
 
 でも口を縛ったゴムの袋が片手の指の数を超えるくらいになると、いくらなんでも  
少々疲れてくる。長門も息が切れてくるのか、少しくったりとなって俺の胸の上に  
額を押し付けるように脱力している。  
 
 そうなった時には俺はタオルで長門の汗を拭い(と、いってもほとんどが俺の汗なんだが)  
コイツの髪の毛を整えるフリをして髪の毛をくしゃくしゃに撫で回したりする。  
 一瞬だけ驚いたような瞳の色を見せる長門だが、非難するわけでもなくわしゃわしゃという  
俺の撫で回しを受け入れている。どことなく嬉しそうな色が目に溢れてる、というのは  
俺の気のせいだけではないと思う。  
 
 キューティクルの輝きが最高にキュートだぜ長門。  
 あ、いや、今のは別に韻を踏んでみたわけじゃないぞ。偶然だ。  
 言い訳がましい俺の心の中の声が聞こえたのか、すこしだけ首をかしげる長門。  
 ああ、もう、可愛いったらありゃしねえ!!!  
 
 わしゃわしゃわしゃわしゃ……  
 そして長門の頭に顔を埋め、息を深く吸い込む。  
 
 腕の中の長門の表情をうかがう。  
 
 ほんの少し、いつも観察している俺だからわかるほどかすかに  
嬉しそうな色が含まれている。  
 
「へへへ」  
 なんだか嬉しくなった俺は長門の頭を自分の胸に押し当てる。  
 鼓動が聞きたいのか、耳を押しつけてくる長門。  
 たまらなく可愛い。  
 そんな長門の頭の丸みを掌で感じながら、俺は何気なく枕元の本の山を眺めた。  
 いつもながら驚くな、こいつの読書量には。  
 なんとなくそばにあった二三冊の題名を読み取ってみる。  
 
『スポック博士の育児書』  
『かしこいママの育児の本―0歳から5歳まで、毎週の知育遊び260 』  
『新宇宙大作戦―ヴァルカン大使スポック』  
『赤ちゃん語がわかる魔法の育児書』  
 
 ぬなっ!?  
 首を反対側に向けてみる。  
 
『桶谷式 母乳で育てる本』  
『安斎流 赤ちゃんの名づけ』  
『全有機化合物名称のつけ方』  
『赤ちゃんに最高の名前をつける本―名づけ本の決定版』  
 
 ふがっ。  
 おそるおそる首を上に向けて別の本の題名を読む。  
 
『クライ・ムキの子供服―Simple+one 別冊家庭画報』  
『ドイツ武装親衛隊軍装ガイド ミリタリー・ユニフォーム』  
『小さくてもきちんとした服―ニューヨークの子ども服6か月から3歳まで』  
 
「……長門」  
「なに」  
「……お前、子供欲しいのか?」  
 
 そう尋ねると、長門は丸々一分近く考えた挙句、こう答えた。  
 
「………あなたの子供が欲しい」  
 
 ぶっ。  
 なんじゃそりゃ。  
 
「いけない?」  
「いや、その、いけなかないが順番……っていうかまだ早いだろ。俺たちまだ高校生なんだし」  
「あなたに迷惑はかけない」  
「……お前まさか、超常的な方法で作ろうとか考えてるんじゃないだろうな」  
 
 長門のことだ。例の魔法みたいななんかでちょちょいとなんかやっちまうんじゃなかろうか。  
 
「……生命はデリケート。非自然的方法で懐妊するのは推奨できない行為」  
「……そうか」  
 
「妊娠の方法はあなたの精液を子宮に流し込むだけ。行為自体はそう難しくは無い」  
「……いや、それは俺も知っているのだが」  
 
 視線をさまよわせている長門。いったい何を考えてるんだろう?  
 
「なあ長門――」  
「……私の任務である涼宮ハルヒの観察を果たしながらあなたの子供を妊娠する方法は  
二種類ある」  
 珍しく俺の言葉を遮って長門が言う。  
「一つは、あなたの子供を妊娠した後に私の擬似人格投射体を生成し任務を肩代わりさせる方法」  
「擬似人格投射体?」  
「私の人格を模した擬似生命体」  
 コピーロボットみたいなもんか。  
「そう」  
 
 説明する長門の瞳からは何も読み取れない。  
 この長門の表情解析専門家の俺がだ。  
 
「もう一つは、私の擬似人格投射体とあなたを性交させ、妊娠させる方法」  
 なんじゃそりゃ。……お前まさか!? もう?  
「違う。どちらの方法も最終的に実行は出来ない」  
「なんでだ」  
「第一の方法では、あなたが妊娠を了承しない限り、妊娠した私はあなたに会うことができない」  
 真摯な瞳が俺の目を射抜いてくる。  
「半年以上あなたに会わないでいることは今の私にとっては不可能」  
 そしてそうキッパリ断言する長門。  
 なんじゃそりゃ。  
 長門お前………そこまでハッキリ言われるとなんか嬉しいぞ。  
 
「さらにその間、私の擬似人格投射体は現在と同じような関係をあなたと結ぶと考えられる。  
私が擬似人格投射体にそれを禁止したとしても、私と同じ記憶と思考パターンを持つ私の  
擬似人格投射体は早晩あなたと肉体関係を結ぶであろうことは明白。私は私以外の女性が  
あなたと性的接触を果たす事態に耐えられない」  
 ああ。長門、それは卑怯だぞ。まっすぐ無表情な瞳で俺を見ながらこう言ってるが、  
そのほっぺたがかすかに赤らみ、目じりにはかすかに涙のような潤みが感じられる。  
その表情、可愛すぎ。  
 
 ところで長門、二番目の方法が不可能な理由は?  
「第一の方法が不可能な理由と同じ。私は私のコピーであっても、私以外の女性とあなたが  
性交することに強い嫌悪を覚える」  
「だから私はあなたが私自身に妊娠して欲しいと願わない限り、子供を作る事ができない」  
 
 そこまで言うと、長台詞に疲れたのかとすんと俺の胸に額を落として長門は言った。  
「あなたがそうしたいと思えるまで私は待つ」  
 その声の響きが俺の肋骨の間から染み透り、俺の胸の中心を甘く疼かせていく。  
 
 しかし……この宇宙人のアンドロイドはなんでこんなにも俺を破壊するような事ばかり  
言ってくれるのかね。長門を抱きしめる俺の腕の骨の芯までもが甘く蕩けていきそうだ。  
 
「長門」  
 腕の中から俺を見上げてくる、どことなく硬い表情を含んだ瞳。  
 おれはその瞳を覗き込みながら言った。  
「さっきお前『あなたに迷惑はかけない』って言ったよな」  
「……」  
 目の前で長門がちいさく肯く。  
「逆だ。もし長門が俺の子供を産んでくれるのなら、俺はその子をお前と一緒に育てたい。  
一緒に育てるんだから迷惑だなんてことは無い。むしろ迷惑を大いに掛けられたいくらいだ」  
 長門の瞳が少しだけ大きく開かれる。  
「まあ、そういうのはまだしばらく……てーか当分は無理っぽいけどな。俺が卒業して就職して  
稼げるようになるまで、待っててくれるか?」  
「……」  
 長門は俺の首に細い腕を回すと、きゅっと抱きついてくる。  
 そして俺の頭の横でこくこくと何度も首を縦に振っている長門。顔は見えないけど、  
こんなに嬉しそうな長門は初めて見たね。いや見えないんだけど。  
 
「ところで長門、子供の名前はなんにしたいんだ?」  
 名づけ方の本の山を眺めながら胸の上の長門に尋ねる。  
「……案は3621通りある。あなたの意見を聞かせて欲しい」  
 
 
 
……一晩中子供の命名案をどことなくうっとりとした口調の長門に聞かされたなんてのは  
この幸せの前にはどうでもいいことさ。  
 
 
終わり  
 

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